「地方行政」時事通信社 2001/3

先進性秘めた青森県の政策マーケティング手法(上)
民意の測定に基づく「行政評価の新手法」 ―政策決定のビッグバンに備える―

 

上山信一(米国ジョージタウン大学政策大学院教授)
玉村雅敏(千葉商科大学政策情報学部講師) 

 

首長や行政マンにとって、およそ「民意を正しく政策に反映する」ということほど悩ましいテーマはないだろう。「政策の優先順位」や「予算のめりはりづけ」というのも同様だ。言うまでもなく、「民意」は一枚岩ではない。必ず、利害の対立がある。住民の大多数の意向と議会の意思にズレが生じることもある。

さらに、近年は情報公開や政策決定プロセスの透明性、さらに住民の参画といった手続き面でのオープン化も要求されてきた。政策決定の世界にも"ビッグバン"が始まりつつある。これは、従来の日本の政治と行政が暗黙のうちに大前提としてきた、次の三3原則が崩れつつあるということを意味する。

@ 公的なことの担い手は政府である。経済から教育まで、困ったことは政府が解決すべきである。
A 政策の企画・立案は、プロ(官僚、議員)に任せておけばよい。
B 政府の仕事のやり方(執行)に素人がいろいろ口出しするのはよくない。

つまり、公的サービスの担い手としては、企業や民間非営利団体(NPO)が出てきたし、政策の立案と執行の両面で住民に対する情報の開示そして住民の参画が求められてきている。こうした背景のもとで、国でも自治体でも情報公開と行政評価が導入されつつある。しかし、その中身は、まだ十分とは言えない。

 

商品サービスの品質チェックどまりが大半

まず第一に、情報公開について見ると、「事後」に「要求」があった時になされるのが原則となっている。しかし、本来は「事前」に「要求」がなくても、「報告や相談」があってしかるべきではないか。何しろ「税金」はサービスの成否にかかわらず前払いされているのである。

第二に、行政評価の方もまだまだ不完全だ。多くは行政機関に既に存在する事務や事業だけを取り出し、その効果、効率について数値目標を定めてチェックする、という域にとどまっている(いわゆる事務事業評価や業務棚卸し手法)。こうした活動はもちろん手始めとしては重要だが、企業活動に例えていえばこうした活動は、「商品」の品質チェックをしているにすぎない。そもそもどういう商品をつくるべきか、また、どんなつくり方をするべきか、全体の視点をどこに投入すべきか、といった「戦略」レベルの見直しには、まだまだ遠い。ましてや、これを続けるだけでは、いつまで経ってもとうてい「経営」レベルのチェックには至らない。なぜならば「良いよい商品やサービスイコール良い経営者」とは限らないからである。現に素晴らしい商品をつくっていても、コストが高すぎて赤字で倒産する企業はいくらでもある。

さて、日本の自治体における行政評価が、「既存商品の品質チェック活動」にとどまる最大の原因は、現行の地方自治制度にある。そもそも自律的に運用できる財源や権限が限られている。企業にならって自由な戦略をつくろうと言うこと自体はたやすいが、今の制度の下もとでは現実味は乏しい。

青森県の挑戦〜政策マーケティング

このようなわが国の情報公開と行政評価の限界に対する一つの状況の打開策として、紹介したいのが青森県の「政策マーケティング」である。これは、行政評価の中でもいわゆる「政策評価」あるいはベンチマーク方式の典型で、六十六個のベンチマークで青森県の政策ニーズ、そして政策のその目標値を数値化している。

この図表だけを見ると、わが国でも有名な米国オレゴン州のオレゴン・ベンチマークにそっくりだし、東京都のTOKYO CHECKUP LIST 99、大阪府の大阪元気リストの二番煎じにしか見えない。しかし、その運用形態の内実は欧米にもまだ例がない斬新さと先進性を秘めている。本稿では、その概要、開発の狙い、そして今後の運用、方針を上下二2回にわたって紹介したい。

ちなみに筆者の上山信一は青森県政策マーケティング委員会(青森県庁が本件のために設置した第三者機関)の委員、玉村雅敏は同委員会・作業部会の委員である。本稿は、そこでの経験を踏まえた私見による。

 

政策マーケティングとは何かなにか

(1)政策マーケティングの考え方

「政策マーケティング」という言葉は、今までほとんど使われたことがない。多くの行政マンは、「政策を県民に分かってもらうための働き掛け」のことか、と思うに違いない。しかしそれは、県庁という会社が手掛ける、既につくった「政策」という「商品」の営業活動であり、むしろ「政策営業」とでも呼ぶべきものである。

そもそも、「マーケティング」とは何なのか。実は、企業経営の世界では、大変幅広い意味で使われている。例えば、先ほど筆者は否定したが、実は、商品を売り込む営業活動を指すことがある。テレビCMの制作や宣伝ビラの配布などの広報活動、商品開発に当たってあたっての市場調査、顧客との関係性を深める活動など、多様な活動を指してマーケティングと言っている。

 

政策の市場づくり

マーケティングの本質的な意味は、原語の通り「市場づくり(=Market + ing)」である。すなわち、現在完成している商品を売り込むことだけではなく、まだ完成していない商品の潜在的なニーズを探りだし、市場に並べる商品を創造することや、「市場(=多様な価値が交換され、関係者に満足が提供される場)」そのものをつくる創ることもその範疇(はんちゅう)となる。

このように考えると、「政策」に関しても「マーケティング(市場づくり)」というものがあり得る。「政策マーケティング」とはすなわち、政策に関する「潜在ニーズ」を探った上で、そのニーズを満たす政策を創造し、提供していく社会的なプロセスを実現すること。そしてさらに、政策に関する多様な価値や情報の交換が行われ、関係者に満足を提供する「政策市場」をつくることといえる。

ちなみに青森県では、民間企業で行われているマーケティングの考え方や手法を、政策のつくり方や進め方に取り入れて、県民、各種団体、企業などが、国の省庁、県庁、市役所、役場などとともに、それぞれの役割を分担し、「県民がより満足した人生を送れる青森県」を実現していく"しくみ"づくりを進めている。その活動を総称して、「政策マーケティング」と呼んでいる。以下では、その詳細を紹介したい。

 

(2)7つの要素からの現状把握

マーケティングを実践するには、まず、ニーズや欲求の現状(何がどの程度求められているのか、誰がその充足にかかわっているのかなど)を明らかにすることから始まる。青森県の政策マーケティングでは、@ビジョン、A政策目標、B政策分野、C点検項目、D評価指標、E分担値、Fめざそう値―、―の七つの要素に整理し、この現状把握を行った。

このうち、@〜Cは、県民の望む政策ニーズを探って具現化した定性的な記述の形を取っている。この全体は図2の通りであり、政策に対する県民のニーズを全部で二十七の点検項目で示している。D評価指標は、それを代表的な定量指標で具現化したものである。さらに、E分担値、Fめざそう値の二つは、評価指標を改善する実践活動の役割分担のあり方と、将来目標を示すものである。政策マーケティングの詳細な解説の前に、こういった言葉の意味と青森県での具体的内容をまず解説したい。

 

政策ニーズを整理、指標化

@ビジョン=政策マーケティングの全体的な目標を示したもの。具体的には「県民がより満足した人生を送れる青森県」を掲げている(図2最上部)。

A政策目標=@のビジョンを実現するための具体的条件であり、「実現されるべき県民の暮らしの状況」を示したものである。具体的には、「Tもしやの不安の少ない暮らし」、「U人や地域とつながりの深い暮らし」、「V 自分の可能性を試すことのできる暮らし」、「W 納得できる手間や負担で暮らせる暮らし」、の四項目である。なお、この政策目標を「安心」「つながり」「自己実現」「適正負担」と、より端的に表現したものを「満足条件」と呼ぶ(図2上部)。

B政策分野=政策目標を実現するために必要な政策の分野を示したもの。A「健康・福祉」、B「成長・学習」、C「仕事・職場」、D「社会環境」、E「家庭・地域生活」の五5項目が重要と考えた(図2左側)。

C点検項目=県民の満足を実現するために特に重要な項目を具体的に探し出したもの(図2マトリックス内参照)。「地域で十分な保健・医療・福祉サービスが受けられる」など二十七項目が掲げられた。なお、これらの点検項目は四つの政策目標と五つの政策分野を組み合わせてできる二十の領域のどこかに必ず位置する。

D評価指標=点検項目についての実態を数値でとら捉えるための指標。「健康診断の受診率」「保健・医療・福祉サービスの不満度」など六十六項目をあげて挙げている(図1マトリックス内参照)。基本的には「アウトカム指標」を設定しているが、アウトカム指標が設定できない場合には、代替的にアウトプット指標(どれだけの仕事をしたか)等を設定している。

 

目標に向け、誰がどれだけギャップ埋めるか

以上の五つの要素はあくまで住民の政策ニーズの整理でしかない。政策マーケティング(=政策の市場づくり)を実現するには誰が、どの程度、そのニーズの実現に関係しているのか、どのレベルまで実現が求められているのか、ということを明らかにする必要がある。そこで次の二つの数値が必要となる。

E分担値=評価指標の現状値と将来の目指すべき数値のギャップを埋める活動をだれが誰がどの程度分担すべきかを示すもの。ここでは、政策の担い手として、「個人・家庭」「NPO・市民団体、コミュニティ・町内会」「企業、農・漁協、労組」「学校(幼稚園・保育所を含む)」「市町村」「県」「国」「その他」の八つの主体を挙げたあげた。分担値では、この八つの、それぞれが担うべき分担比率(合計すると一〇〇%になる)を示す(図3)。

 

 

Fめざそう値=二〇〇五年(五年後)に実現したいと考えている指標値の水準を示すもの。住民満足と分担主体の力量を基点に、政策の達成目標を設定した。

 

(3)政策評価システムと政策マーケティング

政策レベルの行政評価手法としては、「ベンチマーク方式」が広く知られている(図4)。国内では大阪府や滋賀県、福井県、東京都など、主に県レベルが導入している。今のところ、これらのベンチマーク指標の大半は、行政部内の担当部局が作成し、内容は既定の政策や総合計画を前提としたものが多い。結果として、行政の活動の全体像を分かりやすく示し、それらの活動が政策レベルでどれだけ成果を上げてあげているのかを説明する役割は果たしている。

 

行政がやっていること、の枠を超える

しかし、住民が求める政策ニーズがは必ずしも県の現行政策には盛り込まれているとは限らない。さらに「住民の生活満足には何が最も大切なのか」、「どんな暮らしと地域の姿が理想か」、「地域の課題に取り組む役割は行政以外にだれ誰が担うべきか」といった、現行の行政機関が仕事として扱っていないような事柄も含めた疑問が存在する。住民が抱くこうした疑問に対する答えは、行政活動とは異なるレベルで求める必要がある。となると、政策評価システムの設計は、自治体の組織内でのブレーンストーミングや担当者による調査分析などの「内製的な、つまり行政の中だけの作業」では限界がある。

青森県の政策マーケティングは、海外や他の都道府県で行われてきたベンチマーク方式や政策評価の経験などを土台にしつつ、以下の五点の工夫を加えることで、これらの素朴で、しかし本質的な住民からの疑問にこたえられる政策評価システムを目指している。

▼行政組織とは一線を画した外部の委員会が、自らコンセプトをつくり、設計をした。

▼今ある行政の仕事からの積み上げではなく、マーケティング・リサーチの手法を活用し、住民の生活ニーズを全くゼロからくみ上げた。また、評価体系の枠組みから評価指標の選択に至るまで、住民の意識を可能な限り詳細に調べ、それに忠実な案をつくった。

▼政策の担い手を県庁だけでなく、国や市町村を含めた行政全体、さらにNPOや企業、個人といったところにまで広げた。さらに、それぞれがどの程度分担するのか、というところまで踏み込んで示した。これを通じて政策目標の実現には、県庁だけでなく、国、市町村や企業を含めた県内のさまざまな主体の参加と協働、そして時には競争も必要であることを明示した。また、県庁がすべての政策需要を賄うという前提を捨て、県民に対する問題提起も狙った。

▼目標水準の決定や分担値の設定についても、県民の代表や実際に政策の実現を担うさまざまな主体にゆだねた。それを統合した上で県全体の「めざそう値」「分担値」を設定した。(ただし、二〇〇〇年度は暫定的な手法で算定)

▼「めざそう値」も「分担値」も県庁の予算や方針とは別個に設定した。県の方針や計画とのすりあわせもあえて行わなかった。

 

(4)政策マーケティングの実践手順

ここまでは、政策マーケティング方式の全体像をとらえるために、構成要素と政策評価システムとしての特徴といった観点から解説してきた。続いて、具体的な運用プロセスの解説をする(図5)。

 

住民の不安と不満から出発

 

〈住民の自覚症状やニーズの吸い上げ〉

まず、政策に対するニーズや、住民の生活満足を実現していくための点検項目を、現在の行政による活動の延長線上からではなく、住民意識から積み上げていき、明らかにすることにした。これは、言うならば、「青森県(県庁ではなくて、地域)がどういう状態ならば健康といえるか」は、当事者の住民が決めればよい、という考え方である。さらに言えば、住民が「ここが困る」「こうありたい」と思う自覚症状を最大限に尊重しようという発想ものである。

具体的には、住民意識と政策のあり方について無意識に抱いている「先入観」を極力排し、まず率直に聞いてみること(=調査すること)から始めた。県民意識調査やグループインタビュー(集団面接調査)を通じて、県民が日常生活でにおいて何を重要と考えているか、どういうことに不安や不満を持っているのかなど、県民の日常生活に関する課題を調査した。

〈プロの視点からの診断書づくり〉

住民ニーズがおぼろげながら朧気に見えてきたら次の段階では、それを具体的に測定する段階に入る。

人間ドックで作成される診断書は、まず、健康かどうかをチェックする上で「注目すべき個所箇所」を選び出すことから始まる。次に、その個所について、各種数値指標を設定し、測定する。患者の健康状態はこうして得た数値を並べてみて、総合判断をする。

同様の発想で、地域の現状についての診断書づくりを行うのがこの段階である。まず注目すべき個所(領域)を明確にし、さらに、測定すべき数値指標を選ぶ。そして、その現状値を測定し、現在の状況をとら捉える。

今回は、県民意識調査やグループインタビューの調査結果をもとに、県民の生活満足にとって重要な項目(点検項目)を選び出し、それらを評価指標として設定し、現状値の測定を行った。

 

改善の処方せんも示す

<関係者への問題提起と改善の方向性の設定>

診断書に表れた現状をどう見るかは、人それぞれだろう。同じ数値を見ても「全国平均より高いののでいい」と思う人もいるし、「岩手県より五割も低くていいのか」と悩む人もいる。何が妥当かは、一概には言えない。そもそもだれ誰が改善努力をするのか、資金や人材があるのかなど、具体的な分析や資源の裏付けがなければ、目標などは決められるものではない。しかし、今回はそれでも、実際にその分野で実務家として活躍している人たちなどの意見を聞き、それを地域の共有目標として示そうと考えた。そこで、一種の問題提起として「めざそう値」をあえて設定してみた。

「目標値」ではなく「めざそう値」としたのは、「目標値」とすると、どうしても実現の責任問題が出てきて、設定がしにくくなるためである。むしろ、少し気楽に、「五年後にはこの辺りまでいきたい」という、関係者の願望を示すものとして「めざそう値」という呼び方にした。ただし、言いっぱなしでは困るので、併せて「分担値」も聞いて示すことにした。

具体的な設定方法だが、例えば、教育に関する指標なら、教育の現場やPTAに携わっている方、教育関係のNPOで活動する方、研究者などを中心に、この分野についての経験や知識を有する県内の実務家・有識者の方に意見を聞いた。「めざそう値」は、現状値や過去からの変遷、他の自治体の値などを参考情報として示した上で、五年後にこうありたいと思う水準を聞き、その回答を集約して設定した。「分担値」は、各指標の改善を担う役割の重さについて、八つの行動主体それぞれについて五段階で聞き、分担割合の比率として求めた。

現時点では、ここまでやった。今後の課題は、「めざそう値」を実現していくために、分担値の各行動主体つまり、国、県庁、市町村、NPO、企業などそれぞれおに目標管理のサイクルを確率すること、そしてさらに、各行動主体間の協働関係づくりなどである。

具体的には次のような課題リストがある。

 

定期検診踏まえ次の打ち手

〈行動主体それぞれの行動目標の設定と分担関係についての合意〉

「めざそう値」の実現を目指して、地域の各行動主体が自ら果たすべき行動目標をまず設定する。行動目標の設定と役割分担は、その実効性を高めるために、一種の契約として、行動主体間ですり合わせていく。

〈定期的な診断〉

さらに活動後、各行動主体が取り組んできた施策について自己点検をする。地域で実際にできてきた成果を、例えば一年後など定期的に評価し、改善と貢献の状況を明らかにする。

〈次の行動目標の設定〉

そして、反省を踏まえ、全体として、また、各行動主体として、次の打ち手と進むべき方向を明確にしていく。

 

政策マーケティングブックに読みとれる県民の「民意」

 

(1)政策マーケティングブックとは

政策マーケティング委員会は、二〇〇〇年十二月末、に県民に向けて、『政策マーケティングブック2000 (Ver.00)』という名称の冊子を発行した(全百ページ。http://www.pref.aomori.jp/koutyou/marketing/ 以下参照)。

 

県民に政策を議論する土台を提供

この冊子は、政策マーケティング委員会の調査で明らかになった県民のニーズ、そして、それに関する指標と現状値、さらに、関係者が今後目指したいと考える目標水準とその実現の役割分担を示した。つまり、お役所風に言うと「政策形成に関する基礎情報」を体系的に示したものである。

最大の目的は、県民がいろいろな場で、政策について考え、意見を述べるきっかけをつくることにある。冊子のサブタイトルの「Ver.00」には二〇〇〇年度版という意味に加えて、マーケティング方式実現へ向けた最初の一歩、テスト版という意味を託した。今回はあくまで委員会がつくったたたき台であり、ここから県民の間での議論を喚起したいという思いを込めた。

 

(2)政策マーケティングブックの構成

この政策マーケティングブック(以下、ブックと呼ぶ)は、「第I部 目指すべき姿」「第II部 66指標とめざそう値・分担値」「参考資料」という構成になっている。第T部では、政策マーケティングの全体像を示す「政策マーケティングとは何か」、「生活満足のためには何が必要なのか」、「どんな暮らしと地域をめざすのか」、「誰が責任を持つのか」という点について、これまでの調査や分析の結果をまとめて説明し、第UII部では個々の評価指標についての解説を行っている。以下、実際の掲載順に要点を紹介解説する。

 

マトリックス表で縦横解説

〈第T部 目指すべき姿〉

1.政策マーケティングって何なの?

委員会でまとめてきた政策マーケティングのさまざまな様々な発想を、生活実感から理解してもらえるうよう、民間企業の例などを使いながら平易な表現で解説をしている。具体的には、以下のような質問を設け、Q&A形式で解説を加えている。

▽「政策」って何なの?「マーケティング」って何なの?
▽「政策」に「マーケティング」を取り入れて、大丈夫なの?
▽「政策」を「商品」にできるの?
▽27の有望市場を見つけました!
▽「政策」が「市場」で売れるの?
▽目標を作って、みんなで「めざそう」よ!
▽なぜ、いま、政策マーケティングが必要なの?
▽このブック、どう使えばいいの?

 

二章、三章で、これまでの調査で分かった、「青森県民の満足条件」や「どんな地域が求められているのか」といった、青森県民の生活ニーズの全体像を紹介している。

まず二章では、マトリックス表の列方向(縦向き、政策目標単位)に注目した解説を行っている。例えば、「つながり」という満足条件について「家庭や地域と学校の連携がうまくいっていないため、子どもたちをめぐる多くの問題が起きています。職場での働き方から変えていかないと、家族の団らんや父親の教育参加には限りがあります」といった突っ込んだコメントもしている。

3.どんな暮らし、どんな地域をめざすの?

三章では、マトリックス表の行方向(横向き、政策分野単位)の解説を行っている。実際に導き出された「めざそう値」の数値を使い、どの水準まで求められているのかの解説を行っている。例えば、現状値データによれば「学校が楽しくはない子が五〜六人に一人の割合でいる」が、これを実務家たちは「少なくとも十人に一人に減らしたい」と考えている、などといった興味深い例も交えて紹介している。

4.だれが責任を持つの?どこが分担するの?

この四章では、八つの主体ごとに分担値の数値を見ていき、それぞれの役割として見えてきたことを示している。例えば「個人・家庭の役割が高い」とされたものとして、「身の回りに、高齢のためにやむを得ず転居した人がいる高齢者の割合(NPO/コミュニティの分担も高かった)」「父親参観の出席率(企業、学校も)」などの十五個の評価指標を上げ、個人・家庭に求められている役割分担の例を挙げている。

 

限界や課題も明らかに

〈第U部 66指標とめざそう値・分担値〉

第U部では、まず六十六指標のめざそう値と、分担値の一覧を表示している(図3)。次に、一指標について一ページを費やし、その指標の定義や「めざそう値」「分担値」などの調査データなどを説明した(図6)。 

 

この各指標の説明でも、「Ver.00」として、議論のたたき台になることを意識した。例えば、「指標の説明」の「※注」では、「本来は〜するべきだが、今回は仮に〜した」といったように、代替的に用いた指標や定義などについて、その理由を説明し、限界をできる限り明らかにしたり、「課題や問題点など」の欄では、実務家グループなどから寄せられた意見や、委員会が考える今後の課題などを取り上げたりした。

 

(3)ブックから読みとれる「民意」

ブックで示されている内容は、「県民がより満足した生活を送れる」といったことの意味を、多様な調査を通じて明らかにしたものである。これをより詳細に読み解いていくと、実に豊かな発見がある。県民の政策ニーズが手に取るように感じられるのはある種の感動とさえ言える体験だった。また、個々の具体的な課題についての記述も体系立てて並べてみると、今後の行動目標のヒントを得ることができた。こうした、各項目についての個別具体的な分析は、今後、NPOや市町村などの多様な行動主体を巻き込んで議論していくことで、より深い意味が出てくると期待している。

 

大きい行政以外への期待

ブックの第T部では、全体を横差しにして見た結果として読みとれた主な発見を解説し、問題提起もした。例えば、「4.誰が責任を持つの?」のコーナーでは、行政(=国、県、市町村を合わせたもの)の役割分担がおおむね五〇%を超えた指標は全六十六指標のうち三分の一にすぎなかった点を説明した。行政以外の役割への期待が大きいのである。住民参加、企業協力、NPO、そしてコミュニティ活動の必要性は、しばしば抽象論のレベルで語られてきた。しかし、今回の調査を通じて、どの分野で特にどんな主体が主要な役割を果たすべきか、をある程度具体的な数値で示すことができた。そして、ここに表れた民意は極めて成熟したリーズナブルなものであった。

米国の行政評価の専門家が注目する概念に「シェアード・アウトカム」(Shared Outcome)というものがある。これは、何でも行政に頼らず、NPOや住民も含めて皆で分担していこうという考え方である。米国の行政評価は当初は、払った税金の費用対効果のチェックに主眼が置かれていたが、近年では、逆に住民が果たすべき役割を考えるきっかけとしても注目されている。青森県の政策マーケティングは、この「シェアード・アウトカム」を世界で初めて体系的に織り込んだ画期的な先端事例といえる。

次回は、政策マーケティング方式の誕生の経緯や、これまでの活動内容について紹介する。