淡路景観園芸学校における中山間地域研究
Studies of Rural Area in Awaji Landscape Planning and Horticulture
(これは、公園緑地63号に掲載されたものです。)


姫路工業大学自然・環境科学研究所/淡路景観園芸学校
一ノ瀬友博

はじめに

 淡路景観園芸学校は、1999年4月に兵庫県北淡町に開校した全く新しい形の学校である。学校には、大きくわけて、3つのコースが設置されている。2年間かけて景観園芸の専門家を養成する景観園芸専門課程、主に県民を対象とした生涯教育であるまちづくりガーデナーコース、大学の研究生に近いリカレント教育を行っている景観園芸専門研修である。景観園芸専門課程は、通常の大学院の修士レベルに相当するが、地域の現実の課題に取り組む実践を教育の柱に掲げている。さらに、2002年9月には、園芸療法の指導者を養成する園芸療法課程が加わる予定である。この園芸療法課程は、近年欧米を中心として注目を集めている園芸療法を1年間かけて体系的に学ぶコースで、公立学校としては日本で初めての設置である。
 このように、多種多様な教育プログラムを担うために、淡路景観園芸学校には多彩な教育スタッフがそろっている。すべてのプログラムに、兼務という形で姫路工業大学自然・環境科学研究所の大学教員15名が中心的な役割を果たしており、筆者もその一人である。さらには、淡路景観園芸学校の専任教員であるインストラクターが6名おり、合計21名で、教育を行っている。さらに詳しい情報については、淡路景観園芸学校のホームページ (http://www.awaji.ac.jp) を参照して頂きたい。
 この淡路景観園芸学校が開校した直後、学校が位置する淡路島をはじめ、兵庫県に数多く見られる棚田を対象として、総合的な研究を共同で行おうと発足したのが、淡路棚田研究会である。淡路棚田研究会の活動は、発足から3年を経て、棚田に限らず中山間地域を中心とした研究に広がり、研究対象地も淡路島や兵庫県に限らず、海外にも広がり始めている。本稿では、この淡路棚田研究会の取り組みを紹介したい。

1.兵庫県淡路島の農村地域

 淡路島は面積6万haで、日本で2番目に大きな島である。1985年には、大鳴門橋によって徳島県と、1998年には、明石海峡大橋によって神戸市と高速道路でつながれ、事実上の陸続きとなっている。しかし、農村部を中心とした人口流失には歯止めがかからず、戦後20万人程度いた人口は、昨年16万人を切る事態となっている。
 淡路島は島全体が、瀬戸内式気候に含まれ、温暖で降水量が少ない。特に、淡路景観園芸学校が位置する島北部では、年間降水量は1200mm程度である。また、島北部は神戸層群に属する山地が大部分を占め、平地がほとんど見られない。島南部では、和泉層群に属する諭鶴羽山地が存在するが、山地北側には平地や扇状地が存在しており、温暖な気候を生かした農業生産が盛んである。
 淡路島の農村地域の特色としてまず第一に挙げられるのが、ため池の多さである。もともと、淡路島に限らず、瀬戸内海沿岸部では農業用水を確保するために多数のため池が整備されてきたが、その数で淡路島は飛び抜けている。兵庫県には、日本全国のため池の約20%が存在していると言われている。その約半数2万2千個が淡路島に位置しているというのであるから、6万haしかない淡路島に日本全国のため池の約10%が存在していることになる。兵庫県下では、ため池では播磨地域が有名である。規模が大きいため池が数多く分布しており、その様子は25000分の1地形図でも良くわかる。その一方で、淡路島のため池は規模が非常に小さいのが特色である。例えば、数十m2というようなため池をいくつも目にすることができる。播磨地域のため池は、様々な視点から注目されており、これまでも多くの研究がなされてきたが、淡路島のため池は、圧倒的な数を誇りながらも、その規模の小ささから、これまでほとんど注目されてこなかった。
 淡路島北部では、平地が少ないために傾斜地に多くの棚田が整備されている。雛壇状になった水田と小規模なため池が一定間隔で見られる独特の棚田景観を呈している(写真参照)。地形的な要因から、規模の大きなため池を整備できないために、規模の小さなため池を複数用いて農業を行っているのが一般的である。また、淡路島には、もともと河川が少ないために、淡路島の農業用水の80%以上が天水由来であるとされている。島北部には特に河川がほとんど存在しないので、ほぼ天水に依存している状態である。また、淡路島自体、耕地整備率が低いが、北部ではほとんど耕地整備がなされていないのが現状である。
 淡路島南部では、主に三原平野(地形的には扇状地)を中心として農業生産が盛んである。三原平野における農業生産の特徴としては、多毛作が挙げられる。北部に比べると南部では、比較的降水量が多いために規模の大きなダムやため池を造成し、温暖な気候を利用して多毛作が行われている。作付け作物は、農家や年によって異なるが、稲作後に、蔬菜類、タマネギといった三毛作がなされるのが一般的で、四毛作を行っている農家も少なくない。また、稲作の期間が短いのも淡路島の特徴で、遅い水田では6月下旬に田植えを行い、9月中旬に刈り取りを行う。その後すぐに畑作に切り替わるので、淡路島の耕作地は水田というよりは畑地と言った方が相応しいのではと思うほど、畑地として利用されている期間が長い。
 このような特徴ある農村地域を目の当たりにしたのが、淡路棚田研究会発足のきっかけであった。

2.淡路棚田研究会の活動と成果

 現時点で、淡路棚田研究会は、姫路工業大学および淡路景観園芸学校教員、淡路景観園芸学校学生、県職員、財団職員、海外研究者など、総勢30名以上で活動を行っている。代表は、姫路工業大学斎藤庸平教授、事務局は筆者が勤めている。研究会は以下の5つのグループを形成して、グループごとの研究活動を中心として行っている。括弧内はグループの責任者である。責任者はすべて姫路工業大学教員である。
生物グループ(岩崎寛講師)
景観・観光グループ(山本聡助教授)
技術・計画グループ(斎藤庸平教授)
社会・歴史グループ(望月昭助教授)
地図作成グループ(一ノ瀬友博助教授)
 定期的に研究会を開き、メンバー同士の情報交換を行っている。研究会では、一人か二人が研究成果を発表し、その内容について議論するといった形態を取っている。ただし、学生にとっては、いきなり「研究」というのもハードルが高いという声もあって、適宜学生が中心となった勉強会も開催してきている。この勉強会では、個々の学生が興味を持った事柄について資料を収集し、その内容を報告するという活動を行っている。また、研究会が企画する現地視察もこれまで数回実施している。淡路島内はもちろんであるが、有名な兵庫県加美町の岩座神地区や大屋町の棚田などの視察を行ってきた。
 これまでの研究で得られた成果は、積極的に学会等で発表を行ってきている。成果リストは以下の通りである。
研究論文
Cheng, S., Asada, M. and Ichinose, T. (2001) Topography and the Tazu system of Awajiユs Rainwater Storage Pond (Tameike) ミ a comparison study of the farming social structure in Hokudan-cho and Mihara-cho, Hyogo Prefecture. Landscape Planning and Horticulture 2, 9-14.
森田年則・山野浩嗣・山本祥子・一ノ瀬友博 (2001) 淡路島北淡町の農村地域のため池におけるトンボ相の特徴. 景観園芸研究 2, 51-54.
浅田増美・一ノ瀬友博 (2001) 兵庫県淡路島のため池の分布特性とその管理に関する研究. 農村計画論文集 3, 79-84.
一ノ瀬友博・森田年則 (2002) 兵庫県北淡町の農村地域のため池におけるトンボ類の分布とそれを規定する要因について. ランドスケープ研究 65, 501-506.
松村俊和 (2002) 整備方法の違いが水田畦畔法面植生に与える影響. ランドスケープ研究 65, 595-598.
美濃伸之・中瀬勲 (2002) 多自然居住地域における市民農園の利用実態および利用者ニーズの把握. ランドスケープ研究 65, 879-884.
口頭発表
浅田増美 (2000) ため池台帳から見た淡路島北淡町のため池の実態. 平成12年度日本造園学会関西支部大会プログラム研究発表要旨, 47-48.
松村俊和 (2000) 淡路島北淡町におけるため池の植生. 平成12年度日本造園学会関西支部大会プログラム研究発表要旨, 49-50.
森田年則 (2000) 淡路島北淡町の農村地域のため池におけるトンボ類. 平成12年度日本造園学会関西支部大会プログラム研究発表要旨, 51-52.
一ノ瀬友博・森田年則・山野浩嗣・浅田増美 (2001) 淡路島北淡町の農村地域のため池におけるトンボ類の分布とそれを規定する要因について, 農村計画学会学術研究発表会要旨集(2001.4), 15-16.
浅田増美・Cheng, S.・一ノ瀬友博 (2001) ため池台帳から見た北淡町と三原町の比較, 農村計画学会学術研究発表会要旨集(2001.4), 17-18.
一ノ瀬友博 (2001) DGPSを用いた鳥類センサス手法の検討. 日本鳥学会2001年度大会講演要旨集, 80.
山野浩嗣 (2001) 淡路島北淡町におけるため池の管理形態とトンボ生態の関連性について. 平成13年度日本造園学会関西支部大会研究発表要旨, 57-58.
山野浩嗣・一ノ瀬友博・平田富士男 (2002) 兵庫県北淡町における小規模ため池の環境とトンボ生態の関係について. 農村計画学会学術研究発表会要旨集(2002.4), 7-8.
雑文
一ノ瀬友博・山野浩嗣 (2001) 2000年度淡路棚田研究会活動報告. ALPHA 2, 61-62.

3.主な成果の内容

 これまでに得られている研究成果の中から淡路島を主に対象としたものを簡単に紹介したい。
1) 淡路島のため池と田主
 淡路島では、田主(たず)という独特の名称で呼ばれる水利組合が存在する。組織自体が田主であるが、その構成メンバーも田主と呼ばれる。通常、田主は農業用水の配分を中心としてため池の管理全般を行う。先に述べたように、淡路島内でも北部と南部では、地形や降水量の違いによって、ため池の分布形態が異なっているが、淡路島全体のため池と田主の実態を調べた調査研究 (浅田・一ノ瀬, 2001; Cheng et al., 2001) では、以下のことが明らかになった。まず、淡路島では予想されたように、北部で規模が小さいため池が多く見られ、南部では規模の大きなため池が分布していた。北部では、急峻な地形に数多くのため池が造られていることがわかった。それに伴い、北部では一つの田主が管理するため池の個数が複数であることが一般的で、5個以上のため池を管理する田主も多数見られた。また、田主は少数の構成メンバーで構成されていることが一般的で、2〜3世帯だけで構成されているような田主も多かった。一方で、南部では一つの田主が一つのため池を管理するということが最も多く、田主の構成メンバーは多数にわたり、組合の規模が大きいという特徴があった。さらに、ヒアリング調査の結果、南部では田主の規則等が明文化されており、組織的に運営がなされている一方で、北部では規則等はあまり存在せず、必要がある際には、すべての田主が集まって相談して意志決定している傾向があることが明らかになった。
 現在は、さらに詳細な水の管理と田主の関わりについて調査研究を行っている。特に、古くから淡路島では地形的な制限を越えて水が配分されていることが一般的で、近代になってからはポンプを利用してさらに水のやりとりがなされている。よって、集水域のような地形的なまとまりよりも、ため池を中心とした田主によって決まっているまとまりが見られるために、それがどのような要因によって形成されているのか明らかにしていく予定である。
2) ため池を中心とした農村地域の生物相
 これまで既に、ため池を中心とした淡路島の農村地域で、数多くの生物相の調査研究を行っている。その中でも、トンボ類を中心とした研究では、規模の小さなため池においても、数多くの種の出現が確認されること、ため池に隣接して分布している樹林の存在が出現するトンボ類の構成に大きな影響を及ぼしていること、草刈りをはじめとしたため池における人為的な管理がトンボ類の維持に関わっていることなどが明らかになってきた (一ノ瀬・森田, 2002; 山野ら, 投稿中)。また、特に淡路島北部ではため池の分布密度が非常に高く、それぞれが良好な生態的ネットワークを形成していると考えられる。この春からは、トンボ類の標識調査を実施している。
 松村 (2002)の研究では、水田畦畔の法面植生を水田の整備方法によって比較検討を行った。その結果、非整備地で最も種多様性が高かったのであるが、整備地であってもその整備方法によって、種構成に大きな違いが見られた。表土保全を行った災害復旧地では、非整備地と類似した植生が成立していることが明らかになった。本研究は、今年度もさらに継続して実施される予定である。
 この他にも、現在ため池内の水草、ため池周辺の植生、農村地域内に残存する孤立林の植生、農村地域の鳥相などの調査を既に行っている。さらに、今後両生類などについても調査を行っていく予定である。

4.今後の活動

 研究会も4年目を迎え、成果の蓄積もなされてきている。まだ、成果も分野ごとにばらつきがあるが、本研究会の考え方としては、それぞれの研究グループが別々に成果を蓄積するのではなく、異なる分野の成果をいわばレイヤーを重ねるように統合していくことである。さらに、対象とするスケールもマクロからミクロまで多様である。これらをまとめて中山間地域を対象とした総合研究へと発展させることが、本研究会メンバーの夢でもある。
 さらに、今年度からは海外との比較研究にも取り組む予定である。淡路景観園芸学校は、インドネシアのボゴール農科大学と姉妹校提携を結んでいるが、このボゴール農科大学との共同研究の一つとして、兵庫県とインドネシアの中山間地域の比較研究を今年度から開始する。今年度は、インドネシアのバリ島で合同調査を予定している。ボゴール農科大学からは、農学部造園学講座のHadi S. Arifin博士とNurhayati H. S. Arifin博士を中心として、その他のスタッフ、学生が参加する予定である。
 上記の共同研究を含め、今年度取り組もうとしている研究課題は以下の通りである。
・衛星データを用いた広域的な水田環境のモニタリング
・畦畔法面植生の多様性と埋土種子の構成について
・ため池と水田におけるトンボ類の分布と移動について
・ため池の微気象と植物の分布特性
・棚田景観の景観タイプ区分と景観ポテンシャル評価手法の開発
・農村地域における景観植物とその緑化手法について
・バリ島における棚田景観保全に果たす条例の役割
・淡路島やバリ島に特徴的な伝統的な水利組合と潅漑システムについて
・江戸時代の測量地図に基づく過去の土地利用の復元
 最後になるが、淡路棚田研究会を中心とした中山間地域研究には、研究者かどうかにかかわらず、誰でも参加可能である。また、同様の研究を行っている方々との意見交換も積極的に行っていきたいと考えている。これまでも研究会には多くのゲスト参加を頂いている。ご興味をお持ちの方は、是非筆者 (ichinose@awaji.ac.jp) までご連絡いただければと考えている。