この前後数年にわたる早稲田・東大マッチレースの一つの区切りとなる大
会。早稲田は山下・田口、東大は中村・関谷と、両チームとも何年も中心選手
として活躍していた選手が卒業する。特に東大は初優勝に向けての意気込みは
並々ではない。しかし結果としてこの両チームが対戦することはなかった。A
級に裏表2チームを擁する早稲田大学は、Bチームが予選で東京大学と激突
し、みごとこれをくだしたのであった。早稲田のいわゆる「裏」チームが東大
レギュラーチームに挑むのはもちろん勝ったのは初めてのこと。早稲田・小澤
の大差勝ち、さらに柳が東大主将・中村をくだしたことが大きかった。
「裏」チームはそのまま決勝進出、同所属チームの決勝は慶應義塾大学以来
のことであった。「裏」と呼ばれるチーム、その使命は大きく、また報われな
いものである。常に強豪チームのいるブロックでの試合を強いられ、駒も
「表」チームからすれば不足がちで実に苦しい試合を強いられる辛い
日陰のチームである。日の当たらない「裏」チーム、今回の勝負はその「裏」
チームに所属する選手の意地が全てを決めたと言っていい。
決勝は3勝2敗で「表」チームの勝利、結果的に早稲田大学3連覇達成で
あった。しかし実力ありながら「裏」チームに甘んじていた柳・小澤両選手は
みごと全勝を達成。両者にとっての最後となる裏仕事をみごと檜舞台に引きあ
げた。評価されるべきは確かに早稲田の層の厚さかもしれない。しかし日陰の
裏家業に生きる選手達の猛烈な意地こそを、ぜひ記憶に留めておきたい大会で
あった。
(田口貴志氏による観戦記)