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1月23日開催の尾崎行雄財団の特別シンポジウム『「統治」を創造する ―新しい公共、オープンガバメント、リーク社会』での議論の叩き台を作りました。これを素材にしながら、議論を深めていきます。

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『統治の創造』のための、重点8項目

「柔軟性と寛容性を兼ね備えた創造基盤に」(西田亮介)
民間の力と、政治/行政の機能不全が指摘されているが、未だに莫大な人的/法的/金銭的資源を蓄積していることは間違いない。市場原理主義ではなく、既存資源を有効活用し活力ある創造社会を実現する目的で、情報公開と規制緩和を。

「不正は発覚するものと覚悟せよ」(塚越健司)
政治運動の手段に情報技術を利用したウィキリークスの登場により、不正の隠蔽は不可能に。であればこそ、不正を生じさせ得ないシステム構築により、時間と資金のムダを省き創造性を活性化せよ。

「インターネット選挙の解禁を」(谷本晴樹)
規制でがんじがらめな公職選挙法を改正し、選挙におけるインターネット利用の原則自由化をすべき。その上で、有権者と候補者の距離を縮め、両者の協働によって「政治」を創り上げていく努力が今こそ必要である。

「『知識の豊かさ』という価値観の提示を」(吉野裕介)
政治(家)は,人々の目指すべき価値観を提示する必要がある。モノ(例:経済成長率)はもちろん、ココロ(例:幸福度)すら、もはや時代にフィットした目標とは言えない。「知識の豊かさ」を社会の目指すべき価値として訴えること。オープンガバメントによる情報公開はそのファーストステップである。

「情報の生産者になる」(藤沢 烈)
政治や社会課題の情報をネットで集めたり、セミナーで話しを聞くのも良い。しかし、そろそろ情報の"消費者"に留まらず、"生産者"になれないか。まずはfacebookでコメントする。blogで発信を試みる。可能であれば、地元の政治家に数名で会いに行くのはどうか。情報の消費/生産、ネット/リアルの比率が少しでも変わることが、"統治の創造"の契機となる。

「政府情報の著作権フリー化を」(生貝直人)
オープンガバメントによって様々な政府情報が公開されたとしても、その著作権の存否や利用条件が明確に示されていなければ、円滑な二次利用は期待できない。公開される情報には原則としてクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを適用し、国内外を問わない自由利用が可能であることを明示するべきである。

「APIの公開を」(イケダハヤト)
民間が政治/行政の持つデータを活用できるよう、API(第三者が容易に利用可能な情報フォーマット)の公開を。それにより、公共分野のITサービスの質は格段の質向上が望めるだろう。

「風評の存在を前提に情報発信せよ」(円堂都司昭)
様々な風評がインターネットやケータイを通じて増幅拡散される状況がある。だが、風評を規制しようとすれば、そのことがさらなる邪推を生む。情報公開を愚直に進め、風評を中和していくしかない。

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『統治の創造』のための、重点9項目.pdf



ふと気がつけば、11月は仕事が結構危機的状況だったためブログ更新するのは一ヶ月ぶりみたい。淡々と仕事をまとめていきます。すでに日常の出来事等はTwitterやFacebookに完全移行してしまったといっても過言ではない状況。むしろ、研究者(見習い)をしていると頻繁に履歴書とか業績一覧をつくらなければならないので、なんらかのかたちで仕事を記しておかないとあっという間に行方不明になってしまう。それらを記録する場所としてブログは備忘録としての側面は高い。

11月ももちろんさぼっていたわけではないのです。10月になんだかずいぶん多くの講演とかセミナーを行ったのに比べると、たしかにFTMに出たり、SFC-ORFの起業関連セミナーに登壇したぐらいしか表にでる仕事はしていない。けれどもGoogle カレンダーによれば年内刊行共編著共著書籍3冊をなんとか仕上げ、都内某所のインキュベーション施設の調査に行き、少し久しぶりに東北を訪問し、今月の調査のアポ取りをし幾本かの取材をお受けしたりもした。

ぼくたちはアウトプットでしか評価されることはないけれど、インプットなくしてアウトプットは産まれない。アウトプットを行うためにもインプットをし続けなければならない。

今月は裏側で地獄のように直近では表にでないアウトプットをしつつ、昨日のラジオを皮切りにまたまた話す機会が多くあります。ここ半年くらい一ヶ月交替でインプットとアウトプットの波がやってくる。うまくバランスが取れている。

...というわけでこれからもぽちぽち更新していくとして、GLOCOM FTM 第1回FTMラウンドテーブル(Green-Table)「レポート:川崎裕一氏「ソーシャルネットワークはモノづくりを変えるか」を書きました

http://www.glocom.ac.jp/2011/12/1ftmgreentable.html

FTMのGreen-Tableは30代中心の若手が新しいITサービスと技術経営を考える面白い場。もうすぐ、というか今週火曜日にGreen-Tableの第2回があります。聴講無料ですので、ご関心がある方はいらっしゃっていただければ、

第2回FTMラウンドテーブル(Green-Table)「生産性の再定義 ~「もっと、速く、良く」を超えて~」
http://www.glocom.ac.jp/2011/12/2ftmgreentable.html

2011年11月2日『週刊エコノミスト』11月8日号の就活特集にコメントしています。

「息子、娘の悲惨な就活」のなかの「グローバル化と「ソー活」が新しい流れ 「就活格差」は広がる」という記事です。

大手就活ナビサイトについて、企業と大学生の双方に対して、価値観と手段のマッチポンプを提供している、と批判しています。大手ナビサイトのこうした構造は、ちょっと大げさにいえば就活関連における諸々の諸悪の根源だと常々思っていると同時に、数年前某社生放送で企業名をついつい口にしてしまい、スタッフや出演者の顰蹙を買うという個人的な思い入れ(?)のあるイシューでもあります。

同記事では文脈でおぎなっていただいていますが、企業に対しては「優秀な人材」、大学生に対しては「理想の就職先」という価値観を提供しつつ、企業にはその人材に対する評価、アプローチの手段を、大学生に対しては便利なシューカツ機会を、提供するという2重に秀逸なビジネスモデルを提供している、というお話です。

このモデルが企業にとっては秀逸で、学生にとってはきわめて問題なのは、ひとりだけが抜けだそうと思っても、大部分の学生にとっては損を見るようにできている点(就活サイト経由でしかエントリを受け付けていない企業多数etc)です。

したがって現実的には、こうした構造を頭の片隅において、効率的に活用しつつ、オルタナティブ(ソーシャルネットワークを利用した就活etc)も模索するしかないuことでしょうか。とまれ、就活関連の話題は、実際にそのルールに則って勝負するしないにかかわらず、さまざまな日本的ルールの結節点だけに、いろいろ考えてみる素材に適していると思います。

『早稲田文学4』の目次が、早稲田文学さんのサイトで公開されました。

「震災に。」という特集が組まれており、西田亮介「東日本大震災からたどる特別な場所の、特別な記憶」という原稿を執筆しました。

東日本大震災後、調査研究の仕事でやはり復興関連の業務に就いており、短い期間に石巻を中心とする東北に限らず、阪神・淡路大震災を経験した兵庫県や中越地震、中越沖地震を経験した新潟県に足を運びました(そして、これを書いている今は女川町にいます。それについてもまた別途)。

不案内な過去の災害政策を読み込み、過去と現在の災害を経験した土地を(しかも直接復興に貢献するわけでもない用事で)めぐるという、どう考えても心踊らない経験です。それでも研究者の端くれですので、研究ノートを付けていました。

研究ノートは、論文や原稿を書く資料となるものですので、構造化されているわけでもなく、出来事とアイディアが感じたままに記述されているわけです。ふだん、そういったものを目にする機会は少ないと思いますが、原稿や論文といった「特定のアイディアの主張」を目的に構造化する以前の、「思考の迷い」のようなものを表現できないかという問題意識で手を加えながら書いてみたものです。いわゆる論文とも、エッセイとも違う、どこか半熟な、しかし未曾有な震災被害を前にしたときの「個人的ななにか」を表現できればと思った次第です。普段は具体的な制度や政策を相手にしていますが、想像力と主観に委ねた仕事はとても新鮮でした。ぼくのささやかな試みはどう受け取ってもらえるでしょうか。

著名な文学関係の方々も数多く執筆されているようです。手にとっていただければ幸いです。

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◆早稲田文学4もくじ

【グラビア】

篠山紀信 「ATOKATA」序章

▼特集 震災に。

【対談】

古川日出男+重松清 牛のように、馬のように――「始まりの言葉」としての『馬たちよ、それでも光は無垢で』をめぐって、そして「始まりの場所」としての福島/日本をめぐって、

【小説】

古川日出男 家系図その他の会話

重松清 また次の春へ――盂蘭盆会

阿部和重 RIDE ON TIME

川上未映子 三月の毛糸

松田青子 マーガレットは植える

牧田真有子 合図

【座談会】

阿部和重+川上未映子+斎藤環+辛島デイヴィッド+市川真人 震災と「フィクション(言葉・日常・物語...)」との「距離」

【論考】

十重田裕一 被災した作家の表現とメディア――新感覚派の関東大震災

西田亮介 東日本大震災からたどる特別な場所の、特別な記憶

武田徹 嘘が倫理を帯びる条件――『再臨界』を巡って

後藤繁雄 三・一一/写真/アート

【世界の被災地から】

松本妙子 先を歩む人々――チェルノブイリの生と死と愛

パブロ・ネルーダ  松本健二 訳・解説 天変地異

本浜秀彦 "集団自殺"するクジラと「鯰絵」的想像力

福島香織 四川大地震から生まれた文学――プロパガンダと哀悼

柏村彰夫 ただ悲嘆だけでなく――インドネシア短篇小説に描かれた被災者イメージの諸相

【インタヴュー】

川崎徹 江南亜美子 聞き手 記録、猫、小説

【小説】

神慶太 虹

▼シリーズ【日本"現代"文学の、標的=始まり】§1 出発点としての"大江健三郎"

【日本で読む大江】

安藤礼二 大いなる森の人――大江健三郎論

古谷利裕 極限で似るものたちがつくる場――「四万年前のタチアオイ」と「茱萸の木の教え・序」をめぐって

野崎歓 父と子――大江健三郎的小説の源泉

福嶋亮大 大江健三郎の神話装置――ホモエロティシズム・虚構・擬似私小説

武田将明 自分自身からの亡命者――『水死』と晩年性

芳川泰久 小説に現在おこっていること――大江健三郎の〈おかしな二人組〉へ/から

【世界が読むOE】

ノラ・ビーリッヒ 松永美穂 訳 鎖をつけて踊る――ある翻訳者の考察

久山宏一 本当のことを云おうか――ポーランドの大江健三郎/大江健三郎のポーランド

真島一郎 空白の地から――大江健三郎とアフリカ

アダマ・ソウ・ジェイ 真島一郎 訳 遠いセネガルの私――大江健三郎、あるいは人間の魅惑的な発見

アレクサンドル・チャンツェフ 貝澤哉 訳 叫びと応答の時代――ロシアにおける大江健三郎

徐恩恵 大江健三郎と私

閻連科 桑島道夫 訳 ポリフォニックな語り・重なり合いと照応その構造への鑑賞分析――『蟖たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』を例として

桑島道夫 絶望に始まる希望と小暗い情念――中国における大江文学

柴門明子 大江健三郎をポルトガル語で読む

【連載評論】

大杉重男 「日本人」養成ギプス――日本人の条件(4)

石川義正 中原昌也の「熱気球」――小説空間のモダニティ(2)

▼小特集 the century of McLuhan: 1911-2011

服部桂 蘇るマクルーハンとこれからのメディア

エリック・マクルーハン 宮澤淳一 訳 日本の皆さんへ――父マーシャル・マクルーハンの百回目の誕生日に

宮澤淳一 マクルーハン早わかり――理解を拡張させる最小限の知識

中澤豊 メディアの法則――もう一つのマクルーハンの読み方

服部桂 あなたは何に気づいていないのか

大黒岳彦 マクルーハンにおける〈不可視なもの〉

山本貴光 物質と記憶の未来

【連載翻訳】

ウラジーミル・ソローキン 望月哲男・松下隆志 訳 青脂 III [完結]

松下隆志 脱構築から再(脱)構築へ――『青脂』後のソローキン

クロード・シモン 芳川泰久 訳 農耕詩 IV


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(『早稲田文学編集室 はてな出張所』http://d.hatena.ne.jp/wasebun/20110901/1314898815より)
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「東日本大震災の復興過程におけるソーシャルビジネスの創出促進及び既存ソーシャルビジネス事業者の活動基盤の整備に関する提案」公開されました(リンク先PDF)。

http://www.smrj.go.jp/keiei/dbps_data/_material_/b_0_keiei/chosa/pdf/fukkousocial.pdf

いくつか支援機関向けのセミナーも企画されています。また確定したら、お知らせします。

ちょっとまとまった分量かつ、しかし、早急にやらなければならない仕事で大変でした。いまの職場や、支援機関向けの提案になります。内部でもあり、外部の人なので、これでもいろいろと気を使いました(笑)

来月には、他にも震災関連の原稿も公開になるはずです。


「8/20(土)U-30学者代表が集結 機能停止の政治に突破口はないのか?」『闘え!山里ジャーナル』出演します。

http://asahi-newstar.com/web/13_yamasato_journal/?cat=18

東京大学の生貝直人さんと、やはり東京大学の佐藤信さんとともに。

以下、番組ウェブサイト(http://asahi-newstar.com/web/13_yamasato_journal/?cat=18)から転載。

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8/20(土)U-30学者代表が集結 機能停止の政治に突破口はないのか?

 政権交代によって、日本の政治が変わるかも・・・と、誰もが抱いていた期待が裏切られ、民主党政権にも失望感が漂う昨今。

 「二大政党制」、「政治主導」、「マニフェスト政治」など・・・これまで理想とされた政治の神話がことごとく崩れ・・・日本の政治はもう限界に来ているのか。そんな悲観論さえ聞こえてきました。今夜は、U-30の学者の方たちに集まって頂き、今の政治、根本的に見直さなければならない問題点など・・・若い研究者ならではの、血気盛んな意見を山里亮太と闘わせます!
【ご意見・ご感想募集中!】

是非ご覧ください!

今回のテーマに関して、番組ではみなさまからのご意見・ご感想を募集しています。
■メールからはコチラ
■FAX : 03-5786-7029
※皆様から頂いたメッセージは番組やコンテンツに役立てるよう必ず目を通しておりますが個別に返信・対応をお約束するものではありません。
※いただいたメッセージの一部を放送で紹介することがあります。
※ 送信ボタンを押したあとのデータ転送はSSLにより暗号化して保護されます。

■メイン司会
山里亮太 (南海キャンディーズ)

■ゲスト
生貝直人 (東京大学大学院学際情報学府 博士課程在籍)
西田亮介 (東洋大学非常勤講師)
佐藤 信 (東京大学先端科学技術研究センター 学内共同研究員)
■政策アドバイザー
伊藤 伸 (シンクタンク構想日本政策担当ディレクター、内閣府行政刷新会議事務局参事官)

■レギュラー
曽我 豪 (朝日新聞編集委員)
安井孝之 (朝日新聞編集委員)
山口一臣 (前週刊朝日編集長)

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早稲田文学さんの「Wasebun on Web」にて、西田亮介「ネットワークの記憶を紡ぐ」が公開されました(リンク先PDF)。

http://www.bungaku.net/wasebun/read/pdf/nishidaryosuke03.pdf

同世代のなかで、もっとも信頼する編集者のひとりK氏がアツい紹介を書いてくれていますので、ぜひ、そちらもご一読いただければと思います。

http://www.bungaku.net/wasebun/read/


早稲田文学さんは早くからなんどもぼくにすこし違ったかたちの仕事の場所を提供してくれました。それは最も想像力に身を委ねていい、自由だけれど、なかなか厳しく楽しい仕事です。お世辞にもうまくはないかもしれないけれど、ある意味ではもっとも生身のぼくに近い書きものになっているのかもしれない。ほかに、ぼく以外は小説か批評の書き手だけれど、多くの若い書き手に書く機会を提供してくれています。残念ながら、どうみてもウェブは過疎っているので、一度ご来訪いただければと思います。実はfacebookアカウントを持っていたり、攻めの姿勢を感じる文芸誌です。

早稲田文学さんのfacebookアカウント

http://www.facebook.com/pages/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E6%96%87%E5%AD%A6-WASEDA-bungaku/182499148450691

実は3週間近く前、関西に帰ったおりに、ウメサオタダオ展の最終日を見に行ったことなど書きたいことはいろいろあるけれど、いろいろと追い込まれているのでまた近々書くことにします・・・

そば飯と明石焼き。ボリュームはあるけど、あくまで上品な神戸仕様。

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少し時間が経ってしまったのだけど、石巻から帰ってきた翌々日からふたたび兵庫県に足を運ぶことになった。県庁と、阪神淡路大震災当時復興に携わり、東日本大震災の現場でも活躍されている、あるNGOのかたにヒアリングさせていただくためだ。

調査は滞りなく済んだ。その話はまたどこかで報告書や論文として公開することになるはずだからとりあえずおいておくとして、長田の商店街のはなしを書いておきたい。長田は神戸の中心地である三宮や元町からやや西に寄ったまちだ。

長田のまちは阪神淡路大震災以前には、ケミカルシューズを製造する中小企業が集まったまちとして知られていて、その商店街は阪神淡路大震災の復興の「失敗」として、ときおり文献のなかで描かれている。その商店街に足を運んでみたいと以前から思っていた。

実際訪ねてみて、息をのんだ。とにかく人がいない。復興のシンボルとしてよくしられている実物大鉄人28号がある商店街入り口近辺はまだいい。5分も歩くと人通りがまばらになり、シャッターを下ろした商店が増えてくる。地下にも店舗があるが、大半の店のシャッターがしまっている。もはや小売店の集積という商店街に不可欠な機能が事実として損なわれている。

シャターをおろした商店では、新たにコンテンツとして持ち込まれた三国志のモチーフをおき、おそらく大学等と協働しているのであろうコミュニティカフェがあり、補助金で設置されたのであろうデジタルサイネージが地元密着番組とおぼしき映像を流している。商店街活性化のセオリー通りである。結果はどうか。

とあるインタビュイーから、長田の商店街は、地元のひとたちのアイディアを汲むようにしつつ、中身はまるで違う行政主導のハコモノ優先のものになったときいた。詳しく調べたわけではないので、断言はできないが、すくなくとも事実として現在、商店街がその規模にみあった集積機能を発揮できていないことは間違いなさそうだ。

そこにはまだおいしい明石焼きとそば飯を出す店があり、モツ焼きを売っている店がある。けれども、事実としてすでに店舗間の距離はあき、集積の力が損なわれた場所で営業を続けなければならないという過酷な状況に追い込まれている。大きすぎる商店街を、小さくして、高度化していくという道筋は寡聞にしてしらないが、そうした道筋も考えなければならないように見える。

阪神淡路からおよそ16年がたったわけだが、こうした記憶は果たして東日本大震災の復興過程で活きることになるのか。都合のわるいものとして忘却されるのか。さまざまなかたちで「新たな東北象」が構想されてもいるさまが漏れ聞こえてくるが、外部からトップダウンにもちこまれる施策は、「そこではない、外部の場所での「成功例」」をもとに持ち込まれる。往々にして、その外部と、その土地の諸前提の共通性についてはなおざりなままで、だ。たとえば阪神淡路や中越、中越沖の記憶を思い出すことができるか否か、思い出したとして、どのように活かす回路をつくることができるかが問われていると思った。

『日本経済新聞』ウェブ版にて、編集委員 石鍋仁美の論考「震災ボランティア 20代が汗を流す3つの理由 」にて、東日本大震災と、ソーシャルメディアをはじめとするあたらしいネットメディアのうごきについて論じた「ソーシャルメディアは何ができたか? "危機"から立ち上がった『新たな縁』」『中央公論』2011年5月号に言及いただきました。

『中央公論』の原稿、ソーシャルメディア(Social Media)の普及と社会貢献(Social Contribution)という「ふたつのソーシャル」の関連について論じたものでした。

石鍋仁美「震災ボランティア 20代が汗を流す3つの理由 」

http://www.nikkei.com/life/simple/article/g=96958A9C93819499E3E2E2E2848DE3E2E2E4E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;df=3;p=9694E3E6E2E4E0E2E3E2E4EAE1E3

石巻

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先週末の6月11日、ごくごくわずかな時間だけれど、石巻を調査の仕事で訪問した。東北新幹線に乗ったのはずいぶん久しぶりのことなので、車窓を眺めていると、北上するにつれて、瓦がおちた屋根をビニールシートで、覆った家屋が目立ち始める。

郡山を過ぎ、福島を過ぎたあたりから、崩れた土手を抑えたり、いびつなかたちに捻れた歩道橋などが目立ち始める。福島を過ぎると再び日常的な光景が戻ってくる。仙台の町は一見相変わらずの活気を帯びている。節電で薄暗い首都圏の繁華街よりも、活気があるのかもしれない。

仙台で一泊して、翌朝高速バスの列に並ぶ。土曜日にもかかわらず、ボランティアが溢れているという様子はない。全員がボランティアというわけでもないが、高速バスの列に並んでいるのは比較的年配の方がおおかった。

バスにゆられること1時間半。JR石巻駅前につく。石巻はさらに遠方の、女川などにいくための中継地点にもなっている。百貨店が市役所として使われていることを除くと、石巻駅周辺には3ヶ月でおどろくほどふつうの地方都市の姿が戻っている。駅機能も一定程度回復しており、電車も走っている。この日は炊き出しもやっていなかったし、軽く小雨が降るような天気だからか、事前に聞いていた臭いや塵もさほど気にならない。

民間で、子どもの心と学びのケアを中心とする復興と雇用の創出に取り組むハタチ基金の事務局を務めているNPOカタリバ代表理事の今村久美さんと、地元で教員をつとめているA氏が石巻のまちをアテンドしつつ、状況をいろいろとおしえてくださった。

細かい調査の話はおいておくとして、メディアで繰り返しみたはずの被災地はやはり息を呑むものだった。筆舌に尽くしがたいまでに、徹底的に破壊され尽くしている。これでもこの3ヶ月でかなり片付いたという。自衛隊の姿が目立つ。A氏いわく、自衛隊の活躍と、徐々に地元に復興を委ねていく自衛隊の匙加減は巧みなものだという。

ところで、海岸線のエリアは、地元最大の雇用を持っていた日本製紙の向上含め、徹底的に壊れているが、車で数分走って川を挟むと、少なくとも見た目は生活を取り戻しつつある途方都市の姿に突然切り替わる。田んぼのなかに、突然姿をあらわす船や無残に壊れた姿を晒している自動車、つかない信号、アスファルトがはがれた道路などは残るが、海岸線との落差は、まさに天国と地獄だ。

確かに、過去の災害とはその範囲と種類が異なるが、こうした落差が産み出した弊害とそこへの対処はきっと阪神淡路の教訓が活きるのではないか。過去の災害の記憶と教訓を共有しつつ、復興に取り組むことが必要と思わされた。

ところで、過去の災害の記憶なのだが、これをどのように異なる組織間で共有し、協働していくかということが大きな課題として残っているように感じた。ひとつの組織のなかでも、その記憶の継承は難しい。行政は人事制度の関係で、人はつぎつぎとうつっていく。組織の記憶を残していくことも難しいし、たとえば、NPOやボランティアとその経験を共有し、協働するとなるとなおさらである。時系列で綴じられた行政文書しか残っていないとなると、至難の業である。

その点、石巻の翌々日に再び訪れた兵庫県は、やはり大規模災害の記憶を継承しなければならないという意識が強く、いろいろな取組を行っており、今回の大震災においても、むしろ兵庫県の側から「押しかけて」さまざまな提案を行っているという。こうした過去に被災の記憶と経験を持つ行政やボランタリー組織から、さまざまなメニューが「提案」され、それを地元が状況や特性に応じて取捨選択肢選び取っていくようなあり方がボトムアップでも、トップダウンでもない、そして、いま数々走っている「復興計画」からすっぽりと抜け落ちている復興のかたちではないかと感じさせられた。

ごくごく短時間の滞在だったが、石巻訪問はさまざまなことを考えさせられる経験となった。このような状況の中で、社会科学系のバックグラウンドを持つ研究者、もしくは物書きがなにができるのかということはよくわからないけれど、少なくともその意味を再考しなければいけないということは改めて強く感じた。そして、今回の災害がなければ、必ずしも足を運ぶことのなかった石巻に訪れたことが生む共感の萌芽をどのように育てていくのかを考えたいと思った一日だった。

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『WB』vol.22に西田亮介「あるIT起業家が始めた寄付とその広がり――ネットに持ち込まれたタイガーマスク現象」という原稿を書きました。
http://d.hatena.ne.jp/wasebun/20110331/p1

「タイガーマスク現象」は昨年末にはじまり、ちょっと話題になった匿名寄付の連鎖現象ですが、「その後の広がり」を辿りました。ネット事情に詳しい人ならご存知かとは思うのですが、タイガーマスク現象はIT業界に飛び火し静かなブームになったのです。その火付け役で、人気ブログ『Keep Crazy;shi3zの日記』でも知られる(株)UEIの代表取締役社長清水亮氏にも、お話をうかがいました。

奇しくも震災直前に入稿したのですが、震災直後から始まったIT業界や、ソーシャルメディアの動きを考えるきっかけにもなるかと思います。

『WB』は、文芸誌『早稲田文学』さんが発行するフリーペーパー。全国書店等で入手できるはずです。フリーペーパーとは思えない豪華仕様です。手数料+αで定期購読もできるみたいです。ぜひ。

http://www.bungaku.net/wasebun/freepaper/application01.html

2011年4月9日「カタリバ大学 第32講「震災後のニッポン」(定員:100名)」に登壇します。僕も何度かお世話になったNPOカタリバさんのカタリバ大学。そのチャリティイベントで、教育関連の義援金にするそう。高等教育の末端にかかわるものとして、ぜひ貢献させていただきたい。ご都合合う方はぜひ。

以下、カタリバ大学のサイトから引用。


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カタリバ大学 第32講 「震災後のニッポン」 (定員:100名)
2011年4月9日(土)14時~16時30分@国立オリンピック記念青少年総合センター

ゲスト講師:
宮台真司氏(首都大学東京教授) @miyadai
早野透氏(桜美林大学教授)
与良正男氏(毎日新聞社論説副委員長)
吉田俊実氏(東京工科大学教授)
染谷ゆみ(TOKYO油田代表/株式会社ユーズ代表取締役)@someyayumi
西田亮介氏(東洋大学非常勤講師) @Ryosuke_Nishida

学長:寺脇研(京都造形芸術大学芸術学部教授)@ken_terawaki
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すぐに申し込む方はコチラ→http://bit.ly/3I3W0
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3月11日、突然の大きな揺れが東北・関東地方を襲いました。

 M9.0という国内観測史上で最も大きな地震が起き、それに続くM7級の余震、
 さらに最大10メートル以上という想像を絶する津波により、
 岩手、宮城、福島の3県を中心に目を覆いたくなるような被害が発生しています。

 また、原発や計画停電によって、被災地でない地域にも
 少なからぬ影響が及んでおり、この震災は、まったく「他人事」と言えません。

 では、私たちは、テレビが始終映し出す映像を見ているだけでいいのでしょうか。

 菅首相が「未曾有の国難」「戦後65年で最大の危機」と形容した東日本大震災から
 被災地、そして日本を復旧・復興させるために
 "私たちにできること"があるのではないでしょうか?

 1995年の阪神・淡路大震災において、民間ボランティアが活躍し、
 その後のNPO法成立へとつながっていったように、
 私たちが震災にどう向き合い、どうアクションしていくか......
 このことが日本社会のゆくえに大きな意味を持っているのだと思います。

 この1年余り、カタリバ大学がテーマにしてきた、
 「新しい公共」という理念や考え方を補助線にしながら、
 東日本大震災に向けて、語り、考え、学び、行動していきませんか?

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お申し込みはコチラ→http://bit.ly/3I3W0
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◆場所
国立オリンピック記念青少年総合センター
 ・カタリバ大学本編→センター棟310室
 ・懇親会→センター棟2階 カフェスペース「フレンズ」
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
小田急線「参宮橋」駅 徒歩約7分

◆日時
2011年4月9日(土)
13時30 開場 オリンピックセンター センター棟310室
14時00 開講
16時30 終了
17時00 懇親会開始 オリンピックセンター センター棟2Fカフェスペース「フレンズ」
19時00 懇親会終了

◆パネリスト
ゲスト講師:
宮台真司氏(首都大学東京教授) @miyadai
早野透氏(桜美林大学教授)
与良正男氏(毎日新聞社論説副委員長)
吉田俊実氏(東京工科大学教授)
染谷ゆみ(TOKYO油田代表/株式会社ユーズ代表取締役)@someyayumi
西田亮介氏(東洋大学非常勤講師) @Ryosuke_Nishida
学長:寺脇研(京都造形芸術大学芸術学部教授)@ken_terawaki

◆参加費
中学生/高校生:無料
カタリバキャスト:無料
大学生:1000円
社会人(カタリバ大学学生):2000円
社会人(聴講生):4000円

※今回のカタリバ大学の収入は、
 東日本大震災で被災した子供たちの教育支援に活用します。


◆懇親会
カタリバ大学終了後,会場内にて懇親会を予定しています。
参加費...学生:2000円,社会人:4000円

◆主催団体 特定非営利活動法人NPOカタリバ

◆お問い合わせ
ご意見・ご質問などございましたら、
11k-univ@katariba.net(カタリバ大学事務局)までお願いします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
申し込みはコチラ→http://bit.ly/3I3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

<Twitterアカウント>
学長:寺脇研 @ken_terawaki
ゲスト講師:
宮台真司氏 @miyadai
西田亮介氏(東洋大学非常勤講師) @Ryosuke_Nishida

カタリバ公式 @katariba
ハッシュタグ #kuniv

うまく書けるか分からないし自信もあまりないのだけど、こそっと(でも、むろんインターネットのうえで書いていることは承知のうえで)書いてみたい。

少し前に、震災(というより、原発関連)に関する報道について、首都圏の危険性を強く主張し、「疎開」をすすめたりする論者と、「(公式報道や幾人かの自然科学の研究者らの「首都圏は現状、安全」とする意見以上に)過度の不安を煽るな」という議論の「対立」があった。少なくとも、twitterをはじめとするソーシャルメディア界隈ではそんな意見の対立があった。

ごく大雑把な主観にもとづいていえば、前者を主張したのは主に一部の「知識人」(という言い方が適切ではないような気もするので、「論客」たちと書いてみよう)で、後者の立場をとったのが(「自分は情報感度に高い」と思ってそうな)一般の人たちだった。

この対立が「科学的にどちらが正確か」ということを根拠にもとづいて主張するだけの見識は残念ながら僕にはない。それでも、なんらかの判断を下さなければならず、僕と僕の家族にとっても重要な問題なのだけど、とりあえず現時点ではかなり消極的な選択として、首都圏に残って平静を装いながら「日常」を暮らしている。

可能であれば、せめて家族は「疎開」させたいと思いながら、現状で僕が認知可能なリスクでは首都圏にとどまらざるをえないと思う。おそらく多くの人たち(先ほどの言い方に倣えば、「後者の立場」にたった人たち)がそうなのではないか。

「論客」たちが入手していた情報が、後者の立場の人たちとそれほど変わるものだったとは思えない。また多くの「論客」たちも原子力について客観的に判断するだけの特別な専門知識を持っていたわけではない。というよりも、ある程度まともな判断力を持っていれば、今回の事態がこれまでとは違ったリスクをもつものであるということには、誰しもが気づくはずだ。

そうであるにもかかわらず、冒頭あげたような対立が起きたのは、「疎開」という処方箋があまりに説得力を欠いていたものだったことはその一因であろう。

「疎開」できるのは、フリーランスのような働き方や、資産を持っていたりするごく一部の人たちに限られる。日本的雇用システムに従事している大半の人たちは、今日出勤しなければ、このご時世職を失ってしまいかねない。どこに、いつまで疎開し続ければいいのかも分からない。「田舎」がない人だっている。

「命に比べれば」という考え方もあるけれど、数十年後に発がんリスクが増すことも怖いが、明日確実に仕事を失うことも怖い。低頻度高被害のリスクと、高頻度低被害のリスクは比較が難しい(行動経済学が専門の人ならきれいに説明してくれるかもしれない)。結論からいえば、「疎開」は、確かに選択肢のひとつとして確かに存在するけれど、多くの人にとっては事実上選択できない選択肢だったと思われる。それゆえに、多くの人たちは苛立ったのではないか。少なくとも僕はそう思ったし、結構苛立った。

結局、首都圏に暮らす多くの人は情報収集につとめつつ、危険性が「ある閾値」(人によって異なる)をこえるまで「日常」を取り繕って生きるしかないのだ。その「ある閾値」の位置を判断するためには、エビデンスに基づいた連続的な状況の把握が必要で(つまり、突出した数値の変化や、急激な数値の上昇)、従来の意味でいう論客たちの「情報発信」はその判断材料には全くならなかった。

彼らの言説は、電車の中吊り広告と似ているようにも思える。どちらも昭和的なものを象徴していて(かくいう、僕自身も昭和生まれだけれども)、「情報の寡占や言説に警鐘を鳴らす」という建前のもと、ただただ刺激的な言説を提供し続ける。でも、誰も真に受けない(たぶん)。そろそろ時代とメディア、そして言説は「平成」に変わってもいいのではないかとずっと思っていたけど、今回さらにそう思うようになった。

実際変化の兆しもある。僕が「ある閾値」を判断するうえで参考になったのは、震災直後から公式情報にもとづいた専門家たちの、ソーシャルメディアたちの分析と診断だった。東大物理学科長の早野龍五氏や、伊藤乾氏、東大病院放射線医療チームや、MITの原子力理工学部有志による「MIT NSE Nuclear Information Hub」、慶應義塾大学医学部助教の八代嘉美氏、あまたの文科省のデータを可視化した個人の方々の努力をあげることができる。

自然科学者だけではない。堀江貴文氏や津田大介氏は情報の拡散や集約につとめ、荻上チキ氏は自身のブログで、デマ情報(とおぼしき情報)の類型とサンプルを提示し続けた。

早野氏や東大病院のチームらには、あっという間に20万人近いフォロワーがついた。みな、こうしたエビデンスに基づいた言説を求めていたことがよくわかる。「安心・安全」言説を求めていたわけではなくて、先ほどのべた各自がもつ「ある閾値」を越えたか否かを判断する「素材」を求めていたということだろう。

専門家が一般向けに噛み砕いて話す言説が、通常のメディアではなく、ソーシャルメディアからはじまり、広範に伝わったわけだが、これはどうしても速報性に劣るがゆえに、解説やその他の付加価値で勝負する路線にシフトしなければならないはずの旧来型のメディアにとっては致命的と思われる。

ところで、東大に多額の経費が流れているから「御用学者」呼ばわりする論調もあったけれど、これは自然科学の世界ではごく当たり前のことなので、内実をきちんとみないと、本当に「御用学者」かどうかは分からない。たとえば、自動車会社も工学系の研究者に多額の資金提供を行っているが、自動車に欠陥がみつかったとしても、研究者が責められることはあまりない。

また自然科学系に限らず、国費を財源とする科研費やCOE、各省庁の助成金(いずれも額の小さなものから、億円の単位のものまでさまざまなものがある)の恩恵を受けている研究者は無数にいる。だからといって、こうした研究者を一律に「御用学者」とはいわない。基本的には、問題の構造は同じだ。

とはいえ同時に、アメリカのタバコ産業の不正と、その告発者たちの苦悩を描く、マイケル・マン監督、アル・パチーノ主演(ラッセル・クロウが渋い!)の90年代の名作『インサイダー』が描くような、産官学マスメディアを横断する巨大資本とネットワークと類似の構造を持っていることもまた事実。スポンサーの顔色に敏感で、「自粛」しがちなメディアへの影響力は少なからずあったのではないか。

急ぎ付け加えておくと、理系賞賛でも、ソーシャルメディア賞賛でもない。「ソーシャルメディアが役に立つ/立たない」という議論も最近よく目にするけど、これは「ソーシャルメディアが/いつ/どこで/誰の/どのような/役に立ったor立たないのか」という、せめて一部は限定した設定にしないと、両者の議論は平行線をたどったまま、という認識でいる。個人的には「ソーシャルメディアは、震災直後から/インターネット網が生きている、比較的被害が警備だった周辺部を中心に/安否確認や、情報交換、リアルタイムな情報共有/の新しい協働を迅速に実現する/ことには役立った」という認識(このあたりは来週頭発売の某経済誌や今月10日発売のとある論壇誌などに書いた&カタリバ大学のチャリティイベントでも話そうと思っているのでよければ手にとってください&出席してくださいね)。

思いつくままにつらつら書いたのでどうまとめていいかはちょっとよく分からないのだけれど、結局、僕らはそれぞれできることしかできず、大震災と原発事故という未曾有な状況のなかで、昭和的なメディアとそれに適応した言説、あるいは当時からカッコつきだったのではないかとも思うけど「前衛ー大衆」図式の限界は如実に明らかになったように、少なくとも僕は感じている。しかも、それらがわざわざこうしてブログに書くほどのことでさえなくて、実はみんなが当たり前のことのように認識しているのではないかとも・・・

・・・全然面白い結論にも、刺激的な結論にも到達せず、オチもないのだけど、メディアリテラシーは大学での担当講義でもあるので、持ち越しの課題とさせていただき、これからも考えていこうと思います。とりあえず、そろそろ出かけなければならないのでここらへんで。

今月のSYNODOS JOURNALです。

「寄付連鎖を寄付文化創造の契機に 西田亮介」
http://synodos.livedoor.biz/archives/1704956.html

このエントリは、Yahoo!ニュースにも転載いただいた模様。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/date_naoto/

明日、3月10日21時〜「ニコ生シノドス×Voice ~世代間格差を解消せよ~ 」(番組ID:lv42417127)に出演します。以下、番組表から引用。

当日の放送&タイムシフトはこちらからどうぞ。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv42417127

---
「世代間格差」とは何か?
若者は搾取されているのか?

アカデミック・ジャーナリズムの旗の下、専門的知見に基づいて、
現代の社会・経済・政治の問題を解読してきたニコ生×シノドス。
今回は、論壇誌『Voice』4月号の特集「世代間格差」と連携しての番外編です。

団塊世代が年金受給者になりつつある一方、
若者の採用・昇給は抑えられ、大卒の就職率は過去最低を更新。
「税と社会保障の一体改革」も結局、中高年の「逃げ切り策」という声が......。
わが国の未来を担う若者は、
既得権益者からいったいどれだけ「搾取」されているのか。
経済学的見地から小黒一正氏、社会学的見地から西田亮介氏をゲストに、
「世代間格差」の現状を明らかにし、いかに「格差解消」をめざすべきか、
徹底的に議論します!

【出演者】
司会:
飯田 泰之(@iida_yasuyuki)
75年東京生。エコノミスト。東京大学経済学部卒業、
同大学院経済学研究科博士課程単位取得中退。
現在、駒澤大学経済学部准教授、財務省財務総合政策研究所客員研究員。
専門は経済政策、マクロ経済学。
主著に『経済学思考の技術-論理・経済理論・データを使って考える』(ダイヤモンド社)、
『経済は損得で考えろ』(エンターブレイン)など。

ゲスト:
小黒一正
74年東京生。一橋大学経済研究所 世代間問題研究機構准教授。
京都大学理学部卒。一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。
大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、
(財)世界平和研究所主任研究員などを経て、2010年より現職。
著書に『2020年、日本が破綻する日』(日本経済新聞出版社)など。

西田亮介
83年京都生。東洋大学非常勤講師。慶應義塾大学政策・メディア研究科助教。
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、同政策・メディア研究科修士課程修了。
同博士課程在籍中。
専門は地方自治体、企業、非営利組織等の連携による地域活性化の分析と実践。
『現代用語の基礎知識2010』『中央公論』『思想地図vol.2』などに論文を寄稿。

【Twitterをご利用の方】
ハッシュタグ「#niconama_talk」をご利用ください。
なお、ニコニコ生放送で行われる記者会見や討論番組などは
@nico_nico_infoをフォローすることで最新情報を取得できます。
---

なお、僕の慶應の任期は2009年度で終わっており、現在は代わりに、「独立行政法人中小企業基盤整備機構リサーチャー」等の仕事をしております。詳しくは、ブログヘッダー等参照のこと。修正のお願い出したけど、未だ直ってなかった泣

さて、経済学の先生お二人に囲まれて、僕は一体なんの話をするのだろうか。。。

そして、初めて『Voice』誌を資料でいただいたのだけど、総力特集として「「若者厚遇」で世代間格差を破壊せよ」となってて一瞬目が丸くなった。これはあえてなのか、それとも、ベタなのか・・・とまれ、これから目を通してみます。保守系論壇誌さんとのお仕事は初めてだけれど、さてさてどうなるのでしょうか。。。と思ったけれど、よく考えれば、これまでも『中央公論』以外の論壇誌とはあまりお付き合いがなかったのであった・・・orz  もしかして、左の人たちには、なぜか「ネオリベッ」と糾弾され、右の人たちには箸にも棒にもかからない残念なポジションにいるのかもしれない、と思った。

飯田さんのブログにも告知があがってた。
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20110307


2011年2月23日付『毎日新聞』夕刊「熱血!与良政談:「社会」には絶望しない=与良正男」で取り上げていただきました。

前衆議院議員保坂展人氏、NPO法人ブリッジフォースマイル林恵子氏、寺脇研氏とご一緒させていただいたカタリバ大学第31講「タイガーマスク運動は、日本を変えるか?」の模様です。

寄付マッチングサイト「お願いタイガー!」も紹介されていますね。
http://onegaitiger.com/

毎日.jpでも配信されました。
http://mainichi.jp/select/opinion/yora/news/20110223org00m070022000c.html

亜紀書房さんのウェブサイトで連載始めました。

西田亮介「日本の新しい公共」
http://www.akishobo.com/blog/nishida/?p=3

以前、『政策空間』さんに寄稿した「「新しい公共」の歴史と課題」を拡張していくようなイメージです。

http://www.policyspace.com/2010/06/post_723.php

よろしくお願いします。

NHK BS1 『地球ドキュメントMISSION』2011年2月13日「阿部 晋也 1枚の名刺から世界を変える」にコメンテーター(ミッションマスター)として出演しました。
http://www.nhk.or.jp/mission-blog/missions/71581.html#c65525


阿部 晋也氏は、丸吉日新堂印刷の経営者です。
http://www.nissindou.co.jp/
1枚で1円寄付できる名刺を作成されています。また、新しいさまざまな環境負荷の低い素材を使った名刺の商品化に現在進行形で取り組んでおられます。

奇しくも、知り合いの知り合い、同じくサーファーということで、事前に資料を送っていただいたうえでの打ち合わせをさせていただき、ダメ出しではなく生産的な形で進められたような気がしています。

NHK BS1 『地球ドキュメントMISSION』2011年2月13日「阿部 晋也 1枚の名刺から世界を変える」にコメンテーター(ミッションマスター)として出演しました。
http://www.nhk.or.jp/mission-blog/missions/71581.html#c65525


阿部 晋也氏は、丸吉日新堂印刷の経営者です。
http://www.nissindou.co.jp/
1枚で1円寄付できる名刺を作成されています。また、新しいさまざまな環境負荷の低い素材を使った名刺の商品化に現在進行形で取り組んでおられます。

奇しくも、知り合いの知り合い、同じくサーファーということで、事前に資料を送っていただいたうえでの打ち合わせをさせていただき、ダメ出しではなく生産的な形で進められたような気がしています。

僕がずっとお世話になっている、そして、応援しているNPO法人NPOカタリバのカタリバ大学に登壇します。先日の、論壇時評で取り上げていただいた寄付や新しい公共の話をするつもりです。皆さま、ぜひ。

以下、カタリバ大学http://www.katariba.net/uncategorized/7041.htmlより転載。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━カタリバ大学 第31講 「タイガーマスク運動は、日本を変えるか?」
2011年2月17日(木) 18:30開場 19:00~21:30 @高円寺コモンズ

ゲスト講師:西田亮介 東洋大学経済学部講師(公共政策)@Ryosuke_Nishida
学長:寺脇研(京都造形芸術大学芸術学部教授)@ken_terawaki  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━すぐに申し込む方はコチラ→http://bit.ly/3I3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━2010年の年の瀬から、ある寄付行為が「さざ波」のように広がりました。
きっかけは、12月25日に、群馬県前橋市の児童相談所に
10個のランドセルが届けられたこと。

送り主は、実名ではなく匿名で、
漫画「タイガーマスク」の主人公"伊達直人"という、
何とも奇妙なクリスマスプレゼントでした。

それから、1月12日までの間に
同じような寄付が47都道府県すべての児童養護施設に寄せられました。
1月15日までの寄付総額は、3200万円で
ランドセルだけでも届けられたのは750個に上っています。

こうした動きを「タイガーマスク運動」、あるいは「タイガーマスク現象」と呼び、
多くの有識者が意見を表明し、Web上でも活発な議論が行われています。

菅直人首相が
「本当に心温まる活動だ。共助の精神を大切にしたいと改めて思った」と
述べたように、多くの名もなき"伊達直人"たちが「新しい公共」の担い手であり、
「寄付税制元年」にふさわしい共感のかたちなのだと評価する論者もいます。

一方で、ただの自己満足に過ぎない、一種のアミューズメントに過ぎない、
マスコミがあおっているだけだ、とネガティブに捉える論者もいます。

今回のカタリバ大学第31講では、「タイガーマスク運動」について
朝日新聞へ問題提起の寄稿を行った、西田亮介さんをはじめ、
「タイガーマスク運動」について考察を行っている方々をお招きして、
さまざまな角度や立場からこの動きを捉え直します。

タイガーマスク運動は、日本を変えるか?
この現在進行形の論点にあなたも一緒にチャレンジしませんか?

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━お申し込みはコチラ→http://bit.ly/3I3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆日時
2011年2月17日(木) 19:00~21:30 @高円寺コモンズ(18:30開場)

◆場所
高円寺コモンズ1階(JR中央線・総武線高円寺駅 徒歩5分)
地図→http://commons.coco-on.jp/facility

◆プログラム(予定)
キックオフレクチャー「タイガーマスク運動の始まりと広がり」(カタリバ大学事務局 山本)
基調講演「タイガーマスク運動と新しい公共」(西田亮介)
パネルディスカッション(司会:寺脇研学長)
グループごとの質疑応答
全体まとめ

◆参加費
大学生:1500円
社会人:4000円
社会人(カタリバ会員):2000円
社会人(カタリバNEXT):2000円
社会人(カタリバ大学入学者):2000円
カタリバキャスト:無料
中学生/高校生:無料

※2011年よりカタリバ大学入学申込みは締め切りました。
ご了承くださいませ。

◆懇親会
カタリバ大学終了後,高円寺の居酒屋にて懇親会を予定しています。
参加費...学生:2000円,社会人:4000円


※カタリバ大学の収入は公立高校の生徒に
「気づき」と「きっかけ」を届けるキャリア教育事業に活用します。


◆主催団体 特定非営利活動法人NPOカタリバ

◆お問い合わせ
ご意見,ご質問などあれば,カタリバ大学事務局
11k-univ@katariba.net(担当:山本)までお願いします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━お申し込みはコチラ→http://bit.ly/3I3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<Twitterアカウント>
学長:寺脇研 @ken_terawaki
ゲスト講師:西田亮介 東洋大学経済学部講師(公共政策)@Ryosuke_Nishida
カタリバ大学事務局:山本 @peacetatsu
カタリバ公式 @katariba
ハッシュタグ #kuniv

2011年1月31日 に開催された「新しい公共」推進会議 第3回情報開示・発信基盤に関するワーキング・グループを実況中継したハッシュタグ #NP2011をまとめてみました。

http://togetter.com/li/95686

結構関係の方々も見てくださっているとか。

#NP2011のハッシュタグで、進行形で感想とか呟いていただけたら、面白いと思いますので、万が一、このブログを見てくださった方は次回はぜひ。

2011年1月31日TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」にコメントしました。
http://www.tbsradio.jp/stand-by/2011/01/post_3153.html

「タイガーマスク運動を、一過性のもので終わらせないために」というコーナーです。
2月7日まで以下のリンクからポッドキャストで聞けるようです。

http://podcast.tbsradio.jp/stand-by/files/gen0131.mp3

この素材を録った翌々日には、風邪でふらふらのなか長時間のテレビ収録がありましたが、ようやくしばらく続いたメディア露出も一段落となりそうです。

西田亮介「情報と想像力の狭間に生きる 「私」 たち その 「情報化」 はガバナンスを変革するか?」を 『ユリイカ2011年2月号 特集=ソーシャルネットワークの現在 Facebook、twitter、ニコニコ動画、pixiv、Ustream・・・デジタルネイティブのひらく世界』に寄稿しました。

文芸誌っていうんでしょうか。若者特集だった『早稲田文学U30』をのぞくと、初仕事になります。

大きめの書店に行けば並んでいるはずです。以下のamazonリンクからも購入できます。


先日ゲストとして出演させていただいたBS FUJI PRIME NEWS 1/29(金)「就職内定率が過去最低!! 今大学の存在意義とは」のハイライトが公開されています。放送から10日間の公開なので、2月8日までになります。

この日は、小宮山宏氏、鈴木寛氏、海老原嗣生氏とご一緒させていただき、大学の存在意義や就職問題について議論させていただきました。

本当は高学歴ワーキングプア問題についても議論することになっていたのですが、進行の都合上ほとんど触れることができませんでした。

どこかで続き、もしくは、改めて議論したく思っております。そのような場があれば、お声掛けいただければうれしく思います。

また、project 「.review」編集チームのブログには当日実況tweetをしてくれた後輩のtweetをまとめたエントリもあります。そちらでは、ハイライトではカットされた発言も伺いしることができます。あわせてどうぞ。


BS FUJI PRIME NEWS
(1月29日のハイライトをクリック)
http://www.bsfuji.tv/primenews/

prject「.review」編集チームブログ
http://dotreview2010.blogspot.com/

『早稲田文学増刊U30』に、西田亮介「コミュニティの再検討」執筆させていただきました。

オンラインとオフラインの境目が曖昧になってきた時代に、「コミュニティ」について考える意義と、その再定義の方向性を、コンテンツからtwitter、郊外にまで言及しながら論じています。実はこの議論には続きがあるとかないとか...その話はもう少し固まってきたら、またいずれ。

Amazonでは、既に購入可能になっていて、書店でも正式には明日から並ぶことになるようです。

他にもU30の若手論者が多数執筆しています。ぜひお手にとっていただければと思います。

早稲田文学編集室のU30告知→
http://www.bungaku.net/wasebun/u30/index.html

早稲田文学編集室はてな出張所→
http://d.hatena.ne.jp/wasebun/


数日前に終わってしまったゼロ年代のことを思い出した。思い返せば、ゼロ年代は前半、後半でリスクと産業について結構雰囲気違ったな、という今更な話。

90年代は「失われた10年」とも呼ばれることもあるが、90年代後半には大きな閉塞感があった。それはリーマン・ショックから続く現在の閉塞感とも似ていると言えなくはない。若者のリスクテイク観の変化は、2006年前後にあったのではないかということを、拙稿「「起業不毛社会」からの脱出はなるか?」『中央公論』10月号に書いたのだった。

ゼロ年代前半、政治的には、2001年から2006年にかけて小泉政権が戦後第3位の長期政権として存在した。加えて経済的にはITベンチャーブームがあった。

ところが打って変わって、後半は再び閉塞的になった。2006年は堀江貴文、村上世彰逮捕があり、アメリカのITバブルは既に弾けていた(そして復調に向かっていた)が日本でもITバブル(の一般における好印象(?))は決定的に終了。そして、小泉政権もこの年まで。その後、ほんの一瞬大卒雇用状況の改善があった。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ともいうが、先日からの社会起業家についての議論を見ていたら、当時のIT産業のような比較的レバレッジの高い(比較的習得が容易な技術で大きな合理化やイノベーションができる)部門が存在することが重要なのかもしれないと確信するに至った。

少し前のことだが、昨年末刊行された『週刊東洋経済』の30代特集の中で、若い世代の新しい働き方として社会起業家が大きく取り上げられた。ところが、その記事の中で成毛眞ら上の世代の企業家が、簡潔に言えば「社会起業家は、企業家として逃げの姿勢なのではないか」などと批判したことをきっかけに、twitterを中心に当の社会起業家らも含めて議論が盛り上がったのだった。

企業家サイドの批判は、起業はそれ自体が雇用の確保という意味も含めて、公共的であり、社会貢献を過剰に打ち出す必要はなく、事業に専念すべきというもの。

しかし、こうした社会起業家批判は単なる語感によるすれ違いの感が否めない。

先の拙稿で書いたこととも関係するが、社会起業家は、読んで字の如く、社会貢献を行う企業家、と捉えることもできるが、同時に地域活性化や介護、福祉、新しい社会貢献といった<社会>部門で事業を起こす企業家とも捉えられるということだ。加えて研究者の間では、利益の再配分を行うか/否かをひとつの基準にすることもある。

今やITは成熟産業化し、バイオも環境産業も既に高度な専門技術が必要で当時のITには該当しない(もちろん重要な部門であることに異論はない)。それに対して、地域活性化や介護、福祉、新しい社会貢献といった<社会>部門は、先の表現で言えば比較的レバレッジの高い産業に該当するかもしれない。

前述のように、社会起業家は、社会貢献を行う企業家、と捉えることもできるが、他方で、<社会>部門で事業を起こす企業家とも捉えられる。そうだとすれば、起業意欲が相対的に低いとされる日本人の中から生まれてきた企業家である彼らが、そのような部門に取り組むということであれば、それはそれで興味深い(というよりも、多いに期待したいということ)ことなのではないだろうか。


NIKKEI NET: 「地域主権室」設置を表明 原口総務相

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090918AT3S1802T18092009.html

民主党はマニフェストの中で、「地域主権」を提唱している。これは、例えば、α-SYNODOS vol.36の「総力アンケート:「政権交代」は日本に何をもたらすのか!?―「民主党圧勝/自民党惨敗」を分析する」の中の、僕の原稿でも書いたことだけど、既定路線であった「地方分権」より、地域問題に一歩踏み込んでいて評価できる。

このNIKKEI NETの記事によれば、この「地域主権室」は、これから一括交付金への着手や国の出先機関の原則廃止に取り組むようだ。だが、この路線は形は違えど、自民党がやっていた三位一体の改革を中心とする地方分権の推進と本質的には変わらない。

地方の問題は、何度も繰り返すが少子高齢化や大規模複合施設の建設による導線と生活の変化などの諸問題が、今まさに進行していく中で、「これまでにやったことがない」自律化を進めなければいけないというところに、その難しさがある。

そして、この「これまでにやったことがない」というのが、重要なポイントだと僕は考えている。「やったことがない」ゆえに正解は誰も知らず、従って、どこかで成功した事例をコピー&ペーストで模倣するような先例主義では対応できないということを意味する。ということは、試行錯誤と創意工夫が必要だ、ということに論理的に考えればなると思うのだが、地方自治体の事業立案には、例えば企業の企画立案などとは異なって、極めて多くの制約条件が存在する。何かしようとすると、どれかの条件にすぐひっかかってしまうのである。

ここ1年程自治体の方とご一緒させていただく時間がかなりあって、その中で身を以て知ったのだが、公平性の原則や、予算の執行、実施主体の選択などを念頭に入れると、「ユニークで、新しい独自事業の立案」の企画は、とても煩雑で手間がかかるものになってしまう。それから、いまどきブログさえセキュリティがかかっていて役所からは、見られないという事態は、まさにデジタル・ディバイドを解消しなければならない役所が、デジタル弱者になってしまっていて問題といえる。

加えて、さまざまなサービスと市民とのオンライン/オフラインのインターフェイスの改善もあまり捗々しくはない。個人的には、こうした問題の改善を民間や大学なんかと組んでやると、実は有効な内需拡大の新しい市場と行政サービスの改善の一石二鳥になるから、そういう形で早急に進めるのがいいのではないかと考えている。

いずれにせよ、民主党が「地域主権」を唄う中で期待したいのは、確かに既定路線である三位一体の改革的な、予算面での地方分権ではなく、地方自治体を縛る規制緩和である。これがもう少し緩まれば、地方自治体の職員の方が持っている豊富な地域に関する知を有効に活かす事業立案のハードルも下がることだろう。青森県庁が広報にtwitterを活用し始めるなど、有効な地域主権とは必ずしも資金が必要なこととは限らない。それよりも、ちょっとしたアイディアの積み重ねのことのほうが重要かもしれない。既定路線を踏襲するだけではなく、民主党らしい、地域主権のあり方を摸索していってほしい。

『中央公論』2009年10月号に寄稿しました。社会論として「起業」を扱っています。社会起業やNPOなどが属する、いわゆる「サード・セクター」での起業≒社会起業についても言及しています。

西田亮介「「起業不毛社会」からの脱却はなるか?」

10日から書店に並ぶはずです。
お手にとっていただけると幸いです。 


先日から、ネットでもちょこちょこ話題になっている自民党の民主党によるネガティブ・キャンペーンもどきのレスをアップしたら、やたらとブログへのアクセスが増えました。選挙への関心の高さのようなものを体感した次第です(笑)

これ→

続・自民党「知ってドッキリ 民主党 これが本性だ!」

自民党による民主党に対するネガティブ・キャンペーンチラシが投函されていた。

ネット上のは、これ→
「自由民主党 日本の未来が、危ない。それでも「民主党政策」に期待しますか?」

ネットでも評判悪いし、さすがにもうやめるのかと思ったら、昨日だめ押し的に新しいの(「民主党さん本当に大丈夫?」写真)が投函されていた。

jimin2.jpg

しつこいなー。今度は、前回のと比べると穏やかな感じ。前回のが、小泉さんの支持基盤になったとも言われる、いわゆる「B層」向けの感情的フックが強いもの、今回のがその他向けってことだろうか? 全体的に表現が穏やかになっているものの、民主党の揚げ足取りだということに変わりはない。ついでに、今回のも、自民党の、どこの組織、誰が書いたのか記載はないし。

やたらと「公共」とか「美学」とか言う連中ほど実がないのは、常ではあるけれども、いい加減やめればいいのに。きっと、みんな見てるよ。やっぱり、一度は(でもないけど...)与党から降りた方が良さそうだ。

でも、「自民党の具体策」とかいって、ごちゃごちゃ自民党の政策書いてあるけど、これは配って問題ないのだろうか。。。

ちょっと誤解を招きかねないから、最初に注意。以下のエントリは手相占いを推奨しているるわけでは全くない。個人的におもしろかったというただの感想。

ちょっと前に、中華街に遊びにいったときに、二人で手相を見てもらった。無宗教なので、まあ、好奇心の延長線上。これがなかなか面白かったので、ついつい書きたくなったのである。

995円で(1000円出すと御縁≒5円返してくれるシステムらしい)、生年月日を聞いて、そこから手の形、爪の形、手相を見ながら、いろいろ「占って」くれる。詳細は省くけれど、少なくとも自分では結構具体的に当たっているように思えて、好奇心が発動してきていろいろ聞いてみたのだった。占い師のおばちゃんは、結構ひまだったようで、いろいろと答えてくれた。

いわく、占いは、古い歴史の積み重ねが蓄積されたもので、因果関係ではなく、事実発見的なものだそう。つまり、なぜかは分からないが、細かい性格の人には、手のどこどこに細かい筋が表れるとか、そういった細かい事実発見的な「モデル」と組み合わせによってできているらしい。それで、さらに面白いのは、結婚運なんかは、日本のような女性も働く成熟社会は成立してから「十分な」時間が経過しておらず知見の蓄積がないから、本当は判断できないのだとか。そして、今では、占い師のライセンスを発行する学校もあるらしい。

...という話しを聞いているうちに、ますます面白くなってきた。というのも、少なくとも手相占い(の一部に)は、サイコロを転がして、とかそういうことではなくて、長く、膨大な経験知の積み重ねによっている(ものもある)ようだからである。

それから、ちょっと予言の自己成就っぽくもあるのだけれど、占い師という職業になるときめて、膨大な数の人にあうことで、占い師個人も人のパターン認識が得意になっていくという側面もあるだろう。

占い師と占い結果の比較研究とかそういう仕事も面白いかもしれないw

繰り返すけれども、僕は他人に占いを奨めているわけでもないし、占いが科学的でその結果に信憑性があるとも言ってはいない。そこのところは、よろしくね。手相占いの中には、高額商品を売りつけると評判の某宗教団体が絡んでいるものもあったりするようなので、気をつけて!


昨日も言及したけど、「知ってドッキリ 民主党 これが本性だ!」ひどすぎ。特に地方公務員について。

以下、「「子ども手当」支給の罠」より

「民主党は「子ども手当」や農家への「個別所得補償制度」などを主張していますが、支給は市区町村を通じて行われるため、市役所・役場の担当者が増員されることになります。しかし、国家公務員の改革を叫ぶ民主党も、地方公務員改革や地方行革については一切触れていません。改革の行われていない地方自治体の公務員を増やせば、労働行為の勢力を拡大させ、勤務時間内の違法な組合活動や政治か都合が横行します。その結果、地方議会はもちろん知事や市長までが労働組合の息のかかった人たちに占領されてしまうことになります。」

....マジですか。

これ書いた人は、実際に地方公務員の人たちに会ったことがあるのだろうか。僕はしょっちゅう地方公務員の人たちに会っているけれど、大抵の人たちは勤務時間内に組合活動などしてはいない。そりゃ、まったりしているように見える人たちもいないこともないけれど、民間とさして変わりはない。だいたい、「公務員の数が多すぎる」と言われるけれど、例えば、内閣府経済社会研究所の国際比較調査などの調査によれば、決してそんな事実はない。国民千人当たり換算で、欧米諸国と比較しておよそ半分以下。特に地方公務員の少なさは目をひく。実際、大きな企画でも、実働で動かしているのは数人ということだって珍しくない。そういうことを分かったうえで、書いているのだろうか。

内閣経済社会研究所「公務員数の国際比較に関する調査」
これ→
http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou030/hou021.html

しかし、この、「知ってドッキリ 民主党 これが本性だ!」、一体誰が書いたんだろう。この冊子には、「自民党」とは書いてあるけれど、具体的に、誰が書いたかは記載されていない。まさに自民党の冊子内で「日本人尊厳喪失進行中」といった有り体で、そこだけ妙に説得力があるw

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気鋭のライター前田久さんと、友人で若きフーコー・マスター(一橋博士課程)かつガチオタの塚越健司くんが詳細にカルチャーと歴史を説明しつつ案内してくれました。

とにかく、コミケのエネルギーと、暗黙知と経験知によって成り立つ、極めて高度な自生的秩序に圧倒されました。今年度末には「クールジャパン」関連の仕事もさせていただく予定なので、とてもいい経験になりました。予期せず、オタク関連の著名な論者の方々にもお会いすることもできました。ところで、コミケがはじまって約30年。僕にはほとんど論じる知識も資格もないけれども、コミケとコミケの歴史にこそ、ひとつの日本的で「リアルな」ストリートの思想があるのだろうと確信しました。「ここ」に比べれば、マッチポンプであり、それ自体も虚構に過ぎないカルスタの「ストリートの思想」的な言説など本当につまらない。

ちなみに、コミケで初めて買ったものは、ゼロアカを優勝した村上くんたちのサークルのエヴァ本です。ひさびさに会ったのだけれど、ようやく優勝してほっとした彼の雰囲気は僕にも伝わってきました。そして、東さん、宇野さんの『Final Critical Ride』と宇野さんの『PLANETS』vol.6もゲットしました。その後、どのように集まったのかいまいち良く分からないメンツで、豊洲→永田町と場所を移しつつ終電まで飲む会。不思議な、しかし楽しい一日でした。


民主党が霞ヶ関改革の一環として、公務員人事に成果主義の導入を検討しているようである。

「民主が官僚人事見直しへ...成果と評価を直結」
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/news1/20090808-OYT1T00013.htm

『YOMIURI ONLINE』

記事によると政策担当者を記録しておき、その政策の評価によって人事の昇格や降格につなげていく制度のようである。公務員人事に降格人事を組み込むというのは異例のことである。しかも、「故意または重大な過失によって国に損害を与えたとき」の弁償の範囲の拡大も検討されるようだ。

しかし、降格人事を含めた成果主義の導入は、本当にポジティブな結果を生むだろうか。もちろん、不祥事が起きた際に担当者が記録されていないことで生じる弊害は多々あるので、担当者は記録される必要があるだろう。だが、政策評価と人事評価の直結は短絡的に過ぎるように思われる。

というのも、まず第一に政策が成功するか否かは、必ずしも政策担当者の能力のみならず、社会的な要因、例えば経済状況や社会的風潮など、人為的にコントロールしづらい変数の影響を少なからず受けるからである。第2に、公務員と、その予備軍に萎縮効果を与えるように思われるからである。人為的にコントロール可能ではない要因で、昇格降格が判定されるような組織に人は入りたがるだろうか。また直近の評価が人事に反映されるようになれば、短期的に成果をあげるインセンティブが高まるが、公務員には長期的な視座に立って(「公共性」のような観点?)政策を検討していってもらう必要がある。少なくともそのほうが、国民益に繋がるはずだし、国民にせよ、企業にせよ、短期的になインセンティブで動きがちな他のアクターと、公務員というアクターの差異化の観点でもそのほうが望ましい。

歴史的にもこのような公務員の人事制度は類を見ないし、せめてポジティブなインセンティブ(例えば、政策がいくつかの観点から評価したとき成功と判定されれば、ボーナスがでるような。)はいいが、降格人事は必要ないのではないように思われる。さらに日本では民間でさえ、成果主義と人事評価の直結はうまく機能せず、結局多角的な評価に揺り戻しが起きたと記憶しているが、ましてや公務員の人事に導入する必要はないだろう。

先日、平塚市の社会福祉法人工房絵を案内していただきました。

社会福祉法人は国からの助成金が年々削減され(聞いた話では将来的にはなくなる方針とか)、自主事業化が求められている厳しい環境にあるそうです。そのような中で、工房絵はデザイン事業などに取り組んでおり、新しい社会福祉法人のあり方を模索していることで有名な団体です。事業化で恊働できるのではないか、ということを模索するために今回案内していただきました。正直、僕も足を運んでみるまでは全く想像の及ばない世界だったのですが、世界の「ありそうもなさ」について想像させていただく貴重な機会になりました。

事業構築が何かの契機になればと思うので、真剣に検討したいと思っております。人ができることを持ち寄って絶えず社会を変化させていくことの正の側面に積極的に注目するのがweb2.0時代のリアリティであるとすれば、それはオフラインの制度設計についても示唆的なはずだ、というのが僕が関わる全ての地域関連のプロジェクトに通底する問題意識です。当然といえば当然ですが、僕は僕のできることしかできないので、僕にできることをやりたいと思っています。

そう、工房絵からの帰りに1人の青年が平塚駅まで送ってきてくれたのですが、その途中、平塚の町を案内してくれました。知らなかったのですが、播町皿屋敷物語のお菊は実は平塚出身で、お菊を弔ったお菊塚などがあるのでした。平塚の駅に降りたのは実は5,6度目に過ぎないのですが、なかなか興味深い町です。

先日、インタビューで鎌倉の、あるカフェバーを訪れたときの情景だ。

そのバーは、ある国立大学付属小学校の門前にある。

午後のバーでは、ハイボールを口にする女性や昼間からビールを飲む大人がたむろしている。そんな中、インタビューは進められた。

ふと窓の外に目を向けると、将来のエリートが嬌声を上げながら下校している。

今、両者は交わることはない。だが、両者は共にそこにいていい。これがこの土地の豊かな多層性だと思う。

だが、20年後、母校を再び訪れたエリートたちは、ノスタルジーにふけりながら、ふとそのバーを見つけるかもしれない。

もしかすると、そのバーのドアを開くかもしれない。そして、そこに、そのような視界が存在したことに気づくのだ。

そんな、コントラストのある情景が、願わくば、ずっと、ここに残っていてほしい。

そのためには多くの条件がある。それを可能にする環境設計も必要だ。そのようなことに貢献できる研究がしたい。

どこか昭和の香りがするガラス窓から、秋の柔らかい光が店内に降り注いでいた。

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(Photo by Naoya Hori from EcoSurfer)

一昨日、(株)スペース・オブ・ファイブ(http://www.spaceof5.jp/index.html)の新しいラボ(スペース・デザイン・ラボ)のキックオフイベントで「「ヒト」の設計から教育環境の設計へ」と題して20分ほどしゃべってきました。

簡潔にまとめれば、特定の能力を持った個人を、詰め込み教育によって設計する時代は終了し、これからは、学習者のインタラクションを生かして、多様かつ偶有的なコミュニケーションに触れながら、主体的かつクリエイティブに学習していける環境や空間を設計することことが重要になる、という内容です。

これらの内容は、先日はできませんでしたが、背景にハイエクの自生的秩序論やルーマンの社会的システム理論を持っています。また、7年間塾講師や家庭教師、大手予備校スタッフとして、初等中等教育の現場に接している実感にも裏打ちされています。

ところで、スペース・オブ・ファイブ社は、「頭の良い子が育つ家」のライセンスビジネスを中心として、異なる市場のニーズの組み合わせ(これこそ、イノベーション="新結合"?)で非常に興味深いビジネスモデル群を展開している刺激的な会社です。先日のイベントにも、美大やSFCを含む複数の大学の大学生や社会人、アーティスト、そしてスペース・オブ・ファイブ社の社員の方が集まった楽しいイベントでした。こういう場を積極的に提供できるベンチャーは、短期的な利益のみならず、長期的な視野を持っていて素晴らしいと思います。

何度か言及している通り、置き引きにあい警察やカード会社、保険会社といった普段あまりやり取りしないアクターと様々な形でやり取りがある。このような普段接触しない、非日常なアクターとの接触からは、普段気づかない、日常を支えている(はずの)さまざまなインフラの存在と機能について気づくことが多々ある。

先日は、「老朽化する日本型サービスとイノベーション」(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/08/post-108.html)と題して、外資の新生銀行と日本の銀行を比較して、顧客本意の新生銀行のサービスの優位性を指摘した。

今日は、サービスの観点から警察について少し考えてみたい。もちろん、警察の主要な仕事は公共の安全と秩序の維持である。同時に、各種の行政サービスを提供する公務員でもある。警察の提供する、(住民の観点からすれば)ある種のサービスは、多くの不透明で、不条理かつ不合理な問題を抱えているようだ。

その一つに「被害届の移譲」がある。「被害届の移譲」というのは、管轄外で出された被害届(と調書?)を管轄の警察に移すことのようだ。どうもこれが警察内部ではめんどくさい手続きのようで、大変に嫌われる。

今回、東京の電車で置き引きにあったのだが、神奈川県に住んでいるので、近くの、大和署の管轄の、ある交番に被害届を出しにいくと、担当の相談員Iは「管轄が警視庁なので、警視庁に被害届を出せ」と言う。神奈川県民なのに、なぜ神奈川で出せないのか?と問うと出せないの一点張り。ラチが開かないので、諦めようとしていると、「部長さん」という人が出てきて、この「被害届の移譲」という仕組みがあることを教えてくれて、都内に足を運ぶことなく被害届を出すことができた。

一般に、普通の人間は神奈川県警も、警視庁も「警察」という「公共の安全と秩序の維持」のために活動してくれる組織として一括して認識している。通常、管轄云々は警察内部の問題で、警察の業務(なんだかサービスというと語弊がありそうなので)を利用したい人間にとっては知る由もない。その意味でいえば、被害届を出せる場所と出せない場所がある、ということは理解できない。この問題は、警察が調書を紙で取っていて、それを適切に他の警察と共有するシステムがない(ように見える)ことに由来する。現在、警察では「広域捜査力の強化」がテーマになっているようだが、

通信手段や交通手段の発達等を背景に犯罪が広域化したことから、多くの犯罪捜査では、複数の都道府県にまたがって活動する必要が生じている。このため、都府県警察の単位を越えて広域的に捜査を行う広域捜査隊の編成が進められているほか(平成18年末現在、全国12地域で広域捜査隊の編成に関する協定を締結)、複数の都道府県警察による合同捜査や共同捜査を積極的に推進している。
(『警察白書』平成19年版 http://www.npa.go.jp/hakusyo/h19/honbun/pdf/19p01000.pdf p.90より)


調書のデジタル化とデータベース化もある意味では、それに貢献するのではないだろうか? 調書には、被害状況が書かれている(ことになっている)。そうすると、例えばテキストマイニングすれば、犯罪捜査ものの海外ドラマみたいではあるけれども、事件の状況の共通点や関係性の洗い出し、犯罪捜査の新しい方向性が模索できるのではないだろうか。そして、何より犯罪被害者にとってのサービス拡充に貢献するように思う。

他に、同様にユーザー本意のサービスではないと今回疑問を感じたものに、やはり警察の遺失物検索システムがある。現在、各県警に遺失物の検索システムが設置されている。一瞬、警察の情報化も進んだものだ、と思わせるが、これらは極めて使い勝手のよくない代物だ。

例えば、警視庁と大阪府警ではインターフェースが異なり、県をまたいだ横断検索もできない。しかも遺失物は、一元管理されておらず、問い合わせは各県警の管轄する遺失物管理センターなど個別に行わなければならないのだ。(下の画像は警視庁と大阪府警の落とし物検索システムのインターフェース。)

ko.jpg
http://www1.keishicho.metro.tokyo.jp/syutoku/search.phpより)

oo.jpg
http://www.otoshimono.police.pref.osaka.jp/info/searchIndex.jsp

これらも完全にユーザーの利便性を考えて設計されたサービスとは言いがたい。例えば、JR東日本(ある意味では警察同様、管理しているエリアは県を越えている)などは、遺失物を一元管理していて、一カ所に電話すれば、探してもらえるよになっている(ただし、こちらはIT化されてなくて、webから検索できる仕組みがないようだ)。

察するに、警察の場合、遺失物の管理システムを作るよう上から通達などが各県警に出され、それをもとに各県警が個別に外注してシステムを作ったため、インターフェースの相違や横断検索ができない不便なシステムができてしまったのではないだろうか。

先日も述べたことだが(「老朽化する日本型サービス」http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/08/post-108.html)、日本型サービスや行政組織には、ユーザーからすれば多くの不条理な慣行が多数旧態依然として残っている。これらを満足できるユーザー本位のサービスに転換にしていくためには、大規模なリノベーションが必要に思えてならない。

「きめ細かい顧客サービス」は、日本型サービスの典型だと一般に思われている。
(よく言われるように)それは、もはや神話なのだ、と思う出来事があった。

最近、鞄と財布の盗難にあった。それにともなって、日頃使っているカードや免許証などの再発行に追われている。役所に警察、銀行にクレジットカード会社、日頃馴染みの薄いアクターと頻繁に連絡を取り、交渉し、再発行の手続きをしている。

これが本当に煩わしい。一般に銀行のキャッシュカードは、身分証と通帳と印鑑の三点セットを持って店舗を訪れ、再発行の手続きをする。だが、手続きをするだけで、実際に再発行されるのは数週間先なのだ。しかも、何枚、同じ住所、氏名、年齢etcを書かされることか。こちらの立場からすれば、なぜ同じ情報を何回も書かされるのか全く分からない。しかも、再発行されるまでの間は、通帳を使って出金する=コンビニのATMは使えないことを意味する。このご時世、コンビニATMが使えないのはかなりの不便さである。

これが法的に規定されているから、という理由ならある意味では納得できる。しょうがないということで。ところが、どうやらそうではないらしいのだ。

普段からオンラインバンクと各種サービスが一体化している外資系の新生銀行を愛用している。ここのキャッシュカードの再発行手続きで目から鱗が落ちた。書かされる書類は一枚だけ。しかも,キャッシュカードは即日再発行され、翌日から出金できるのだ。まさに顧客本意のサービスだ。

結局、日本の銀行は、昔からやってきたことを同じようにやり続けているのだ、ということを実感した。預金残高の少ない個人口座の大半は、銀行にとっては持ち出しとなるらしい。だが、普段の身近なサービスが充実していないような銀行に、例えば将来住宅ローンや資産運用を任せたいとは思わないだろう。銀行の選択にしても、口コミやネットで左右される時代だ。もう、ペイしないから、充実したサービスを提供しない、という姿勢はユーザーに支持されないのではないか。なぜなら、充実したサービスを提供する外資の同業他社が既に選択肢に存在するのだから。

「きめ細かいサービス」と言えば、例えば、リッツカールトンの名前が挙がる時代だ。もはや、思考停止した日本企業の出る幕はないのかもしれない。盗難という非日常な出来事をきっかけにして、新生銀行に老朽化する日本型銀行サービスのイノベーションを見た。

先日の発想支援ワ−クショップ(http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/2008/08/post-101.html)の詳細とバックグラウンドを井庭先生がblogで紹介していました。→

「地域行政にもっと創造性(クリエイティビティ)を!」
http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid86.html

ところで、井庭先生のblogはびっくりするくらい練られているのだけど、これは先生が本を書くのと同じプロセスで、blogを書いているから(!)だ。これは、blogにも関わらず、先生は速報性より、ひとつひとつの記事のクオリティをとても重視しているからだ。いつも読み応えのあるコンテンツになっている。

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