「ESP」 内閣府・(社)経済企画協会 2003/5

日本型NPM: 評価システムが機能する行政経営をいかに実現するか?

玉村雅敏(千葉商科大学政策情報学部 専任講師)

 

行政の活動は、しばしば「お役所仕事」と揶揄され、非効率性やサービスの質の悪さの典型例とされてきた。しかし、近年、日本の地方自治体において、「生活者起点の行政」「行政DNAの転換」「成果志向の行政運営の追求」「住民満足の向上」といった標語を掲げた改革を推進し、行政の活動の結果として何を達成したのかという「成果」を重視することや、高い成果の効率的な実現をめざすことに取り組む自治体が現れ、実態の変化も生じつつある。海外の先進諸国の行政を見ると、より明確に変化している。例えば、執行部門に対して大幅に権限を委譲した上で、成果の達成について一種の契約を結び、徹底的に成果と効率を追求することや、住民を顧客と考え、その満足追求を活動の基準に据えることなど、民間経営に学びながら改革が行われ、行政経営の姿は変貌を遂げている。

こういった動きは、OECD主要諸国共通の行政経営の新しいパラダイムとして、「NPM(New Public Management:以下、NPM)」と総称され、持続的に成果と効率を追求できる行政の経営モデルをいかに構築していくかが、1980年代以降の世界各国の行政改革の共通テーマとなっている。

 

1. NPMにおける改革アプローチ:NPM改革の5つの共通項

NPMとは、行政経営に、成果の追求を目指した「改革イニシアティブ(自発的に、自ら率先して改革を推進しようとする行動)」を引き出す制度設計を行いながら、民間企業で活用されている経営理念や改革手法を可能な限り適用することで、行政経営の効率性や生産性、有効性を高めようとする試み全体を総称するものである。このNPMは、各国の行政実務の現場において、公的部門の効率化、活性化を図ることを目的に推進されてきた様々な試行錯誤の結果として現れたものである。すなわち、その理論や体系は、実務での成功事例を元に組み立てられているものであり、国や地域、あるいは時代により、そのコンセプトやアプローチには幅がある(脚注1)が、その共通項を整理すると以下の5つの点が指摘できる。

脚注1:
例えば、NPMのトレンドを主導してきた英国やニュージーランドでは、トップダウン的なアプローチで民営化やエージェンシー化を幅広く適用することを通じて、自律的な組織体の構築を進める組織改革を先導させたのに対して、スウェーデン・フィンランド・ノルウェーのような北欧諸国や、フランス・ドイツなどの大陸系諸国では、民営化などは緩やかに適用することに留めて、ボトムアップ的なアプローチで、行政の組織運営の現代化(Modernization)を図ることを先行させている(大住1999)。

 @ 成果の達成に責任を持つ自律的な活動単位の設定

英国のエージェンシー制度や、ニュージーランドのクラウン・エンティティや省庁への権限委譲などの事例にみられるとおり、NPMでは、改革イニシアティブを引き出す制度設計として、行政組織のヒエラルキーを簡素化することや、執行部門を分離して独自のマネジメントができるようにすることなど、「成果の達成に責任を持つ自律的な活動単位」を設定することが行われている。

 A 資源利用に関する権限委譲と業績契約の実施

民間経営では、限られた資源の中で顧客満足度を向上させながら、生産性を向上させ、最終的にできるだけ多くの成果(収益など)を確保することが目標となる。そのためには、企業の経営企画部門では経営戦略の立案といった企業の運営方針に関わる部分に集中し、顧客に最も近く、絶えず変化するそのニーズを最も効率的に把握できる現場サイドにできるだけ日々の運営や資源利用に関する権限を委譲するという方法が採られる。そして、経営企画部門で立案された経営戦略に沿った業績目標を設定し、その実現を目指して、個々の現場において業務が遂行され、目標に対する実現責任を負うという形をとる。また、現場の活動を常に監督することにはコストがかかる。そこで、現場へ裁量を付与する代わりに、成果の実現に対する責任を負わせるという方法をとるのである。

行政の運営においても、成果の効率的な達成を意識した場合、同様のシステムを作る必要が出てくる。執行方法の管理・監督を通じて目標達成を実現するのではなく、政策の執行部門に権限を委譲する(let managers manage)かわり、成果の実現に対する説明責任を負わせる(make managers manage)ことで、目標を効果的に達成しようとすることになるのである。具体的には、

・企画部門と執行部門を分割し、執行部門の独立化および最高責任者への裁量権の賦与をすること
・業績改善のために行使できる権限の所在と、その権限行使についての責任の所在を一致させること
・権限委譲と併せて業績目標に対する契約を行い、自律的な運営を推進できる体制にすること

が行われている。

 B 市場メカニズムの活用

英国やニュージーランドでは、商業的事業の民営化や国有企業化、行政サービスへの競争入札の導入といった「市場メカニズムの活用」も行われている。

市場メカニズムの活用とは、公共サービス・財の供給を行う際に、公的部門と民間部門、あるいは公的部門内に競争環境を創出することで、より費用対効果が大きい政策成果を生み出せる環境の整備を行うものである。その手法としては、公的企業体や政府現業の「民営化」、民間部門による財・サービス供給を公的部門が購入する「民間委託」または「バウチャー制度」、公共サービスを民間企業の資金によって提供する「PFI(Private Financial Initiative)」、公的部門を民間企業との潜在的な競争状態におく「強制競争入札(市場化テスト)」などがある。

 C 顧客起点による価値基準の明確化

こういった組織構造の改訂や、権限委譲と業績契約の導入、市場メカニズムの活用といったこと以外にも、改革イニシアティブを引き出しやすくするために、英国の市民憲章やSFNC(Service First the New Charter Program)、米国のNPR(National Performance Review)などのように、(行政では漠然となりがちな)顧客にとっての価値の分析・検討を行い、それを起点に活動基準を再定義することも行われている。

各国の改革では、高い成果を効率的に提供することを実現することを目指しているが、「成果」とは、極論すれば何でも成果になりうる。真に求めるべき成果は何なのかを考えるには、財やサービス提供の対象者である「顧客」にとっての価値を起点に考える必要がある。すなわち、NPMのパラダイムでは、顧客起点によって価値基準を明らかにすることが不可欠となる。この顧客起点によって価値基準を明らかにし、その効率的な実現に向けて、活動内容の定義とシステム構築を行うことになるのである。

 D 持続的な改善活動を実現するための評価システムの設計

改革をするためには、現状を分析する必要があり、評価が不可欠である。また、高い成果を実現するには、定期的に評価し、改善を繰り返すことも必要である。英国の自治体における業績マネジメントや米国におけるGPRAなどでは、行政の活動の結果として、いったい何が実現したのかという観点から、「アウトプット(政策執行による直接的な結果)」あるいは「アウトカム(社会に発生したインパクト)」を定期的に測定し、効率性や生産性、有効性といった尺度で分析をすることで、業績改善へのヒントを得ることを行っている。

 

2.なにが"New"なのか? −従来型の行政システムとの違い−

NPMとは、「New」という単語が指し示すように、「新しい」モデルへの移行を意味するものである。それでは、一体に何が「新しい」のか?従来の行政システムと比べて、何が異なるのであろうか?

NPMの実相は、国や時期によって異なるものであり、かつ、常に進化をしているものでもあるため、単一のモデルとして考えることは難しいが、ここでは、NPMのトレンドを形成してきた英国やニュージーランドといった、NPMのトレンドを先導してきた国々のモデルを中心に、各国のNPMの共通特徴からみて、何が「New」なのかを分析してみる。

その際には、「ロール(果たす役割)」「ルール(運営基準)」「ツール(道具・手法)」という3つのキーワードで考えてみる。何らかのシステム(組織、活動、産業など)は、この3つの要素が相互補完的に絡まり合って、機能していると考えることができる。

システムには、必ず、そのシステムが「果たす役割(ロール)」がある。そして、こういったロールを成り立たせるには、何らかの「ルール(運営基準)」が必要になる。明文化したルール、暗黙のルール、文化として定着しているルールなど、様々な形態でルールを設定することにより、システムの基盤を整え、ロールを達成するのである。また同様に、ロールを達成するためには、何らかの「ツール(道具・手法)」も必要であり、ルールを機能させるためにも、何らかの「ツール」が必要である。逆に、あるツールの存在がルールやロールのあり方を定義することや、あるルールがツール・ロールのあり方を定義すること、時には、あるルールやツールの登場がそもそものロールを変えることもある。このように、ロール・ルール・ツールが、相互にそれぞれのあり方を定義しあい、相互に影響を与えあいながら、システム全体を成り立たせているのである。

行政システムの実態がどのように"New"になっているのかを考える際にも、(1)運営基準(ルール)、(2)果たす役割(ロール)、(3)道具・手法(ツール)の3つの観点から分析をしてみる(図1)。

 

(1)運営基準(ルール)の違い:「事前規定による統制」から「成果・結果による統制」へ

従来型の行政システムとNPMとの最大の違い、NPMが「New」たるゆえんは、運営基準(ルール)の違いである。この違いが、ロール・ツールにも変化を引き起こし、新しい行政の姿を生み出している。

各国の改革実践から生まれてきたNPMでは、手続きや規則を通じた管理(administration)よりも、民間企業と同じように人、資源、プログラムの経営(management)を通して、成果、業績、目標といった価値観を実現することが重視される(脚注2) 。すなわち、活動内容や手続きの自由度を高める代わりに、活動の結果として何が実現できたのかという「成果(Performance、業績)」を重視し、より高い成果をより効率的に実現することを目指すという「成果・結果による統制」を進めるのである。

脚注2:
こういった基準を生み出したのは、公的部門の効率性・生産性の悪さ、果てしない肥大化の傾向などの「政府の失敗」と呼ばれるような現象に先進諸国が共通で直面し、効率性・生産性の改善を意識して改革に取り組んでいった結果である。

 

(2)果たす役割(ロール)の違い:「コンテンツの提供」から「コンテクストの提供」へ

運営基準(ルール)が変化すると、政府に期待する役割(ロール)も異なるものとなる。

従来型の行政システムでは、政府には、公共的な価値を実現するための「コンテンツ(活動)」を提供する役割が期待されてきた(脚注3)

一方、NPMでは、公共的な価値の実現を目指すことには変わらないが、その実現方法は異なる。「成果の効率的な実現」を第一の目標に据えるため、効率的に成果を実現できるのであれば、提供者は誰でも良く、必ずしも政府が直接的な活動の提供者である必要もない。政府が提供する理由が明確であるものや、政府が直接提供する方が効率的である場合は政府が提供者になればいいが、そうでない場合、民営化、民間委託といった方法をとることになるのである。また、目指すべく成果やアウトカムが効率的に実現できれば良く、コンテンツの提供に関する資源利用の権限は、実際に成果の追求を目指して効率的に行動する主体にゆだねることにもなる。

このように、NPMにおいて政府に期待される役割は、直接的なコンテンツの提供者ではなく、目指すべく業績目標や、住民に必要とされるアウトカムは何であるのかといった「コンテクスト(文脈・状況)」を提供し、その実現に際して必要とされる支援や環境を整備することである。

脚注3:
たとえコンテンツの最終的な提供者は政府以外であったとしても、コンテンツの内容は政府が規定をするのが一般的であった。

 

(3)道具・手法(ツール)の違い:「管理・監督」から「改革イニシアティブの重視」へ

ルール・ロールの変化は、利用するツール(道具・手法)にも変化を引き起こす。

自然状態では、行政には競争がなく、改革意欲の減衰も引き起こしやすいという特質を持ち合わせている。しかし、高い成果を効率的に生み出すには、様々な試行錯誤や、持続的な改革イニシアティブが不可欠である。そこで、成果指向の行動をとりやすいように行政システムを改訂し、改革イニシアティブを引き出す環境整備に取り組む必要がある。その具体的な改革アプローチとしては、先に挙げた、以下の5つのものが採用されている。

@成果の達成に責任を持つ自律的な活動単位の設定
A資源利用に関する権限委譲と業績契約の実施
B市場メカニズムの活用
C顧客起点による価値基準の明確化
D持続的な改善活動を実現するための評価システムの設計

 

3.日本の行政経営も"New"になっているのか? −日本におけるNPMの現状と課題−

日本では、1981年に臨時行政調査会(第2次臨調)が設置されて大規模な改革が行われて以来、臨時行政改革審議会(第1次〜第3次:1983〜1993)、行政改革委員会(1994〜1997)、行政改革会議(1996〜1998)等が主導して、ほぼ間断なく行政改革を行われてきた。その改革の特徴を考えるために、1980年代以降に、行政改革に関連して実際に法律化されたもの・閣議決定をしたものを、前項で示した「従来型の行政システムとNPMの違い(図1)」の枠組みで整理してみる(図2)。

日本の行革においても、1980年代上旬の3公社の民営化や、1999年以降の独立行政法人の制度や行政評価法の導入など、他国のNPMでみられたのと類似する手法の適用はみられる。しかし、1980年代〜1990年代に行われた改革の大半は、従来型の行政システムの改革手法として位置づけられる「管理・統制方法の改善(役割分担の改善、事前規定の詳細化、定数削減・組織の統廃合、内部規則の強化、議会による直接統制の強化)」に偏っているとおり、これまでのところ、NPMの運営基準である「成果・結果による統制」を実現する構造改革はほとんどみられないのが実情である。

こういった海外と日本の違いはなぜ生まれるのであろうか?

海外と日本の改革の違いを比較してみた場合に目につくのが、日本の場合、行政の運営基準(ルール)が「成果・結果による統制」へと切り替わっていない点である。

海外の事例において改革すべき大きな問題として設定していたことは、行政の生産性の悪さ・効率性の悪さであった。そこで、様々な改革手法を組み合わせて適用して、改革実践を繰り返していったのである。その結果として、行政の運営基準(ルール)が、何が達成できたのかという「成果・結果による統制」へと切り替わり、それを支える手法(ツール)の導入と、行政が果たすべく役割(ロール)の再定義もすすみ、行政は高い成果を効率的かつ持続的に追求していく体質へと変貌することになった。このようにして、NPMのパラダイムへと転換をしていったのであった。

一方、日本では、類似する手法の適用が行われているものの、行政の運営基準(ルール)や、行政の果たす役割(ロール)の面ではほとんど変化が見られない。

この状況は、英国でFMI(Financial Management Initiative)が挫折した状況に似ている。英国では、1980年代中盤に、トップマネジメントや、予算管理の分散化、業績評価などのシステム整備を目指して、FMIという手法(ツール)の導入を行ったが、旧来のシステムを温存したまま導入したため、ほとんど機能しなかった。この経験は、単に手法を導入するだけではなく、手法が機能するためには基本システムレベルの構造改革も必要との認識を生み出した。その結果として、エージェンシー制度や、エージェンシーのChief Executiveへの権限委譲と業績契約の制度を導入し、行政の運営基準(ルール)と、果たす役割(ロール)を切り替え、基本システムレベルの構造改革を実践したのであった。

ここで重要なのは、エージェンシーや権限委譲・業績契約といった手法(ツール)を利用することではない。重要なのは、行政の運営基準(ルール)と果たす役割(ロール)を切り替えるために、手法(ツール)を導入したことである。ツール・ルール・ロールは相互補完の関係にあり、それぞれのあり方は他の要素が定義しあう関係にある。ツールはルール・ロールと連係して機能するのである。また、同じツールでも様々な活用方法があり得るのであり、ルールやロールで何を求めるかによってツールの役割は定義される。ルールとロールの切り替えを念頭に置くからこそ、新しいツールが機能しうるのだ。

日本の場合、ツールの導入は進むものの、既存のシステムを前提としたまま導入が進められ、ルールとロールの切り替えの観点は欠落していることが多い。この違いが海外と日本の違いを生み出している要因として指摘できるであろう。

 

 

参考文献

新たな行政マネージメント研究会(2002)『新たな行政マネージメント研究会報告書』総務省

国土交通政策研究所(2001)『NPMの展開及びアングロサクソン諸国における政策評価制度の最新状況に関する研究』国土交通省国土交通政策研究所

大住莊四郎(1999)『ニュー・パブリック・マネジメント』日本評論社

大住莊四郎(2001)『パブリック・マネジメント』日本評論社

大住莊四郎・上山信一・玉村雅敏・永田潤子(2003)『日本型NPM:行政の経営改革への挑戦』ぎょうせい

D.オズボーン・T.ゲーブラー(1994)『行政革命(Reinventing Government)』日本能率協会マネジメントセンター

総合研究開発機構(2001)『公的部門の開かれたガバナンスとマネジメントに関する研究』総合研究開発機構

J.スイス(2001)『行政機関のマネジメントシステム―成果志向の行政経営モデルを構築する』ピアソン・エデュケーション

玉村雅敏(1998)「新公共経営(NPM:New Public Management)と公共選択」『公共選択の研究』勁草書房

上山信一 (2002)『行政の経営改革』第一法規出版

財務総合政策研究所(2001)『民間の経営理念や手法を導入した予算・財政のマネジメントの改革』財務省財務総合政策研究所