SFC 清水唯一朗研究室

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研究関係
2020年1月29日
台湾総選挙見聞録(4)台北の夜(1月10日)


(民進党の「凱道大造成」。2本の星条旗が振られていた)

 9日夜に国民党の、10日夜に民進党が総統府の前で行う最終キャンペーン「凱道大造成」を見てきました。
 
 (以下の文章は、ひょんなことから台湾と長くお付き合いすることになった日本政治史研究者の見聞録です。台湾政治の専門家ではない筆者が、ごく雑駁な印象をメモとして記したものです。ご了承ください)。
 
 台湾の総選挙では、最終日の夜に台北市の凱達格蘭大道で大規模な最終キャンペーン「凱道大造成」が行われる。両側10車線で正面に総督府が鎮座し、北側は二二八公園に面するこの場所は、建国記念日である双十節などの国家行事や政治的なデモなどが行われる象徴的な空間となっている。4年前の総選挙では国民党政権下にあったにも関わらず民進党が選挙戦最終日にこの場所を抑え、強い雨のなか、勝利を確信したひとびとの熱狂的な声が上がっていた。
 今回は9日に国民党の、10日に民進党の「凱道大造成」が行われ、国民党の最終キャンペーンは韓国瑜候補の地元である高雄で行われた。
 

(9日夜、国民党の「凱道大造成」。開始直後から人が溢れ、会場に近づけない)

 まず9日の国民党・韓国瑜陣営の「凱道大造成」から見て行こう。台中から新幹線で台北に入ってホテルに荷物を置き、急いで会場に向かった。このとき、17:30。すでに最寄りの駅は支持者で溢れかえり、会場に近づくことすらままならない。周りの人は中華民国旗を振り、同じ赤・青・白の配色の帽子やシャツを着た人がとても多い。一度諦めて食事に向かい、20:30に再び会場に入った。
  

(国民党の「凱道大造成」。鼓笛隊の姿も。とにかく大音量の集会だった)

 ものすごい盛り上がりだ。民進党を批判するシュプレヒコールが唱えられ、耳をつんざくホーンの音があちこちで鳴り響く。三国志を思わせるような「韓」の旗がなびき、鼓笛隊もいる。意外だったのは、若者が多くいたことだ。話を聞いてみると、中国との関係が悪化していることで仕事がなくなる不安がある。20世紀は国民党の経済政策により台湾は高度成長を遂げることができたのだから、その時代に戻すべきだという。経済は堅調に成長しているが、とりわけ地方では雇用の不安は大きな要素になっているようだ。
 

(韓候補が登壇した際のようす。強い支持が感じられた)

 韓候補が登壇すると、会場は熱狂に包まれた。今回選挙では世論調査をめぐって様々な空中戦が続いており、いずれの陣営も状況を明確に読めずにいると聞いていた。しかし、ここに集まっている支持者は確実に勝利を確信しているようだった。なにより、韓候補個人の人気が凄まじい。驚いたのは候補の息女が高い人気を誇っていることだった。民進党の蔡候補が独身があることとの差別化だろうか。
 今回、4年前に続いてもう一度台湾の選挙を見てみたいと考えた一番の理由は、いつもは冷静で穏やかな紳士である知人たちが口を揃えて韓候補を強く批判するのを聞いたためであった。彼らをそこまで激高させる候補者は一体どのような人物なのかを知りたかった。この熱狂ぶりを見て多少なりとも理解できたように感じた。
  

(民進党の「凱道大造成」に向かうべく集まった呉候補の支持者(一部加工))

 10日夜に行われた民進党の「大造成」は、前日の国民党とはかなり趣が違った。呉怡農候補の選挙対策本部で得た情報に従い、夕方5時に中正紀念堂前にある自由広場に向かった。先刻、選対本部で見かけたスタッフが「18+」と書かれたハチマキと頭巾を配っている。配布の列に並んでいる方の年齢は幅広く、子連れの家族も目立った。
 選挙権年齢の引き下げについて聞いてみると、革新的な政策との評価が多かった。日本では3年前に実現しているが、若者の政治への関心はなかなか高まらないと伝えると、意外な顔をされた。「若者は政治に関心がない」というのは日本に特化した問題ではなく、世界中に共通することであり、台湾でも問題視されている。日本と台湾が特殊なのは高齢者の投票率が極めて高いという点だ。もっとも投票率が高いのは77歳というから驚きだ。
 

(自由広場近くで「1.11 回家投票」を呼びかけ、ステッカーを配る青年(一部加工))

 そうした中で、若者の支持者が多い民進党が盛んに訴えていたのが「回家投票」、すなわち、学校や職場から実家に帰って投票せよというものである。民進党優位の報道がなされると、「自分が投票に行かなくても問題ない」という気分が生まれる。これを危険視するキャンペーンだ。台中の洪候補の事務所には「回家投票」と書かれたハチマキがたくさん置いてあった。
  

(民進党の「凱道大造成」序盤、壇上に上がった若者たち。どこから帰ってきたかを書いたカードを持っている)

 キャンペーン冒頭でも「回家投票」を訴える短編が巨大スクリーンで流された。世界各地にいる台湾の青年が、それぞれの街から投票のために帰ってくるというストーリーである。そして、実際にステージの上に世界中から帰国した若者たちが続々と登壇していくという演出が取られた。
 前回選挙までは、大学の期末試験期間と投票日が重なっているため投票に帰りにくいという恨み節が聞かれた。今回、政府は各大学に通知し、投票日以前に期末試験が終わるように努めたという。民進党政権ならではの大きな変化といえるだろう。
 キャンペーンは終始穏やかに進んだ。もちろん、大音量で演説が流れ、歌手が歌い、旗が振られるのだが、昨晩のような強烈な印象はなく、穏やかな一体感がこの場所を包んでいた。4年前のようなガツガツと勝利を掴みにいくムードでもない。スクリーンに映し出されるステージのようすを見ながら、皆が歓談している。「2020、台湾要贏!」(2020、台湾勝つぞ!)と書かれた緑の旗を振るが、服装は昨日と違っていたって普通だ。なにより、昨晩はそこここで響いていたホーンの音がほとんどしない。勝者の余裕なのだろうか。
 

(民進党の「凱道大造成」中盤、国民党時代の赤字体質、民進党の財政均衡を論じる蘇院長)

 そんな様子がただ一度変わったのは、蘇貞昌行政院長が登壇して、香港の窮状を訴え、それを台湾の民主化の歴史と重ねながら国民党時代の圧政を訴えた時だった。蘇氏は民主化運動の象徴として知られる美麗島事件の弁護士として知られる民主化のアイコンでもある。この時は空気が大きく変わり「今日の香港、明日の台湾」というフレーズが強く繰り返された。
 このムードで情を惹きつけたあと、蘇院長は蔡英文政権の実績を国民党政権と比較するかたちで次々と論じあげていった。財政の均衡、豚コレラの流入阻止、子育て支援策の充実、高い経済成長率、対米関係、、、そのたびに称賛の声が上がる。
 

(蔡候補・頼候補が登壇。熱気に包まれる会場。50万人が集まったという)

 そして、南部からそれぞれのルートでキャンペーンを続けてきた蔡候補と頼清徳副総統候補が壇上に上がると、会場は「総統好!」の声で包まれた。学者肌で地味と評され、昨年初めには党内予備選挙で頼氏に敗れるのではないかと噂された蔡氏だが、その地味さが堅実さと映り、この穏やかな会場の雰囲気を生み出しているように思われた。
 

(携帯のライトをペンライト代わりにして左右に振りながら歌う支持者たち)

  
 <台湾総選挙見聞録(5)投票日当日 に続く>