児童買春とその責任

タイにおける児童買春と先進国の責任


 このページは,今日の東南アジアにおける児童買春の現状と原因についての概要を 一人でも多くの日本人の方に知っていただくことを願って設けられたページです.
 96年度春学期,Thiesmeyer 研究会で勉強させていただき,個人プロジェクト として,東南アジアにおける児童買春をタイを例に取って考察しました. 以下に,Term-Paperとしてまとめたその結果を載せたいと思いす.
 ご意見・ご質問等を

s94020ki@sfc.keio.ac.jp までいただければ光栄です.


はじめに

児童買春という言葉は,現在,日本においてどの程度知られているだろうか.今日,東南アジアを中心に世界で100万人の子供が売春に従事させられており.児童への想像を絶する人権侵害と,社会への多大な悪影響を生んでいる.エイズ感染の拡大・社会不安・またそれらに伴う社会・経済的損害など,多大な悪影響を現地社会に与えている.また,この悪影響は将来に向けて更に深刻なものとなってゆくことが予想
 児童買春は,その現状と原因の実態が知られていないため,特に先進国の人々には,ひとえに現地社会にとっての問題であるとする認識を持つ人が多い.しかしながら,この問題には,産業の発達した先進国が持つ責任もまた忘れられてはなら
 以下には,児童買春の現状の把握と原因の究明を通して,先進国側が取れるこの問題に対する対処法の検討を試みたい.

1.売春の現状

  • 児童買春の統計的概観

    前世界における性産業に関与させられている子供(以下、特に記載の ない場合は18歳未満の男女を子供・児童と定義する)の数は、国連の奴隷制 作業部会でのノルウェー政府の報告によれば、年間100万人に上ると推定さ れている。また、特にその中心地とされている東南アジア・南アジア地域に注 目すると、インドでは30〜40万人(K.T.Suresh, Equations)、フィリピン ではマニラだけで2万人(ゴードン・トーマスが引用した子ども保護機関の統 計によれば7万5千人以上)、アメリカ海軍の基地がある都市オロンガポでは 2万2千人とユニセフが報告している。また、スリランカ国内においては1万〜 2万人(政府の公式発表では2千人以上とされている)と報告されており (Maureen Seneviratne, PEACE, Protecting Environment and Children Everywhere)、また台湾では1987年の社会調査によって10万人以上いる と推定されている。そしてタイにおいては、実に80万人(タイ政府官房長官 の公式発表では1万人、警察省の推定では2万5千人と発表、また非営利組織 Friends of Women の発表によれば20万人以上とされている)の12〜16 歳の子供が売春をしていると、子供権利保護センターのコーディネーター、サ パシット・クンパラパンと子ども基金のパイトゥーン・マンチャイが声明を発 表している。以上の数字は、1993年の時点で入手可能な統計データに基く ものであり、これらの数値は今日に至るまで劇的な増加を辿っているというこ とが、各国政府・各NGO団体や国際機関の共通の認識である。1993年以 降今日までの3年間でどれだけこの数値が増加しているのか、またこれからど れだけの勢いで増加してゆくのか、それが非常に劇的なものであることが予想 されている(O'Grady 1994(A):189-192)(O,Grady 1994(B):153-154)。
  • 児童買春のもたらす影響

    では、このように莫大な数の子供達が巻き込まれている児童売春は、 子供達自身とその社会全体に対して、一体どのような影響をもたらすのであろ うか。ミクロ的には子供自身の肉体的・精神的荒廃(Joseph, 1995)(O'Grady 1994(A,B))と寿命の低減、またマクロ的には社会全体における非行・犯罪の増 加など不安定要因の増大(Widom & Ames, 1994)、そして現在最も危惧されて いる驚異的なまでのエイズの伝染(塩川, 1992)のもたらす社会不安が憂慮され ている。
  • ミクロ的影響
    {\mv 肉体的外傷}\\ 子供時代の性的虐待は、子供達に深い肉体的・精神的外傷をもたらす。 児童売春に従事している子供達は、不可抗力の下、常に性的虐待を受けている 状態にある。彼らはそこから抜け出す術も持たず、またそのあることを知らな い。両親によって売られ、また警官によって売り飛ばされる彼らにとって現実 的に助けを求める場所は皆無である。また、例え万が一、運のいい何人かが保 護のための機関やNGOが彼らを救い出されたとしても、彼らの”所有権”を 持つ両親や警察官によってまた同じ状況に売り飛ばされてしまうケースが殆ど である(O,Grady 1994(A,B))。このような抑圧の下で常に性的虐待を受ける彼 らは、非常に深い肉体的・精神的外傷を負っている。 児童買春を行っている子供達にとって最大の肉体的な害はエイズであ る。タイにおいて児童売春を行っている子供のうち、半数以上が既にエイズに 感染していることが判明している(O'Grady, 1994(B):91)。子供達は毎晩十数 人から何十人にも及ぶ客をとらされているにも関わらず、”売春の経験が浅く、 エイズに感染する恐れの少ない安全なモノ”として客に売られている。また、 エイズやその予防に関する知識や手段を知ることもなく売春の生活に放り込ま れる子供達は、客に対して予防策を講じるよう訴えることもできない。元来、 数多くの人間との性交渉を持つ売春婦の性病の感染率は非常に高いことは周知 の事実である。しかしながら、殊に児童売春は成熟した女性による売春に比べ て遥かに大きなエイズの感染をもたらすことが判明している。エイズウィルス の感染経路とその感染率は、血液が90%、精液・窒液が0.1〜1%となっ ている(塩川, 1992:23)。子供と大人の間の性交渉において、子供(特に少年 を相手とする同性愛者の場合)の未発達の性器などは摩擦症などの体内損傷を 受け、出血する。しかも休むことなく毎晩多数の客を取り続けさせられる子供 達の性器内の傷は回復することなく痛められ続け、ただれた状態が続く (O'Grady 1994(B):91)。その結果、成熟した大人間の性交渉とは異なり、子供 と大人の間の性交渉では、子供の血流中に直接エイズウィルスが流入する。つ まり、大人同士の性交渉の実に100〜1000倍の確率で売春を強いられる 子供達は、成熟した女性よりも遥かに高い確率でエイズに感染することになる (O'Grady, 1994(A):153)。周知の通り、エイズは不治の病であり、一度エイズ ウィルスに感染した感染者は、感染後0〜20年の潜伏期間を経て、一度発病 すると、数年で必ず死に至る(塩川, 1992:10)。 また、子供に性的虐待を強要する際に使用されるホルモン剤などの薬 物は子供に非常な悪影響を残す可能性が高い。例えば、近年急速な広まりを見 せている大人の女性による少年の性的虐待では、女性が思春期前の少年にドイ ツやスイスで生産されたホルモンに関する薬物を少年に注射する。ある医師の 発表によれば、こうした強力な薬物やホルモンの幼い少年への注入は無謀なこ とであり、11〜12歳の少年はそうした薬物の注入をを5・6回繰り返され れば死に至る。また、こうした薬物の乱用は一度でも子供達に生涯にわたる重 大な後遺症を残しかねない。しかしながら、こうした研究結果とは裏腹に、現 地のソーシャルワーカーによれば、現実には西ヨーロッパなどから訪れる女性 が、子供達にこうしたホルモン注射をしている例は多いと言う(O'Grady 1994(A))。 また、言うまでもなく未成熟なうちに大人と性的関係を経験すること は子供の身体に悪影響を残す。しかも、こういった売春を強要されている子供 達の多くは単なる性交渉に留まらず、異常な虐待を絶えず強要されている。こ のような継続的な虐待が彼らの肉体の健康に与える悪影響は甚大なものである と言える(O'Grady, 1994(A,B))。 また、こういった子供達の多くは売春宿の経営者によって始めは強要 されたり、定期的に注射されるなどの形で麻薬の常用者にされており、子供達 の体は麻薬によっても多大な悪影響を被っている(O'Grady 1994(A,B))。 {\mv 精神的外傷}\\ また、こうした子供への性的虐待が子供達に残す精神的外傷もまた肉 体的外傷に優るとも劣らぬ悪影響を残す(Muecke, 1992) (Joseph, 1995) (O'Grady, 1994(A,B))。 一度、性的虐待を受けた子供はその生涯にわたって ある種の罪悪感と恐怖心を持ち続けることになり、その精神的外傷が完全に癒 されることは決してなく、しばしばその後の子供の人生を決定的に変えること になる。これは、キャシー・ジョセフによる自己の体験とその分析による実証 研究から明らかにされている(Joseph, 1995)。このジョセフ女史の例に見られ るように、近年、欧米において子供の頃に受けた性的虐待の衝撃についてその 被害者達が語り始める傾向が始まっている。彼らは、生涯にわたって彼らが背 負い続ける精神的・心理的な傷は、肉体的な傷とあいまって、成人してからも 男性として、あるいは女性として個々の人生において決して語られることのな い人間的苦しみとして残ることを証言している。.1991年、カナダのオン タリオ州キングストンで、聖歌隊指導者ジョン・ガリエンによって性的虐待を 受けたために2人の少年が自殺したとき、彼によって同様に性的虐待を受けた 経験を持っていた多数の少年のうちの一人が、次のような証言をしている。 「いたずらされる前の僕はたくさんの友達を持っていたし、家族との生活もご く普通だった。僕は脳外科医か戦闘機のパイロットになりたかったんだ。・・・  ・・・ (性的虐待を受けた後、)僕はみんなを憎んだ。僕は落ち込んで、 社会に対して反抗的になり、自殺を思い詰めるようにまでなっていた」これに ついて、ロバート・リー・ピアス博士は、次のように語っている。「少年が早 すぎる年齢で大人の性の世界に入って行くと、非常に傷つき易い状態になりま す。子供がその体験の肉体的・感情的・心理的側面を統合することができなく なってしまうことから、この傷つきやすい状態は当然のことと言えます。この ような性的体験に伴う一般的感情は、裏切り・罪悪感・無価値観・怒りなどで す」(O'Grady, 1994(A):95)。 このように、早すぎる性的虐待が子供にもたらす精神的外傷の深さは、 その文化や状況によって変わるものでは決してない。実際に、タイの内閣女性 児童担当大臣であるサイシュリー・チュティクール博士は、長年に渡る売春に 携わる子供についての心理学的研究から得た研究結果として児童売春に関わっ たタイの子供達が非常に大きな精神的外傷を負っている事実を証明している。 彼の報告によれば、「売春をしている少年たちは・・・ ・・・社会一般に対 する基本的信頼感が欠けている。彼らは非常に疑い深く、行動で示されるまで 何も信じようとしない」「タイの基準からみると以上に攻撃的で、自分に向け られた言葉にはとても敏感である。彼らの間で口喧嘩は日常茶飯事であり、彼 らはその過程で極端に暴力的な行動を示す」「抑欝状態が常につきまとい、自 殺に至る場合さえある」と述べている。事実、タイでは10代の子供の自殺率 が非常に高いという統計的結果も出ている(O'Grady, 1994(A):138 )。また、 台湾ではレインボー・プロジェクトによって売春宿の少女達を対象とした調査 の結果、タイでの調査に述べられている特徴のすべてがこの少女達にも現れて いること、また、彼女らの抑欝状態はことに重度のものであり、彼女達の方言 による、彼女達自身についての最も簡単な質問にすら答えられなかったり、答 えようとしないという状況にあったと結論付けている。数週間以上売春に関わ らせられた子供を社会復帰させようと言うプログラムの成功率はどこの国にお いても非常に低いものとなっている(O'Grady, 1994(B)160-162)。
  • マクロ的影響
    このようにして肉体的・精神的外傷を負った子供達は、非常に高い確 率で非行や犯罪行為に走る。殊にこうした性的虐待を受けた子供達はその成人 した後には、性的犯罪を侵す危険率が非常に高くなっている(Widom & Ames, 1994:303)。また、彼らは非常に基本的な教育でさえもそれを受ける権利を剥 奪されている。これは、彼らが人間として必要な社会常識や訓練を身につける 機会を奪われていることとあいまって、彼らは生涯に渡って売春以外の職業に つくことが難しい。その結果、年を取って売春が難しくなれば彼女達に取って 生きる道は犯罪以外にない。 また、エイズの異常な速さでの伝染は売春客の側にも影響を出し始め ており、社会全体のエイズによる影響を多大なものとしている。1980年代 半ばまで、アジアでのエイズ患者は殆ど報告された例がなかった。しかしなが ら、世界保健機構によれば、その後10年足らずの間に100万人以上の人が エイズウィルスに感染している状況となり、しかもそのうちの最も多くがタイ やインドでの患者であるという。この2国は、多くの児童買春従業者を抱えて いる点で共通している(O'Grady, 1994(B):91)。エイズウィルスは、感染者→ 売春婦・児童→買春客→妻→子という経路で蔓延し、現在ではタイでは総人口 の約1%がエイズウィルス感染者という異常な事態を生み出してしまった(塩 川, 1992:69)。以下タイを例に見て行くと、84年の時点では、感染者は外国 帰りの同性愛者一人に過ぎなかった。しかしながら、87年以降薬物乱用者を 中心に感染が広まり、2年後の89年には買春婦を中心に1万7百人以上が感 染者と判明し、91年には3万3千人、そして92年には推定30から40万 へと増大し(塩川, 1992:95)マックダーモット医師の推定では、このままいく と今世紀末までには実に3百〜6百万人が感染するであろうという。これは、 実にタイ総人口の5〜10%に相当する(塩川, 1992:96)。この数字は、タイ では今世紀末までに年間16万人がエイズを死因として死亡し、西暦2千年に は、死者3人に1人はエイズによる死亡者であるということになる(O'Grady, 1994(B):92)。アジア地域全体では、アジア開発銀行の最近の調査によると、 西暦2千年までに前世界で予想される4千万人のエイズウィルス感染者、及び 1千万人のエイズ患者の大多数がアジアの人々で占められるであろうと試算さ れている(O'Grady, 1994(B):91)。
  • 児童買春の直接的原因

  • 貧困による原因

    こういった子ども達が売春宿へ売り飛ばされる理由は、主に親によっ て売られたか、見捨てられて生きる術がないが故に売春に走るか、または近年 の増加している傾向として誘拐されたり、騙して売り飛ばされたりするなどが 主である。小数民族の貧しい村の親たちは若い娘達を、時にはまだ生まれる前 の子供までもを売り、現金収入を得るようとする。また、都市の周辺地域に住 む貧しい親たちは自分の子供に対し、貧しく職が無いために殴る蹴るなどの暴 行を日常的に加えるなど悲惨な養育状況にある。このような条件下で多くの子 供達が家を飛び出し、路上でストリート・チルドレンとなり、生きて行く糧を 得るために教育も技能も、保護者も持たない彼らは買春をして生きて行くほか ないという状況に追い込まれているのである(O'Grady, 1994(B):131-133)。
  • 先進諸国からの小児愛後者の流入

    また、先進国からの小児愛好家の大量な流入が、この児童買春を普及 させる非常に大きな直接的原因であることは間違いない。彼らは、短期間の滞 在で何人もの子供を性的に虐待し、大量の外貨を落として帰国して行く。児童 買春の客のほとんどはアメリカ・ドイツ・日本・オーストラリアやその他先進 資本主義諸国からやって来る。彼らは、北米マン・ボーイ・ラブ・アソシエー ションやルネ・ギュィヨン・ソサイアティといった秘密組織を組織し、その中 でいかにしてアジアでの児童買春を利用すべきか、万が一逮捕された場合には どのようにして逃れるべきか、といったことをシステム化している。彼らは、 例え逮捕されたとしても非常に軽い刑罰を受けるだけであったり、刑務所内に おいても特別待遇で、自国の刑務所では考えられないような快適さで刑期を過 ごすなどの状況にある(O'Grady, 1994。(A):82)。このような、需要としての 先進国からの小児愛好家の流入が絶えない限り、児童買春がなくなることは難 しい。
  • 犯罪のシステム化と越境化

    近年、児童売春問題を一層複雑で解決困難にしているのは、これを行 う犯罪者の組織化と、越境化の傾向である。タイの犯罪鎮圧局副指令官のバン チャ氏は、子供や売春婦の人身売買を取り仕切っている犯罪組織網は益々国際 化・ビジネス化し、複雑化の様相を深めているという事実を指摘し、「外国人 売春婦の背後には必ず犯罪や虐待・腐敗の構造が蜘蛛の巣のように張り巡らさ れている」と述べている(O'Grady, 1994(B):31)。こうした人身売買の取引を 詳細に教えてくれる記録は現実的に入手が非常に困難であるが、タイの国会議 員ナロン・ノーヨンタイが1993年下半期に行ったタイ北部の国境沿い地域 の開発に関する調査によれば、隣国のビルマ・中国・ラオスから国境を越えて 売春のために密入国させられて来る未成年の子供の数は、控え目にみても週に 150人に及ぶとされている(O'Grady, 1994(B): 36)。 こうした犯罪の国際化・組織化が買春に従事させられている子供達の 状況を一層劣悪なものとし、児童買春問題を根本的により解決困難なものとし ていることは明白である。非合法外国人である子ども達は、何の権利も保証さ れず、警察に駆け込んだり公式の救済団体に訴え出ることができない。また非 合法な存在であるが故に病院で医療手当を受けることもできない。更に、例え 彼女達の救済を望むソーシャルワーカーや団体・個人に触れるチャンスがあっ たとしても、当地の言葉で助けを求めたり現状を伝えたりすることすら不可能 である(O'Grady, 1994(B):25)。小数民族であればなおさらのこと、彼女達の 言葉を解し、彼女達が助けを求めることができる人間はほとんどいないと言っ てよいだろう。
  • 警官・官吏の腐敗

    こういった大規模な子供の人身売買が行われている背後には、警察や 政府官吏の腐敗と、彼らの私利に基づく犯罪組織への協力が大きく貢献してい るという現状がある(O'Grady, 1994(A,B))。駐日タイ大使顧問のウドム・サ ピト氏によると、タイでは政府の役人もこういった児童売春の取引に関わって いる者が多いという現状があるという。彼によれば、それらの役人の中には少 女達と法的に養子縁組みした後で売春目的で日本に売り飛ばすケースも見られ ると言う。また、彼が会ったタイ東北部の2人の少女は、養親によって日本の 犯罪組織に売られ、1千万円の借金があると言われていたと言う。また、アメ リカ・オーストラリア・日本・香港などの性産業との間で人身売買されている タイの少女達は、空港を通過するためには、入国管理官や航空会社の社員の中 の犯罪組織の協力者によって出入国が容易にされている例もあると言う。近年、 こうした事例が明るみに出て、入国管理官と航空会社の社員が逮捕され、子供 の人身売買を幇助したとして訴追されている例が実際にある。また、1988 年12月には、タイの少女を誘って日本へ売春婦として送り込むことに関与し たことが明らかになり、タイ人警官2人が免職になっている(O'Grady, 1994(B):35)。
  • 政府による外貨獲得優先政策

    こういった児童買春の拡大の直接的原因には、政府による外貨獲得優 先政策によるところが大きいとも言える。近年、先進資本主義諸国からアジア への旅行客の数は急激に増加している。たとえば、1993年の旅行者数の伸 び率はアジア以外の地域においては3.8%であるのに対し、アジアでは12 %という世界最高の伸び率を示している。これは、産業界、特に観光業界によ る商業戦略もさることながら、政府による外貨獲得優先政策によるところが大 きい。 それによって、こういった国々における外国人が小児虐待が行われた ことが明るみに出た場合でも、法外に軽い刑罰が課されるだけで釈放され、こ ういった前科者が再び入国することも簡単にできるという制度が許されている。 例えば、1991年にフィリピンで7歳から11歳の子供達8人を使ってポル ノグラフィーを録画した日本人小児科医丸山尚義は、うち殆ど救いようのない ような精神的外傷を負った子供も確認されているにも関わらず、虐待した子供 それぞれについて2千ペソ(1994年現在で約8千円)の保釈金を支払うこ とによって釈放されている(O'Grady, 1994(B):81)。これは、先進国内で同様 の罪を犯した場合に課される刑罰に比べて、雲泥の差がある。1990年アメ リカのカリフォルニア州では、幼い少女を誘拐して性的関係を持った男に、懲 役527年に達する判決が言い渡されている。アメリカにおいて児童に対する 性的虐待者に対する刑として100年以上の懲役刑が課されることは普通であ り、死刑の存在するフロリダ州では死刑判決が言い渡されることさえあるので ある(O'Grady 1994(A):75)。 なぜ、このようなことがタイ国内で生じているのであろうか。それは、 政府が外貨獲得を最優先している為である。故に外国人観光客の現象を招くよ うな規制や法律は定めるわけにいかないのだ。事実、法改正を行った国々にお いては児童買春を目的とした観光客の流入数が減り、未だに法的規制の少ない タイなどの国へこういった買春客の流入が増加している。
  • 児童買春の根本的原因

  • 国家間ヒエラルキーに基づく大国による恣意的な被害

  • 西欧的制度と価値観の強要による社会の歪み

    なぜ、親が買春宿に子を売り飛ばしたり、見捨てて路上に追い出した りすることができるのか。これは、開発国の伝統的風習や社会制度にのみ原因 を帰するべきではない。国家間ヒエラルキーに基く大国による恣意的な被害で あるということもできるのだ。こうした状況に対する一般に聞かれる意見とし て、東南アジアの”彼ら”の社会は非人間的なまでの父権社会が確立している からだ、という意見もある。また、彼らの宗教的・社会的因習に原因を求める 人々もいる。確かに、例えばタイには男性は性的経験が豊かである方が好まし いとされる見方があり、若い男性が買春宿へ行く習慣は受け入れられてきたも のであるという。また、確かに女性が家族の為に犠牲になることを受け入れて きたと言う文化的土壌の存在も確認されている(Muecke, 1992:898)。それら伝 統的な社会形態が売買春の拡大の一因となっていることは否めない事実であろ う。しかしながら、同時にそれらは、196年代以降急速に進展した東南アジ アにおける児童買春の爆発的な拡大を説明する理由にはなり得ない。なぜなら、 例え若い男性が買春宿へ行く習慣があったとしても、そういった若い男性の絶 対数がここ数十年で爆発的に増大し、従って売春婦の需要が増大したとは言え ない上に、これでは児童売春の増加、つまり売春婦の低年齢化を説明できない。 また、親が子を売春宿に売り飛ばすことに関して女子供は家族を支えるために 犠牲になることも厭わないべきだと言う文化的基盤が多少作用することがあっ ても、それでは、なぜ、近年になって爆発的に生まれる前の子供までもを売り 飛ばすような状況の激化が見られるようになったのであろうか。伝統社会の基 盤は、その要因の一部にはなり得たとしても、1960年代以降の急激な児童 売買の増加という変化を説明しきれるものではない。 実は、今日の東南アジアにおける売買春の根元的な引き金は、ベトナ ム戦争時のアメリカ軍の駐屯によるものである。1960年代のベトナム戦争 のために、タイやフィリピンはベトナムに駐留しているアメリカ軍兵士達の娯 楽提供の場となることを求められた。ベトナム戦争が始まるとアメリカ軍の兵 士達はフィリピンやタイなどの国々へ”休暇と娯楽”の為に出かけるようになっ た。タイを例に見てみると、1967年にはタイ政府とアメリカ軍部との間で 条約が結ばれ、ベトナムに駐留している兵隊達は「レスト&レクリエーション」 (以後R&R)休暇のためにタイに入国することが正式に許可された。兵隊達 の数と両国の経済格差を考えれば、この兵隊達がいかに巨額の外資をタイにも たらし、それに対応するビジネスがいかに利潤率の高いものであったかがわか る。事実、1970年にはアメリカ軍兵士がR&Rの為にタイにもたらした外 貨は2千万ドルにも及び、同年におけるタイの米の総輸出額の4分の1にも達 している。これに目をつけたこのR&R条約に関する交渉を行ったタイ王室空 軍のある将軍の妻は、タイにおける初めてのツアー・エージェンシーの副支配 人になり、莫大な利益を上げた。また、兵隊達のR&R向け産業に対するタイ のビジネス会の目覚ましい反応、ホテルや娯楽施設に対する現地投資は、一般 のビジネスマンにとっても見られたものであった。このようにしてアメリカ人 兵士を対象に爆発的に発達した娯楽産業、生産業は、ベトナム戦争の終わる1 975年までにタイで多くの人の生活を支える産業として確立された(Trung, 1995:292-307)。これは同時に米軍がもたらすドルによって生活を成り立たせ るようになっていた数百万の人々の将来に不安をもたらすことになり、彼らは その打開策としてタイ人男性と、何よりも外貨獲得のための観光産業に力を入 れ始めたのである。 また、ここには、長い、西欧諸国による自国の利益追求のための一元 的な”開発”の押しつけの歴史が関与しているという意見もある。チュピニッ ト・ケスマニーは、その研究の結果として " Dubious Developpment Concepts in the Thai Highlands" の中で、タイの児童買春従事者となる少女達の供給 地とされてきたタイ北部山岳地帯におけるこの変化に関して歴史的考察を試み ている。この結果、彼は山岳民族の親たちが子供達を買春宿に売り渡すという 社会状態が広まった背景として、当地域における西欧諸国によるアヘン栽培の 推奨と禁止、また安全保障という名目の抑圧と、それらに伴う環境・社会構造 の破壊が非常に重大な影響を及ぼしていると述べている。もともとこの山岳地 帯にはアヘン栽培はほとんど存在しておらず、小規模な混合農業中心の農業が 先住民族によって営まれていた。しかし、18世紀に入り、イギリスを中心と する西欧諸国によって当地域に地質に非常似よくあうということでアヘン栽培 が持ち込まれ、これらの西欧諸国はこの栽培から多大な利益を被った。そして 山岳地帯の先住民族達は、この貿易により貨幣経済に触れ始めた。しかしなが ら、第2次大戦後それら先進国の国内における麻薬常用が社会問題視され始め るに当たり、これらの国々はタイ政府に対しアヘン栽培を取り締まるように要 請を始めた。それと同時にこれらの西欧諸国は、アヘン栽培に代わる代替作物 として他の換金作物の耕作を普及させる”援助プロジェクト”を開始した。こ れらプロジェクトで”援助”された換金作物の栽培方法はしかし、より合理的 でより換金価値が高い単一大規模農業であった。これは、地質によく見合って いた伝統的な混合農業やまたアヘン栽培に比べ、急速な地質の低下とそれを補 うための化学肥料の大量な投入を伴った。その結果、化学肥料によって環境破 壊が引き起こされ、継続的な耕作は困難になった。しかし、この時点で先住民 の社会は既に貨幣経済に組み込まれており、現金収入なくしては生活して行け ない状況に陥っていたのである。しかしながら、このような先住民の人々には、 バンコクのような都市に出て働くだけの産業社会に対応する職能も、またタイ 語の能力も乏しい。その結果、唯一の現金収入の手段として子供の売買が為さ れるに至ったのである。またこのような困難な状況の副次的作用として先住民 の間に広まった現実逃避のためのアヘン中毒もまた、児童売買の原因の一つと なっている。 またケスマニーは、この先住民が子を売買しなければならない苦境を 引き起こした原因の一つに、国家による安全保障を名目とした Hill Tribe Welfare Committee (HTWC) の存在があるとも述べている。冷戦が始まるとア メリカは、タイへの共産党勢力の流入を防ぐこととを名目に、山岳民族”保護” の為の軍隊をタイの北方国境地域に駐屯させた。これは、多様な文化を持つ山 岳民族をタイという国家へのナショナリズムによって抑圧し、物質社会の中に 引き込むはたらきと圧力になったという(Kesmanee, 1994:680)。
  • 世界資本主義システムによる経済最優先政策の不可避性

    本質的な問題は、世界的な規模で構造的な暴力と論理的な不可避性に よって流布しつつある一元的で画一的な近代西欧的な産業主義文明の波及であ る。以前、児童買春阻止のために開かれたスコタイ会議においてより根元的な 問題として参加者たちの意見の一致を見たのは「世界中で物質主義と消費文明 がコミュニティーの価値観を徐々に崩壊させ、刹那的な性的満足や富の獲得が 多くの人々の目的となり、幸福の象徴となった」ことにあるという意見であっ た。実際、売春産業に自らの子供達を売る家庭は絶望的に貧しい場合だとは限 らない。子供を売って得た現金は、テレビや冷蔵庫のような消費財を買うため に使われることが多い。また、麻薬中毒となった親の麻薬代のために売り飛ば されていることもある。彼らは、なぜそのような消費財を欲するのだろうか、 また、なぜ麻薬常習者となるのだろうか。麻薬常習者となる理由の一つに西欧 諸国の”援助”によってもたらされた環境破壊と社会構造の破壊から来る困窮 状態にあることは既に述べた。また、彼らが消費財を欲するのは、都市からやっ てくる資本主義国の商人による市場拡大のための巧みな宣伝情報によって操作 されているためである。もちろん、先進資本主義国の住人が考えるように、消 費者としての彼ら親たち自身にも問題はあるといえるだろう。しかしながら、 長い年月をかけて漸進的に、自由市場を自分達の社会の状態と要請に合うよう に生み出し、改良してきた現在の先進資本主義国と、突如として外部から高度 資本主義社会の構造・物質・情報がもたらされる東南アジアのコミュニティー の住人とでは、全く条件が異なることを認識し、彼らにのみ責任を押しつける ことが正しいとは言えない。 また、なぜ政府の官吏や警官が激しい腐敗を見るのか。これもまた、 世界規模の一元的な社会の西欧的近代化にその原因の一端があると言えよう。 近代以降、世界のあらゆる地域で植民地化や、独立国としての”承認”の過程 を通して、近代的な国民国家となることが、あらゆる社会に要求されてきた。 これは、共産主義国・資本主義国を問わない潮流である。それによって、経済・ 産業発展、社会開発が伝統的に機能してきた各々のコミュニティーにおける警 察機能・司法機能・教育・産業・福祉機能などが剥奪されたのである。新しい 価値観に対応できないまま、旧い価値観とそれに基く社会規範を破壊された人々 は、それを導く者もいないまま、個人の利益追求が正当化される自由市場主義 経済の先駆者に利用されているのである。これはつまり、警察官として採用さ れた者が、既に腐敗しきっている警察の内部事情を知り、それを当然あるべき 警察の姿として受け入れることに何の不思議もないということを意味している。 なぜなら、彼らの社会にとって、警察という近代西欧的機構は突然にして外部 からもたらされた意味付けしかもたない組織なのである。 では、なぜ政府が観光産業を中心とする外貨獲得政策に、人権を無視 してまで力を入れなければならないのだろうか。ここでは、そのうち代表的な タイの事例を取り上げて分析を試みたい。 タイは1961年に第1次経済開発計画を開始してから、30余年に わたって経済成長計画を推し進めてきた(WIES, 1995:202)。この間、恒常的な 貿易収支の赤字を貿易外収支と資本収支の黒字で穴埋めし、総合収支を若干の 黒字を維持するという体制を維持してきた。しかしながら、貿易外収支のうち、 労働者の海外送金は安定した黒字源とは言い難く、外資の投資収益支払勘定の 支払超過も増大が見込まれるなど、その黒字拡大には限界がある(WISE, 1989:202)とされてきた。そこで重要な貿易赤字の埋め合わせの対象となった のが観光収入であった。(WISE, 1995:19)しかしながら、この大幅な貿易赤字 を招いている原因に目を向けると、それは工業化の進展に伴う原材料・中間財・ 資本財の輸入急増による(WISE, 1995:19)ものであることがわかる。 では、なぜ政府は工業化を推し進めようとするのであろうか。その原 因は、内外の自由市場主義の受益者による圧力によるためである。30年以上 にわたる経済成長政策は、一見タイに目覚ましい経済成長をもたらしているか のように思われているが、果たしてタイはその結果先進資本主義諸国との経済 格差を縮めたと言うことができるのであろうか。タイの対外債務残高は、この 30年間も着実に増加の一途を辿っている。例えば近年だけを見ても、タイの 対外債務残高は1982年の12,197百万ドルから、1993年には45, 709百万ドルへと12年間で3倍近くに増加している(WISE, 1995:22)(WISE, 1989:19)。以上のような現実から明かなように、タイは工業 化を進めようとすればするほど対外債務と貿易赤字を増大させるという結果を 招いている。では、その工業化を中断すれば問題は収まるのか。それは現実的 に無理な相談であるとしか言いようがない。なぜなら、ここまで産業化・工業 化を進めてきた結果生じた多くの内外の受益集団は、タイという巨大な市場と 労働力供給地を手放すことに抗して、現在の工業化・産業化の潮流に逆行しよ うとする動きに対して、様々な圧力を掛けてくることは間違いない為である。
  • 無責任なマスコミ・観光産業による差別・偏見の扇動

    こういった、小児愛好家達を東南アジアへ流入させる、または先天的 な小児愛好家でない観光客をを児童買春へと引き込む原動力として、マスコミ や観光産業を中心とする無責任な差別・偏見の扇動が大きな位置を占めている (O'Grady, 1994(A,B))。 先進国からやってくる小児愛好家達には、児童買春の客となることを 貧しい国の経済に貢献していると誤った認識を持ち、罪悪感どころか慈善行為 をしたという空想にすがる者もいる。逮捕された小児愛好家達は、警察の尋問 に答える際「子供には家族全員が1カ月食って行けるだけの十分な金を渡した よ」と悪びれることなく答えることが多い(O'Grady, 1994(B):49)。また、 タイなど東南アジア諸国について、以下のような意見を口にするも多い。「あっ ちの人間はセックスに全然違った考えを持っているんだ」「こっちの人間と違 い、悪いことをしているという感覚が彼らには全くないんだ」(O'Gradrey, 1994(B):70)。このような事実は彼らの行為を正当化するための虚実でしかな い。このような誤った偏見に基づいた認識は、無責任な報道によってもたらさ れるところが大きいと言えるだろう。 また、間違った認識を扇動するのはマス・メディアのみでなく、児童 買春ツアーによる先進国側の最大の受益者である観光産業であることも多い。 サンディエゴ郊外で『本物の男の中年の危機回復ツアー』を主催していた実在 の旅行代理店のリチャード・ペスタという男は、次のような宣伝文句を使って いる。「この国の女ときたら、やれウーマンリブだのなんだのって、われわれ 男性はもうお手上げでしょ。私は皆様にここで一挙に巻き返しを図っていただ いて、人生における本当の楽しみを取り戻していただきたいのですよ。女性が 独立だの自由だのを要求する現在、男性は大変な苦労を強いられています。だ からこそ私は皆様にタイに行っていただきたい。タイの女性達は女性本来の姿 をまだ見失っていません。つまり女性たる者の第一のつとめは、男性の要求に 応じ、喜びを与えることだと、彼女達はよくわかっているのです。彼女達は特 に皆様のような男性を待っているのですよ」(O'Grady, 1994(B):58)。彼の このような考えーアジア社会は西欧に比べて遥かに性に対して解放的であり、 観光客達は貧しく哀れな子供達に資本のいらない現金を稼がせることによって その国の経済を援助しているのだというような意見は、実は先進国の至るとこ ろで語られている。 交通・情報技術とシステムの拡大がもたらした人・物・情報の越境的 な移動はかくて、強国に属する者による弱小国の恣意的な解釈をもたらしてい る。この児童買春の例にみられるように、移動者は自己の所属社会の道徳的・ 宗教的社会規範から解放された錯覚に陥るが、しかしそれが移動先の社会にお ける道徳感・宗教感に基づいた社会規範に従おうとする意志に代わることはほ とんどの場合ないと言ってよい。上の例に見られるように、彼らは恣意的な空 想の産物としての移動先の社会風習を口実に、際限のない破壊行為や虐待行為 を働いているのである。こういった傾向は、特に強国から弱小国への移動につ いて大きくなる傾向にある。そしてこれを扇動しているのは、上記の例にみら れる観光業界などのように、それによる受益集団なのである。 こういった扇動が、旅行者達をして罪悪感を抱くどころか優越感・偽 善的な満足感をさえ与えて児童買春に走らせているのである。また、通常一人 の子供との関わりは一度の性交渉のみであり、滞在自体が短期間で社会構造の 裏面を考察することなど目的にも、眼中にもない旅行者にとって児童買春の背 後にある犯罪や惨状の事実は限りなく見えにくい。こういった表面的な正当化 と根本的な差別の容認が続く限り、この種の問題の根元的な解決は難しいと言 えるだろう。
  • 小児愛好者を生み出す産業国の社会病理

    こういった小児愛好者たちは、現代の産業文明における社会病理の被 害者であるという一面を持っている。なぜ彼らは、成熟した異性ではなく、子 供達との間に性的関係を求めるのか。しかも、わざわざコミュニケーションの 難しい異国の子供を求めて地球を半周してまで東南アジアの子供達を求めるの だろうか。もちろん、そこには*こういった児童売春がシステム化されている 国々での買春の手軽さ、自国との法的規制・罰則の違い、また旅先での犯罪が 自国での社会的地位に影響を及ぼしにくい、などの違いが影響していることは 確実である。また、次章で考察するようにマス・コミュニケーションや観光産 業による扇動や洗脳も、彼らの東南アジアへの流れに大きな役割を果たしてい る。 小児愛好者は、医学的見地からは性的逸脱であると見なされる (O'Grady, 1994(A):88)。正常に成熟した人間は、元来種の保存のために同じ く成熟した異性を求めるものである筈である。また、こういった小児愛好家の 中には、会話によるコミュニケーションが不可能であるからこそアジアの子供 達との関係を持つことを好むという人々もいる(O'Grady, 1994(B):51)。こう した売春産業で商品として売買されている子供達は、ひとりの人間であると認 識される特性 ー 名前、個性、価値観 ー といったものを全て剥奪された 状態で愛好家達に売られる。名前の代わりにつけられた番号で商品としての価 値を定められ、人間らしい個性や価値観は、日々の虐待によって大抵の場合徹 底的に破壊されている。また、もしもそれらの人間性を保っていた子供がいた としても、それらを表に出すことは、つまり客を遠ざけることとして禁じられ ている。小児愛好家達が、一度関係を持った少女・少年達と持続的な恋愛関係 を持つに至った例は極めて稀にしか存在せず、小児愛好家達は何百人という不 特定の子供達と一度きりの関係を持つことが普通である。ある調査では、小児 愛好家403人が虐待した子供の数は6万7千人に上り、愛好家一人あたりの 平均的な被害者は283人に上ると報告している。このように、有罪とされて 犯罪が社会の明るみに出された愛好家達では、一人が何百人もの子供に虐待を 強いていたという事実がまま見られる(O'Grady, 1994(B):45)。このような状 況は、もはや正常な人間の求める人間性に基づいた人間関係ではなく、精神的・ 心理的な障害をきたしていると見倣すべきである。では、このような精神的・ 心理的な障害はなぜ起こるのであろうか。また、小児愛好家による犯罪は、な ぜ近年になって爆発的に増加しているのであろうか。それは、単に交通・情報 の発達によってそれが可能になったと言う問題のみに限らず、そういった交通 や情報・観光流通のシステムを利用しようという潜在的な小児愛好家による需 要が増大していると見倣すべきなのであろうか。 こういった小児愛好家達の存在は、自己の子供時代の人間関係が正常 に保たれなかった場合に生じると言われている。小児性愛という分野について の学術的研究は、今までのところほとんど例を見ず、小児愛好家の数とその原 因についての研究は、正確な結果を見るには至っていないが、小児愛好家は元 来皆無であったとは言えないであろうが、西欧的な近代化以降激増したと考え られる。ある精神分析家は、小児愛好家と母親との強い情緒的な関係が何らか の影響を持っていると推論している。また、もっとも広く受け入れられている 見解として、小児愛好家となる人々は自己の子供時代に受けた虐待やその他何 らかの影響で、大人や大人の性を恐れる性質があるというものである。このた め、小児愛好家たちは、彼らが恐れるような大人の性格を持たず、威圧感を与 えることのない子供に執着するようになる。正常な人間が10代初期から、最 初は手を握ったり体に触れたりといった段階を踏んで次第に他者との間の大人 の性的関係に入って行くのに対して、小児愛好家の人々は、こういった段階を 経ることがなく、またできなかったがために、子供から大人への正常な発達過 程にしたがって成熟することができず、意識的・精神的な性的発達がある年齢 で阻害された結果となっているために、自分と同じ成熟度を持った相手によっ てではなく、特定の年齢の子供によって完全な性的興奮を得ることができない のだというものがある。これは、彼らが自己の子供時代に満たされることのな かった欲求を、大人になって金と権力によって満たそうとしているという仮設 である。A・ヘロンは、その研究 "Towards Quaker Views of Sex" の中で 「発達初期の様々な経験や養育体験によって、小児愛好家は特に幼年時代の未 成熟な状態に共感を抱く」と述べている(O'Grady, 1994(B)88-86)。 では、こういった小児愛好家たちの大人に対する恐れ・子供時代の経 験とはどのようなものなのであろうか。それには、近代化以降の産業社会にお ける合理化・高速化・人間疎外などの複雑な要因が絡み合い、健全な子供の身 体的・精神的発達を疎外する要因となっていると言うことはできないだろうか。 前近代化の時代における、地域共同体を基盤とした共同作業・共同祭礼を中心 とした社会においては、地域コミュニティー内における様々な世代・両性の間 の交流は日常的に高い頻度で行われた。またこのような社会においては、そう した世代間・異性間の人間関係のあり方は、共同体内において固有の社会認識 として様々な形をとって習得・伝達されて行った。しかしながら、近代化の進 んだ今日の社会においては、国という巨大かつ恣意的な漠然としたものに対し て帰属感を持つように、国家にとってより有益な人物となるように教育・社会 化が施される。このため、人々は目に見える規模の地域共同体に対する帰属感 が小さくなり、または限りなく皆無に近くなり、地理的・物理的に身近に住ん でいる人々は、心理的・精神的には非常に遠い存在となって、物理的近さによっ てもコミュニケーションの対象とはなり得ないことが多い。また、子供達への 教育・社会化は、より高度な産業社会に、より的確に対応できる人間とするた めにと、彼らに合理的・競合的であることを求める。このような教育の場であ る学校は、例え多くの両性の児童・生徒が学ぶ場であったとしても、それが人 間性に基づく豊かな人間関係を学ぶ場であるとは言い難い。また、前近代の社 会において各コミュニティーで重要な精神的カウンセラーの役割を果たしてい たと考えられる土着の医師・祠祭・シャーマン・尊敬を集めた老人などの社会 的役割が、国家による画一化と過度の科学信仰によって剥奪されてきた。こう したことは、コミュニティー内の人間的つながりの脆弱化とあいまって、親に よる児童虐待や児童間の虐めなどの激化を引き起こしているのではあるまいか。 以前ボルネオ島の先住民の村で、昼の間は若い母親達が家々をつなぐ廊下に何 人も集まり、幼い子供や赤ん坊をあやしながら、他愛もない噂話や世間話に花 を咲かせていたのを見たことがある。現代の先進産業国と言われる国々にも、 以前はそのような”井戸端会議”やコミュニティー内の人々の交流の場があっ た。現在の産業化社会ではもはや破壊されてしまった、そういった場で交わさ れる世間話や愚痴の交換があれば、育児ノイローゼや親による子への児童虐待 など、行き場のないストレスのもたらす悲劇は起こようなことはまずあるまい。 現在の産業社会のもたらした、人間性に基く豊かな人間関係を疎外する社会形 態をして、小児愛好家、更に児童買春のような悲劇を生み出しているのである。
  • 児童買春解決へ向けた方策

  • マクロ的アプローチ

    このような児童買春は、決して人間として見逃す子とのできない問題 であり、改善が不可欠である。では、こういった児童買春を根絶するための方 法は存在するのだろうか。その実現可能な対処方法をマクロ・ミクロの両 面からのアプローチによる提案を試みたい。 まず、マクロ的な対処法として、根元的には一元的な西欧産業文明的 近代化の潮流を見直すことである。これには、まず自由市場経済の過度の拡大 を是正するための抑制策が必要である。それには、従来世界の主流を占めてき た西欧的・官僚的な”自由”の尺度とは異なる地域・視点から意見を述べ、提 案をすることのできる研究家やNGOなどの発言力を高め、彼らの意見が取り 入れられ易いシステムを獲得することが必要である。そのためには、そういっ た研究家やNGOで働く人々を要請する教育の充実、また彼らの間の連帯を強 めるネットワークの充実が必要である。そして、それらのNGO活動や社会変 革を目指す動きにとって不可欠な要素として、住民一人一人による参加意識が 重要である。それを生み出す教育やメディアの役割が重要となってくることは 間違いない。 また、責任あるマス・メディアの正確な報道によって多様な視点から 見た差別・偏見の少ない報道が事態の改善のために不可欠であることも確かで ある。その為には、国際間の情報・文化の流れが軍事的・政治的・経済的強国 の意志によって実質的に支配され、決定されている(伊藤, 1993:177)という世 界のマスメディアの現状を是正することが必要である。1980年代後半の世 界において、世界の映画とテレビ番組の総輸出量の約80%はアメリカによる ものであると言われている。こういった強国の価値観と手法に基づく報道が繰 り返されることにより、それらの価値観は正当性を帯び、それに基づいた社会 構造が普遍的なものとしての位置を高め、他の民族・社会の持つ価値体系や社 会構造が抑圧される(津田, 1993:22)可能性が大きくなる。この是正のために は、まず開発途上国側におけるマス・コミュニケーションの技術とシステムの 育成、また世界的報道システムの改善が必要である。例えば、1970年代か ら Comsat ( Communication Satelite Corporation ) や Intelsat ( Internatilnal Space Communication System ) といった人工衛星による国 際的な放送システムにおける規定により、アメリカ合衆国の衛星放送設備の所 有量は常に世界の情報市場において半分を割ることのないように規定されてい るという。このような規定の排除は不可欠である。 また、先進資本主義国内における産業社会における人間疎外の社会状 況改善へ向けた動きも必要である。そのためには、コミュニティーと人間の間 のコミュニケーションの価値の見直し、その交流と組織化の促進のための交流 の場ー公共の空間、交流のための機会の確保などーが必要である。
  • ミクロ的アプローチ

    では、ミクロ的なアプローチとしてはどのようなものが挙げられるだ ろうか。それには、まず先進国側における対応として小児愛好家の人々、また そうなる可能性の高い虐待を受けた児童などに対するカウンセリング、観光業 者に対する変革の要求などがある。 このためには、小児愛好家達を児童を虐待することなく、出きる限り 一般的な社会生活を営んで行けるようなカウンセリングを行う環境・システム 作りが必要である。そしてさらに、観光業者や航空会社に対して児童買春を 扇動することのないよう態度の変革を求める規制や罰則を設けることも 必要であろう。 そしてまた、観光客受け入れ国側においては、売春宿の経営者を罰し、 売春婦・児童達に産業社会の中で生きて行けるだけの職能を教育すること、そ れに必要な環境と条件を実現することが必要であろう。
  • おわりに

    以上に見てきたように、先進国のあり方こそ、その拡大と改善を握る 鍵なのである。我々先進国の市民は、その鍵を握っている。その鍵をいかに使 うかは、我々一人一人の意識と我々の団結した行動に懸かっている。この意識 や行動を決定する重要な要因はマス・メディアや教育によるところが大きい。 一人一人の報道に携わる者や教育に携わる者の責任は大きいと言えるだろう。 我々一人一人のあり方を問い直したい。 このレポートの作成にあたっては、ティースマーヤー・リン先生に貴 重な資料を見せていただくなどお世話になり、また、児童買春問題に取り組ん でいるNGO、ストップ・買春の畠澤さん、エクパット・ジャパン・関西の森 さんにもアドバイスや資料をいただくなどお世話になった。それらの貴重な資 料やアドバイスを充分に生かしきれていないことをお詫びするとともに、ここ に感謝の意を記したい。

    参考文献



    
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  • 児童買春のもたらす影響

  • ミクロ的影響
  • マクロ的影響
  • 児童買春の直接的原因

  • 貧困による原因

  • 先進諸国からの小児愛後者の流入

  • 犯罪のシステム化と越境化

  • 警官・官吏の腐敗

  • 政府による外貨獲得優先政策

  • 児童買春の根本的原因

  • 国家間ヒエラルキーに基づく大国による恣意的な被害

  • 西欧的制度と価値観の強要による社会の歪み

  • 世界資本主義システムによる経済最優先政策の不可避性

  • 無責任なマスコミ・観光産業による差別・偏見の扇動

  • 小児愛好者を生み出す産業国の社会病理

  • 児童買春解決への道

  • マクロ的アプローチ

  • ミクロ的アプローチ

  • おわりに

  • 参考文献