米国のモンロー主義の展開
曽村保信『地政学入門』(中公新書、1984年)154-8ページより。
- 1846年 ポーク大統領の命により、当時メキシコが領有を主張していたテキサス地方に進軍、これを占領し、対メキシコ戦争を誘発した。1848年における勝利の結果、さらにカリフォルニアとニュー・メキシコを併合。
- 1854年 合衆国海軍と海兵隊により、同国の公使を抑留したニカラグアに報復するため、港湾都市のグレイタウンを占領。
- 1873年 パナマ人によるコロンビアからの分離独立闘争に際して、合衆国人の生命と財産を保護するために軍隊を派遣。同様な上陸作戦は、1885年、1901年、1902年及び1903年にも行われた。
- 1894年 ニカラグアの革命戦争に際して、合衆国人の生命、財産保護のために軍隊を派遣。1898-9年にも同様な介入あり。
- 1898年 米西戦争に際して、海軍はキューバの港湾を封鎖し、陸軍と義勇兵(しおどあ・ルーズベルトの”ラフ・ライダー”を含む)によりスペイン軍の地上要塞を攻略。その三年後に、合衆国はグワンタナモ湾の海軍要地を獲得した。
- 1903年 海軍によるパナマ独立の支援。その後1914年に至るまで、海兵隊が運河工事監督のため駐留した。
- 1904年 ドミニカ共和国の内乱に際して、合衆国の権益保護のため、海軍を派遣。
- 1906年 キューバの内乱に際して、米人によるキューバ平定軍(Army of Cuban Pacification)を組織し、三年間秩序の回復と政府の維持にあたった。
- 1907年 ニカラグアとホンジュラス間の戦争に際し、合衆国の権益保護のためホンジュラスの六都市に米軍を派遣。
- 1910年 ニカラグアの内乱に際して海兵隊を派遣し、ホセ・マドリス大統領にたいする反乱軍を支援した。
- 1912年 キューバの内乱阻止のため、ハバナとオリエンテに海兵隊を派遣。
- 1912年 ニカラグアの内紛に際して軍隊を派遣し、自由党の勢力を粉砕し、保守派の大統領アドルフォ・ディアスが就任してから1925年に至るまで、反乱の阻止と選挙の監視のため海兵隊の分遣隊が駐屯をつづけた。
- 1914年 ハイチに対する借款の返済を迫るため、海兵隊が上陸。国立銀行に進撃して保有金の約半分を米国に持ち帰った。
- 1914年 ドミニカ共和国内の武装内紛を調停するため、プエルト・プラタとサント・ドミンゴの両市に海軍部隊を派遣。
- 1914年 メキシコとの紛争にあたり、ウィルソン大統領の命によって海軍がベラクルスを砲撃、占領した。
- 1915年 ハイチ大統領の暗殺事件発生にあたり、軍隊を派遣して反乱を鎮圧。以後1934年まで駐在をつづけて、行政の維持にあたった。
- 1916年 ドミニカ内乱再発にあたり、軍隊を派遣して反乱軍を鎮圧した後、1924年に至るまで軍政を継続した。
- 1917年 キューバ政情不安に際して軍隊を派遣し、1922年に至るまで占領をつづけた。
- 1918年 パナマの選挙管理のため軍隊を派遣し、翌年まで駐在。
- 1918-9年 メキシコからの不法侵入者を国境を越えて追跡すること、少なくとも9回。
- 1921年 パナマとコスタリカ間の国境紛争による戦争発生防止のため、地峡の両側に海軍部隊を派遣した、示威を行った。
- 1924年 ホンジュラス国内の地方反乱にあたり、合衆国権益保護のため軍事介入し、一年以上行動を継続した。
- 1925年 パナマ国内のストライキと土地騒動にあたり、秩序の維持と合衆国の権益保護のため、約600人の軍隊を派遣。
- 1926年 ニカラグアの内乱再発により、海軍と海兵隊を派遣。以後七年間にわたって占領を継続して選挙の監視にあたり、国民警察隊の育成にあたった。
- 1954年 CIAにより、グアテマラの国内に反乱団体を組織して、政府の転覆をはかった。
- 1961年 キューバのオリエンテ州コチノス湾に反カストロ革命軍を上陸させたが、計画は失敗に終わった。
- 1962年 ケネディ大統領の命により、キューバに海空からの隔離(わざと封鎖という言葉遣いをさけた)を行って、ソ連の核ミサイルを同島から撤去させた。
- 1965年 ドミニカ共和国のクーデターに際して、約2万2千の軍隊を派遣。
- 1966年 グアテマラに特殊部隊を派遣して、約二年間にわたり反乱鎮圧の作戦を援助した。
- 1983年 ソ連、キューバおよびニカラグアによって支持される中米のマルクス主義ゲリラに対抗するため、ホンジュラスにおいて本格的な軍事訓練を実施すると同時に、カリブ海と太平洋の双方に艦隊を派遣して、中米一帯の監視にあたった。
- 1983年 グレナダにおけるマルクス主義政権の内紛に際し、ジャマイカ、バルバドス、アンティアグア=バルブダ、ドミニカ、セントルシアおよびセントビンセント=グレナディーンの六カ国の要請を受けて同島に海兵隊を派遣し、治安の維持と回復にあたった。
(以上は、『USニューズ・アンド・ワールド=レポート』の記事を参考に作成)