「負けない慶應」はもはや神話となりつつあった。52回大会での敗戦を忘
れたかのような慶應の堂々たる連覇は、まさに団体戦の理想チームの勝ちぶり
であった。もともと望月・鈴木と富士高出身の両強豪選手を擁する上、昨夏以
来の半年で2度のA級優勝など23ポイントをあげた小池選手が3本柱の一角
を担うようになって、新生・慶應の強さは自他ともに認める本物となった。
その鈴木が職域に出るのは今回が最後。3期前に優勝を果たした早稲田だ
が、その時は直接慶應を倒したわけではない。早稲田にとって悲願である「強
い慶應に勝って優勝」を果たすには今回が最後のチャンスであった。
早稲田にとってひとつの障害は、もう一つのライバル・新興チーム東大の存
在である。昨春はなんとか予選でしのいだものの、決勝で勝ち切る力は残って
いなかった。そして昨夏は運命戦にもつれての歴史的敗戦、慶應と矛を交える
ことのないままの予選落ちであった。
早稲田幹事長であった萬年は考えた。「このままいつも通り東大と予選であ
ててよいのだろうか…」 彼とその同級生による幹部の選んだ選択肢は、「予
選で慶應打つべし!」であった。
組み合わせのくじはその早慶決戦の場に準決勝・3回戦を選んだ。対戦は以
下の通り。
1 萬年−北沢
2 山下−秋山
3 田口−鈴木
4 波多野−望月
5 下宇宿−小池
1・2は早稲田有利、4・5は慶應有利、早慶の勝負の命運は3の勝負に託
されたかのように見えた。事実1・4はタバで早慶1勝1敗、2は山下優勢、
5は小池優勢と予想通りの展開であった。しかし早稲田、ポイントの田口が全
くの不調、重圧の中、10枚で2敗目を喫す。試合は2勝2敗、一縷の望みを
託された下宇宿も小池相手に1−5でリーチをかけられ、絶体絶命。早稲田の
誰もが勝負の厳しさを眼前に突きつけられる寸前であった。しかし「奇跡」は
そこからだった。
小池の「とどめ」の取りはカウント・ミスのお手つき。2−4から自陣の出
札を取り損。下宇宿2−3と迫る。そこから下宇宿、落ち着いて敵陣を連取し
逆にリーチ。1−2から最後の出札は小池陣右下段の4字札「なにはえ」、き
れいに抜いて早稲田の大逆転勝ちとなった。
「奇跡」の勝利にわく早稲田。しかし試合は終わっていない。決勝はてぐす
ね引いて待ち受ける東大が相手であった。組み合わせは以下の通り。
1 田口−関谷
2 波多野−中村
3 萬年−木原
4 山下−上田
5 下宇宿−江村
試合は1・3を東大、2・4・5を早稲田が押す展開であった。しかし劣勢
の選手もただでは負けない。粘りに粘りを見せて試合はもつれにもつれた。残
り札4枚の時点で両チーム一人も勝っていないという世紀の大接戦となった。
最初に試合を決めたのは萬年、3枚差、劣勢を跳ね返しての逆転勝ちであっ
た。次の一枚で関谷・山下が勝利を収め、早稲田の2勝1敗。残り札は「あさ
ぢ」「あさぼ」の別れであり、その時点で早稲田は札クロスを決めていた。当
然、東大の江村・中村両選手は抜きにいくがわずかに及ばず。早稲田大学3期
ぶり17度目の優勝となった。
早稲田にとって東大戦の立役者は、接戦の中逆転でしかも貴重な1勝目をあ
げた萬年であったかもしれない。そして準決勝の下宇宿の奇跡の逆転もまぶた
に焼き付いている。しかし早稲田にとって誰がヒーローか、どんな勝ち方で
あったかはもはや問題ではなかった。結果的に早稲田大学の黄金時代の出発点
となる日だか、そんなことも関係はなかった。
今日は早稲田にとって絶対に負けられない試合。そして接戦続きで、さらに
札合わせを駆使して、とにもかくにも慶応・東大を倒して優勝にたどり着いた
こと。この結果だけを、関係者全てまじえて喜びあったという、この日はそう
いう日であった。
(田口貴志氏による観戦記)