いただいておきながら、すっかり日が経ってしまったものもあります。感想など。
「コミュニティの構想力」という特集。リアルなコミュニティから、オンライン上のコミュニティに関するものまで、さまざまな論客がコミュニティを論じている。コミュニティ論といえば、広井良典氏の名前を抜きに語ることは難しいが、本稿でもしっかり取り上げられている。『定常型社会』という著作からもわかるように、行き過ぎた経済成長の追求を批判する立場である。今回の特集の「『創造的福祉社会』の構想」のなかでは、現代を「生産性が上がりすぎた社会」と捉えている。そもそも日本の社会は先進諸国の中でも労働生産性の低さが問題視されているので(たとえば、「労働生産性の国際比較2009年版」参照のこと)、あまりに観念的にも思えるが、「生産性が最高度にあがった社会」が前提とされているところが問題ではないか。人は習熟によって作業効率を改善していく。むしろ、生産性や成長の乏しさがこの社会の閉塞感の源泉になっているように思える。ただし、「公共サービスに創造性を導入せよ」という主張は同意。今、社会起業家をはじめとするソーシャルビジネスが日本にも本格的に活動を始めてきているが、今後はそういった自由な、そして彼らの取り組みをエンパワーメントする施策の一層の拡充が重要になってこよう。あと、「我は如何にして活動家となりし乎」「生活クラブと私の魂胆」という特集は、日本の社会貢献活動史を知るうえでもいい特集。バックナンバーが読みたいです(笑)大塚英志さんと宮台真司先生の「通過儀礼としてのワーク」という対談は、大塚氏の『きみはひとりでどこかにいく』発売記念のもののようだが、ものすごく良い。大塚氏の長年の創作教育の狙いがよくわかる。思わず、ぽちってしまったが、忙しさにかまけて、まだ絵本をつくれてはいない・・・
今年6月に行われた同名シンポジウムを起こして順番を入れ替え、文学者の河野至恩氏が解説を書いている。僕も裏方としてこのシンポジウムの準備に関わっていただけに、こうして形になったことを大変嬉しく思う。これまで、主に日本(文化)研究というと、いわゆるカルチュラル・スタディーズがその中心を占めてきた。そこには、実は国内の主たる論壇事情は反映されていないし、あまりに一面的なものであった。そこに手当すべく、開催されたのがこのシンポジウムであった。東浩紀、宮台真司、大塚英志、村上隆といった、国内動向を語るうえで外せないまでも、既存の文脈では言及されてこなかった当人たちが登壇し、海外の日本研究者たちと交わす議論は、必読であろう。
シンクタンク研究員が書く、「一人一人の仕事の中の気になることを棚上げせず、アクションすることで世の中が変わった」事例を集めた書籍。『責任革命』というタイトルよりも、現代の『SAVING WORLD AT WORK』のほうが中身をよく表している。解説は、日本を代表する社会起業家、NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹さんが書いている。まさに、「新しい公共」のものいいそのものなのだが、最近どうも違和感を拭えない。成熟した社会において、あらゆる社会問題は個人の気づきとアクションがが「本当に」変革につながるのか、それが最もよい解決策なのか、ということ。もちろん、「社会問題」が多様化し、他方個人のアクションがある種のシグナルとして機能する時代になってきてはいるのだけれど、そうすると、政府や地方自治体はなにをするのだろう(もちろん、僕なりの答えもあります。いたってオーソドックスですが、キーワードはプラットフォームと補完性でしょうね。)。個人のメンタリティと社会システムの間には一種のクッションがあるということが、社会科学の到達点だとすれば、「個人の頑張り」もさることながら、制度設計や仕組みづくりの役割がむしろ重要になっているのではないか、という気がするのである。

