小説の最近のブログ記事

映画、小説ブログで有名な「空中キャンプ」こと、伊藤聡氏の新刊『生きる技術は名作に学べ』をご恵投いただきました。

同著は、いわゆる基礎教養として、若い時分に読んでいることが期待されていながらも、多くの人が意外と読んだことがない、いわゆる「名著」へのインデックスになっている。具体的には、以下の作品が取り上げられている。

     
  • カミュ『異邦人』
  •  
  • ヘッセ『車輪の下で』
  •  
  • トゥルゲーネフ『初恋』
  •  
  • アンネ・フランク『アンネの日記』
  •  
  • ヘミングウェイ『老人と海』
  •  
  • モーム『月と六ペンス』
  •  
  • マーク・トゥエイン『ハックルベリィ・フィンの冒険』
  •  
  • スタンダール『赤と黒』
  •  
  • ジョージ・オーウェル『一九八四年』
  •  
  • トーマス・マン『魔の山』

本書では、まさに伊藤氏のブロガーとしての真骨頂でもある、ある種の軽やかさをもって、当該作品のみならず、関連コンテンツも含めて紹介されていく。その手つきは、例えていえば、原典の新訳復古版のようだ。本書は、「知的教養」として読んでおくことが、特に一世代上の世代から期待されながらも、難解な訳語や文体に阻まれ挫折しがちな古典の魅力を伝えるとともに、改めてそれらを手にとるきっかけを与えてくれることだろう。ちなみに、僕は未読のモーム『月と六ペンス』と、トーマス・マン『魔の山』を時間があるときに、読んでみたいと思った。

本書の構成は、まず話のストーリーを簡潔に紹介しつつ、話題を展開していくものになっている。しかし、それらはいわゆるネタバレにならない程度に抽象化されており、ほどよく紹介されているので、関心をそぐどころか、より一層紹介されている古典への興味を掻き立てている。

このような所作によって、思い起こされるのは、いわゆる「名著」もそれぞれの時代において最初から教養の代名詞であったわけではなく、しゃちほこばって気取ることのない「作品」であったということだ。僕らはいま、むしろ「名著」という固定観念を捨てて、これらの作品を手にとることができる稀有な時代を生きているのかもしれない。

また、巻末の「死について」では、伊藤氏がブロガーとなるきっかけを偲ばせる実存的文章が挿入されている。節としてはとても短く唐突で、確かに浮いて見えるのだが、切実に伊藤氏の実存が垣間見えて、有り体にいえば、本書のなかで最も感動した文章であった。

なお、伊藤氏は、次回1/24日深夜(25日早朝にかけて)TBS文化系トークラジオLife「いま、聞きたい名言」の回のゲストにも登場されることになっている。こちらも必聴!

TBS文化系トークラジオLife→
http://www.tbsradio.jp/life/index.html

空中キャンプ→
http://d.hatena.ne.jp/zoot32/


2ヶ月ほど苦しんでいる、一本の原稿がある。
多分筆は早いほうだと思うのだけど、老舗の媒体ということもあり、内容や構成のみならず、テーマ設定と自分の専門との兼ね合いあたりでも悪戦苦闘している(でも、そのズレのお陰で、ひとつ引き出しが増えつつもあるので編集のiさんに感謝)。

そんなときにたまたま書店で目にとまり手にとったのが、『小説の効用・青べか日記』。

本書は、数少ない、「大衆小説家」山本周五郎のエッセイと日記。どうも山本は、数々の経済的問題と自身の才能への疑義で苦しんだようで、勝手に今の自分の気分と重ねて、なかなか楽しめた。

以下、いくつか本書所収のエッセイから抜粋。

小説が「芸術的価値」だけで肯定されていた時代に比べると、いまはその存在のかたちがかなり大きく変わって来たし、たとえ「芸術的価値」がなくとも、効用価値があれば存在を認めるようになった。作者自身が、その小説に忠実ではなく、責任感や良心をもたない場合でさえも--(「小説の効用」p.8)



批評も同じように、その「批評」が読者なり作者なりになんらかの「効用」をもたらさないもの、単にいやがらせや、やっつけを目的にしたようなものは(署名、匿名の別なく)ご遠慮が願いたいのである。(「小説の効用」p.11)



わかりきったことだが、小説は作者が「書かずにはいられない主題」があって書きます。その手法は各人各様であっっても、もっとも多数の読者に呼びかけようという欲求に変わりはないでしょう。なぜなら--このことはまえにいちどこの欄で書いたと記憶するが、現在「自分の芸術的良心の満足だけで書かれた」ような小説は、もはや同人雑誌の中にさえ存在しなくなっているからであります。
(「歴史か小説か」p.13)


これらは昭和31年と昭和33年のエッセイである。この他にも小説に限らず、物を書くという営為について、なかなか刺激的な文章がいくつも仕込まれていて、僕にとってもとても示唆的である。

そういえば、先の引用は、先日の某研究会における、新進気鋭のiくんの質問に対するいい回答になっているような気もする。どうやら、昭和30年代に解決されていた問題だったようである。

さて、僕の原稿もいよいよ山場にさしかかりつつあり、ようやく校了の目処が立ってきた。今日の打ち合わせによれば、当初の予定よりもう一月遅れるかもしれないが、なんとかちゃんと形になりそうである。やはり、何事も、ひとつ、ひとつきちんと形にしていくことが重要である。頑張ろう。

(でも、僕だってそれなりに忙しいので、「いずれ」「そのうち」とか、その程度のものは原則やらないことにした。いい加減、うんざりしたぜ。その意味でも、実績のない僕に、これまで物を書く仕事をくれた人たちには、今回の担当のiさんも含め本当に感謝している。媒体が減り、そうであるにもかかわらず、なぜかリスク回避志向がやたらと強い業界において、それがいかに希有なことで、ありがたいことなのか少し分かってきた。)

藤沢周平による小林一茶の生涯を描いた時代小説。

小林一茶といえば、「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」など、いつかに国語の授業で習った素朴なイメージを持っていた。だが、そうした素朴な一茶観を一掃してくれる一冊。

小林一茶は信州出身で幼い頃に義母との関係が悪化し、江戸に奉公に出される。その中で、歌を知り、旅の中で学んで行く。生涯に実に2万もの俳句を残している。

また、遺産相続の問題で争うなど、当時の状況の中で、俳諧師という「浮いついた職」で食べて行くためにしたたかに、たくましく生きて行く方法を暗中模索する様が描かれている。

どこまで史実に基づいているのかは定かではないが、「自分の名前」で食べていく、生きていくことの厳しさと、したたかに生き抜いた一茶の強さが印象的である。

ちなみに以下のサイトで小林一茶の俳句がかなりの数公開されている(残念ながら、プロジェクトは未完で終わったものと思われる)。


「一茶発句全集」
http://www.janis.or.jp/users/kyodoshi/issaku.htm


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