「地方行政」時事通信社 2001/4
 

先進性秘めた青森県の政策マーケティング(下)
第3者委の自由な議論と情報公開が新手法に ―誕生のプロセスと今後の展望―

 

上山信一(米国ジョージタウン大学政策大学院教授)
玉村雅敏(千葉商科大学政策情報学部講師)

政策マーケティング誕生の経緯

  

(1)マーケティングへの関心の経緯 

◇若手職員の自主研究から

青森県が政策マーケティング方式の政策評価に取り組むことになったのは、県庁内若手職員による「住民満足向上地域行政システムの構築について」という調査研究がきっかけである。研究は、県民の生活満足度というものに、行政がこれまでどのくらい気を配ってきたか、というシンプルかつ本質的な疑問からスタート。一九九七年度に基礎研究、九八年度に具体的なシステムの議論を経て、実現に向けた検討体制の在り方を含め知事への提案が行われた。

これに県庁の行政改革推進委員会が関心を示し、同年十二月の「青森県行政改革大綱」の改定時に、政策マーケティングシステムの構築が盛り込まれた。目的は、政策形成・総合調整の機能の強化とされ、「県民の行政に対するニーズ・シーズを的確に政策形成に反映させるため、顧客満足等の企業経営手法を行政に取り入れた政策評価・形成システムを構築する」とうたわれた。

この新行革大綱に基づき、九九年五月に第三者機関の「政策マーケティング委員会」と、その実働部隊として「作業部会」が発足。その後、約二年間の議論や調査・検討を経て、政策マーケティングの発想やシステムが生み出されていった。

(2)検討・推進体制

「政策マーケティング委員会」は、独立的な決定権を有する委員会である。構成は、学識経験者三人、地元経済界四人、労働組合(連合)一人、シンクタンク三人、市民活動等への従事者二人の計十三人で、全員が民間人である。「作業部会」は、学識経験者、シンクタンク、市民活動等への従事者が計六人(委員との兼任者も含む)、県庁若手職員プロジェクトチームメンバーも含めた県・市町村職員が六人となっている。委員会、作業部会ともに、政策評価、企業経営、マーケティング、地域政策形成などのプロとアマの混成チームといえる。

 

◇「県は原案示さず」の経験生かす

これ以外に、委員会からの要望に応じて具体的作業を引き受ける「県庁内ワーキンググループ」が置かれた。これは、県庁関係課職員の横断的組織である。事務局は、県庁政策推進室に置いた。さらに、アンケートなどの専門的な調査や統計分析は三菱総合研究所に業務委託した。

これらの組織の役割分担だが、委員会が基本コンセプトの設計を自ら行い、また、作業の基本方針を決めた。作業部会は、その指示の下、三菱総研の助けを得てデータの分析を担当するなど、具体的な検討や作業を行った。特徴的なことは、県庁内プロジェクトチームや事務局は裏方に徹したことである。いわゆる事務局案もつくらないし、落としどころも示さない。

実は青森県では、数年来、委員会(や審議会)に対して県庁側が原案を提出せずに、委員会に任せるという経験を重ねてきている。例えば、総合計画や、ボランティア環境整備条例、また、二回にわたる行政改革大綱も県事務局は原案を提出せず、委員会で自由に議論した。恐らく、こうした蓄積がなければ、本プロジェクトのやり方は成り立たなかっただろう。

委員会は九九年五月の発足後、二〇〇〇年十二月までに十一回、作業部会は十五回、平均すると二カ月に三回のペースで開催された。

また、委員会・作業部会はすべてマスコミに公開され、個人情報を除いて、議事録もすべて公開されている(政策マーケティング委員会公表資料 http://www.pref.aomori.jp/koutyou/marketing/sub4.htm)

 

(3)作成ステップ

 さて、政策マーケティングシステム、そしてマーケティングブック作成の足取りを五段階に分けて説明する。

 

ステップ1:県民の満足要素の分析(九九年五月〜十一月)

 

◇定量調査と定性調査を合わせ

@県民意識調査の実施

まずは、県民の日常生活に対する満足度や考え方を把握するため、十八歳以上の県民五千人を対象とした「県民意識調査」を行った(回収率五〇・九%)。この調査は、「県民の日常生活における考え方」「日常生活の満足度」「将来の生活への不安」「行政への期待と役割意識」についての県民の意識全般を調べるものであった。

この調査結果を、政策マーケティングで注目すべきテーマを選び出すために詳細に分析した。とりわけ、「生活場面における満足度と重要度」に関する回答を重点的に分析した(図7)。

 

図7 生活場面における満足度と重要度(散布図)

 

分析の過程では、重要度と満足度を「ニーズ度(=重要度から満足度を引いたもの)」に置き換えて検討した。例えば、ニーズ度が高い(=図7の右下に位置する)ものから上位四項目を選別し、「家計の運営と将来への経済的備え」というテーマにグループ化した。そのうえで、四項目間の回答パターンの相関性などを確認し、政策マーケティングで注目すべきテーマの一つとして設定した。

このような分析を通じて、政策マーケティングで注目するテーマとして、最終的には九つのテーマを設定した。即ち、「家計の運営と将来への経済的備え」「交通や各種施設の利便性」「日常生活の安全・安心」「子育てと子どもの教育」「高齢者福祉の現状と今後」「若い世代の生活意識と社会参加」「働き盛りの生活のゆとり」「バランスのとれた地域づくり」「あおもりのイメージ」――の九つである。

Aグループインタビューの実施

さらに、この九つのテーマについて、県内六地域(東青地域、津軽地域、西北五地域、上十三地域、下北地域、八戸地域)で「グループインタビュー(集団面接調査)」を行った。グループインタビューとは、マーケティング・リサーチの一手法である。少人数の調査対象者に集まってもらい、特定のテーマを中心に自由な意見発表と自由討議を進める。それを記録・分析して、生き生きとした生の情報を得るのである。

具体的には、先ほどの九つのテーマそれぞれについて、深くかかわっている県民を六〜十人程度招き、全十一回(「子育てと子どもの教育」「高齢者福祉の現状と今後」は各二回行った)のグループインタビューを行った。その上で、発言録(発言数六百四十三)から、重複発言や類似発言の統合、抽象的であったり、個人的事情だったりというコメントを取り除く。そして、百三十七項目の要点一覧表を作成した。これを、政策目標の設定という観点から、九つのテーマ別に整理統合し、百項目の要点を抽出して後述の政策目標や点検項目(案)を設定する素材とした。

 

◇需要と供給をマトリックスで整理

B政策目標の設定

次はいよいよ、ビジョンと、それを実現するための四つの政策目標の設定である。これは、定量面の調査である県民意識調査と、定性面の調査のグループインタビューを合わせて考え出していった。

ちなみにこの作業では、「ビジョン」――「政策目標」――「点検項目」――「評価指標」の四段階のヒエラルキーを意識しながら整理していった(図8)。

 

図8 政策目標の体系
 
「ビジョン」は、このシステム構築そもそもの命題から導き出し、「県民がより満足した生活を送れる青森県」と設定した。

次に「政策目標」だが、これはビジョンを達成するための具体的な要素のことである。これの設定に当たっては、「県民満足を左右する要因は何か(=県民意識調査において高いニーズ度が示される要因は何か)」を考えるために、グループインタビューの発言を分析した。その結果、四つのキーワード・視点(@バランスAつながりB有効活用C意識改革)が浮かび上がってきた。さらに、これらのキーワード・視点が示す内容をより具体的に分析し、そこから四つの「政策目標(@もしやの不安の少ない暮らしA人や地域とつながりの深い暮らしB自分の可能性を試すことのできる暮らしC納得できる手間や負担で暮らせる暮らし)」を設定した。

なお、この「政策目標」を決める過程では、グループインタビューの時の九つのテーマを生かそうという案も出た。この案は、九つのテーマを五つ(A.健康・福祉、B.成長・学習、C.仕事・職場、D.社会環境、E.家庭・地域生活)にまとめ上げて使うというものである。ところが、この案を検討していくうちにひょうたんから駒」で、良いアイデアが出た。

それは、この五つのテーマを、政策目標の実現のために重要な「政策分野」ととらえた上で、四つの「政策目標」と組み合わせてマトリックス表にしてみるというアイデアである。マトリックスのハコの上に、「点検項目」や「評価指標」を整理しようというわけである。(3月29日号、本特集・上の図1、図2参照)。このマトリックス表のパワーは甚大だった。なぜなら、需要側(市民が関心あることの軸=縦軸)と供給側(行政等が行っていることの軸=横軸)の両者の視点から政策テーマが整理できるからである。

C点検項目(案)の検討

次は、「政策目標」を構成する「点検項目」をどうするかである。

これは、先ほどのマトリックス表の上に整理していくことを前提に、グループインタビューの発言とその時の感触を反映して、八十七個設定した。

 

ステップ2:注目すべき点検項目を選別(九九年十一月〜二〇〇〇年一月)

 

◇実用性を高める

D個別アンケートの実施

点検項目が八十七というのは多すぎる。そこで数を絞り込むために、県民へのアンケートを実施した(千二百二十三人を対象。回収率五三・九%)。

ここでは、以下の二点の調査を行った。第一点は、「点検項目(案)」一つ一つについて五段階で重要度を聞く調査、第二点は、四つの「政策目標」ごとに、その構成する「点検項目(案)」の中から重要と思うものを三つ選ぶ調査である。

これらの調査から、「点検項目(案)」ごとに「重要度」と「選択率」を導き出した。「重要度」とは、八十七個の「点検項目(案)」について重要度を五段階で聞いたものを点数化し、平均したもの(最低一・〇点〜最大五・〇点)。もう一方の「選択率」とは、同じ「政策目標」内で三つ重要と思うものを選ぶ調査において、その「点検項目(案)」をどれだけの人が選んだのか(最大一〇〇%)、を示すもの。つまり「とても大切なことだと思う人の多さ」を表しているといえる。

E点検項目の選定

アンケートを経て、点検項目は二十七項目まで絞り込めた。

どうやったかというと、まず「選択率」に注目した。四つの政策目標ごとに、選択率が高いものから順に見ていき、選択率の累計が一五〇%を超えるものまでを選び出した。この「選択率の累計一五〇%」の根拠は、同一政策目標内のすべての選択率を足すと、合計三〇〇%(三つの項目を選ぶため)になるが、とりあえずその半分の数値(一五〇%)をめどとすることで、ある程度の選別を試みたのである。さらに、追加的に、選択率があまり高くなかったために選別されなかったものの中から、特に重要度が高いものを抽出し、新たに加えるか、他の項目と結合した。回答の相関が高いものは結合させた。また、自由回答で多く寄せられた意見も点検項目の表現に反映した。どうしても反映できない場合は、後の指標の設定のときに反映させることにした。

 

ステップ3:評価指標の設定と現状値測定(二〇〇〇年一月〜七月)

◇妥当か否か、住民に問う

F評価指標(案)の選定

次はいよいよ「点検項目」を「評価指標」に置き換える作業である。指標、即ち数字がなければ、実は、現状の点検すらできない。だが、いきなり「評価指標」をひねり出すというのは、難しい。まずは、点検項目が目標とする「生活場面」や「生活の姿」を想定し、そのイメージから指標を考えることにした。

まず、二十七の「点検項目」ごとに、これまでの調査での回答の表現を洗い出した。また、項目を扱う上での留意点を整理した。その上で、各点検項目について目標とすべき「生活場面」を抽出した。

例えば、「子どもが楽しく意欲的に学習できる」という「点検項目」ならば、次のような「生活場面」を考えた。▽青森県では子どもが学校に行くことを楽しみにしている▽青森県では、子どもが体験を通して興味を抱きながら学ぶことが多い▽青森県では、子どもが学ぶ意義や目的を実感している――といった具合である。

その上で、生活場面のイメージから、その状態が実現したかどうかをチェックできる「評価指標(案)」を検討した。例えば、先ほどの例で言うと、▽児童・生徒の欠席率▽大好きな科目がある子どもの割合▽学校におけるいじめの発生率▽学校が楽しいと感じている児童・生徒の割合▽体験学習の時間数▽興味がある教科がある児童・生徒の割合――といったものである。

この「評価指標(案)」を想定する際には、生活実感に則しているかということ、そしてその項目の実態を如実に示すものかどうかという点を重視した。そして指標が現存するか、データが測定可能か、といった点は、この段階ではあえて意識しないこととした。

さて、二〇〇〇年三月には、これらの点をまとめ中間報告書として住民に公表した。この報告書は、ワークシートのスタイルをとっており、これまで協力を得た県民や主要な市民活動団体等に送り、追加提案を寄せてもらった。つまり、「生活場面」や「評価指標(案)」について、委員会で提案したもの以外にもあるかどうか、解説を読んで検討してもらった。また、個々の指標についての妥当性も考えてもらい、さらに重要と考える評価指標に丸もつけてもらった。

G評価指標の選定

Fのプロセスでは合計百二十六個の「評価指標(案)」が集まっていた。これに中間報告への県民の投票(回答数百三十七通)を加味し、生活場面の網羅性を考え五十四指標を選別した。さらに各点検項目の内容や生活場面を再度確認しながら、七十二の指標とした。

なお、この最後の検討プロセスの中で、測定が難しいと思われる指標(計三十個)は、測定可能なものに置き換えた。

H現状値アンケート実施

指標を決めると同時に、現状値を当てはめた。既存の統計データがそのまま使えるものも多いが、そうでないものはどうするか。幾つかのものは、アンケートをすることで解決できた。これは例えば、「犯罪の危険を感じた人の割合」や「隣の家と挨拶、会話をする人の割合」など、満足度や主観的なことを聞く調査が中心である(計三十六問)。アンケートは、十八歳以上の男女二千人を対象に行った(回収率三六・五%)。その際に、家族に六十五歳以上の人や、小・中・高校生の家族がいる場合には、別紙の質問にも答えてもらい、調査対象者以外の回答も得るようにした。

なお、こうした作業を経ても現状値を把握できずに選定を見送った指標(例:「三十分以内で高度医療サービスを受けられる割合」「体験学習の時間数」など)や指標の定義がはっきりできずに幾つかを削除した指標があり、この段階で評価指標は六十六個となった。

 

ステップ4 めざそう値・分担値の設定(二〇〇〇年七月〜十月)

 

◇県内の実務家・有識者が協力

Iめざそう値・分担値の調査

現状値の測定はまだ力仕事で済んだが、いよいよ悩んだのが「めざそう値」と「分担値」をだれが決めるか、という問題である。委員会でもなかなか意見がまとまらず、作業もしばしば止まった。結局、指標ごとに関連分野の実務家や有識者のイメージを想定し、その想定イメージに沿って、県内のさまざまな分野の実務家と有識者のリストを選び出した。結果として、合計で二百八人の方々から、回答者一覧に名前を公表する前提でアンケートに協力いただいた。

併せて、同様の調査を、委員会関係者(政策マーケティング委員会委員、作業部会員、県庁内ワーキンググループメンバー、県事務局職員)についても行った(合計四十五人が回答)。これは、これまでの作業経過を知っているメンバーが、実務家・有識者と同じ回答を試みることで、分担値とめざそう値の設定の難しさを自ら知ろうという目的と比較参考のために行った。結果としては、両者の値の間に大差はなかった。

〇五年をめどに実現したい水準を聞く「めざそう値」の調査では、現状値に併せて、過去からのトレンド、他の自治体の値、青森県内の地域ごとの差、全国平均値なども記し、判断の参考となるようにした。最終的には、すべての回答の中央値を「めざそう値」とした。

「分担値」は回答者の全員に対して八つの主体(@個人・家庭ANPO・町内会、コミュニティ・市民団体B企業、農・漁協、労組C学校(幼稚園、保育所を含む)D市町村E県、F国、Gその他)のそれぞれについての、役割の重さを五段階で聞く調査を行い、その平均値を算出した。

 

ステップ5 政策マーケティングブックの執筆(二〇〇〇年十一月〜十二月)

J政策マーケティングブックの作成

マーケティングブックは、県民が政策について自由にものを考える土台となるものである。従来の官製の報告書のような取っ付きにくいものでは駄目だ。そこで、執筆の際には、「だれにでも分かる」ことを重視した。内容も抽象的な表現や専門的な表現は避け、できるだけ具体例を使った。文章も、柔らかい文調とした。特に議論があったのは文体についてである。「教えるだけが学校じゃないよ!」といった「〜よ」のような文体は、さすがにやりすぎだとか、いやそれくらい大胆にいくのがマーケティングの精神だ、とか議論が百出した。が、敢えて冒険することにした。イラストや図表も工夫した。また、例えば、指標が測定できなかったという事情や、今後のバージョンアップに向けての課題なども積極的に書くことにした。

 

今後の展開

◇Ver'01に向けて

ブックの名称は、あえてVer.00(テスト版)とした。これは、青森県の政策マーケティングは、これからも試行錯誤を通じて構築していくものと考えたからである。であるが故に、明確に今後の展開のイメージを想定することは難しい。だが、委員会は、政策マーケティング方式の構築を、レベル1(ベンチマーク方式の採用)、レベル2(政策評価システムの構築)、レベル3(政策マーケティングの構築)――の三段階でレベルアップしていきたいと考えた(図9)。ちなみに現時点ではレベル2にレベル3の一部を加えた段階に到達したと考える。

 

図9 青森県政策マーケティング方式の進化イメージ

 

なお、これからの検討課題は、次のようなものである。

@「政策マーケティングブック」が、さまざまな人々の手によって有効に活用されるための多様なアイデアを検討する必要がある。このブックを、県民が政策について考え、また八つの分担主体が自らの役割を見直すきっかけにしたい。例えば高校のクラスルームで青森のあり方を考える教材として使ってほしい。NPOが活動方針を考える上での資料にもなる。議員や首長がこれをもとに公約を考えることも当然あり得る。つまり、今まで、とかく「政策のことは行政に任せておく」としていた多様なプレーヤーが、これを機会に「政策市場」に参入し、活動してほしい。ブックは、そのための指針なのである。

Aそういう意味でも今回のブックは、あくまで"たたき台"でしかない。これをめぐって今後の政策のあり方や、主体ごとの行動計画づくり、さらにその進捗を確認する仕組みづくりも、いずれ必要となる(図10)。

 

図10 政策マーケティング方式の全体構成(概念図)

Bそしてまた、これまでの政策マーケティングは、委員会が推進母体だったが、今後どうするか、という問題が出てくる。県庁との関係、また、その人選のやり方も課題だ。

C作業上の課題としては、〇一年度以降の「Ver.01」に向けて、今回は仮に設定した「分担値」や「めざそう値」の計測手順を見直す必要がある。

 

◇庁内改革やNPOとの連携へ

これまで述べてきたように、政策マーケティングというのは、決して県庁の仕事の見直しを目的にしたものではない。しかし、これを県庁がどう活用するかは、当然ながら極めて重要な課題である。今回の作業では、委員会を県庁とは敢えて独立的に運営したが、今後は、「県庁を変えていく」ことも考えたシステムにする必要がある。具体的には、次のようなことだ。

@政策マーケティングブックに現れている「民意」を行政の活動レベルでの政策にどう反映させていくのか。また、予算や計画にどう生かすのか。あるいは、敢えて生かさないのか。さらには、事務事業評価などの既存の行政評価方式との使い分けをどう考えるのか。これらの課題への取り組みはこれからである。

Aまた、政策マーケティングを、国や市町村の方針や政策とどのように調整させていくのか。あるいは民問企業、諸団体、NPOなどの活動とどのように結びつけるのか。県庁の外部とのかかわり方についても考えていく。例えば、「近所で買い物ができる商店がある高齢者の割合」を増やすには、地元の商店街の協力が欠かせない。あるいは、「一人当たりのゴミ排出量」を減らすのは個人や家庭の努力にかかっている。

 

なぜ、政策マーケティングが必要だったか

 

さて、最後に、こうした作業を実際にやってみて見えてきたことを述べたい。それは、今回なぜ政策マーケティング方式が必要とされたのか、ということにかかわる。

@公的なことは行政(官)がすべてやる、という意識からの脱皮があちこちに芽生えつつある。これは「行政だけ、あるいは県庁だけの努力には限界がある。民間やNPOとの役割分担が必要」という考え方だが、意識調査に表れた県民の意識はもとより、委員のコンセンサスや、有識者や県庁の職員との議論からもはっきりと感じられた。

A予算も限られ、行政がやることについても利用できる資源には限界がある。メリハリが効いた、効率的な活動が必要である。これも、行政マンだけでなく県民の多くが実はそう思っている。

B住民のニーズは極めて多様化している。既に存在する政策メニューを前提としていては、そもそもニーズの把握すら難しい。

C政策ニーズの"レベル分け"や"重み付け"は、従来型のありきたりの意識調査や著名人を集めた審議会での議論によっていては、もはや正当化できない。もっとパワフルな定量的な分析手法が必要である。

Dワークショップ手法やパブリックコメント制度などさまざまな住民参画の手法が導入されていく半面、住民側からは政策についての意見はなかなか積極的に出てこない。そもそも、今どういう政策体系になっているのかが分かりにくいし、資料も親しみにくい。使い手の立場に立ったコミュニケーションのツールが必要である。

 

◇プロと住民の共創による住民参画

今回の青森県の政策マーケティングは、もとはといえば、行政の民意把握に、民間企業の評価や経営の手法が使えないかという問題意識に由来する。

そもそも行政と民間の経営は、▽代金(=顧客の意思伝達媒体)による評価の有無▽参入・退出の自由、供給の独占性▽競争環境の有無――など、大きな違いがある。この違いから、行政経営は、公共性の高いサービスを安定的に提供できる半面、▽住民意識と乖離する危険性や、経営品質が劣化する危険性をはらみ▽経営革新が起こりにくく▽無駄や非効率が発生しやすく▽改革意欲も湧きにくい――という欠点を持つ。

こうした特徴を踏まえ、進んだ自治体では敢えて意識して、住民を巻き込んだ計画づくりや、有識者による第三者評価を心掛けている。

しかし、現実問題として、こうしたアプローチは、住民代表にしろ有識者にしろ、しょせんは、一部の人たちと行政だけで進められる。ひいては、行政側のアリバイづくりとすら見られかねない住民参加も起こり得る。

青森県の政策マーケティングでは大きく分けて2つの工夫をした。一つは、データと事実を丹念に積み上げて住民意識を捉え、そしてわかりやすくプレゼンテーションする"プロ"の技量を導入したことである。

作業には古田隆彦委員長(青森大学教授)、中橋勇一作業部会長((協)プランニングネットワーク東北専務理事)、三菱総研、僭越ながら筆者など、地元と県外のプロがそろった。そして、県庁から独立した委員会であるが故に、外部のスタッフが自由に腕を振るい、民間のマーケティング手法とその正統な感覚を持ち込めた。

もう一つの工夫は、委員会の場で二年間の歳月を掛けて、「政策やマーケティング・企業経営に関するプロの視点」と「地域で活動する住民の視点」をぶつけ合い、じっくり議論したことである。住民の生活感覚を科学的手法に織り込むには、こういった環境作りが不可欠であった。

青森県において、今回の成果を生んだ最大の要因は、住民とプロの力を活かす体制づくりを考えた県庁スタッフの工夫と勇気といえる。

 

「政策マーケティングブック」の入手等に関するお問い合わせは、政策マーケティング委員会事務局(青森県政策推進室内。電話017-734-9106 FAX017-734-8029)まで。本稿に関するお問い合わせは、玉村(tama@cuc.ac.jp)まで。