政策学についての最近のブログ記事

長らく懸案事項であったamazon在庫も復活し、いよいよイベントも来週に迫った『「統治」を創造する』(春秋社)ですが、執筆者のひとりでもある藤沢烈さんが代表取締役を勤めるRFC社にfacebookページを作成いただきました。これからイベント情報の告知や執筆者(つまり、ぼくたちですね)との交流の場としてご活用いただければと思います。
http://www.facebook.com/pages/統治を創造する公式ページ/295796617139433



レクチャーのお知らせ。

2011年2月14日「民間事業所・NPOと地方自治体のパートナーシップの可能性について」という題目で、杉田俊介さん主催の勉強会で登壇させていただきます。

以下、杉田さんのブログ「いちヘルパーの小規模な日常」から転載。

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***レクチャーのお知らせ***

 【テーマ】民間事業所・NPOと地方自治体のパートナーシップの可能性について

 【趣旨】

 民間事業所・NPO法人と行政との有益なパートナーシップ(協働)を構築するための方法論や、全国の他市町村でのケース事例などを、企画立案・研究の最前線で活躍する講師に、レクチャーして頂きます。

 川崎市の障害者福祉に携わる民間事業所やNPO法人の活動は、当事者への密着度は高いものの、行政との交渉、制度設計へのコミットの仕方などの、知識やノウハウを十分に持っていない面があります。

 行政側にも意欲的な職員がいるので、非常に「もったいない」状況です。

 現在、地域療育センター等の民営化、障害者の相談事業体制の大規模な再編、などの大きな変革を迎えています。未来の当事者や家族、後続する若い支援者たちのためにも、しっかりとした行政との協働関係を構築しておく必要があるのではないか、と考え、本レクチャーを企画しました(今後も様々な学習の場を準備する予定です)。


 【日時】2011年2月14日(月) 19時00分~21時00分

 【場所】川崎市文化会館てくのかわさき・第一研修室(JR南武線・武蔵溝ノ口駅or東急田園都市線・溝の口駅から、徒歩5分)

 【地図】http://www.zai-roudoufukushi-kanagawa.or.jp/tekuno.html


 【講師】西田亮介氏(独立行政法人中小企業基盤整備機構リサーチャー、東洋大学経済学部非常勤講師)

 【講師プロフィール】研究テーマは、非営利組織論、社会起業家論、地域活性化論、大学発ベンチャー論、日本におけるサーフカルチャーの受容過程など。

 NPOや自治体、企業、メディアなどの企画立案にも携わっている。

 『中央公論』『現代用語の基礎知識2010』『週刊エコノミスト』『思想地図』vol.2等で精力的に発言。

 現在、最も注目を浴びる若手論客のひとりです!

  西田氏ブログ:http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/

 【主催】NPO法人療育ねっとわーく川崎(サポートセンターロンド)

 【参加費用】500円

 *当日参加歓迎です。ただし、資料等の関係で、可能なかぎり事前にメールにて申し込みをお願い致します。


 【問い合わせ先】sssugita[あっとまーく]hotmail.com(杉田俊介)
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より

参加条件等については、上記の杉田俊介さんにお問い合わせください。

先日のエントリーでも紹介した今年のORFのトークセッション「創造力による新しい地域活性の構想:創発型地域活性へ」のご案内を再掲します。地域活性、NPO、社会起業、環境貢献活動、ソーシャル・イノベーション等に関心のある方は、是非ご参加下さい。

「創造力による新しい地域活性の構想:創発型地域活性へ」

登壇者一覧
井庭崇 (慶應義塾大学 総合政策学部 専任講師)
西田亮介 (慶應義塾大学 政策・メディア研究科)
堀直也 (EcoSurfer代表)

「このトークセッションでは、各アクターの創意工夫と試行錯誤を 促す環境設計によって、ダイナミックな地域の活性化を計る「創発 型地域活性」の可能性について議論します。創発型地域活性では、 各アクターの創造力とコラボレーションが重要な鍵を握ります。そ の地域活性の新しい方法論と実践事例について、湘南で次世代地域通貨 「Beach Money」を展開するEcoSurfer代表 堀直 也氏を招いて論じていきます。」

場所: 六本木ヒルズ・アカデミーヒルズ40階、オープンセッション会場2
日時: 11月21日(金)10:00〜11:30
http://orf.sfc.keio.ac.jp/program.php

ORFの公式サイトはこちら→
http://orf.sfc.keio.ac.jp/

読売新聞北海道支社夕張支局の記者による財政再建団体となった北海道夕張市についてのルポルタージュ。

夕張市の事例は、国のエネルギー政策転換による「炭坑の町」の破綻後、「炭坑から観光へ」(!)を歌う「カリスマ」市長の登場と、彼とその周辺の地域利権に絡んだ周辺業者の独裁と暴走、不足する自治体の財源の一時借入金による補填が原因である。

「炭坑の町」という設定こそ特殊だが、その他の事例に関しては身に覚えのある地方自治体も少なくないはずだ。

「炭坑から観光へ」という箱モノ行政、「カリスマ」市長依存の自治体行政、長年の既得権益関係に依存した思考停止の癒着の構造、こうした事例は少なからず、どこの自治体にも存在する。

しかも、難しいのは、70年代に一早く「炭坑から観光へ」を歌った中田市長の方向性は先駆的だったとも言えることにある。

問題は、自治体にチェック体質と自律的に行政を運営していく力がなかったことだ。以前も書いたけれど、日本では地方自治体が自律して地域行政を主体的に行っていく、というのは、未曾有な事態なのだ。

それを支援する方法は、自治体職員に創造的な思考を促す発想支援ワークショップのようなものかもしれないし、もっと別の方法や発想もありうるかもしれない。

一つ言えることは、従来型の取り組みは粛々とやり続けるのもいいけれど、もっとラディカルな取り組みや方向性が試行錯誤されてもいいのではないだろうか。


何度か言及している通り、置き引きにあい警察やカード会社、保険会社といった普段あまりやり取りしないアクターと様々な形でやり取りがある。このような普段接触しない、非日常なアクターとの接触からは、普段気づかない、日常を支えている(はずの)さまざまなインフラの存在と機能について気づくことが多々ある。

先日は、「老朽化する日本型サービスとイノベーション」(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/08/post-108.html)と題して、外資の新生銀行と日本の銀行を比較して、顧客本意の新生銀行のサービスの優位性を指摘した。

今日は、サービスの観点から警察について少し考えてみたい。もちろん、警察の主要な仕事は公共の安全と秩序の維持である。同時に、各種の行政サービスを提供する公務員でもある。警察の提供する、(住民の観点からすれば)ある種のサービスは、多くの不透明で、不条理かつ不合理な問題を抱えているようだ。

その一つに「被害届の移譲」がある。「被害届の移譲」というのは、管轄外で出された被害届(と調書?)を管轄の警察に移すことのようだ。どうもこれが警察内部ではめんどくさい手続きのようで、大変に嫌われる。

今回、東京の電車で置き引きにあったのだが、神奈川県に住んでいるので、近くの、大和署の管轄の、ある交番に被害届を出しにいくと、担当の相談員Iは「管轄が警視庁なので、警視庁に被害届を出せ」と言う。神奈川県民なのに、なぜ神奈川で出せないのか?と問うと出せないの一点張り。ラチが開かないので、諦めようとしていると、「部長さん」という人が出てきて、この「被害届の移譲」という仕組みがあることを教えてくれて、都内に足を運ぶことなく被害届を出すことができた。

一般に、普通の人間は神奈川県警も、警視庁も「警察」という「公共の安全と秩序の維持」のために活動してくれる組織として一括して認識している。通常、管轄云々は警察内部の問題で、警察の業務(なんだかサービスというと語弊がありそうなので)を利用したい人間にとっては知る由もない。その意味でいえば、被害届を出せる場所と出せない場所がある、ということは理解できない。この問題は、警察が調書を紙で取っていて、それを適切に他の警察と共有するシステムがない(ように見える)ことに由来する。現在、警察では「広域捜査力の強化」がテーマになっているようだが、

通信手段や交通手段の発達等を背景に犯罪が広域化したことから、多くの犯罪捜査では、複数の都道府県にまたがって活動する必要が生じている。このため、都府県警察の単位を越えて広域的に捜査を行う広域捜査隊の編成が進められているほか(平成18年末現在、全国12地域で広域捜査隊の編成に関する協定を締結)、複数の都道府県警察による合同捜査や共同捜査を積極的に推進している。
(『警察白書』平成19年版 http://www.npa.go.jp/hakusyo/h19/honbun/pdf/19p01000.pdf p.90より)


調書のデジタル化とデータベース化もある意味では、それに貢献するのではないだろうか? 調書には、被害状況が書かれている(ことになっている)。そうすると、例えばテキストマイニングすれば、犯罪捜査ものの海外ドラマみたいではあるけれども、事件の状況の共通点や関係性の洗い出し、犯罪捜査の新しい方向性が模索できるのではないだろうか。そして、何より犯罪被害者にとってのサービス拡充に貢献するように思う。

他に、同様にユーザー本意のサービスではないと今回疑問を感じたものに、やはり警察の遺失物検索システムがある。現在、各県警に遺失物の検索システムが設置されている。一瞬、警察の情報化も進んだものだ、と思わせるが、これらは極めて使い勝手のよくない代物だ。

例えば、警視庁と大阪府警ではインターフェースが異なり、県をまたいだ横断検索もできない。しかも遺失物は、一元管理されておらず、問い合わせは各県警の管轄する遺失物管理センターなど個別に行わなければならないのだ。(下の画像は警視庁と大阪府警の落とし物検索システムのインターフェース。)

ko.jpg
http://www1.keishicho.metro.tokyo.jp/syutoku/search.phpより)

oo.jpg
http://www.otoshimono.police.pref.osaka.jp/info/searchIndex.jsp

これらも完全にユーザーの利便性を考えて設計されたサービスとは言いがたい。例えば、JR東日本(ある意味では警察同様、管理しているエリアは県を越えている)などは、遺失物を一元管理していて、一カ所に電話すれば、探してもらえるよになっている(ただし、こちらはIT化されてなくて、webから検索できる仕組みがないようだ)。

察するに、警察の場合、遺失物の管理システムを作るよう上から通達などが各県警に出され、それをもとに各県警が個別に外注してシステムを作ったため、インターフェースの相違や横断検索ができない不便なシステムができてしまったのではないだろうか。

先日も述べたことだが(「老朽化する日本型サービス」http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/08/post-108.html)、日本型サービスや行政組織には、ユーザーからすれば多くの不条理な慣行が多数旧態依然として残っている。これらを満足できるユーザー本位のサービスに転換にしていくためには、大規模なリノベーションが必要に思えてならない。

終末期医療とDeath Education -主体的な「死」と教育を考える-

1. はじめに

 近年、後期高齢者医療制度や年金問題をはじめ、少子高齢化という日本の社会構造に起因した問題が数多く表面化している。一般に、これらの問題は若年層にとっては煙たい問題だ。他に取り組むべき課題がたくさんあるようにも見える。だが、人は、いずれは必ず老い、必ず死ぬ。従って、これらの問題を忌避することは、問題を先送りにしているに過ぎない。
 この小論では日本の終末期医療と主体的な死の在り方の問題を取り扱う。日本の終末期医療の現状は、主体的な医療参加に関する重要な問題を象徴的に示しているからだ。具体的には、自分の死について主体的に関与し決定する意思決定の問題だ。本稿では、現状を確認し、その上で初等中等教育におけるDeath Educationの必要性を述べる。Death Educationとは、自身の死についてロールプレイやワークショップを通して自身の死について主体的に考察することを促す教育だ。これらの議論を通して、これからの医療において重要となってくるであろう患者の主体的な医療参加を考察する契機としたい。

2. 日本の終末期医療

 近年、日本では、少子高齢化が急速に進んでいる。このことは既に言い尽くされた、周知の事実だ。高齢化が進んだ社会では、特に死をどのように迎えるかが重要な問題となってくる。だが、奇妙なことに日本では死に関連したQOLを向上させる終末期緩和医療は驚く程普及していない。日本ホスピス緩和ケア協会の調査によれば、日本における緩和ケア病棟入院料の届出受理施設数は、2007年12月現在で全国に178施設、3417病床に過ぎない(日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/what/doc_h01.html ) 。他方で、日本対ガン協会によれば、2005年の日本人のガン死亡者数は、32,5941人で、日本人の三大死因のトップを占めている(日本対ガン協会 http://www.jcancer.jp/news/2006/1300.html) 。単純な比較は禁物だが、二つの数字にはあまりに大きな落差がある。これはどういうことだろうか? 
 多様な議論が可能だが、ここでは主体的な死の在り方という観点から議論を進めてみよう。現代社会では、死は高度に隠蔽されている。まるで触れてはいけないものであるかのように。かつては、多くの高齢者、重篤者は家庭で死を迎えたが、今では主に病院で死を迎える。死に直面することは、近親者に大きな衝撃を与える。だが、死のプロセスを直視する過程で、死について経験的に理解し主体的に考えることができた。現在では、死のプロセスは闇の中だ。高度な医療機器に接続され、意識を失っても「生き続けている」。そしてある瞬間を越えると死に至ったと認定される。その結果、周囲の人間には、体験的に「死」を理解しづらくなっている。また、現代社会において、子供は、まるで見てはならないものであるかのように、「死」から遠ざけられる。けれども、見方を変えればそのことは子供から主体的に死を考える貴重な機会を奪っている。このように死をタブ−視し、周囲の者を遠ざけることは、結果的に死を筆頭に医療全般に主体的に参加するために必要な前提を学ぶ機会を剥奪している。

3. Death Education

しかし、もはや現代社会では、死を直接的に曝すことは現実的とは言えない。それでは死を主体的に遂行するためにどのような解決策がありうるのだろうか? 例えば、Death Education(死についての準備教育)という概念がある。Death Educationは、1970年代頃から欧米を中心に盛んになってきた死に関して主体的に考える教育だ。少子高齢化やブラックボックス化しつつある死について主体的に捉え直すために、初等中等教育でワークショップやロールプレイを通して死について自らの問題として考えるための契機を提供する手法だ。死は絶対に直接体験できない出来事だ。その出来事を感受性豊かな初等中等教育の段階で座学のみならず、ワ−クショップやロールプレイを通じて、半経験的に学習することは意義深いように思う。

4. 終わりに-主体的な死、そして医療参加に向けて

 高度にシステム化した現代社会では、死に対して実感を持つことは難しい。しかし、確実に人は死を迎えるという前提に立てば、事前準備なく自ら事態に直面して初めて主体的に死を扱うというのは極めて困難だ。人は環境や他のアクターと相互作用する中で状況に最適化しようとする複雑適応形のシステムだ。このことは、人が初めての事態に弱いことを示唆している。ますます高度化し、そのことでブラックボックス化するこれからの医療環境を考えると、ワークショップやロールプレイを通じた経験的なDeath Educationによる学習が必要だと私は考える。そのことが引いては、死のみならず高度化した医療を主体的に扱うための契機となるのではないだろうか。
 
5. 参考文献

副田 義也, (2001), 『死の社会学』, 岩波書店.

上原 善広, (2007), 『聖路加病院訪問看護科―11人のナースたち』, 新潮社.

日本ホスピス緩和ケア協会 http://www.hpcj.org/
日本対ガン協会 http://www.jcancer.jp/ 

昨日、井庭先生と茅ヶ崎市の職員の皆さんに発想支援ワークショップをおこなってきた。僕は、主に事前のワークショップのデザイン面でお手伝いして、当日のファシリテーションは井庭先生がおこなった。

堅苦しいワークショップではなく、いわゆるIDEO的な、クリエイティブな発想支援ワークショップだ。政策も、製品開発もこれからは創造的であることが重要なのだ、ということを理解してもらえただろうか。

今回のワークショップにはいろいろな狙いがあるのだけど、そのなかの一つには、現場のことを良く知る若手、中堅職員の方がもっと豊かで柔軟な発想をすれば、もっとクリエイティブで魅力的な政策が生み出せるのではないか、というミドル・アップダウン・マネジメント的な問題意識がある。

ミドル・アップダウン・マネジメントという概念は、経営学で有名な『知識創造企業』のなかで提唱されている。現場と若手、中堅クラスの意見交換や往復によって、アウトプットを生み出すスタイルを指す。いわゆるトップダウンでも、ボトムアップでもなく、その中間にあたるだろうか。

このワークショップは単発の企画ではなく、これから3回に渡って継続的に行われる。茅ヶ崎市は、例えばクールビズにアロハシャツを取り入れていたり、湘南らしい豊かな発想力を持っている。それをうまく政策形成に引き出すお手伝いができれば、と思っている。是非、柔軟な発想によって、行政、住民、企業、NPO、大学の政策連係を実現し、ポジティブなソリューションを産み出していっていただきたい。

近々、井庭先生のblog、Concept Walk(http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/)でも、話題にあがるだろう。是非、そちらも参照してほしい。

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先日、井庭先生の「社会システム理論」の授業に登壇したときの様子です。
僕はいつもこんな調子で快調(過ぎる?...)にしゃべっています。

一昨日、湘南スタイル(http://www.shonan-style.jp/)でミーティングに参加してきた。皆、仕事を持つ社会人にも関わらず19時から22時くらいまで白熱した議論を行った。湘南スタイルの参加者の情熱にはいつも驚かされる。

ところで、多くの地域活性プロジェクトの現場では、予算、人材、多くの制約がある中、理念をいかに実現するか?という問題に直面している。

他方で、地域をフィールドとする研究者に何が出来るだろうか? もし実務の現場に首を突っ込み、それを論文に記述することを目的とする地域研究があるとすれば、自分はそうした研究には興味がない。

現場の暗黙知の形式知化や先行事例に通じることで、多くの制約や条件のもとで、コンセプトを実現する方法の支援を行うような地域「研究」をしたい。おそらく、この辺りの問題意識がアクション・リサーチや広義のPolicy Makingの射程でもある。当然のことながら、こうした姿勢は、こちらが積極的に対象に働きかけるという点で、伝統的な「科学」の守備範囲を踏み越えている。アクション・リサーチもPolicy Makingも、既にその名前からして「Science」を名乗っていない。

その意味で、Policy Makingという分野は、人類学や地域社会学とは別の存在意義があると思う。

井庭先生の「社会システム理論」の授業に登壇して、20分程しゃべってきました。時差ぼけや睡眠不足で帰国以来ずっと体調が悪いので、途中気持ち悪くなって頭が白くなったところがありますが、まあ、なんとかといった感じでした。

使用したパワポは最近、地域活性について考えていることをまとめているので、アップしてみます。


補講資料(地域とシステム理論).ppt

公共の仕事を国や行政に任せきりにして、やれ税金が高いだの、やれ役所の窓口対応が悪いだの、社会になんの利益も生み出さない文句やつぶやきを垂れ流すのはかっこよくない。文句があるなら、自らの手で新しい公共を生み出そう。それが僕にとっての社会起業家です。
「新しい公共を生み出す挑戦」


これは、SFCのサイトに載っていたあるOBの社会起業家の言葉。かっこいいかどうかはさておき、「文句があるなら、自らの手で新しい公共を生み出そう」というのが広義のpolicy makingの理念のように思う。とても共感する。

一般に政策学は、目的実現のための手法や制度設計、評価に強い。他方で、歴史的にみた現状認識や価値観の問題に強くない。そういうわけで、例えば、社会政策の分野なら社会学者と、医療の分野なら医者や医療経済学者と組めば生産性が高いように思う。

『論座』七月号に「「高学歴ワーキングプア」は大学院重点化のせいか?」と題して投稿してみました。よりネオリベ的な空気が出るように、編集の方が若干デフォルメして下さったみたいですw

政策学と社会学は両輪の関係にならなければならないと思う。 

政策学は<社会>の中で問題発見・解決を行うための思考枠組みだ。
 昔風に言えば、社会工学に近い。
 PDCA(Plan Do Check Action)サイクルの中で、ある政策がある目的を達成するために有効に機能しているか、ということを常に評価・確認しながら、課題達成を実現しようとする。 しかし、往々にして問題解決の前提となる社会についての 思考が置き去りにされがちだ。

また、政策学は対象へのコミットメントが要求される時点で、 厳密な意味では科学とは言えないのかもしれない。 他方、社会学は伝統的に、「<社会>とは何か?」という 問題意識を有している。 デュルケム以降、パーソンズ、ルーマンと継承される「社会(秩序)はいかにして可能か?」という問いが代表的だ。 

この社会の社会性を問うという思考伝統は重要だ。社会について考える上で不可欠だ。
だが、社会学は社会学で、現実的な分析手法や政策的コミットメントに体する意識があまり高くないという問題もある。そして社会学も政策学も既に学問分野として1人で両方を習得するには相当な広がりを持つ。

では、どうすればいいか? 話は簡単だ。社会学者と政策学者が 手を組めばいい。社会学者が把握した社会的課題の問題性に対して、政策学者が手法のストックから適切な手法を展開し評価する。結構いい考えじゃないかと思うのだけれど、現実にはなかなかハードルが高い。 
例えば、政策をやっている人間と社会学をやっている人間が出会う機会が少なかったり(所属学会が違うetc)、 何より社会科学では、複数の分野の人間によるコラボレーション研究は主流ではない。

比較的理想主義かつ楽観主義者なもので、 そんな理想を持ちつつ、ふらふら社会学会なんかでも発表したりしている(今年も 東北大行く予定です)ので、どこかでお目にかかった際には、社会学をやっている皆様もどうぞよろしくお願いします。
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