今期、デジタルハリウッド大学大学院で、「マネジメントのための調査分析手法」という科目を担当していた。リサーチデザインと統計の基礎を共有する科目にして欲しいということで、演習と課題を詰めこみつつ一気に仕上げるという科目だった。
それぞれ独立しても相応の時間がかかるはずの内容を、1科目、しかも留学生とバックグラウンドの多様な社会人が中心の履修者に演習を取り入れつつ理解を深めるということで、毎回時間が押していた。
毎回課題を課したうえに、中間報告、最終報告、最終課題があるという、かなりきつい科目になってしまったからか、最終的には履修者が半分ほどになってしまったが、最後まで頑張った履修者はかなり成長したといえる。
各自のリサーチデザインを問題意識から、中間報告、最終報告、最終課題まで育てるものであったため、それぞれ軌跡をたどってみれば一目瞭然であろう。
最終報告に相当する最終回にいたっては、なんと1時間半もオーバーしてしまった。決して褒められたことではないが、みな力が入ってしまい報告5分、質疑3分という事前通達の枠を守ることができなかった。これは徹底的に付き合うしかないと腹をくくって、最後までコメントし続けた(あとの枠に履修がある人、都合がある人は先でてもよい旨、アナウンスしました)。まだ最終課題こそ残っているが、ここまで頑張った履修者を評価したい。
「研究とは何かを理解し、自らデザインする」機会が制作等でも修了できる専門職大学院であるデジハリではこの科目のあと訪れるかは定かではないが、社会人にせよ、留学生にせよ、会社からの派遣にせよ、一定の期間、自分の本業をおいておき、別の世界にどっぷり浸り切る経験は、文脈の違う世界でも柔軟性を素早く発揮するということを意味することもあり、きっとどこかで役に立つのではないか。
やはり初年度の科目は準備をする側も大変であるが、振り返ってみれば、やはりまだまだ改善の余地があるように思える。思いつくままにあげていけば、やはり関心を持続させるということであろうか。最後まで「耐えぬいた」履修者は間違いなく成長したと断言できると思うが、やはり離脱者をもっと減らさなければならないように思う。そのためには、多様なバックグラウンドをもった学生たちに対する関心の惹き方が鍵になると思われる。
今回は授業構成として、前半で理論と概念を学習し、中盤以後リサーチデザインを作っていくというものであったが、やはり早く作業にとりかかる構成にしないと関心を持続させられないように思った。「なんのためにこれをやっているのか」は頭で理解するだけではなく、経験的に理解出来ないと履修を取りやめる原因になるようである。むろん、先の述べた話とあわせると、履修者側もいったん会社的な即物的な考えを脇においておいて、抽象的な思考に浸ってみるべきということもいえるが、教える側としても経験的に理解できるよう配慮が必要だということであった。この点、学部での授業設計にも繋がる部分もあるであろう。
もうひとつは、やはり統計である。なかなか時間がとれなかったこともあるが、かなり背景にばらつきがあり、数学的前提が御世辞にも高いとはいえなかった。数学アレルギーを持っているひともいたようにも思える。だが標本抽出と検定以前の内容は、原則中学レベルの数学で説明可能なはずであるから、図解を含めもっとじっくりやりたかった。僕も文系出身で学部、修士と独学した部分も多いので、高度な内容はちょっと厳しいけれど、予備校等でのアルバイトの経験も長いので、苦手な人に分かりやすく教えることにはちょっと自信がある。演習を含む5回程度の集中講義で一気に教えてしまうのがよいようにも思うが、一般的な社会人の数学の習熟レベルを経験的に理解することができたので今後に活かしたい。
来年度、この科目が開講され、さらに僕が担当するかどうかは現時点では全く定かではない。しかし僕自身はまた遠くないうちに大学院教育や社会人教育に携わる機会があると思われるがとても貴重な経験となった。福沢諭吉ではないけど、半学半教を地で行く事業だったかもしれない。おそらく、この学びを確実にフィードバックしていくことが、大仰な言い方をするなら社会的に要請されているだろうし、もう少しスケールの小さな見方では僕自身の教育スキルを高めるという意味でも重要であろう。
今後に活かしたい。

