電子情報通信学会 第1回福祉情報工学研究会

1999. 11. 5.

障害者対応マルチメディアシステムの研究開発について

Report on the Project of the Research and Development of Multimedia System for Disabled

安村通晃 (慶応義塾大学・環境情報学部)

E-mail: yasumura(at)sfc.keio.ac.jp
Michiaki YASUMURA, Keio University, Faculty of Environmental Information

abstract

 障害者のコンピュータ利用のニーズが高まる中、一方で進展するマルチメディアなど が逆に障害者の情報バリアとなっている側面も否めない。このような点に対処するた め、通産省工業技術院の下のNEDOの委託研究として、 「障害者対応マルチメディアシステムの研究開発」のプロジェクトが 1994年度から1998年度にかけての5年間実施された。 ここでは、この研究開発がどのような背景の下で始まり、 どのような体制で研究が行われ、その結果どのような研究成果が 得られたか、また、今後の課題は何かについて、その概要を報告する。


§1. はじめに

 近年のマルチメディアやコンピュータネットワークの発展と普及は、障害者の 活動の可能性を押し広げると同時に新たな情報バリアを作り出しつつある。 特に視覚障害者の場合、たとえば、GUI(Graphical User Interface) の普及は 新たな情報障害を引き起こすものであり、これを克服する技術開発が 強く要請されていた。

 このような状況下で、1994年度(平成6年度)より、通商産業省 工業技術院 産業科学技術研究開発制度(医療福祉機器技術開発研究計画)に基づき、 新エネルギー・産業技術総合開発機構 ( NEDO: New Energy and Industrial Technology Development Organization) の委託(図1参照)により始まったのが、 「障害者対応マルチメディアシステムの研究開発」プロジェクトである。 5年間の計画で、昨年度(1998年度)完了した。研究開発の母体として、 日本電気、日本IBM、日立製作所の三者が担当することになった。 筆者はこのプロジェクトの開発委員会の委員長を勤めてきた。

 ここでは、このプロジェクトがどのような背景の下で始まり、 どのような体制で研究が行われ、その結果どのような研究成果が 得られたかについて、その概要を報告する。

産業科学技術研究開発制度の仕組み
図1 産業科学技術研究開発制度の仕組み


§2. 障害者とコンピュータ

 従来コンピュータの利用があまり進んでいなかった頃、 障害者のコミュニケーションや活動のテクノロジーとしての支援と しては、点字、手話、車イス、白杖などごく限られた機能のものしか なかった。デジタルテクノロジー、特に、コンピュータと インターネットの出現は、障害者の情報交換や活動支援に 大きな可能性を開いたといえる。 たとえば、電子化され音声合成によって読むことが可能となった電子本は、 点字本に比べて物理的な制約が大きく減少し、同時に、 点字が読めない障害者にも朗読なしで自分で読める可能性が大きく広がった。 さらに、インターネット上でのメールやWEBなどにより、その場にいながら、 ある程度の障害を乗り越えた情報交換が可能となった[4]。

 一方で、コンピュータを使用すること自体が、新たなバリアになる こともある。たとえば、指や手に障害を持つ者にとって、 キーボードやマウスは使いにくい存在である。 これに関しては、ソフトやハードなど様々の工夫によって、 そのバリアの克服が可能な場合が少なくない。

 視覚障害者(特に視力ゼロの障害者)にとって、 テキストベースのシステムでは従来、画面を音声読上げソフトを用いることによって コンピュータを利用することが可能であった。ところが、 ウィンドウシステムを特徴とするGUI(Graphical User Interface) の登場は、再び、視覚障害者にとって、コンピュータは突然使えない 存在になってしまった。特に、一般ユーザーにとっては、文字ベースの MS-DOSに代って、Windowsが登場したことの衝撃は大きい。

 アメリカでは比較的早くにこのようなウィンドウ画面を音声で 読み上げるシステム(スクリーンリーダーと呼ぶ)が作られていた[5]。 日本では、少なくとも1993年の時点ではこのようなスクリーン リーダーは存在しなかった。 また、マルチメディアがこの頃から急速な進展を見せ始め、これに 対しても障害者が適切に対応できるようなシステムの研究開発が 強く求められることとなった。 このような背景の下に、前述のような工業技術院の下のNEDOの 資金による「障害者対応マルチメディアの研究開発」がスタートしたの であった。


§3. 研究開発の目標と概要

 1994年から始まった「障害者対応マルチメディアシステムの研究開発」 は、当初5年で5億円の予算で研究が始まった。その研究目標として、 「マルチメディアを利用し、視覚障害者がGUIの環境に容易にアクセス できるようにするためのハードウェア及びソフトウェアを開発すること」 と極めて明確であった。

 研究開発の参加企業は、日本電気(NEC)、日立製作所(日立)、日本IBM(IBM)の 三社である。 研究開始以前では、研究のサブ目標として、 次の7項目が具体的研究目標として挙げられていた。

  1. ウィンドウへの非視覚的アクセスシステム
  2. 視覚障害者専用グラフィックエディタ
  3. 点字サウンド付統合マウス
  4. サウンド/音声装置
  5. 文書レイアウト表示システム
  6. メディア変換層
  7. トータルシステムの開発
基礎的検討を進めるうちに、次の3つの具体的研究目標に 収斂していった。(カッコ内は担当)
  1. 非視覚的GUIシステム(NEC)
  2. 3次元音場利用情報提示システム(日立)
  3. 非視覚的メディア変換システム(IBM)
この他に、トータルシステムの開発が最終年度までに行なうことになった。

 具体的な研究内容については、各社毎の報告[1〜3]を参照して欲しいが、 大まかにいうと、 1は、基本的にはWindowsの音声による読上げ(スクリーンリーダー) と触覚を用いた直接操作型の画面情報提示システムの研究開発がその内容である。 前者は純粋にソフトウェア開発であるが、後者はハードウェアの開発も伴うもの である。 2は、3次元音場を生成するハードウェアを独自に開発し、その 上で、立体音場を利用したアプリケーションを開発するという内容である。 3は、当初は様々な身の回りの日常物から請求書のような非定型 文書まで簡単な画像認識をして読上げを行なうというアイデアも出されたが、 実際には、週刊紙などの雑誌を対象とした非定型文書の読上げシステムの開発が その内容である。

 に、開発委員会の構成についてであるが、 従来このような委員会は単に学識経験者だけになりがちであるが、 今回の研究開発が「障害者対応」を唄っている関係も あり、障害者自身の方々にも複数この委員会に参加して頂いた。これは、 非常に大切なことであり、実際、開発委員会の中でも、ユーザーの立場からの 厳しい意見やコメントが出たことは、このような研究開発にとって大変 意義があったと思う。

 この研究開発においては、研究期間の長さが一つの問題となった。すなわち、 情報技術という大変変化の激しい分野において、5年間という期間はあまり 長かった。 たとえば、非視覚化の具体的対象となったパソコンのWinodwsシステムは、 開発当初のWindows3.1から、開発の半ばの1995年にWindows95へと、さらに 最終年度の1998年にはWindows98へと、3度も変ってしまった。 また、研究開発期間が長期にわたると、当然、その間に類似の研究開発 が現われることになる。たとえば、現在、製品にもなっている 95Reader[39] がその例である。

 研究期間が長かったこととも関係はあるが、研究費の総額が当初は5億円 の予定でスタートしたが、途中で見直しが入り3億円に減額された。 これにより、直接的には研究開発計画の修正を余儀なくさせられると 共に、間接的には研究開発に従事している企業の研究スタッフの意欲を、 気持の上ではあるが、減退させることにもなったのは残念であった。

 この研究開発の結果、最終年度までに、次のものが研究成果物として できあがった。

非視覚的GUIアクセスシステムは、Windows95の画面を論理的に読上げるソフトウェア (スクリーンリーダー)と16×16のピンディスプレイを備えた可動式直接画面読出し ハードウェアと二つの大きな成果物に分けられる。3次元音場利用情報提示システム は、3次元音響生成ボードとそれを利用したWindows操作システムである。 光学的メディアリーダーは、雑誌などの非定型文書をOCRを用いて読上げる ソフトウェアである。 個別のプロトタイプの詳細については、それぞれの報告[1〜3]を参照して欲しい。 トータルシステムのハードウェア構成を図2に、また、ソフトウェア構成を図3に 示す。

トータルシステムのハードウェア構成
図2 トータルシステムのハードウェア構成

トータルシステムのソフトウェア構成
図3 トータルシステムのソフトウェア構成

 それぞれのプロトタイプに関して、実際のユーザーに使って貰っての評価実験も 行なわれた。


§4. 今後の課題

 今回の研究開発は、障害者、特に視覚障害者の置かれている状況からの 実質的なニーズに基づく研究開発と、やや先を見た研究開発との両方の要素が 含まれている。前者に関しては、できるだけ早く製品化ないし一般公開をし、 実際のユーザーに早く使って貰えるして欲しいと願っている。 後者については、完全な実用化や製品化は難しいものもあるが、 ここで得られた技術や知見をできだけ広く社会に還元すると同時に、 少しでも実用化に向けての試みを続けて欲しいと思う。


§5. おわりに

 「障害者対応マルチメディアシステムの研究開発」に関して、研究の経緯や 状況を述べた。今回の研究開発により、具体的な成果物と共に 福祉機器の研究開発の分野である程度の貢献ができたのではないか とは思うが、今後ともこの分野でやるべきことはまだまだ多い。

 わが国でありがちな技術の囲い込みではなく、できるだけオープンな形で 研究成果を共有すべきであり、また、研究そのものが自己目的化することなく、 障害者の立場に立ったシステムの研究開発を今後とも推進してゆく必要がある と痛感している。


謝辞

 研究開発に従事された方々、開発委員会に参加され熱心に討議をされたすべての 方々に感謝したい。


参考文献

  1. 岡田世志彦, 兼吉昭雄, 障害者対応マルチメディアシステムの開発 〜非視覚的GUIアクセスシステム〜, 電子情報通信学会 福祉情報工学研究会 第1回研究会, Sep 1999.
  2. 菅原一秀, 障害者対応マルチメディアシステムの開発, 〜光学的メディアリーダ〜, 電子情報通信学会 福祉情報工学研究会 第1回研究会, Sep 1999.
  3. 在塚俊之,高橋久,助田浩子,永松健司,畑岡信夫, 障害者対応マルチメディアシステム 〜三次元音場利用情報提示システム〜, 電子情報通信学会 福祉情報工学研究会 第1回研究会, Sep 1999.
  4. 安村通晃、ネットワーク環境におけるアクセシビリティ、 アクセシビリティ No.8、Aug 1998.
  5. 石川 准, GUI用スクリーンリーダーの現状と課題:北米と欧州の取り組みを 中心に, 情報処理, Dec 1995.
  6. 井関 治,小出昭夫,畑岡信夫, 障害者対応マルチメディアシステムの開発, Pin, Vol.16, p.68-71, 1995.
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  10. 岡田世志彦,山中克弘,兼吉昭雄,井関 治, 視覚障害者支援ツールCounterVision のGUIアクセス方式, 情報処理学会第68回ヒューマンインタフェース研究会, 96-HI-68, p.39-46, 1996.
  11. 山中克弘,岡田世志彦,兼吉昭雄,井関 治, 触覚ビンディスプレイ付きポインティングデバイスの提案, 第12回ヒューマンインタフェースシンポジウム, HIS12-1212, p.63-66, 1996.
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  13. Okada,~Y., Yamanaka,~K., Kaneyoshi,~A., Iseki,~O.,~CounterVision, A Screen \\Reader with Multi-access Interface,\\ CSUN97 Technology and Persons with Disabilities, 1997.
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