2011年3月アーカイブ

うまく書けるか分からないし自信もあまりないのだけど、こそっと(でも、むろんインターネットのうえで書いていることは承知のうえで)書いてみたい。

少し前に、震災(というより、原発関連)に関する報道について、首都圏の危険性を強く主張し、「疎開」をすすめたりする論者と、「(公式報道や幾人かの自然科学の研究者らの「首都圏は現状、安全」とする意見以上に)過度の不安を煽るな」という議論の「対立」があった。少なくとも、twitterをはじめとするソーシャルメディア界隈ではそんな意見の対立があった。

ごく大雑把な主観にもとづいていえば、前者を主張したのは主に一部の「知識人」(という言い方が適切ではないような気もするので、「論客」たちと書いてみよう)で、後者の立場をとったのが(「自分は情報感度に高い」と思ってそうな)一般の人たちだった。

この対立が「科学的にどちらが正確か」ということを根拠にもとづいて主張するだけの見識は残念ながら僕にはない。それでも、なんらかの判断を下さなければならず、僕と僕の家族にとっても重要な問題なのだけど、とりあえず現時点ではかなり消極的な選択として、首都圏に残って平静を装いながら「日常」を暮らしている。

可能であれば、せめて家族は「疎開」させたいと思いながら、現状で僕が認知可能なリスクでは首都圏にとどまらざるをえないと思う。おそらく多くの人たち(先ほどの言い方に倣えば、「後者の立場」にたった人たち)がそうなのではないか。

「論客」たちが入手していた情報が、後者の立場の人たちとそれほど変わるものだったとは思えない。また多くの「論客」たちも原子力について客観的に判断するだけの特別な専門知識を持っていたわけではない。というよりも、ある程度まともな判断力を持っていれば、今回の事態がこれまでとは違ったリスクをもつものであるということには、誰しもが気づくはずだ。

そうであるにもかかわらず、冒頭あげたような対立が起きたのは、「疎開」という処方箋があまりに説得力を欠いていたものだったことはその一因であろう。

「疎開」できるのは、フリーランスのような働き方や、資産を持っていたりするごく一部の人たちに限られる。日本的雇用システムに従事している大半の人たちは、今日出勤しなければ、このご時世職を失ってしまいかねない。どこに、いつまで疎開し続ければいいのかも分からない。「田舎」がない人だっている。

「命に比べれば」という考え方もあるけれど、数十年後に発がんリスクが増すことも怖いが、明日確実に仕事を失うことも怖い。低頻度高被害のリスクと、高頻度低被害のリスクは比較が難しい(行動経済学が専門の人ならきれいに説明してくれるかもしれない)。結論からいえば、「疎開」は、確かに選択肢のひとつとして確かに存在するけれど、多くの人にとっては事実上選択できない選択肢だったと思われる。それゆえに、多くの人たちは苛立ったのではないか。少なくとも僕はそう思ったし、結構苛立った。

結局、首都圏に暮らす多くの人は情報収集につとめつつ、危険性が「ある閾値」(人によって異なる)をこえるまで「日常」を取り繕って生きるしかないのだ。その「ある閾値」の位置を判断するためには、エビデンスに基づいた連続的な状況の把握が必要で(つまり、突出した数値の変化や、急激な数値の上昇)、従来の意味でいう論客たちの「情報発信」はその判断材料には全くならなかった。

彼らの言説は、電車の中吊り広告と似ているようにも思える。どちらも昭和的なものを象徴していて(かくいう、僕自身も昭和生まれだけれども)、「情報の寡占や言説に警鐘を鳴らす」という建前のもと、ただただ刺激的な言説を提供し続ける。でも、誰も真に受けない(たぶん)。そろそろ時代とメディア、そして言説は「平成」に変わってもいいのではないかとずっと思っていたけど、今回さらにそう思うようになった。

実際変化の兆しもある。僕が「ある閾値」を判断するうえで参考になったのは、震災直後から公式情報にもとづいた専門家たちの、ソーシャルメディアたちの分析と診断だった。東大物理学科長の早野龍五氏や、伊藤乾氏、東大病院放射線医療チームや、MITの原子力理工学部有志による「MIT NSE Nuclear Information Hub」、慶應義塾大学医学部助教の八代嘉美氏、あまたの文科省のデータを可視化した個人の方々の努力をあげることができる。

自然科学者だけではない。堀江貴文氏や津田大介氏は情報の拡散や集約につとめ、荻上チキ氏は自身のブログで、デマ情報(とおぼしき情報)の類型とサンプルを提示し続けた。

早野氏や東大病院のチームらには、あっという間に20万人近いフォロワーがついた。みな、こうしたエビデンスに基づいた言説を求めていたことがよくわかる。「安心・安全」言説を求めていたわけではなくて、先ほどのべた各自がもつ「ある閾値」を越えたか否かを判断する「素材」を求めていたということだろう。

専門家が一般向けに噛み砕いて話す言説が、通常のメディアではなく、ソーシャルメディアからはじまり、広範に伝わったわけだが、これはどうしても速報性に劣るがゆえに、解説やその他の付加価値で勝負する路線にシフトしなければならないはずの旧来型のメディアにとっては致命的と思われる。

ところで、東大に多額の経費が流れているから「御用学者」呼ばわりする論調もあったけれど、これは自然科学の世界ではごく当たり前のことなので、内実をきちんとみないと、本当に「御用学者」かどうかは分からない。たとえば、自動車会社も工学系の研究者に多額の資金提供を行っているが、自動車に欠陥がみつかったとしても、研究者が責められることはあまりない。

また自然科学系に限らず、国費を財源とする科研費やCOE、各省庁の助成金(いずれも額の小さなものから、億円の単位のものまでさまざまなものがある)の恩恵を受けている研究者は無数にいる。だからといって、こうした研究者を一律に「御用学者」とはいわない。基本的には、問題の構造は同じだ。

とはいえ同時に、アメリカのタバコ産業の不正と、その告発者たちの苦悩を描く、マイケル・マン監督、アル・パチーノ主演(ラッセル・クロウが渋い!)の90年代の名作『インサイダー』が描くような、産官学マスメディアを横断する巨大資本とネットワークと類似の構造を持っていることもまた事実。スポンサーの顔色に敏感で、「自粛」しがちなメディアへの影響力は少なからずあったのではないか。

急ぎ付け加えておくと、理系賞賛でも、ソーシャルメディア賞賛でもない。「ソーシャルメディアが役に立つ/立たない」という議論も最近よく目にするけど、これは「ソーシャルメディアが/いつ/どこで/誰の/どのような/役に立ったor立たないのか」という、せめて一部は限定した設定にしないと、両者の議論は平行線をたどったまま、という認識でいる。個人的には「ソーシャルメディアは、震災直後から/インターネット網が生きている、比較的被害が警備だった周辺部を中心に/安否確認や、情報交換、リアルタイムな情報共有/の新しい協働を迅速に実現する/ことには役立った」という認識(このあたりは来週頭発売の某経済誌や今月10日発売のとある論壇誌などに書いた&カタリバ大学のチャリティイベントでも話そうと思っているのでよければ手にとってください&出席してくださいね)。

思いつくままにつらつら書いたのでどうまとめていいかはちょっとよく分からないのだけれど、結局、僕らはそれぞれできることしかできず、大震災と原発事故という未曾有な状況のなかで、昭和的なメディアとそれに適応した言説、あるいは当時からカッコつきだったのではないかとも思うけど「前衛ー大衆」図式の限界は如実に明らかになったように、少なくとも僕は感じている。しかも、それらがわざわざこうしてブログに書くほどのことでさえなくて、実はみんなが当たり前のことのように認識しているのではないかとも・・・

・・・全然面白い結論にも、刺激的な結論にも到達せず、オチもないのだけど、メディアリテラシーは大学での担当講義でもあるので、持ち越しの課題とさせていただき、これからも考えていこうと思います。とりあえず、そろそろ出かけなければならないのでここらへんで。

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別にこのご時世に特段なんてことはないのだけど、3週間ぶりにSFCに行ったら、デスク周りがこんなことになってた。これでも、たぶん、掃除のおばちゃんと後輩が片付けてくれた模様。ご迷惑をおかけしました。

今日、ふと桜の木を見ると、ようやくつぼみが膨らんできていた。日は長くなっているものの、まだまだ寒い今日この頃だけれど、確実に春は近づいてきている。結局、僕もふくめ、資産を持つわけでも、場所に拘束されない働き方をしているわけでもない多くの「普通の人」たちは、さまざまな情報を横目に見つつも、なんとか平静を装って「日常」を生き続けるしかないわけで、せめて桜くらいは例年と同じように早く満開になってほしいと思いました。

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2011年3月15日付『中小企業振興』に寄稿しました。
ソーシャルビジネスと社会起業家についての調査の要約です。

『中小企業振興』は、現在の僕の勤務先のひとつ、独立行政法人中小企業基盤整備機構が月2回発行する中小企業や支援機関の業界紙です。

以下のリンク先から読むことができます(リンク先PDF)。

http://www.smrj.go.jp/kikou/dbps_data/_material_/g_0_kikou/johoteikyo/sinko/20110315-02.pdf

先日、出演した星野つよし氏が司会をつとめる地域発の情報番組『ホシノテレビ』の動画をアップいただきました。

若干挙動不審ですが、よければどうぞ。
ちなみになぜ挙動不審だったかというと、収録したスタジオが外見は一見、なんの変哲もないスナックなのだけど、中に入ると複数のカメラとMac、ミキサーなど本格的な設備がある不思議な場所だったからです。

なお、『ホシノテレビ』は、毎週水曜日22時から、湘南地域の人物を呼んで話を聞く番組で、ustream上に過去のアーカイブもあります。
「湘南から発信!星野つよし氏がMCをつとめる湘南をテーマに語り合うトーク番組。湘南­­に暮らす元気いっぱいの人々や街の魅力を生中継でお伝えしていきます! ホシノテレビ」がコンセプトのようです(http://www.facebook.com/hoshinotvより)。僕も、昔藤沢市に住んでいたり、今でもSFC博士過程に籍があるので、ぎりぎり湘南関係の人ということなのかも・・・

しかし、facebook上にもfacebookページがあり、生放送で政治についても活発なQ&Aが行われるなど、魅力的かつ先駆的な地域情報と政治のコンテンツだと思います。

「ホシノテレビ Vol.22 西田亮介さん」

今月のSYNODOS JOURNALです。

「寄付連鎖を寄付文化創造の契機に 西田亮介」
http://synodos.livedoor.biz/archives/1704956.html

このエントリは、Yahoo!ニュースにも転載いただいた模様。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/date_naoto/

明日、3月10日21時〜「ニコ生シノドス×Voice ~世代間格差を解消せよ~ 」(番組ID:lv42417127)に出演します。以下、番組表から引用。

当日の放送&タイムシフトはこちらからどうぞ。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv42417127

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「世代間格差」とは何か?
若者は搾取されているのか?

アカデミック・ジャーナリズムの旗の下、専門的知見に基づいて、
現代の社会・経済・政治の問題を解読してきたニコ生×シノドス。
今回は、論壇誌『Voice』4月号の特集「世代間格差」と連携しての番外編です。

団塊世代が年金受給者になりつつある一方、
若者の採用・昇給は抑えられ、大卒の就職率は過去最低を更新。
「税と社会保障の一体改革」も結局、中高年の「逃げ切り策」という声が......。
わが国の未来を担う若者は、
既得権益者からいったいどれだけ「搾取」されているのか。
経済学的見地から小黒一正氏、社会学的見地から西田亮介氏をゲストに、
「世代間格差」の現状を明らかにし、いかに「格差解消」をめざすべきか、
徹底的に議論します!

【出演者】
司会:
飯田 泰之(@iida_yasuyuki)
75年東京生。エコノミスト。東京大学経済学部卒業、
同大学院経済学研究科博士課程単位取得中退。
現在、駒澤大学経済学部准教授、財務省財務総合政策研究所客員研究員。
専門は経済政策、マクロ経済学。
主著に『経済学思考の技術-論理・経済理論・データを使って考える』(ダイヤモンド社)、
『経済は損得で考えろ』(エンターブレイン)など。

ゲスト:
小黒一正
74年東京生。一橋大学経済研究所 世代間問題研究機構准教授。
京都大学理学部卒。一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。
大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、
(財)世界平和研究所主任研究員などを経て、2010年より現職。
著書に『2020年、日本が破綻する日』(日本経済新聞出版社)など。

西田亮介
83年京都生。東洋大学非常勤講師。慶應義塾大学政策・メディア研究科助教。
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、同政策・メディア研究科修士課程修了。
同博士課程在籍中。
専門は地方自治体、企業、非営利組織等の連携による地域活性化の分析と実践。
『現代用語の基礎知識2010』『中央公論』『思想地図vol.2』などに論文を寄稿。

【Twitterをご利用の方】
ハッシュタグ「#niconama_talk」をご利用ください。
なお、ニコニコ生放送で行われる記者会見や討論番組などは
@nico_nico_infoをフォローすることで最新情報を取得できます。
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なお、僕の慶應の任期は2009年度で終わっており、現在は代わりに、「独立行政法人中小企業基盤整備機構リサーチャー」等の仕事をしております。詳しくは、ブログヘッダー等参照のこと。修正のお願い出したけど、未だ直ってなかった泣

さて、経済学の先生お二人に囲まれて、僕は一体なんの話をするのだろうか。。。

そして、初めて『Voice』誌を資料でいただいたのだけど、総力特集として「「若者厚遇」で世代間格差を破壊せよ」となってて一瞬目が丸くなった。これはあえてなのか、それとも、ベタなのか・・・とまれ、これから目を通してみます。保守系論壇誌さんとのお仕事は初めてだけれど、さてさてどうなるのでしょうか。。。と思ったけれど、よく考えれば、これまでも『中央公論』以外の論壇誌とはあまりお付き合いがなかったのであった・・・orz  もしかして、左の人たちには、なぜか「ネオリベッ」と糾弾され、右の人たちには箸にも棒にもかからない残念なポジションにいるのかもしれない、と思った。

飯田さんのブログにも告知があがってた。
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20110307


社会起業家について、2011年3月1日付け『中小企業振興』に寄稿しました。15日付のものにも、後編が掲載される予定です(リンク先PDF)。

http://www.smrj.go.jp/kikou/dbps_data/_material_/g_0_kikou/johoteikyo/sinko/20110301-01.pdf

本体のレポートもこちらに公開されています(リンク先PDF)。
http://www.smrj.go.jp/keiei/dbps_data/_material_/common/chushou/b_keiei/keieichosa/pdf/shakaikigyouka.pdf

知人が関わっているイベントのお知らせです。テーマ的にも興味深いし、ゲストは我らが宮台師匠なので、僕も都合があえば遊びにいきたい。とまれ運営に関わっているわけではないので、問い合わせは下記連絡先までよろしくお願いしますー。

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まちづくりの哲学  「場所」「幸福」「関係性」

「まちづくり」とは、ある「場所」で「幸福」になるための「関係性」をつくりだしていくことではないでしょうか。代官山で「まちづくり」に取り組んできた「代官山ステキな街づくり協議会(代スキ会)」が、実際の活動の中から生まれて来た様々な疑問を普遍性につなぐため、社会学、生命学、哲学、経済学、音楽、建築、アート等、多様な分野の第一線の有識者を迎え、6回にわたって考えます。

主催:代官山ステキなまちづくり協議会
共催:クラブヒルサイド

〈スケジュール〉
第1回 タイトル:「まちづくりとは何か?」
宮台氏は、性愛論、宗教論、国家論等、様々な分野の研究を通して、一貫して居場所問題を論じて来ました。また昨今では、近接性や共同身体性がもたらす、社会の包摂性を論じています。「まちづくり」が、"居たい"と思える「まち」をつくることを目的とするなら、そこは包摂性を帯びた居場所であるはずです。共同体の失われた都市に、「まちづくりは」"居場所"を作ることが出来るのでしょうか?政治学にも造詣の深い氏に、包摂性を帯びた社会を実現するための、自治としての「まちづくり」を問います。

4月2日(土)18:30~20:00

講師:宮台真司  聞き手:加藤仁美
社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などの分野で社会を分析。積極的に言論を展開している。

会場:ヒルサイドプラザ
http://www.hillsideterrace.com/rental/plaza.html

* 要予約

*セミナー終了後会員のみのサロンを準備しております。当日会員になられた方もご参加頂けます。

会費:一般 2,000円 クラブヒルサイド会員 1,000円
予約・問合せ:ヒルサイドインフォメーション 
Tel:03-5489-3705
Mail:info@hillsideterrace.com
問合せ:「代官山ステキなまちづくり協議会」野口浩平
Tel:080-3737-5522
Mail:noguchi@xd5.so-net.ne.jp

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