2009年8月アーカイブ

SYNODOSでもおなじみの、経済学者飯田泰之さんと作家雨宮処凛さんの対談。

冒頭に雨宮さんから飯田さんに対する疑問が提示され、対談の後、それらの疑問に対する回答が提示されるという形式。

飯田さんの「2%経済成長論」や「ベーシックインカム(風)」の貧困対策について、『経済成長って何で必要なんだろう?』よりも、より集中的に理解できる。(ロールプレイとして?)「素朴に」感情的疑問を抱く雨宮さんとの対比で、飯田さんの議論が鮮明になる。その意味では、『経済成長って何で必要なんだろう?』の飯田さんと、戦略的に感情論を仕掛けているようにみえる湯浅誠さんの対談とあわせて読んでも、反貧困論者のスタンスの違いが明らかになって興味深い。

飯田さんの議論を呼んでいると、なんとなく「問題解決のツールとしての経済学」とでも呼ぶべきスタンスが見えてくる。「if A then B」的なというか、「Aという条件を、「経済学理論という装置」に入力すると、その出力はB」的な、というか。そして、それゆえに、他の論壇経済学者の議論よりも信頼できる気がする。それは、経済学という比較的主流の理論についてコンセンサスのとれた、そして数学的に定式化されている(数少ない)社会科学のなせる技なのかもしれない。

その他の社会諸科学はやはり、もう少し価値判断的な、今風にいえば、人間学的なものと密接に関係しているような気がする。もちろん、それがいいのか、悪いのかは、純粋にはいえない。もちろん経済学だって「経済学的に考える」という時点でひとつの価値判断を行っているのだけれど。ただし、コンセンサスのとれた形で、主流派の議論が定式化されているがゆえに、経済学を道具として使うというスタンスについてコンセンサスが得やすい、というのは羨ましい点ではある。

先日から、ネットでもちょこちょこ話題になっている自民党の民主党によるネガティブ・キャンペーンもどきのレスをアップしたら、やたらとブログへのアクセスが増えました。選挙への関心の高さのようなものを体感した次第です(笑)

これ→

続・自民党「知ってドッキリ 民主党 これが本性だ!」

自民党による民主党に対するネガティブ・キャンペーンチラシが投函されていた。

ネット上のは、これ→
「自由民主党 日本の未来が、危ない。それでも「民主党政策」に期待しますか?」

ネットでも評判悪いし、さすがにもうやめるのかと思ったら、昨日だめ押し的に新しいの(「民主党さん本当に大丈夫?」写真)が投函されていた。

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しつこいなー。今度は、前回のと比べると穏やかな感じ。前回のが、小泉さんの支持基盤になったとも言われる、いわゆる「B層」向けの感情的フックが強いもの、今回のがその他向けってことだろうか? 全体的に表現が穏やかになっているものの、民主党の揚げ足取りだということに変わりはない。ついでに、今回のも、自民党の、どこの組織、誰が書いたのか記載はないし。

やたらと「公共」とか「美学」とか言う連中ほど実がないのは、常ではあるけれども、いい加減やめればいいのに。きっと、みんな見てるよ。やっぱり、一度は(でもないけど...)与党から降りた方が良さそうだ。

でも、「自民党の具体策」とかいって、ごちゃごちゃ自民党の政策書いてあるけど、これは配って問題ないのだろうか。。。

ちょっと誤解を招きかねないから、最初に注意。以下のエントリは手相占いを推奨しているるわけでは全くない。個人的におもしろかったというただの感想。

ちょっと前に、中華街に遊びにいったときに、二人で手相を見てもらった。無宗教なので、まあ、好奇心の延長線上。これがなかなか面白かったので、ついつい書きたくなったのである。

995円で(1000円出すと御縁≒5円返してくれるシステムらしい)、生年月日を聞いて、そこから手の形、爪の形、手相を見ながら、いろいろ「占って」くれる。詳細は省くけれど、少なくとも自分では結構具体的に当たっているように思えて、好奇心が発動してきていろいろ聞いてみたのだった。占い師のおばちゃんは、結構ひまだったようで、いろいろと答えてくれた。

いわく、占いは、古い歴史の積み重ねが蓄積されたもので、因果関係ではなく、事実発見的なものだそう。つまり、なぜかは分からないが、細かい性格の人には、手のどこどこに細かい筋が表れるとか、そういった細かい事実発見的な「モデル」と組み合わせによってできているらしい。それで、さらに面白いのは、結婚運なんかは、日本のような女性も働く成熟社会は成立してから「十分な」時間が経過しておらず知見の蓄積がないから、本当は判断できないのだとか。そして、今では、占い師のライセンスを発行する学校もあるらしい。

...という話しを聞いているうちに、ますます面白くなってきた。というのも、少なくとも手相占い(の一部に)は、サイコロを転がして、とかそういうことではなくて、長く、膨大な経験知の積み重ねによっている(ものもある)ようだからである。

それから、ちょっと予言の自己成就っぽくもあるのだけれど、占い師という職業になるときめて、膨大な数の人にあうことで、占い師個人も人のパターン認識が得意になっていくという側面もあるだろう。

占い師と占い結果の比較研究とかそういう仕事も面白いかもしれないw

繰り返すけれども、僕は他人に占いを奨めているわけでもないし、占いが科学的でその結果に信憑性があるとも言ってはいない。そこのところは、よろしくね。手相占いの中には、高額商品を売りつけると評判の某宗教団体が絡んでいるものもあったりするようなので、気をつけて!


昨日は、EcoSurfer代表のさんと2時間半程打ち合わせをしました。

気が早いですが、もう来年度の企画と予算についてです。いろいろな場面で、僕も企画づくりに関わっていますが、企画作りは楽しいけれど、なかなか難しい。ミッションとの整合性、斬新さ、予算etc 

もちろん、難しいから、すべてが「ばちっ」とはまったときの楽しさがあるわけですが。

EcoSurferでは、堀さんがアイディアを出して、僕は主にマネジメントと整合性の観点から調整して、組み立てていくことが多いです。役割分担できているから、とてもやりやすいですね。どこかに永久所属というのではなく、適材適所、状況(プロジェクト)に応じてくっついたり、離れたりするのが今っぽいのかな、と。そして、もちろん参加者全員にメリットがあるのがベストでしょう。

以下の写真は、半月程前、堀さんとサーフィンしたときに、おくさんのはなちゃんがビーチから撮ってくれたものの中からピック。とても暑い日で、裸足でビーチまでいったら、火傷して足の裏の皮が両足とも巨大なみずぶくれになって翌日以降とても痛かったのでした。。。波は台風のうねりが残っているもののダンパー気味で、胸っくらい。重たいシングルフィンロングボードには難しい波でした。ハングファイブからウォークバックしている写真とハングファイブの写真を。特に前者はスピード感があって、気に入っている一枚です。


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「知の最前線をお届けするメールマガジン αシノドス」が、再び批評家荻上チキさん編集のもとで、始動しました。第3期ですね。

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20090826

最新号の告知によれば、これまでも新しい知的インフラを作る試みを行ってきたシノドスですが、企業化されるようです。ますます今後の展開が楽しみです。

以下から、登録できます。

http://kazuyaserizawa.com/mm/index.htm


昨日も言及したけど、「知ってドッキリ 民主党 これが本性だ!」ひどすぎ。特に地方公務員について。

以下、「「子ども手当」支給の罠」より

「民主党は「子ども手当」や農家への「個別所得補償制度」などを主張していますが、支給は市区町村を通じて行われるため、市役所・役場の担当者が増員されることになります。しかし、国家公務員の改革を叫ぶ民主党も、地方公務員改革や地方行革については一切触れていません。改革の行われていない地方自治体の公務員を増やせば、労働行為の勢力を拡大させ、勤務時間内の違法な組合活動や政治か都合が横行します。その結果、地方議会はもちろん知事や市長までが労働組合の息のかかった人たちに占領されてしまうことになります。」

....マジですか。

これ書いた人は、実際に地方公務員の人たちに会ったことがあるのだろうか。僕はしょっちゅう地方公務員の人たちに会っているけれど、大抵の人たちは勤務時間内に組合活動などしてはいない。そりゃ、まったりしているように見える人たちもいないこともないけれど、民間とさして変わりはない。だいたい、「公務員の数が多すぎる」と言われるけれど、例えば、内閣府経済社会研究所の国際比較調査などの調査によれば、決してそんな事実はない。国民千人当たり換算で、欧米諸国と比較しておよそ半分以下。特に地方公務員の少なさは目をひく。実際、大きな企画でも、実働で動かしているのは数人ということだって珍しくない。そういうことを分かったうえで、書いているのだろうか。

内閣経済社会研究所「公務員数の国際比較に関する調査」
これ→
http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou030/hou021.html

しかし、この、「知ってドッキリ 民主党 これが本性だ!」、一体誰が書いたんだろう。この冊子には、「自民党」とは書いてあるけれど、具体的に、誰が書いたかは記載されていない。まさに自民党の冊子内で「日本人尊厳喪失進行中」といった有り体で、そこだけ妙に説得力があるw

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ネットでも話題(というかネタ?)になっている、自民党による民主党に対するネガティブ・キャンペーンチラシがうちにも投函されていた。

目次は
第1章 民主党と労働組合の革命計画
第2章 日教組 教育偏向計画
第3章 日本人尊厳喪失進行中

と、まるでトンデモ本や陰謀論の目次のよう。裏表紙に「このパンフレットは、政党の自由な政治活動であって、選挙期間中でも、自由に配布できます」と但し書きがある。公職選挙法を意識した但し書きだろう。もともと国政にはほとんど期待していないので、民主党に投票するか否かはともかく、自民党にだけは決して投票しないことだけは今決めた。政策批判ならともかく、これは一体なんなのだろうか。そもそも、もしも「日本人尊厳喪失進行中」なのだとすれば、それは55年以来ほぼ一貫して与党だった自民党に一番責任があるのでは?

ちょっと、ググってみたところ、
「自由民主党 日本の未来が、危ない。それでも「民主党政策」に期待しますか?」
http://www.jimin.jp/sen_syu45/hikaku/index.html

という自民党のサイトが出てきた。やはり、民主党政策に期待する/しないではなく、自民党には期待しないということだけが印象づけられた。こんなものをネットに流して、何がしたいのだろう。マイナスの心象をあたえて、自民党には投票させまいとする、自民党関係の「真の愛国者」の発案ではなかろうか、とさえ勘ぐってしまったw

先日、くんにボルダリングに連れて行ってもらった。ボルダリングとは、室内に設置された岩(状のもの)を素手でのぼるスポーツ。ルートが決まっていて、その通りにのぼっていくのである。どうやら重要なのは、力ではなく、イメージした通りに身体操作を行う能力のようだ。力を使うとすぐに疲れてしまって、ダメらしい。すいすい上って行く連くんが挑んでいるルートは、自分はとても上れなかった....とても新しい身体感覚。ハマりそうな予感...

昨日、平塚スタイル創造プロジェクトSFCチームの気合いの入ったミーティングを行いました。5人で、およそ5時間にも及ぶブレインストーミング。終わったときにはへとへとでしたが、だいぶ具体的な形が見えてきました。直前に、商工会議所のOさんと電話で少しお話したのですが、来年度以降さらなる展開があるとかないとか...

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(写真は自分とくん)

速水健朗さん、荻上チキさんとトークイベントに出演させていただくことになりましたので、どうぞよろしくお願いします。思えばトークイベントに出演するのは、2006年以来になります。今から、楽しみです。

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ウェブやケータイが日常的なツールになっていった00年代は、情報社会論が再注目されたディケイド(10年期)でもあった。中でも、多くの論者が注目し、論を研鑽している概念の一つが「アーキテクチャ」である。道徳や法規制とはまた違い、環境的・工学的なアプローチによって、人々の行動に関与する匿名的な権力として語られる「アーキテクチャ」。変わりつつある「管理」への想像力を、3人の若手論者がコミュニティ、コンテンツ、コミュニケーションの現状分析を通じて、鮮やかに活写する。

■日時 9月13日(日) 16:00~18:00(予定)/開場15:30
■会場 紀伊國屋書店新宿本店 9階特設会場
■定員 30名(入場無料、お申し込み先着順)
◎整理券等は発行しません。事前お申し込みの上、会場まで直接お越しください。
◎当日混雑する場合は立見になる可能性もございますので予めご了承ください。
■お申し込み先 紀伊國屋書店新宿本店5階人文書カウンター
またはお電話でお申し込みください。
代表|03-3354-0131(10:00~21:00)

 
【関連フェア】
「今こそ! 人文書宣言」第4弾予告
■アーテクチャ―来るべき"新しい"秩序とは?
8月12日~9月27日
現代社会を規定する新たな権力とは?―建築、都市論、社会設計、コンピュータ・システム―様々な切り口からアプローチします。洋書をふくめ、総勢約250点の書籍が並びます!!

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ジャーナリストの手に寄る、アメリカの現代思想と思想家の解説。特にネオコンまわりの思想家と、アメリカにおける思想の捻れ、つまり、アメリカにおいては、「リベラル」思想はそれ自体がひとつの「保守」的思想となり、原理主義的保守主義者とは異なるのだが、そのあたりがとても分かりやすく解説されている。扱われている思想家は、カーク、ロールズ、ノージック、ニスベット、フクヤマ、ローティなど。ただし、本書はあくまで見取り図なので、もうすこし本格的なものとしては『集中講義! アメリカ現代思想』などが詳しい。


地方分権≒地域の自律化推進路線が既定路線となったことで、従来の中央集権/地方分権の二項対立図式よりも問題の複雑性は格段に増した。というのも、具体的方法や担い手、対象範囲が問題として浮上してきたからで、しかもどれひとつとして回答が容易なものはないからだ。

経済的な観点では、池田信夫氏が「「地域主権」に必要なのは財政の自立だ」で指摘するように財源委譲と競争推進によって解決するようにも見えなくもない。もちろん、小泉政権では「三位一体の改革」と呼ばれたような権限と財源のセットでの委譲の方向性については概ね賛同するのだが、問題解決の方向性としては議論が少々ずれているように思えなくもない。というのも、地域社会を取り巻く現状の問題は例えば、少子高齢化と過疎化、地元商店と地元産業の衰退、ニュータウン化と大規模複合施設の進出による生活環境の変化、自治体の財政的逼迫が同時進行しつつも、財政的にも政策的にも更なる自律が求められるというこれまで経験したことがない事態が生じているにもかかわらず、先例主義的な手法にしか取り組んでいない点にあるように思えるからである。その意味では、町田洋次氏が「コンセプトが古い」の中で述べている認識に近いかもしれない。ただし、コンセプトもさることながら、「細部に神はやどる」ではないが、そのコンセプトを各種リソースの中で実際に具体化していくという、いわば工学的な段階に達しているように思う。

問題がこれまで直面したことがないような、新しく複雑なものとなったのならば、問題発見・解決の方法も新しくならなければならないだろう。したがって、もっと試行錯誤と創意工夫の積み重ねが必要なはずだというのが僕の認識である。たとえば、青森県庁が広報にtwitterやブログに組み込めるブログパーツの無償配布を始めたが(http://trackback.blogsys.jp/livedoor/ikedanobuo/713543)、これなど大規模な予算がかかるものではなく、アイディア次第のものである。重要なことは、「twitterを使ってネット広報に取り組むこと」ではない。青森県のように、状況に応じて試行錯誤と創意工夫に取り組む姿勢である。

こうした認識のもと、僕は、NPO、中間組織、市、県、大学、メディアなどさまざまな場所で、ファシリテーションや企画立案支援などできることを試みている。また、地域再生ではコンセプトとしては恊働や政策連携が掲げられているが、従来恊働の経験がないため、インセンティブや背景の違いについての認識がなく、いわば各アクターの「相互不信のスパイラル」とでもいうべきアクター間の関係を目にすることも少なくない。こうした問題を解決するために、各アクターの「通訳」のようなこともしていきたいと思っている。地域の問題は、その所在が複合的かつ広範であるがゆえに、おそらく「唯一の正解」による一点突破全面展開はありえず、解決のためには同時多発的かつ多角的な恊働が必要だろう。

(余談だが、先のエントリの池田氏のコンパクト・シティ化と都市間競争推進の議論には共感するところも多い。特に僕らのようなニュータウンで育った世代は、あまり都市間移動に抵抗がないからだ。僕は関西のニュータウンで育ったが、数年前に初めて横浜の港北ニュータウンをみたときには、あまりに都市の風景が似ていて驚いたものである。しかし、それなりに地元というよりも地元でのコミュニケーションの記憶も存在するし、なにより、より地域に根ざしている年長世代の共感は得にくく、実現は難しいような気がする。)

エコサーファー代表堀さんのブログが、アメブロに移動しました。

http://ameblo.jp/ecosurfer/

ブックマークやあんてな、RSSリーダー等にご登録いただいているかたは、お手数ですが変更いただきますようよろしくお願いします。

なお、ウェブはいままで通りですので、併せてよろしくお願いします。

http://www.eco-surf.com/

箱根に二泊三日で勉強合宿に行ってきました。

『<民主>と<愛国>』を中心に、集中して勉強してきました(そして、飲みましたw)。『<民主>と<愛国>』を輪読するのはもう3,4回目といったところですが、日本の左派右派の主張の捻れについて知るうえでとても重要な本です。

しかし、そんなことよりも合宿が重要なのは、必然的にインフォーマルなコミュニケーションが増えることです。そのことによって、人が変わっても、何か、そのゼミの特質のようなものが脈々と伝わっていくような気がします。そしてそれがとても重要なことな気がする。

ちょうどいろいろ煮詰まっていたので、ひさびさに議論させていただいた先生、OBにも声をかけて合宿全体をコーディネートしてくれたI君、駐車場とかを手配してくれたY君、世界史をはじめ知識と経験豊富なAさん、飲み会パフォーマーN君をはじめみんなから、エネルギー(?)をもらいました。ありがとう。

みんな、いろんなことをやってるみたいだけど、それぞれの世界で超頑張れ。

これから、いろいろと溜まってしまっている仕事をばしばし片付けていきます。



そうだ、上りだったので幸い一時間半くらいで帰って来れましたが、東名が使えないからか、お盆だからか伊豆方面行きの道がめちゃくちゃ混んでた。渋滞5キロとかの水準ではなかったような気がする。。。

先日、『ターミネーター サラ・コナークロニクルズ』セカンドシーズンを全て見終わった。映画のテレビドラマ化したものにはうんざりさせられることも少なくないけれど、新しいジョン・コナー、サラ・コナーの顔に慣れれば、なかなか観させるドラマだった。美少女最強ターミネーターに、ジョン・コナーの思春期の葛藤などが入り組んで、ただのアクション・ドラマにはなっていない。

...のだが、既に本国では続編が打ち切りになっているらしい。原因はセカンド・シーズン中盤以降、人間ドラマや心理的葛藤が全面に出過ぎたところにあるのではないか。やはり、一般にターミネーター・シリーズのドラマなので、アクション・シーンが期待されたということなのかもしれない。

なお、先日公開された『ターミネーター4』とは、直接は関係ない。クリスチャン・ベール版『ターミネーター』は3部作あるとの噂なので続編が楽しみ。どうでもいいけれど、ゲオの旧作100円均一は、とてもいい。観たかったふるい映画をまとめ借りしている。僕だけじゃないけど、いまどきこういうキャンペーンでもなければ、このコンテンツの豊富なご時世、昔の「名作」など、観ないのではないか。八月末までのキャンペーンなので、まとめて観ておきたいところ。


民主党が霞ヶ関改革の一環として、公務員人事に成果主義の導入を検討しているようである。

「民主が官僚人事見直しへ...成果と評価を直結」
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news1/20090808-OYT1T00013.htm

『YOMIURI ONLINE』

記事によると政策担当者を記録しておき、その政策の評価によって人事の昇格や降格につなげていく制度のようである。公務員人事に降格人事を組み込むというのは異例のことである。しかも、「故意または重大な過失によって国に損害を与えたとき」の弁償の範囲の拡大も検討されるようだ。

しかし、降格人事を含めた成果主義の導入は、本当にポジティブな結果を生むだろうか。もちろん、不祥事が起きた際に担当者が記録されていないことで生じる弊害は多々あるので、担当者は記録される必要があるだろう。だが、政策評価と人事評価の直結は短絡的に過ぎるように思われる。

というのも、まず第一に政策が成功するか否かは、必ずしも政策担当者の能力のみならず、社会的な要因、例えば経済状況や社会的風潮など、人為的にコントロールしづらい変数の影響を少なからず受けるからである。第2に、公務員と、その予備軍に萎縮効果を与えるように思われるからである。人為的にコントロール可能ではない要因で、昇格降格が判定されるような組織に人は入りたがるだろうか。また直近の評価が人事に反映されるようになれば、短期的に成果をあげるインセンティブが高まるが、公務員には長期的な視座に立って(「公共性」のような観点?)政策を検討していってもらう必要がある。少なくともそのほうが、国民益に繋がるはずだし、国民にせよ、企業にせよ、短期的になインセンティブで動きがちな他のアクターと、公務員というアクターの差異化の観点でもそのほうが望ましい。

歴史的にもこのような公務員の人事制度は類を見ないし、せめてポジティブなインセンティブ(例えば、政策がいくつかの観点から評価したとき成功と判定されれば、ボーナスがでるような。)はいいが、降格人事は必要ないのではないように思われる。さらに日本では民間でさえ、成果主義と人事評価の直結はうまく機能せず、結局多角的な評価に揺り戻しが起きたと記憶しているが、ましてや公務員の人事に導入する必要はないだろう。

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『早稲田文学フリーペーパー』vol.17の配布が開始されました。

お送りいただいたのは、おそらく早稲田文学編集室のiさんかkさんではないかと思うのですが、ありがとうございます。僕は首都圏郊外に住んでいて入手しづらいので、ありがたい限りです。

EcoSurferは、『辻劇新聞』の発行を始めました(毎月第3日曜日発行)。

昨年度開催された辻堂南口活性化ミーティングの内容も踏まえた

・辻堂の町・海をもっとキレイにすること
・日本一富士山が似合う町は辻堂だということを世に伝えること
・辻劇が辻堂駅の北と南をつなぐパイプ役になること
・近い将来、辻劇主催のイベントを開催すること

という4つのコンセプトのもと、新しい地域情報の共有を目指す記事と商店、直売所のマップによって構成されています。

なお、本事業は、EcoSurferの、平成21年度藤沢市公益的市民活動助成事業「湘南C-Xに備えた辻堂駅南口地域と北口地域の商工事業者共存のプラットフォーム構築事業〜ビーチマネーと辻堂南口活性化ミーティングのネットワークを活用して〜」の一環になります。

http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/content/000279529.pdf参照)

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先週は、いくつかの印象的な打ち合わせがあった。

ひとつめは、編集者のiさん。ゲラなおしも兼ねて2時間半程。iさんは、いちいち理由が分からないと納得いかない僕につきあって、いつもとても我慢強く出版業界の仕組みや慣習、表現の意味などを説明してくださる。まだまだ修行中だが、僕もいろいろな慣習の全体像と意味がようやく分かってきたし、さらに「編集」の重要さも分かってきた。つまり、編集には書き手と編集者の間の、一見無駄に見える相互作用の積み重ねの中に暗黙知の擦り合わせがあり、そこに文章を直す以上の意味があるということである。それはある種のジャンプなのだが、安心してジャンプするためには相手が安心できる相手であるということを担保する「信頼」が必要である。形式知の水準でのやり取りだけでは、やはりどうにも信頼は生まれないようだ。

また、ある2つの自治体の職員の方たちとも、打ち合わせ兼飲みもあった。普段からよく顔をあわせている間柄ではあるけれど、焼酎を傾けながら、ざっくばらんに現代社会のあり方や価値観、プロジェクトのあり方を語る会だった。背景が違う組織の人間が何かやる際には、こうしたアイスブレイキングがとても重要だと考えている。というのも、こうした中で日常の会議の水準での言説や考え方がどのような背景に支えられているのかが理解可能で、また、ある種の「熱さ」が相互に共有されプロジェクトが円滑にすすむ条件だからである(などと大層に言っているが、ただの飲みたがりの屁理屈と言えないこともないのが、すこし残念ではあるw)。

こうした暗黙知のすり合わせと共有には、それなりの労力とコストがかかりがちで、昔の「飲みにケーション」的なものとして敬遠されがちだが、あながち捨てたものでもない。

先日、EcoSurferの堀さんと波乗りしたときに、奥さんのはなちゃんが撮影してくれたハングファイブtoテンのシーケンス写真をアップしていただきました。使用ボードはAZの9'2''オールラウンド。

http://www.eco-surf.com/blog/index.html#310

最近、ハングテンは結構ルーチンに入ってきたけれど、手の角度や髪型などトータルでかっこいい写真を残すのは本当に難しい。そう思うと、雑誌等で難易度の高いトリックの写真を残しているプロはすごい。どの分野でもプロはすごい、ということだ。

一昨日、EcoSurfer代表の堀さんと2時間程サーフィンしてから、打ち合わせ。

今年度、藤沢市の公益的市民活動助成を受けているので、そうした各種プロジェクトや来年度の事業予定、予算などについて。

堀さんは、ビジネスパートナーの一人だけれど、彼の肩書に捕われない実力主義のフランクな目線を結構信頼している。いろいろなジャンルの人とあうけれど、そういう人はなかなかいない。みんな肩書(だけ)を見ている。例えば「慶應義塾大学助教」と「慶應義塾大学博士課程」では、驚くほどに相手のリアクションに差があることもある。おいおい、みたいな感じだ。どうやら、この類の人は、どこの世界にもいるみたいだがこのご時世大丈夫なのだろうか。肩書は確かに便利で分かりやすいけれど、もうそこには以前程の価値はない。ちゃんと「人」を見た方がいい。そして、肩書きを持っている人間にとっては肩書に安住せず価値を生み出していかなければいけないということでもあるのだろう。リチャード・フロリダのいう「フリーエージェント社会」は、万人にとって厳しい自由競争社会なのだ。

日曜日に慶應義塾大学日吉キャンパスで開かれた社会起業支援サミットin神奈川2009に行ってきた。

代表の挨拶の後、神奈川の社会起業家の関係者が15分ずつプレゼンしていく形で進行。

参加してたのは下記の団体。

オープンソースソフトウェア

アンガージュマンよこすか

川崎市民石けんプラント

湘南サドベリースクール

ベイウインド環境ヨコハマ推進協会

mama's field

アロハス株式会社

音伽舎

ネパリバザーロ

音力発電

ざっと見て、人の入りは200人くらい。大学生が6割くらい? フジテレビの収録やウェブ放送、ツイッターでの実況も行われていたようである。休日の午後にこれだけ人が入っている、社会起業系のイベントはちょっと記憶にない。

雰囲気としては、ゼロ年代前半までの第3次起業ブームのアッパーさを薄めて、と(特に環境と「他者」に対して)いいことやりたい、社会のことを変えたいみたいな要素をスパイスにした感じ。個人的には、第3次ベンチャーブームの頃のアニマルスピリッツ丸出しな感じのほうが馴染み深いかな。なんというか、最近流行りのエコ系のイベントとかにもありそうな、まったり、だけど、ちょっとアッパー(自己実現できますよ、みたいな)な感じと似ている。

最近思うのだけれど、エコや社会起業は、反貧困とはまた少し異なり、まるで「新しい、新しい社会運動」だ。ちなみに集まった団体は、神奈川の中ではかなり有名な団体ばかりで、僕にとっては目新しいものはなかった。

確かに、冒頭の挨拶にもあったように、何も知らない大学生(プロジェクトの関係者の多くが大学1、2年生の模様)でも、手っ取り早くできることのひとつは「場作り」だし、一般に「社会的企業」とよばれるNPOやボランタリー団体は、担い手に高齢者も多く、ITスキルが全体的に十分行き渡ってなかったりするので、確かにニーズもあるだろう。しかし、なんというか、当日の「明るく」「かっこよく」「メディア受けする感じ」(いや、そうした演出がある意味では(特にメディア対策として)とても大事である、ということは僕もこの辺のプロジェクトにいろいろ関わっているので良く分かるけれども)は、どうも社会起業やNPOやそれに関わっている人たちの現状や、そこから派生する「キツさ」のようなものを完璧に覆い隠してしまっていて、違和感があった。

なんだか、ちょっといろいろdisったみたいな形になっているけれど、休日の午後にこれだけの規模で人を集めて、社会起業家を告知するということは、とても意味のあることだということは間違いないだろう。そのうえで、もっとハードルをあげるとするならば、ソフト、コンテンツがちょっと弱い、といったところである。まだ、2回目のイベントだし、来年度以降のイベントに期待したい。

どうでもいいことだけれど、結構ウチ(SFC)の学生さんが関わっている模様。中間支援も大事だが、ぜひそこで刺激を受けて何か実際に、ソーシャル・イノベーションをやってほしい。確かに中間支援はかっこいいけれど、どう考えても中間支援よりも、喫緊の社会問題の数に対して、まだまだNPOや社会起業は数が足りていない(ただし、日本におけるソーシャル・イノベーションの担い手として、NPOやボランティア的なものが果たして本当に適しているのか、もしくは、コスト=ベネフィットを考えたときに適しているのか否かということは、検討の余地がある問題ではある。)。

さらにどうでもいいことだけれど、日吉にいったのはとても久しぶりだった。日吉は同じ慶應といっても、SFCとは雰囲気が違い過ぎ(でも、三田のほうが好きかな)w しかし、そんな日吉も、横浜市営地下鉄グリーンラインの開通や、チェーン店の増加などでちょっと町の雰囲気が変わっていた。

午前中都内で会議があって、午後から彼女と合流して『そんな彼なら捨てちゃえば?』観てきた。

数組の、状況の異なるカップルの入り組んだ関係の中から、(特に現代アメリカの)女の子の本音が垣間見える的な、ストーリーは普通に良くできたエンターテイメントなのだけれど、これがなかなかすごい。何がすごいって、映画館が女の子だらけ。女の子が友達数人で来てる、というのが一番多かったんじゃなかろうか。

で、女の子だらけだからかしらないけど、上映中も私語がすごいわけ。よく行く映画館だけれど、こんな人がしゃべって、携帯いじくってる映画はこれまでなかったよ。なんというか、女子校的な(?)違う文化圏に片足を突っ込んだ感じだった。



今書いているいくつかの原稿でも言及しているけれど、地方自治体は、地域社会のなかで情報、資金、権限が集中している相対的に大きな組織である。そして、ひとつの「地域」に対して、いくつもの行政単位が重複して存在していてそれらが有機的に関係していることも興味深い。つまり、例えば僕が住んでいる場所は、大和市であり、神奈川県であり、最終的には国であり3重の行政単位が存在していて、業務内容によってそれぞれが「複雑に」(そして、このこともメリットとデメリットがある。)組み合わさっているのである。余談だけれど、これが、問題をその規模に応じた単位で解決していく、いわゆる「補完性の原則」の制度的な背景になっている。

地域活性化には、いろいろな単位で同時多発的な展開を行っていく必要があることは間違いないのだが、国は規模が大きすぎるし動きが基本的に遅いし、一部のNPOや社会企業は局所的な問題には強いがプロジェクトの広域展開が難しい(繰り返すが、いずれかのアクターが重要ではない、と言っているわけではない。同時多発的展開が重要。そして、可能性がある、ということは、現時点では十分に活用されていないということの裏返しでもある)。このような視点にたつと、地方自治体は絶妙なサイズなのである。さらに、地方自治体の職員の方が重要だと思うのは、ある種の「地域の全体像」や暗黙知をもっていることである。

地方自治体の職員の方はおよそ3、4年で部署が変わる。これにはしばしば批判されるように事業の継続性などで確かに問題もあるのだが、そのことによって「地域の全体像」のようなものを必然的につかんでいくことになる。よく考えれば、職員の方を除くと、「地域の全体像」や地域の暗黙知を把握している人間は、今では住民の中でも少ないのではないだろうか。茅ヶ崎市役所産業活性化研究会や「神奈川の恊働を推進する県民会議」など、ここ1年程縁あって自治体の職員の方とご一緒する時間が長いのだけれど、みなさん驚く程その地域のことを知っている。地域活性化を考えるときに、この職員の方の情報や暗黙知を活用しない手はないだろう。

若い職員には民間からの転職者も多いし、制度的にも実はいろいろとおもしろいことができる仕組みが存在していることが分かってきた。このような次第で、最近の主要な関心のひとつが、これら(地方自治体職員の方の暗黙知と地方自治体に存在する制度)を、どのように結びつけて活用していくのか、ということなのである。

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