[Xanalogically Asked Questions]


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House of Wisdom




関連ProjectとしてProject Xanaduのページからリンクをもらっています。(Xanadu Australiaのトップページからです。)

[XaQ/ Japanese Index]
プロジェクト・ザナデゥに関するマテリアルのFAQです。
テッド・ネルソン(Ted Nelson)氏及びザナドゥ・プロジェクト(Project Xanadu)に関してはコンピュータ史上極めて重要な存在であるにもかかわらず日本語であまり広く知る機会がありません。氏が提唱した「ハイパーテクスト」("Hypertext")という概念は今日幅広く知られるところになりましたが、その存在は今なお誤解されているという部分も大きいです。日本語でこれらのテーマ・問題領域について知る機会を持てればと 思ったのがそもそものきっかけです。氏の構想があってTim Bernerd LeeによるWorld Wide Webの開発がありました。しかしそれは本当に1歩目に過ぎず、Project Xanaduの成果は後世に評価されることと思います。
吉田悠樹彦,yukihiko@xanadu.net

[テッド・ネルソン氏の概略的な歴史]
1937年米国で生まれる。彼の父は「ソルジャー・ブルー」で知られる映画監督ラルフ・ネルソンで、母は女優セレスト・ホルム。
1955年ペンシルバニア州スワースモア大学に入学し哲学を専攻。
1959年に卒業し、ハーバード大学大学院の社会学修士課程に進む。
1960年ヴァネバー・ブッシュの「われわれが思考するごとく」という論文に触発され、ザナドゥ・プロジェクトを開始する。
1963年修士号を取得。
1963年「ハイパーテキスト」という言葉を作る。
1967年「ザナドゥ」を提唱。
大学院卒業後は、イルカの研究をしたり、ニューヨーク州ポーキープシにあるバッサー大学で社会学を教えたり、軍のテキスト・システム開発に参加したり、ブラウン大学のテキスト・プロジェクトに携わった。
1973年イリノイ大学で教職に就く。
1974年に「コンピュータ・リブ」という本を自費出版する。パーソナル・コンピュータとネットワークの概念はすでにここで指摘。
1977年「ホーム・コンピュータ革命」
1981年「リテラリー・マシンズ」を自費出版する。(後にみな商業出版されている)。
1999年8月ネルソンはザナドゥのソースコードを公開すると発表。
現在、英国サザンプトン大学マルチメディア客員教授)
[Hypertext,Project Xanaduの歴史]
テッド・ネルソン氏は学生時代の自分のヒーローはウォルト・ディズニー、オーソン・ウェルズ、そしてバックミンスター・フラーであったと述べています。(ハーバード時代にはフラーの講義にも出席していました。)
テッドがハイパーテクストの原点にあたる発想を思いついたのは5歳の時に水遊びをしていたときでした。その時に水で遊びながら世界のものが相互につながっているということを思ったそうです。その後、大学で彼は哲学を学びました。その時に哲学的に相互の人がつながった認識を持っているという内容の論文を書きました。修士に進みコンピュータにふれた時、彼はプリントメディアの「限定された閉じたテクスト」ではない、無限に開かれた広がったテクストについて直感的に感じたそうです。そして修士の時代に異なった人のアイデアが相互につながっている世界について考え出します。ハイパーテクストの原点は彼の子供の頃の体験、大学時代の論文、そして修士での着想という形で育まれてきました。(一連の内容については慶応大学に彼が提出した博士論文「Philosophy of Hypertext」に収録されています。)
「ハイパーテクスト」の原点はテッドがハーバード大学の修士時代に開発したプログラムです。(最初の設計/1960年)「ハイパーテクスト」という言葉を思いついた瞬間については、「多くの人が自分に聞くが覚えていない」と本人は述べています。同大学の博士課程を受験するも夢がかなわなかった彼はジョン・C・リリーの研究室に1年いるなど転々とする日々を送ります。1965年に行われた3番目の設計において、オリジナルのデータを引用するように組み替えて表記するこのプログラムは評価を受けました。テッドはACMの全国大会で取り上げられ、リンカーン研究所で行われたパーティーにも呼ばれたそうです。(三番目の設計/1965年)しかしやがて人々の関心は他にうつっていきました。そしてバッサー大学で社会学の講義を持つことから出発しました。
90年代に発表された”THE FUTURE OF INFORMATION”という著作では当時を回想して、「60年代にコンピュータに向かって『ワード・プロセシング』などを構想したエンゲルバートや私はとてもCrazyな存在だった」と述べています。その後ブラウン大学ハイパーテクストプロジェクトに関与します。
その後自費出版をした名著「コンピュータ・リブ」(1972年)で注目を集めたあと、自らの構想を実現するべく「ザナドゥ・プロジェクト」を1978年にスタートさせます。当初は学会からも産業界からも相手にされず、(自らも述べているのですが)「カルト」と言われた存在でした。ザナドゥ・ハウスと言われた建物で最初の開発グループが仕事をした日々については名著「リテラリー・マシン」に良く描写されています。80年代にプロジェクトは危機を迎えます。その後プロジェクトはなんとかもちこたえ90年代に入ります。この80年代にテッドは「ある日突然『ハイパーテクスト・ハイパーメディア』という概念の提唱者として有名になっていた」という経験をすることにもなります。スティーブ・ジョブス/スティーブ・ウォズニアックによって生み出されたマッキントッシュやビル・アップルトンによるアプリケーション「ハイパーカード」などが世に生まれたのも80年代です。90年代に入り伝説的なプログラマーでありCADの制作者として知られるジョン・ウォーカーの会社AUTODESK社がプロジェクト・ザナドゥの成果一部に出資をしたこと非常に注目を浴びました。しかしAUTODESK社から出資を打ち切られてしまい、テッドはそのころ北海道大学のハイパー・ラボから呼ばれた事もあり日本に渡ります。そして慶応義塾湘南藤沢キャンパスで教鞭をとったあと、現在はイギリスの大学で教職を持っています。
80年代の後半にCERNでデータベースの研究をしていたティム・バーナード・リーはWorld Wide Webの開発を手がけます。(当初はNeXT Step上で軌道をし、画像を表記することができませんでした。)ティムはデータベース上でデータを「融合(merge)」するのではなく「リンク」させることが彼の研究の焦点であり、当時はなかなか理解してもらえなかったと述べています。そしてイリノイ大学のスーパーコンピューティングセンターがNCSA MOSAICをリリースし、画像を表記できるブラウザーNetscapeが生まれ、無数のブラウザーやJAVA言語といったプログラミング言語が生まれる現在にいたっています。これらもプロジェクト・ザナドゥの挑戦の結果、シーンに生まれてきたものと考えることができます。
伝説的なプロジェクトと言われ、その存在もベールに包まれていたプロジェクト・ザナドゥもオンラインになることで、オープンに誰もがコンタクトをとれるようになってきたと思います。かつてソースが秘密として開発されたコード、Udanaxをオンラインでリリースしたり、メーリングリストや掲示板で議論ができたりと議論・成果の享受をオンラインを通じて行うことが可能になってきています。またローカル化も行われるようになり、オーストラリアにはザナドゥ・オーストラリアが誕生するに至っています。プロジェクト・ザナドゥは、ネットワークベース・コミュニュティベースになってきているのではないかと思います。

[Xanalogical Worldを理解するために]
Xanalogical World(Paradigm)は独自な世界を持っています。理解するためには幾つかの基本的な考え方の理解が必要です。
[Keywords]
--[日本語で手にはいる文献]
テッド・ネルソン,竹内郁雄 斎藤泰己 訳,「リテラリー・マシン」,ASCII出版,1994
伝説的なプログラマーの1人であるNTTの竹内さんが翻訳しています。
FYI:竹内郁雄 研究室

黎明期といえる1960年代から情報社会論がメジャーになる1990年代まで、アメリカ西部を中心とする様々なコミュニュティ(時にはコミューン・実験的共同体も含む)では情報基盤をどのように社会に取り込むかという事が模索されてきました。
スチュワート・ブラントハワード・ラインゴールドによって生み出された"Whole Earth Review"、シリコンバレーやWELL("Whole Earth eLectoric Link:Whole Earth Reviewのオンライン版)のような存在がその存在を支えてきたのはいうまでもありません。アメリカではすでにデイヴィット・ボルターの手による優れた人文科学からコンピュータをとらえる試み(「チューリング・マン」「ライティング・スペース」など)が70年代に発表されています。作家・学者・アーティストを問わず新しいメディア・新しい社会を考えそれを<普段なき実験国家><問題発見・解決型コミュニュティ>としてのアメリカ合衆国で生み出したことが今現在をつくっていると思います。未来を感じるオリジナルの発想・成果が様々な領域に生まれたのもその結果ということができます。Xanaduをめぐる人々の流れ、つながりを透析していてもそのようなことを感じます。Xanaduの成果を日本におとしこみながら、模倣や輸入ではない独自の発想を生み出すことが今を生きる私たちの課題であるといえます。

--[XaQ]ver1.0

[関連リンク]
[ミラーリング]
プロジェクト・ザナドゥの研究成果のミラーリングをしています。
Xanadu Projectのサイトとudanaxのソースコードのミラーをしています。
Japan Mirror
Udanax.comとXanadu Australiaのサイトからはリンクをされています。
[相互リンク]
Yukihiko YOSHIDA webpage
[謝辞]
このページを書くに当たってプロジェクト・ザナドゥのチームメンバーである、Ted Nelsonさん,Marlene Mallicoatさん,Andrew Pamさん,Edward Harterさん、資料提供をいただいた西和彦さんに感謝をします。
福冨忠和さんは日本IBMの社内誌であるIBM Users(2002年5月号)に掲載された「万物はリンクをしている」という記事においてこのページを紹介して下さいました。心から感謝を申し上げます。

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