東京大学の主将・新川にはやらなければならないことが二つあった。一つは
前回遅れをとった暁星を完膚なきまでに叩くこと、そして何より職域大会A級
優勝の奪還であった。
1・2回戦、富士・慶応を楽々とくだし、3回戦、同じく2勝の暁星と対
戦、決勝進出を争う。戦力的には問題なく東大が上。しかし前回も東大圧倒的
有利の下馬評の中、暁星が星を得ている。今回も戦力差を考えれば暁星は健闘
と言えるかもしれない。しかし終わってみれば東大5勝。なんと15戦14勝
で予選通過した。
もう一つの決勝進出はは早稲田大学。前回までの中心選手、福原・池田を欠
いたのは大きかった。予選で高校選手権優勝チーム長泉に星を落とす波乱が
あった。しかし勝ち星差に助けられ、なんとか決勝進出。その原動力はなんと
いっても新主将・西郷選手の加入であった。
大分県かるた協会出身、小学生・中学生・高校生大会制覇の大記録を引っ提
げ早稲田大学に乗り込んできた彼は、その練習環境の良さを最大限活かし切
り、大学生選手権そして学生選手権と全世代のタイトルを奪取した。1年生な
がらすでに看板選手となっている西郷を、早稲田は堂々文字通り中心に据えた
試合ぶりであった。予選全て西郷を真中に据える布陣は、今回のみならず将来
にわたって早稲田を支えてほしいという期待にも見えた。
この西郷を東大がどうさばくか、注目された。
組み合わせは以下の通り。
中原−中本
藤森−寺本
白川−西郷
新川−石丸
吉井−紺野
早稲田の石丸・中本のどちらかが、東大の優勝経験者新川・中原を倒せるか
どうかが戦前の注目であった。
試合は寺本(早稲田)が藤森(東大)に圧勝、接戦となると見られていただ
けに意外な結果であった。吉井(東大)は紺野(早稲田)を圧倒、格の違いを
見せた。注目された新川−石丸は新川(東大)が危なげなく押し切り東大2
勝。残る2試合が注目された。
中原−中本の接戦は予想を裏切らないが、西郷が白川(東大)と接戦をして
いたことはむしろ意外な展開であった。これまでタイトルをそうなめにしてい
た西郷、しかし常にその姿を脇で見ていた白川には心中期するものがあった。
「職域では西郷をひいて勝つ!」そう考えた白川は西郷の位置を読み切り、自
ら真中に座ったのであった。
中原残り4枚・白川残り2枚と優勢の中、新川が勝ちきり東大が2勝。そし
て東大は「札クロス」完成を確認して自陣の6枚を守りにいく。このままでは
負けは必至の中本・西郷、必死に抜きにいくが及ばない。1枚守りリーチをか
けた白川、最後は敵陣をゆっくり押さえて東大3勝。優勝奪還を果たした。
「1年生に全てを持っていかれたくなかった」と語る白川選手、意地の勝利が
呼びこんだ優勝であった。
試合後、18勝2敗という近来ない好成績に正木名人から言及があった。あ
るいは確かに史上初の20勝も狙えたのかもしれない。しかし主将新川はじめ優勝の東
大ファ
イブの心中は、記録のことはともかく、何勝であれとにかく勝ちたかった今日この日
の、1年ぶりの勝利に酔っていたのかもしれない。
(田口貴志氏による観戦記)