注:本稿は『行政評価による地域経営戦略(中央法令出版)』の一部分についてさらに抜粋して連載したものです。全容を捉えることのできる詳細な全文は『行政評価による地域経営戦略(中央法令出版、99年3月出版)』をお読みください。
時事通信社「地方行政」掲載前草稿
連載:行政評価の実例−米国オレゴン州ムルトマ郡から
第二回 『"次代"に備え、新たな教育法を探る―第3章・教育ベンチマーク−』
「行政経営フォーラム」海外調査会
イントロダクション
教育関係のデータは、予算の削減のために十分な整備がなされていない教育関係のベンチマークのデータは、最も分析に悩まされるものの一つである。我々は、就学前から成人に至るまでの学業上の成果を計測する方法は知っているが、それをその後長期間にわたって継続的に行うだけの人的資源や財源を持ち合わせていない。
●最近では、オレゴン州における優れた教育評価ツールの開発の例がある。ポートランドの公立学校は、高品質のテスト教材の開発でその名を全国的に知られている。しかし、クラスで授業を行う機会を確保するために、最近試験の実施と結果の分析に充てられていた予算は削減された。同様に、この種の試験実施のために必要な教員養成のための予算も十分ではない。
●ポートランドにあるノースウエスト地域教育研究機関は、幼稚園児の身体健康度、言語能力、理解能力を測定するための幼稚園児用の評価試験モデルを開発した。これは、一旦はオレゴン改革委員会によって、幼年者用の隔年実施のベンチマークとして採用されたものの、結局、人的資源や財源の不足のため、一度しか実施されなかった。( Jewett,1994年3月 )
●また、これまでのものよりも短期間ですむ幼稚園児用能力評価テストである「初等審査目録」は、既にムルトマ郡の多くの学校で利用されているものの、人的資源や財源 が十分でないことから、テストの結果を集計し、分析することや利用を他の学校へ広げることはできていない。
●成人を対象とするまったく新たな能力評価テストである「オレゴン理解能力調査」(Oregon Literacy Survey)は、1991年に実施されたものの、資金難のために当初計画に反して2度と行われることはなかった。
ポートランド・ムルトマ改革委員会は、1995年、教育のベンチマークの分析に関してコンサルタント会社と契約を締結した。コンサルタント会社の結論は、若干の修正は伴うものの、現行のベンチマークは適正であるというものであった。コンサルタント会社は、ベンチマークのデータをいかに収集し、評価するかということについて非常に優れたアドバイスを与えてくれはしたものの、我々は、依然としてデータの不完全さや不連続さに悩まされ続けている。(Riles,1996年2月)
限られたデータの中で、ベンチマークによって一体何が分かるのか?
ムルトマ郡の生徒たちが一般的に読解力と数学的能力を向上させていることは、成績数値から明らかである。また、ムルトマ郡固有の傾向やデータはないものの、オレゴン州の就学前の子供たちが、身体健康度ではその69%が、また言語能力と理解能力では実にその87%が平均水準以上であることからも、幼稚園の期間に十分に準備がなされていたことが窺がえる。
また、同様にデータ上の制約はあるものの、オレゴン州の成人が、全国平均よりも高い読み書きの能力を有することが明らかにされている。
教育ベンチマークに関して、良いニュースがある。それは、生徒の学習達成度合いに関するより完全なデータの整備と将来における「高等習熟証明書(CAM)」制度(後述)への参加が期待できることである。
一方で、教育ベンチマークにとって良くないニュースもある。トラブルが生じていること、その中でも特にムルトマ郡の学校予算が危機に瀕していることである。また、高校中退率の上昇や25歳未満人口における学力の低下といった問題もある。しかしながら、高校中退率の上昇には、興味深い皮肉的な要素が含まれている。この上昇は、実は、高校中退者に対して、別の再入学先を探して紹介するといったやり直しを可能にする意欲的なプログラムを高校サイドが用意した結果だと我々は見ている。
これらの分野のデータを充足していくためには、今後一層の研究が必要とされるにもかかわらず、充てられるべき人的資源や財源は依然としてカットされ続けている。
教育達成度
ベンチマークNo.13
中等教育以上の訓練、又は教育プログラムの修了証明書か卒業証書を所持する25歳以上の人の割合を増加させる
それはなぜ重要であるか?
このベンチマークが重要なのは、高度な教育を受けた労働力が地元にない場合には、ビジネスとしては他の地区に拠点を移すか、地域外からそのような人材を獲得して来ざるを得なくなってしまうからである。そうなれば、高い技術が必要とされるかわりにその分高い報酬が得られるといった性質の仕事は、現在の住民ではなく、地域外から来た者に与えられることになってしまう。
教育達成度
●1990年の全米調査によれば、第1図に示されているように、ムルトマ郡の約85%の人々が少なくとも高卒以上である。また、半数以上(57.2%)の人々が大学教育を受けたことがある。しかしながら、大学を卒業した人は、28.2%にすぎない。(資料:1990 U.S. Census of Population.)
●大学教育が生産性を飛躍的に向上させるものであることは間違いない。「労働力における教育の質に関する研究全国センター」(EQW)では、1995年に20人以上を雇用している3,000の組織を対象に調査を実施している(Riles,p.37)。その調査結果によれば、資本ストックを増加させるよりも、高度な教育を受けた労働力を投入する方が、より収益への貢献度が高く、生産性の向上をもたらすということである。
高等習熟証明書プログラム
ベンチマークNo.15
高等習熟証明書を保持する生徒の割合を増加させる
それはなぜ重要であるか?
今日の生徒は、明日の労働者である。今日の若者たちの職場での成功のいかんは、知識と技術の獲得に依存している。伝統的に、若者たちにとって学校は技術を獲得する場であった。しかしながら、1990年代の初頭には、オレゴン州のリーダーたちは、若者たちに対する公立学校の伝統的な教育の在り方は、もはや職場において成功するための準備としては十分ではないと認識していた。彼らは来るべき次代に備えて新しい教育方法を探し始めた。
このベンチマークは、「高等習熟証明書(CAM)」に照準を合わせたものである。これは今日の生徒たちが、将来、生産的な労働者となるために必要な技術を身に付けることを確固たるものとするための一つの方法である。
高等習熟証明書
オレゴン州下院第3565号議案としても知られる「21世紀に向けたオレゴン州教育改革法」は、1991年6月の州議会で成立し、1995年6月には、同じく州議会でオレゴン州下院第2991号議案として修正案が可決された。この法律は、高校生に対して従来の卒業証書に加え、新たに2種類の証明書を取得するように努力することを求めるものである。
生徒たちは、筆記や読解、スピーチや聞き取りといった能力の獲得を中心とする非常に厳しいコースを終了することにより、2年生の終わりに「初等習熟証明書(CIM)」を与えられる。そして、この証明書を獲得すると、次に「高等習熟証明書(CAM)」を獲得するためのコースに進むことになる。こうして高校3年生の終わりにはCAMのコースを終了することが期待されている。
「高等習熟証明書(CAM)」を獲得するためには、机上の学習と実社会での仕事に関連した経験の両方が結び付いたプログラムを終了しなければならない。生徒たちは、両親や学校のスタッフの協力を仰ぎながら自分なりに学習計画を組むことができる。CAMを終了するまでには、生徒たちは数学や科学、歴史、地理、経済、社会、英語の各分野で、厳しい学習基準に則した高い能力を示すことになる。
また、実社会での仕事に関連した経験を積むことで、学校と実社会のギャップを埋めることができる。生徒たちは、会社訪問や学校内での会社の設立・運営、賃金労働への従事、コミュニティでのボランティアやサービス従事といった活動を選択することになる。これを終了した生徒たちは、学業上の成果と同様、習得した職業上の技術に対しても確かな認識を得ることとなる。
CAMは以下の6つの分野のうち、一つ又はそれ以上の分野において与えられる。
芸術、コミュニケーション
経営
健康サービス
人事
産業、技術
天然資源CAMは、高校に限らず、コミュニティ カレッジや4年制大学、商業学校でも取得することができる。このシステムは生徒たちにこのプログラムの選択を奨励するように設計されており、生徒たちが最終的にCAMを取得し易いように、あるプログラムから別のプログラムに移ることも認められている。
子供たちの就学準備
ベンチマークNo.25
年齢相応の発育水準に達して幼稚園に入園する子供の割合を増加させる
それはなぜ重要であるか?
子供は幼稚園に入園する時点で、すでに身体的にも、情緒的にも、また知性の上からも学ぶ準備が出来ている必要がある。なぜならば、生まれ落ちてからの最初の5年間の経験が、後の学校や仕事上の成功への重要な羅針盤となり得るからである。「ヘッド スタート」といったいわゆる「就学前プログラム」は、子供が就学準備をする上での貧困や家庭問題といった影響を小さくとどめることに大きな効果を発揮してきた。学ぶ準備ができていない子供は、やはり学ぶことができない。こういった子供に対しては、他の子供とは違う状態にあることを認め、ある種の矯正的な指導が与えられなければならない。
就園準備の測定
幼稚園に入園するにあたっての子供の準備状態を評価する科学的な手法は、いまだに開発途上にある。オレゴン改革委員会はこういった評価の基準を確立しようとするいくつかの非常に将来性のある研究に対して支援を行ってきた。しかしながら、小学校サイドが使用できるような標準的な評価基準は、いまだに確立されていない。ムルトマ郡の幾つかの小学校が、限定的に幼稚園の評価を行ったが、情報を得ることはできなかったし、また小学校区からの報告もなされていない。
ポートランド・ムルトマ改革委員会では、就園準備段階でのこの評価は、子供たちにとって重要な指標であると確信しており、郡を挙げて評価手法の開発を支援していくこととしている。
生徒の学習達成度
ベンチマークNo.37
各科目における「標準」又は「上級」レベルに到達している生徒の割合を増加させる
それはなぜ重要であるか?
子供たちは、各々異なった速度で学習能力を身につけていく。選択した進路や教室で受ける援助、家族からの支援、これら全てが生徒が一定の学習水準に到達するために必要な能力や知識を取得することに役立つものである。しかしながら、「10年後の高校生−国家の危機」(『米国教育部(U.S. Department of Education)』)で議論されているように、生徒はより厳しいコースに挑戦することにより、しばしば、更に高い学習達成レベルに到達することができる。
このベンチマークは、ムルトマ郡の生徒の学習達成レベルを測るものである。生徒は、少なくとも彼らの学年レベルでの最低限の基本的な能力を身に付けることを期待されている。そして、更に一段高いレベル(「標準」又は「上級」)に到達するよう奨励されることにより、ムルトマ郡の生徒は、新たな「一時代」に向けた挑戦に立ち向かう準備をようやく整えることになる。
第1表 ムルトマ郡における生徒の学習達成レベル(1992-1995年)
学年による
習得レベル
1992年
1993年
1994年
1995年
基本
標準
上級
基本
標準
上級
基本
標準
上級
基本
標準
上級
第3学年
国語
23%
46%
31%
20%
47%
33%
20%
47%
33%
20%
48%
32%
数学
20%
57%
23%
20%
54%
26%
20%
52%
28%
18%
54%
28%
第5学年
国語
22%
50%
28%
20%
55%
25%
19%
54%
27%
18%
55%
27%
数学
22%
58%
20%
21%
55%
24%
24%
52%
24%
23%
51%
26%
第8学年
国語
22%
53%
25%
21%
54%
25%
18%
53%
29%
18%
51%
31%
数学
27%
50%
23%
23%
50%
27%
21%
51%
28%
19%
52%
29%
第11学年
国語
24%
57%
19%
23%
54%
23%
18%
52%
30%
19%
51%
30%
数学
32%
56%
12%
39%
50%
11%
42%
48%
10%
42%
46%
12%
資料:Oregon Statewide Assessment, Department of Education.達成レベル
●基本レベル
このレベルの生徒は、多分期待されるべき彼らの学年のレベルには十分に到達しておらず、おそらくそれよりも低いレベルの能力しか有していないと思われる。
大まかに言って、ムルトマ郡の生徒の4分の1は、第1表で見るように、国語や数学の基本レベルに達している。しかしながら、州全体では約18%の生徒しか基本レベルには到達していない。
ムルトマ郡の第11学年の生徒で数学のレベルが基本レベルに到達している生徒の割合は、一貫して増加している。しかし、一方では同時に、第11学年の生徒で、それより高いレベルにまで到達した生徒はほとんど増加していないということを意味している。
●標準レベル
このレベルの生徒は、満足の行く進歩を示しており、完全かつ強固な、また十分な能力の習得を見せている。
ムルトマ郡の生徒の半数以上は、第1表に見られるように、既にこのレベルに到達している。
●上級レベル
このレベルの生徒は、非常に高度な、そして大変優れたレベルに到達している。
ムルトマ郡の生徒の約4分の1はこのレベルに達している。しかしながら、第11学年では、数学においては、わずかに10〜12%の生徒がこの高いレベルに到達しているにすぎない。
生徒の卒業割合
ベンチマークNo.38
高校卒業者の割合を増加させる
それはなぜ重要であるか?
高校を卒業した生徒は、高校を卒業していない生徒に比べて、その生涯においてより多くの報酬を得る(そして、より多くの税金を支払う)。また、州政府や連邦政府にとっては、福祉や失業対策、その他の支援措置において、高校卒業生の方が高校を卒業していない人に比べてより費用がかからなくてすむ。世界経済が採掘業や製造業から離れてサービス産業や情報産業に向かっていることから、十分に教育された労働者は将来における米国の競争力維持のため、その必要性が増加するものと見込まれている。要するに、高校卒業生は、高校を卒業していない人に比べて、財政面でより多くの貢献があるとともに、社会的なコストにおいてもこれを節減することとなるのである。
卒業割合
1995年5月、米国教育研究・改善局から、「10年後の高校生−国家の危機」という本が出版された。「教育状況からの発見」のシリーズの最初の部分で、「国家の危機」の出版以降10年間の米国の高校教育の改善について報告がなされている。教育的成果における多くの改善の中で、「10年前と比較して第10学年から第12学年の間に高校を中退する生徒はほとんど増加していない。」(P 8)ということが明らかになった。
現在、郡レベルでの高校を卒業した生徒の割合を調査したデータは提供されていないが、州レベルでは、1993年には生徒の77%が高校を卒業しており、この割合はそれ以前の5年間で確実に増加している。(『オレゴン改革委員会1994年12月32頁(Oregon Progress Board,December 1994,p.32)』)
一方、高校を中途退学した生徒の割合は、郡レベルでは明かになっている。第2図にあるように、1993年度から1994年度にかけて、ムルトマ郡及びオレゴン州における中途退学者の割合は増加している。
なお、過去1年間で、中途退学者として記録された生徒の割合が大きく伸びているが、これはポートランドの公立学校が、新たに中途退学者に別の学校のプログラムを提供する制度を導入したことにより、これを利用した生徒の異動が中途退学としてカウントされたことによるものである。
成人の読み書きの能力
ベンチマークNo.43
通常文書、公的文書及び数的処理分野での英語能力、英語以外の語学能力及びコンピューターを使用できる能力を保持している成人の割合を増加させる
それはなぜ重要であるか?
前世紀、「読み書きの能力」とは、「公文書に自分の名前をサインできること」と定義されていた。現在では「読み書きの能力」とはもっと広いものを意味している。今日、この能力を十分に有する成人であるためには、通常文書、公的文書及び数的処理分野において、英語以外の言語を話すことができ、また、コンピューターを使いこなす技術をマスターしていなければならない。これは、世界の国々に対して、教育の成果とともに新たな技術を身に付ける成人の能力を示すという意味からも重要である。
成人の読み書きの能力
1991年、オレゴン改革委員会は、「オレゴン学習能力調査」を実施した。この調査は、オレゴン州の成人が持っている読み書きの能力を評価したものである。ムルトマ郡についてのデータは現時点では入手できていないが、州レベルでの情報は、読み書きの能力というものを理解する上で有用である。
この調査によると、社会保障カードの正しい欄にサインできるといった読み書きの能力に関する過去の大まかな定義によるならば、オレゴン州のほぼ全ての成人にはこの能力があることとなる。短い新聞記事の簡単な情報を読解することができないといった人は、ごく少数(3%)に過ぎない。(『オレゴン改革委員会1991年5月4頁(Oregon Progress Board, May 1991,p.4)』)
第3図は、読み書きの能力の習得状況において、多様なレベルが存在することを示している。成人のほぼ75〜80%が、通常文書、公的文書、数的処理の基本的な能力をマスターしている。また、成人の6〜9%がマスターレベルまで到達していることが、示されている。
驚くべきことではないが、教育達成度は読み書きの能力に直結している。8年間又はそれ以下しか学校教育を受けていない人は、低い読み書きの能力しか有していない。しかしながら、マスターレベルの質問にコンスタントに回答できたのは、大学卒業生でも20%以下にすぎない。
雇用されている人は雇用されていない人よりも高い読み書きの能力があることが、示されている。管理者、専門職及び事務職といった人々は、生産現場の労働者よりも高い読み書きの能力を有している。
注:この調査は、1985年の「成年の読み書きの能力に対する全国調査」と同じ定義を使用している。数値は、それぞれの回答のカテゴリーにおけるいくつかの質問を集計して算出している。「マスターレベル」とされた者の数値は375、「中級レベル」は325、「基本レベル」は275。
「通常文書能力」は、成人がテキストの情報を理解できること、「公的文書能力」は、成人がグラフやテキスト、地図等を理解し、使用できること、「数的処理能力」は、成人が数学を理解しそれを活用できることを各々意味している。
(※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)