まず第一に、マンドロンセロという楽器は、マンドリンやマンドラと同じ形を しているにもかかわらず、その性質はこれらとは全く異なるということを認 識してほしい。具体的には、右手のピッキング、左手の運指、楽譜、そして何 よりもマンドリンオーケストラの中における役割が他の楽器とは異なるのであ る。これらのことについては、また後ほど述べることになるであろう。
第二に、これから行なってゆく基礎的な練習には必ず何らかの目的があるとい
うことである。具体的にいえば、ある理想のモデル(物理的にも精神的にも理
想的な演奏のできる状態)があって、それに近付くように常に努力することが
大事なこと(目的)であり、基礎的な練習というのはそのための手段に過ぎない
ということである。
さらに理想のモデルというのは究極的には、後に述べるようにオーケストラの
一員として真の音楽の創造に携わることのできる状態のことであるともいえる。
少々オーバーな表現を用いてしまったが、要は基礎的な練習を
第三に、この講義(に限らず全ての練習においてもそうだが)の目的はマンドロ ンセロに関するいろいろなことを教えつけることではなく、皆さん自身がマン ドロンセロという楽器を通じて音楽について考えることに対する手助けをする ことにある。これから先述べてゆくことは絶対的真理ではなく、単なるヒント でしかない。したがって、これから先述べていくことがらを鵜のみにするので はなく、常にそれがどうしてそうなのかを考え、そこからそれを自分自身に最 も適応した形にして消化吸収しようと努力する姿勢が大事である。
第四に、このことはマンドロンセロに限ることではないが、オーケストラとい うのは各パートが対等な立場で音楽を作っていくのであって、けっしてメロディー が主で伴奏はおまけであるとか、逆に低音部の上にメロディーがのっかってい るとか、そのようなものではない。(強いていえば、それらは特別なケースな のであって、一般的にはそうではない、ということ。)従って、マンドロンセ ロパートはマンドリンパートやドラパートなどと全く対等な立場で音楽をつくっ てゆく権利と義務がある。「どうせセロパートなんか伴奏パートなんだから、 そんなに気合い入れなくても適当にやれば良い」などと考えるのは大間違い。 逆に、マンドリンやマンドラを弾く人が「ここは自分たちが主役なのだから自 分たちの音だけがしっかり聞こえていればそれで良い、他のパートの音など聞 く気も余裕もないよ」という態度をとることはオーケストラの一員として失 格である。全てのパートが対等な立場においてオーケストラに貢献できたとき、 初めてオーケストラとしての音楽が完成されるのだということを忘れないでほ しい。くどいようだが、オーケストラにおける音楽の最終目標は自己満足では ない。全ての奏者の調和、すなわち、本当の意味での「気持ちが一つになる」 ことである。
図1、マンドロンセロ
調弦は低い方から C,G,D,A であり、弦は全て巻弦である。音域を図2に 示す。
図2、マンドロンセロの音域
ともすれば軽薄になりがちなマンドリンオーケストラの音色に厚み、迫力を与 えることができる、また、マンドリンやマンドラでは表現することの難しい、 しっとりと落ち着いた深みのある音色を奏でることができることが、マンドロ ンセロの大きな特徴である。
また、マンドロンセロの場合、マンドリンやマンドラに比べて弦のテンション (張力)が大きいため、たとえppのときでもピックを挟む力を弱めること は必ずしも好ましくない。逆にいうと、柔らかい音色、小さい音量を得る場合、 ピックを持つ力を弱めることでこれを実現しようとすることはマンドロンセロ ではあまり好ましくないということである。(このような場合は、後で述べる ように、弾く位置をサウンドホール側にしたり、腕の力に頼らず手首のスナップ を効かせてピッキングすることなどによって対処すべきである。)
図3、弦とピックのあたり方
図4、弾く位置
ダウンアップピッキングで一番気をつけなくてはならないことは、ダウン・アッ プの均等性である。ダウンピッキングで生ずる音とアップピッキングで生ずる 音はできる限り等しくなくてはならない。また、ダウン・アップの繰り返しに おいて、常にその周期は一定でなければならない。これらがダウンアップピッ キングにおける絶対条件であり、両止め奏法を用いるのはこの奏法がこの条件 に最も合致した奏法であるからである。
それでは、具体的に両止め奏法によるダウンアップピッキングについて見てゆ くことにする。両止め奏法におけるダウンアップピッキングは次のように行う。 まず、下弦に向かってピックを下ろし、下弦で止める。次にこの時生ずる下弦 の反動(反発力)を利用して上弦に向かってピックを振り上げ、こんどは上弦で 止める。そして、同様に上弦の反動を利用して下弦に向かってピックを下ろし 下弦で止める。この繰り返しである。この時最も重要なのはダウン・アップ の均等性であるから、ダウンピッキングの過程とアップピッキングの過程が極力 等しいことが理想である。特に手首と腕の運動は、その両過程において全く対 称であることが理想的である。(図5)
図5、ピッキングの流れ
つぎに、マンドロンセロにおいて理想的なダウンアップピッキングを実現する ために特に留意すべきことをいくつか挙げる。
また、これらのことを実現するためにはどのような心がけでもって練習をする と効果的かを以下に示す。
つぎに、それぞれについて具体的に説明する。
まず、弦の押さえ方について述べる。マンドロンセロの場合、マンドリンやマ ンドラと比べて弦が太く、テンションも高いこと、またフレットの間隔が広い ことなどから、それらの楽器ではそれほど重要でなかったことが要求される。 その中でとくに重要なことを以下に示す。
次に運指について述べる。マンドロンセロがマンドリンやマンドラと大きく異 なる点のうちの一つが、この運指である。マンドロンセロにおける運指はポジ ションの概念に基づくが、マンドロンセロのポジションはマンドリンやマンド ラのそれとは全く異なる。その特徴は1〜4の指を1フレットごとに配置する点 である。フレットの間隔が広いことがそうする理由である。詳 しくは別刷の資料を参照されたい。