数ある「職域名勝負」の中でも今回ほどホットなゲームはなかったのではな
かろうか? 勝負といえど所詮団体戦の職域大会、個人の勝負にこだわったと
ころでしょせん報われる事は少ない。当然である。しかし職域は勝負の場であ
ると同時にドラマでもあった。西葛西大劇場で上演されたこの日の演目は一人
の男の挑戦であった。
主演は吉井秀樹・東京大学2年生。今まで職域A級の出場実績は0である。
助演女優は小澤裕紀。大井川高校から早稲田大学に進学、この春に卒業を控え
ている。早稲田では常にA級リーグで出場し、レギュラーになって5度の職域
で4度優勝。特筆すべきは彼女が大井川高校時代以来、職域団体戦で無敗であ
ること。この最後の職域に全勝すれば50連勝無敗で団体戦生活を締め括るこ
とになる。
吉井選手の挑戦。それは前回の大会決勝で東大が早稲田に破れたことに端を
発する。東大の対早稲田戦対策は「小澤選手と当たった選手の1敗はしょうが
ない、あきらめて他の4組で3勝する」ことだった。「そんな考えでは最初か
ら勝つはずがない」そう考えた吉井選手が目指したこと、それは自分が小澤選
手と対戦して東大の1勝を稼ぐことだった。昨夏以来の吉井選手が挙げた個人
戦の数々の実績は、全て「A級で起用され、小澤選手に勝つ」職域のためで
あった。そしてお正月が過ぎた頃、個人戦では小澤選手を倒すという実績をあ
げるまでに急成長した。
しかし団体戦で無敗の女王に勝てるのか、第一対戦することができるのか、
それはまだ全くわからない。筆者は「自分が倒す」という彼の言葉は仲間に対
する檄文では、と感じていた。しかしどうやらその筋書きは違っていたよう
だ。
東大主将は必然的にAチームの主将。その川村本人にとっても最後の職域。
しかし川村はその伝統を自ら捨て去り、後輩たちにAチームを託す。そして選
ばれたメンバーは吉井・中原・片山の2年生トリオ。職域に強い4年生小林・
山崎が経験不足を補完する。言い訳のできないメンバーであり、また主将川村
の断腸の思いでの決断を背負い、負けるわけにはいかない挑戦となった。
職域当日、早稲田と東大は本当に全く危なげなく勝ち進んだ。誰もが刻一刻
と迫る決戦の時を身震いとともに感じたに違いない。申し訳ないが、それ以外
のチームのことは本当に印象に残っていない。唯一、気になったのは全員全勝
でと気合の入った早稲田の選手のうち、池田選手が3回戦で赤井選手に喫した
1敗であった。
決勝戦。果たして、東大2番吉井−早稲田2番‥‥小澤であった。
それでも早稲田おおいに有利であった。福原・池田・石丸・萬年、層の厚い早
稲田の陣容は、よしんば小澤が星を落としたとしても充分支えきれるはずの強
者揃いのメンバーであった。しかし中原・小林が序盤からちぎり、東大にむし
ろ勢いを感じた。
注目の吉井−小澤は? 序盤は小澤優勢、15−22と差をひろげた。
しかしその東大優勢の雰囲気が微妙に勝負を左右したのかもしれない、吉井巻
き返し接戦に持ち込む。目の醒めるような取りを小澤が披露すれば、あくまで
小澤の右を抜き続け、食らいつく吉井。伯仲のまま終盤にもつれる。いや、終
盤にさしかかる頃はむしろ吉井優勢だった。最後は1−2とリーチをかけた吉
井、抜かれると札合わせで具合が悪いこともあり、左下段の出札「みか」を
がっちり守って試合終了。長い長い挑戦は報われて幕を閉じた。そして団体戦
の勝負の行方は? 中原(東大)圧勝の後、萬年(早稲田)は逆転、福原(早
稲田)押し切り早稲田の2勝。吉井2枚差で東大も2勝。勝負は山崎−池田の
運命戦に持ち込まれた。その東大の司令塔山崎、劣勢からよく状況を見て粘
り、持ち込んだ1−1であった。しかし我々観客の目には、吉井−小澤戦が終
わった時、すでに勝負は決まっているように見えた。そして出札もそれを裏切
らなかった。
小澤選手は50戦全勝という、おそらくもう二度と誰も挑戦すらできないで
あろう勲章を逃した。残念この上ない。しかし逃した勲章の代わりに我々にこ
の名勝負を残した。名勝負あっての勝ち負けである。連勝も、後から思えばこ
の日この勝負のための7年がかりの伏線という気さえする。個人的には全勝の
達成より、この日この試合があったことを喜びたい。また新たな歴史を刻み、
一人のヒロインを送りだし、また若き英雄を誕生させ、職域は新しい時代、東
大時代へと流れていく。
(田口貴志氏による観戦記)