マンドロンセロ要論 講義ノート

鈴木 亮太郎(慶應義塾大学マンドリンクラブ)

1996年8月改訂

  1. はじめるまえに
  2. マンドロンセロについての講義を始める前に、その心構えについていくつか触 れておく。

    まず第一に、マンドロンセロという楽器は、マンドリンやマンドラと同じ形を しているにもかかわらず、その性質はこれらとは全く異なるということを認 識してほしい。具体的には、右手のピッキング、左手の運指、楽譜、そして何 よりもマンドリンオーケストラの中における役割が他の楽器とは異なるのであ る。これらのことについては、また後ほど述べることになるであろう。

    第二に、これから行なってゆく基礎的な練習には必ず何らかの目的があるとい うことである。具体的にいえば、ある理想のモデル(物理的にも精神的にも理 想的な演奏のできる状態)があって、それに近付くように常に努力することが 大事なこと(目的)であり、基礎的な練習というのはそのための手段に過ぎない ということである。 さらに理想のモデルというのは究極的には、後に述べるようにオーケストラの 一員として真の音楽の創造に携わることのできる状態のことであるともいえる。 少々オーバーな表現を用いてしまったが、要は基礎的な練習をすることが我々の目的なのではなく、一つの手段としてそれを行 ない、自分の演奏技術を高めて、少しでも理想のモデルに近づくこと、これが 我々の目的である。このことを忘れてはならない。

    第三に、この講義(に限らず全ての練習においてもそうだが)の目的はマンドロ ンセロに関するいろいろなことを教えつけることではなく、皆さん自身がマン ドロンセロという楽器を通じて音楽について考えることに対する手助けをする ことにある。これから先述べてゆくことは絶対的真理ではなく、単なるヒント でしかない。したがって、これから先述べていくことがらを鵜のみにするので はなく、常にそれがどうしてそうなのかを考え、そこからそれを自分自身に最 も適応した形にして消化吸収しようと努力する姿勢が大事である。

    第四に、このことはマンドロンセロに限ることではないが、オーケストラとい うのは各パートが対等な立場で音楽を作っていくのであって、けっしてメロディー が主で伴奏はおまけであるとか、逆に低音部の上にメロディーがのっかってい るとか、そのようなものではない。(強いていえば、それらは特別なケースな のであって、一般的にはそうではない、ということ。)従って、マンドロンセ ロパートはマンドリンパートやドラパートなどと全く対等な立場で音楽をつくっ てゆく権利と義務がある。「どうせセロパートなんか伴奏パートなんだから、 そんなに気合い入れなくても適当にやれば良い」などと考えるのは大間違い。 逆に、マンドリンやマンドラを弾く人が「ここは自分たちが主役なのだから自 分たちの音だけがしっかり聞こえていればそれで良い、他のパートの音など聞 く気も余裕もないよ」という態度をとることはオーケストラの一員として失 格である。全てのパートが対等な立場においてオーケストラに貢献できたとき、 初めてオーケストラとしての音楽が完成されるのだということを忘れないでほ しい。くどいようだが、オーケストラにおける音楽の最終目標は自己満足では ない。全ての奏者の調和、すなわち、本当の意味での「気持ちが一つになる」 ことである。

    まとめ

  3. マンドロンセロの基礎知識
    1. はじめのはじめ〜知らねばならないこと
      1. 楽器の特徴について
      2. マンドロンセロはマンドリン、マンドラと比べると大きい。その形はラウンド 型とフラット型に分類される。(図1)

        図1、マンドロンセロ

        調弦は低い方から C,G,D,A であり、弦は全て巻弦である。音域を図2に 示す。

        図2、マンドロンセロの音域

        ともすれば軽薄になりがちなマンドリンオーケストラの音色に厚み、迫力を与 えることができる、また、マンドリンやマンドラでは表現することの難しい、 しっとりと落ち着いた深みのある音色を奏でることができることが、マンドロ ンセロの大きな特徴である。

      3. 楽器の持ち方・構え方
      4. マンドロンセロは大きい楽器なので、性別や体の大きさの差などから、その人 その人で微妙に持ち方も異なってくる。基本的には、足を組んで弾く方法と、 足台を使って両足を開いて弾く方法の二通りである。楽器の持ち方の注意とし ては次のようなことがあげられる。

        • 楽器の胸板(表面板)をなるべく膝と垂直にして、楽器が客席の方に向く ように持つ。(斜め上に向けない)
        • ネック(竿)は水平よりやや高めに。ネックの先端が肩の位置にくるぐら いが適当である。
        • 背骨が地面に対してほぼ垂直であること(姿勢が良いこと)が望ましい。 左右に傾いたり、かがんだりのけぞったりしているのはいずれも好ましくない。

      5. ピックの持ち方
      6. ピックは人差し指と親指で挟んで持つ。このとき、人差し指にのせたピックを 親指で押さえつけるという考え方はまちがいである。あくまで人差し指と親指 が等しい圧力をもってピックを挟み、つりあっている、というのが正しい考え 方である。このことは重要である。 なぜなら、前者のまちがった持ち方ではダウンピッキングに比べてアップピッ キングの強さが相対的に弱くなり、また弦に対するピックの当たり方がダウン ピッキングのときとアップピッキングのときとでちがってしまうことによって、 ダウン・アップの均等性(後述)が保たれないからである。

        また、マンドロンセロの場合、マンドリンやマンドラに比べて弦のテンション (張力)が大きいため、たとえppのときでもピックを挟む力を弱めること は必ずしも好ましくない。逆にいうと、柔らかい音色、小さい音量を得る場合、 ピックを持つ力を弱めることでこれを実現しようとすることはマンドロンセロ ではあまり好ましくないということである。(このような場合は、後で述べる ように、弾く位置をサウンドホール側にしたり、腕の力に頼らず手首のスナップ を効かせてピッキングすることなどによって対処すべきである。)

      7. 弦とピックのあたり方について
      8. ピッキングの際、ピックが弦にあたるときの角度は目的外の音(こすれ る音や歪んだ音)の発生やダウン・アップの均等性に大きく関与するので注意 が必要である。弦をピックのヘリではなく面で捉えること、さらに弦に対して ピックの縦方向の角度が直角になるようにすることが理想である。(図3)

        図3、弦とピックのあたり方

      9. 弾く位置について
      10. マンドロンセロの各弦(A・D・G・C)は太さも違えばテンションも異なる。その 差はマンドリンやマンドラと比較すると楽器が大きい分、より顕著である。ブ リッジから等しい距離の点において実際に弾いてみるとその差は明らかである。 一番細いA線は最もハリがあって華やかな音質をもつのに対し一番太いC線はもっ ともユルくて「ジャラジャラ」している。(注、楽器によって個体差があるが、 傾向としては同じである。)これら各弦の音質のバラつきをある程度補正して、 全弦の音質をそろえるために各弦においてそれぞれ弾く場所を変えてやること が望ましい。(図4)また、その基準の場所よりネック寄りで弾けば柔らかい 音が、逆にブリッジ寄りで弾けば硬い音を出すことができる。

        図4、弾く位置

      11. はじめのつぎ〜奏法の基礎
      12. ひととおりの前置きが終わったところで、さっそく奏法の基礎について述べる ことにする。

        1. ダウンアップピッキング
        2. マンドリン属の楽器の演奏の基本になるのはダウンアップピッキングである。 ここでは両止め奏法によるダウンアップピッキングについて述べる。

          ダウンアップピッキングで一番気をつけなくてはならないことは、ダウン・アッ プの均等性である。ダウンピッキングで生ずる音とアップピッキングで生ずる 音はできる限り等しくなくてはならない。また、ダウン・アップの繰り返しに おいて、常にその周期は一定でなければならない。これらがダウンアップピッ キングにおける絶対条件であり、両止め奏法を用いるのはこの奏法がこの条件 に最も合致した奏法であるからである。

          それでは、具体的に両止め奏法によるダウンアップピッキングについて見てゆ くことにする。両止め奏法におけるダウンアップピッキングは次のように行う。 まず、下弦に向かってピックを下ろし、下弦で止める。次にこの時生ずる下弦 の反動(反発力)を利用して上弦に向かってピックを振り上げ、こんどは上弦で 止める。そして、同様に上弦の反動を利用して下弦に向かってピックを下ろし 下弦で止める。この繰り返しである。この時最も重要なのはダウン・アップ の均等性であるから、ダウンピッキングの過程とアップピッキングの過程が極力 等しいことが理想である。特に手首と腕の運動は、その両過程において全く対 称であることが理想的である。(図5)

          図5、ピッキングの流れ

          つぎに、マンドロンセロにおいて理想的なダウンアップピッキングを実現する ために特に留意すべきことをいくつか挙げる。

          • ピックをしっかり持つ。(1.1.3で述べた)
          • ピックが弦にあたるときの角度に気をつける。(1.1.4で述べた)
          • 弦を弾く時のピックの通過速度は極力速くする。弦を弾くというより通 過すると考える。
          • ピッキングの際、上下弦でしっかり止め、ギリギリまでタメる。
          • 弦によって弾く位置を変える。(1.1.5で述べた) さらに、弦によってテ ンションが異なるので手首と腕の使い方に工夫が必要である。マンドロンセロ では、細い弦ほど弦の太さに対するテンションが大きい傾向があること、また 細い弦ほど残響時間が短く、従って特にトレモロの時に細い弦ほど、より短い 周期でのトレモロを要求されることなどの理由により、より腕よりも手首の運 動を利用してピッキングを行なう。逆に、太い弦ほど相対的に腕の運動をより 多く利用してピッキングを行なう。その際、腕や手首の運動は前述の通り常に 対称でなければならない。

          また、これらのことを実現するためにはどのような心がけでもって練習をする と効果的かを以下に示す。

          • ピッキングの際、ピックはできる限り深く持ち、また弦に深く入れて大 きな音量を出すようにする。そのことにより上・下弦止めの感触を覚え、そし てまた、スタミナをつける。
          • 理想的なダウンアップピッキングがずっと持続できるように心 がける。一瞬だけ理想的なダウンアップピッキングができるというだけでは、 実際に曲を手掛けた時にそれを弾きこなすことができず、失格である。最低一 分間は理想的なダウンアップピッキングが持続できるだけの実力を養いたい。

        3. トレモロ
        4. トレモロの原点はダウンアップピッキングにある。というより、ダウンアップ ピッキングの周期の短いものがトレモロであるといった方がより適切である。 つまり、トレモロは何ら特別なものではなく、速いダウンアップピッキングで ある。ここで、遅いダウンアップピッキングとトレモロの違いは単に上・下弦 での「タメ」の時間の長さの差にすぎず、ピックの通過速度は変わらない。他 は全て同じである。

        5. 単音,重音,そして消音
        6. まず、単音、重音、消音をひとまとめに論じようとする理由について述べる。 ダウンアップピッキングやトレモロにおいては、音の継続というのが重要であっ て、全ての表現はピッキングの周期や振り幅、ピックを入れる深さなどを加減する ことにより行なわれる。ところが、単音や重音には継続性がない。つまり一旦 弾いてしまうと、ピッキングによってその後の表現を操作できない。できるこ とは、手を使って弦の残響をコントロールすることだけである。この技術が消 音とよばれているものである。まとめると、ダウンアップピッキングやトレモ ロでは主にピッキングによって音を作っていたが、単音、重音ではピックだけ ではなく左右の手を駆使して音を作る。このことが重要である。

          つぎに、それぞれについて具体的に説明する。

          単音

          単音は、特にリズムを強調するために用いる。奏法上の注意としては、名前の 通り一つの音に聞こえる必要があるので、二本の弦を同時に鳴らす、或いは二 本のうちの一本のみを弾く、ということである。単音の弾き方にはいろいろな 種類があるが大きく分けて、ピックを用いる方法、指で弾く方法の二通りであ る。そして、弾いた後の残響の処理の方法にも色々な種類があるが大きく分け ると、全く消音しない方法、自然な感じで音を減衰させてゆく方法(右てのひ らを用いる)、急激に消音する方法(押さえている左手の指を離す方法、左手の 使っていない指で消音する方法、右てのひらで消音する方法など)の三通りで ある。

          重音

          重音は単音と同じ理由で用いられる他に、和声を強調するために用いられる。 重音の弾き方にもいろいろな方法があるが大きく分けて、単音のように全ての 音を同時に出す方法と、いわゆるアルペジョ(段階的に音を出す)による方法の 二通りである。弾いた後の残響の処理の方法は単音の時と同様である。

        7. 左手の使い方
        8. 左手は主に弦を押さえることに用いる。ここでは弦の押さえ方と運指について 述べる。

          まず、弦の押さえ方について述べる。マンドロンセロの場合、マンドリンやマ ンドラと比べて弦が太く、テンションも高いこと、またフレットの間隔が広い ことなどから、それらの楽器ではそれほど重要でなかったことが要求される。 その中でとくに重要なことを以下に示す。

          • 1フレットに指1本。(ポジションの概念)
          • フレットの間際を押さえる。フレットの上やフレットとフレットの間を 押さえてはいけない。マンドロンセロの場合弦のテンションが高いため、こう しないとすぐ音がびびってしまう。
          • なるべく指はたて、指先で真上から弦を押さえる。マンドロンセロの場 合弦のテンションが高いうえに指板上において別の弦がマンドリン等と比べ相 対的に隣接しているため、こうしないと目的の弦を目的のフレットで押さえる ことが難しい。

          次に運指について述べる。マンドロンセロがマンドリンやマンドラと大きく異 なる点のうちの一つが、この運指である。マンドロンセロにおける運指はポジ ションの概念に基づくが、マンドロンセロのポジションはマンドリンやマンド ラのそれとは全く異なる。その特徴は1〜4の指を1フレットごとに配置する点 である。フレットの間隔が広いことがそうする理由である。詳 しくは別刷の資料を参照されたい。

      13. とりあえずやってみよう〜演習
      14. 長々と理屈だけが先行してしまったが、実際に楽器を弾くのは体なので、頭の 中で「ふーむ、なるほど。」とわかっただけでは意味がない。実際に楽器を弾 くことで今まで述べてきたことを復習し、文字どうり「体得」してみよう。


    TOPのページに戻る