2003年度淡路棚田研究会活動報告
(これは、淡路景観園芸学校の学校報ALPHA2003に掲載されたものです。)


一ノ瀬友博

1.充実の5年目
 淡路棚田研究会は、2003年度で発足以来5年目を迎えた。今年度は、その区切りの年としてふさわしい充実の5年目であった。昨年度から実施されていたPro Natura Fund研究助成を受けた共同研究「淡路島の農村地域のため池群における生物多様性保全に関する研究」が9月末に終了し、12月中旬には筆者が東京都こどもの城で行われた成果発表会で、1年間の研究成果を発表した。この研究成果は、現在印刷中であるが、あとに要旨を示す。また、この共同研究に付随して、多くの研究成果が関係学会で発表され、論文としてまとめられた1年であった。さらに、12月の後半には、昨年度に続けて、インドネシアバリ島において、ボゴール農科大学との共同の調査も実施された。この調査期間中に、昨年度兵庫県の海外研修員として淡路景観園芸学校で研究し、研究会のメンバーでもあったI. G. A. A. R. Asmiwyati氏が、2004年4月よりバリ島のウダヤナ大学で講師として働くことが内定するといううれしいニュースが飛び込んできた。彼女に限らず、この5年間に様々な形で棚田研究会で活動した方々が、その後多方面で活躍しているというのもこの研究会の大きな成果の一つであるといえるだろう。

2.2003年度の活動内容
2003.4.21 第1回研究会
新入生への棚田研究会の紹介
2003.6.9 第2回研究会
共同研究成果報告発表
2003.7.30 第3回研究会特別講演会
講師 Nurhayati H. S. Arifin(ボゴール農科大学農学部講師)
2003.8.23〜8.24 第4回研究会(鳴門合宿)
共同研究成果最終報告会、国営まんのう公園生態園訪問
2003.9.14 淡路島南部棚田見学会
参加者 一ノ瀬友博、松村俊和、石井潤、武林周一郎、山崎佳子
案内者 投石文子(一宮文化会館)、守先均(総務課)、大植和人(普及指導課)
2003.12.11 第5回研究会特別講演会
講師 東淳樹(岩手大学農学部講師)
2003.12.16〜12.26 淡路棚田研究会バリ島調査
調査参加者 一ノ瀬友博、Nurhayati H. S. Arifin、松村俊和、山崎佳子、横川麻子、I. G. A. A. R. Asmiwyati
2004.2.13 第6回研究会バリ島調査報告会
発表者 一ノ瀬友博、松村俊和、山崎佳子、横川麻子

3.Pro Natura Fund研究助成成果
テーマ 淡路島の農村地域のため池群における生物多様性保全に関する研究
メンバー 一ノ瀬友博、美濃伸之、藤原道郎、岩崎寛、森田年則、片岡美和、浅田増美、片野準也、加藤和弘(東京大学大学院)、松村俊和
成果の要旨
 小規模なため池が高密度に多数分布している兵庫県淡路島において、ため池群を中心とした農村地域に成立している生物相を明らかにし、その生物多様性を保全する方策を明らかにすることを目的として調査研究を行った。ため池は、耕作地への農業用水を確保するために、人為的に造成された水域である。よって、人為的な影響、さらにはその変化を抜きにして考えることはできない。本研究では、ため池を含めた農村地域の景観、土地利用変化、農業用水の管理形態といった文化的な側面と、そこに成立している自然的な側面の両面から研究を実施した。まず、文化的な側面の研究の結果、以下のことが明らかになった。水域を単位とした約100年間の景観構造の変化としては、下流域で変化が大きい一方で、上流域ではそれほど変化が見られず、また農村地域に点在する孤立林もそれほど変化していないことが明らかになった。さらに、詳細な集落レベルにおける過去40年間の土地利用変遷の分析の結果、耕作放棄地が増加していること、水田から畑地に転作される傾向が見られること、さらに農業用水の管理形態が土地利用変遷に影響を及ぼしていることが明らかになった。水利組合による農業用水の管理実態についての調査の結果、本研究対象地では非常に狭い範囲でも、異なる管理形態が存在する上に、それらが複層的に絡み合い、非常に複雑な水資源管理がなされていることが明らかになった。
 主に生物相を対象とした自然的な側面の研究の結果は以下の通りである。ため池の水質はため池の地形的な位置にかかわらず、あまり大きな差が見られなかった。これはため池間で複雑な水のやりとりがなされるためである。また、多くの池で大きな水位変動が見られた。トンボ類についての調査の結果、ため池の環境に応じて、出現するトンボ相が変化することが明らかになった。主にイトトンボ類に対して行った標識調査の結果、移動距離は長くても150m程度であった。ため池の提体の草本層においては、提体の上部と下部で、異なる種が出現すること、また上部では外来種の占める割合が高くなることがわかった。ため池内部の付着珪藻については、付着珪藻の種組成が周辺の樹林率と水質に影響を受けていることが明らかになった。ため池を取り囲む水田の畦畔植生についての調査分析では、圃場整備が草本層の種多様性を減少させていること、高茎多年草の優占によって種多様性が減少した畦畔については年数回の刈り取りが必要であることが明らかになった。さらに、クズがアレロパシー効果により草本層の多様性を減少させている可能性が高いことが明らかになった。
 以上の調査研究から、伝統的な水利慣行に支えられてきた多様な環境を持った数多くのため池の存在と一定の農業を通しての人間の関わりがこの地域の生物多様性を維持してきたことが明らかになった。

4.共同研究の成果の公表先
原著論文
岩崎寛・三井雄一郎・一ノ瀬友博 (2003) ため池周縁部に生息するクズ Pueraria lobata Ohwi の光合成特性. 景観園芸研究 4, 1-4.
三井雄一郎・岩崎寛・藤原道郎・一ノ瀬友博 (2003) 環境要因の違いがため池周縁部の植物相に与える影響. 日本緑化工学会誌 29(1), 293-296.
一ノ瀬友博・片岡美和 (2003) 兵庫県北淡町の農村地域における小規模ため池群の水質と水位変動について. 農村計画学会誌 22(別冊), 1-6.
岩崎寛 (2003) ため池周縁部におけるクズのアレロパシー効果と光合成特性に関する基礎的研究. 環境情報科学論文集17,323-326.
加藤和弘・章冬琴・一ノ瀬友博 (印刷中) 淡路島のため池における付着珪藻群集の種組成に関与する要因, ランドスケープ研究 67.
口頭発表・講演・雑文
一ノ瀬友博 (2002) 淡路景観園芸学校における中山間地域研究. 公園緑地 63, 43-47.
岩崎寛・三井雄一郎・一ノ瀬友博 (2003) ため池周縁部に生息するクズの光合成特性と推移の関係. 第50回日本生態学会大会, つくば国際会議場, 茨城県 .
三井雄一郎・岩崎寛・藤原道郎 (2003)ため池における環境要因の違いが植物相に与える影響−兵庫県津名郡北淡町の事例−,日本生態学会第50回日本生態学会大会,つくば国際会議場,茨城県.
一ノ瀬友博・片岡美和 (2003) 兵庫県北淡町の農村地域における小規模ため池群の水質と管理状況について. 農村計画学会2003年度春期大会, 東京大学農学部, 東京都.
浅田増美・一ノ瀬友博 (2003) 兵庫県北淡町五斗長地区における水資源管理の現状と今後の課題. 農村計画学会2003年度春期大会, 東京大学農学部, 東京都.
Asmiwyati, I. G. A. A. R., Kataoka, M. and Ichinose, T. (2003) Interaction of land use change and irrigation pond management system on rice terrace landscape in Hokudan-cho, Hyogo Prefecture. 農村計画学会2003年度春期大会, 東京大学農学部, 東京都.
一ノ瀬友博 (2003) 豊かな自然環境を生かした農村の再生. 第2回農村研究フォーラム, 東京国際フォーラム, 東京都.