なぜ琵琶湖周辺を旅しようかと思ったかというと、小学校の時に織田信長の安土城について調べたことがあって、是非行ってみたいと思っていたからだ。安土城は信長が本能寺の変で敗れてからすぐに燃えてしまったので、小学校の時に調べたときは謎の城ということになっていた。しかし、先日お酒の席で、T先生が「安土城は発掘が進んできてかなりおもしろい」と言っていて、これはいかなくてはと思っていたのだ。
たぶん1980年代だったと思うが、安土城の図面が見つかったので、それを元にいくつか模型が作られている。下の写真は安土駅前の安土町城郭資料館にある20分の1のもの。ちなみにこの模型はまっぷたつに割れて、内部も見ることができる。
また、いつだったかの万博のために天守閣も実物大で復元されている。信長の館というところにそれが置いてある。
最上階の内部は実にきらびやかだ。しかし、内部の装飾については文献に基づいて「こんな感じだったのでは」という想像よるものだそうだ。
今は普通の山になってしまっている安土城。真ん中の山の頂上に天守閣があった。
天守閣跡まで登ることができる。この階段は入り口付近。城が焼け落ちた後、中腹にあるお寺だけが残り、そのお寺がずっと管理してきた。発掘調査が進むとともに、観光地化も進められるようで、今年の秋からは入山が有料になるそうだ。この写真の階段は、土砂で埋もれていたものを掘り起こし、石を積み直して登りやすくしているが、上に行くほど段差がきつく、非常にくたびれる。真夏なので汗がしたたり落ちる。こんなもの毎日登っていたら大変だ。
この写真はところどころにある石仏。信長はこんなものまで敷石にしてしまった。彼のラディカルな思想が現れていておもしろい。現物は見つけられなかったが、墓石まで敷石になっているそうだ。
入り口に近いところにある羽柴秀吉の邸宅跡。ここの発掘が一番進んでいて、安土城考古博物館というところに解説がある。石階段を挟んで秀吉邸の向かい側には前田利家の邸宅跡とされているところがあるが、こちらの発掘はあまり進んでいないようだ。どちらも山の中にあるせいか、それほど大きなスペースではない。
30分ほどかけて急な石階段を上ると、二の丸に信長の廟がある(入れない)。その上の天守跡がこの写真。礎石が並んでいるだけで、木々に覆われている。
天守跡の石垣を登って藪の中へ入っていくと、琵琶湖が見えるスペースがある。安土山の周りは、今は田畑になっているが、これは埋め立て地で、信長の時代は城のすぐ下にまで湖が来ていたという。さぞかしいい眺めだっただろう。
エジプトのピラミッドにも中国の万里の長城にも行ったことはないが、権力者というのはとてつもないものを作るものだ。