
家庭教師で、補助教材を使いながら小学生に英語を教えている。
その中でアルファベットや「This is a pen.」クラスの英文をCDの発音に続いて、彼らと一緒に発音しているのだが、侮るなかれこれが意外と僕にとっても勉強になっている。
市販の教材の付録CDは、簡単な文章だがネイティブ・スピードで発音する。もちろん文章は簡単すぎるのだけど、一緒になって発音しているとアクセントの置き方など細かいところに新しい発見がある。勉強するきっかけは意外なところに転がっているものだ(まあ、僕の英語運用能力の問題かもしれないが...)。物事を分かりやすく説明する力も8年程の塾や家庭教師での経験によって養われたと思う。
ところで、ニュースではゆとり教育の転換が話題になっているけれど、ちょろっとその補助教材を見せてもらった(写真は東京書籍の小学三年生向け算数の補助教材)。なんというか内容的には教科書と大差なく、この補助教材の存在意義は良く分からない。というか、付け焼き刃で作られた感がありありと出ている。
日本の小学校の教育課程には、内発性を促進する積極的プログラムが乏しいが、脱ゆとり教育は、授業時間数のちょっとした増加やおまけみたいな補助教材の導入ではなく、早急に内発的な学習を促進するプログラムへの転換を行う必要があるだろう。そもそも「ゆとり教育」でさえ本来の目的のひとつは、そうしたプログラムの導入だったのだから。

