今日は先日の揺り戻しか体調が優れなかったが、用事があったので夕方外出した。その帰りの二子玉川のBook1stで電車対策として購入。
普段車で移動しているため、電車はヘッドホンと本がないと手持ち無沙汰でかなり辛い。で、そんなわけで、電車に乗る前にはだいたいなにか本を買う。二子玉川のBook1stは駅構内のとても小さい店なのに、意外と品揃えが良くてお気に入り。流行りモノだけじゃなくて、厳選されてる感じ。本屋では最近の流行りが分かったり、予想だにしていなかった本に出会えるので、amazonのリコメンドとは別の意味で重宝している。
で、梅田さんのこの本。私淑と私塾がテーマ。ネット時代において、私淑と私塾が動機付けやロールモデル、教育として重要になる、という感じ。完全に共感する。ネット時代でblog等の普及もあり、私淑することの物理的ハードルは下がっている(逆に心理的ハードルはどうか、という問題はあるけれども...)。
それはさておき、個人的な私淑の話をしよう。思えば、大学に入ってから、5年間指導して頂いている井庭先生やこの2年間プロジェクトで指導して頂いている熊坂先生、土屋先生の他にこれまで3人の先生に私淑してきた。世代も分野も異なる3人の先生たちだ。
一人は安全保障を専門にされているK先生。自衛隊を退職されて、特別招聘教授という肩書きでいらっしゃていたのだが、安全保障という日本でまだ学問分野として認知されていない分野を広める為に、自主ゼミを開いてくださっていた。当時、確か留年して2期目の大学2年生(!)で、それほど学問にも興味がなかったのだけど、たまたまとっていた「安全保障論」の授業で、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」論の是非を巡ってディスカッションをする、ということになって、前で話す、という人間がたまたま全員肯定派で、それもつまらないので、手を上げて、ディスカッションに参加することに。具体的な内容はもうあまり覚えていないけど、400人教室の壇上で、3人の肯定派とディスカッションしたときのある種の緊張感と、終わった後に先生が自主ゼミに誘って下さったことはよく覚えている。
それから3年弱に渡ってK先生のゼミで、アメリカの核戦略を中心に勉強することになった。その過程で、厚木や横須賀の基地見学や防衛省の幹部や若手、広島の自衛隊学校の生徒達とディスカッションするような貴重な機会を与えて下さった。お酒や歌も好きで、よく人生論をお話されるオールド・スクールな先生で、ダブルの上着がよく似合っていた。こうした経験は、直接、今の専門の地域活性やネットワーク分析、ポリシー・メイキングとは関係しないけど、なにか重要なことを教わった気がする。少なくとも、あのとき声を掛けていただいていなければ、大学院に行って研究者になろうとは思っていなかったはずだ(もともとずっとコンサルに行こうと思っていた)。
M先生には現在もお世話になりつづけている。やはりお世話になって5年くらいか。社会学が専門の方だが、ちょうど安全保障関連の本を立て続けに出されていた時期で、その一歩踏み込んだ議論と砕けた口調が普通の安全保障専門家と一線を画していて、とても興味を持った。著書にメールアドレスが載っていて、メールをしてモグらせてもらった。それから三年半あまりに渡って、知らない、もしくは手を出さないことがSFCのある種の強さであり、弱点でもある「体系だった社会学」と「研究者としてのスタイル」を教わった。こういうスタイルもありだ、と。研究者も個人のネームで仕事をする職業である以上、スタイルは重要だ。そのM先生が先日、ある推薦書を書いて下さった。「申請者との関係」欄に一瞬手が止まった後、「非制度的教員」と書いて下さった。とても嬉しかったことを覚えている。
S先生も同じく現在もお世話になり続けている。10歳くらいしか離れてなくて、まだ、いわゆる若手だけど、なんというか勝手に思っている兄貴分だ。いつも、調子に乗っていると鼻を折ってくれて(大体調子がいいときは周りはちやほやする)、でも、なにかあるときは必ず声を掛けてくれる。自分ではとてもこうはできないけれど、先輩のロールモデルとして、こうありたいといつも思う。
別に細かい議論に同意する/しない、は、どうでもいい。それほど同意できない部分も少なくない。でも、彼らが言っているのなら、というところがある。それらはほとんど内容とは関係しない。それはそれでちょっと危ない思想といえば、危ないけれども。
あと足りないものは、何か? 同世代のライバルと「共闘できる仲間」だ。意外とここが難しい。出会いの問題もあるのだろうか。贅沢な悩みと言えば、贅沢な悩みかもしれない。