| 30517 | 返信 | Re:南京の(国民政府軍と国民解放軍etc. | URL | gaji | 2004/11/01 00:57 | |
| inti-solさん > > 「いきなり侵略」したといえるのでしょうか。1900年、義和団事件鎮圧のためにイギリスやフランス他8カ国の連合軍の一軍に日本軍も参加。その後の日本軍の駐留というのは租界内の日本人保護のためであって、それは清国政府や支那政府承認のもとでの駐留ですよ。 > > その後、様々な事変を経て盧溝橋事件以降はとうとう激しい戦闘に突入してしまったわけですね。 > > この文脈の中で、「いきなり」かそうでないかはまったく些細な問題であるように感じます。 そうですか。。 >確かに日本の侵略は「いきなり」ではないけれど、いきなりでなければ侵略は許されるのですか? あの、、ちょっと考えてみて下さいませんか。 「確かに日本の侵略」とおっしゃいますが、軍の「駐留」=「侵略」ではないですよね。 話が飛びますが、 例えば、(gaji的には不本意ながら)現在の日本には米軍が駐留しています。けれど、これをもって米国の「侵略」とはいえませんよね。戦勝国ではなかった国のウイークポイントかと思いますが。。他国の軍の駐留はないに越したことがありません。キッパリ。 ですが、残念ながら米軍基地はあってしまいますし、沖縄の少女が強姦されたりもしています。 > 租界というのは、そもそも侵略の一形態であるわけです。20世紀初頭のイギリスやフランスは、文字通りの侵略国です。そして、その尻馬に我が国も乗ってしまった。それを清朝や中華民国政府が認めたのは、北清事変などで屈服させられて逆らうことができなかったからです。 そうですね。 > で、それにしても上海という都市一つをまるまる占領し、さらに200km以上も離れた首都(直前までの)南京に進軍するという行為が「租界内の日本人保護」などという文脈で正当化可能とは、私にはとうてい信じがたいことです。 なぜでしょうか? 「南京進軍」は、当時「南京」が国民政府の首都だったからです。首都を攻略することで、血生臭い戦闘に終止符を打てると思ったからではないのでしょうか。(but、それは誤算で、泥沼になってしまいましたね。。) 上海での攻防は互いに苦戦・熾烈を極めてたわけです。蒋介石の軍にはドイツの援護があったわけですし。でも互いに死者ばかし増産してどうするのでしょう。。 それで「カナメ」を撃つしかなかったのでは? それが、首都・南京攻略だったと思います。 > > その八路軍が、盧溝橋事件の引き金を引いたという説もありますが。 > > あなたの引用した文章にすら「確証がない」と書いてあるようですね。南京大虐殺の証拠だったらどうでしょう。「虐殺が行われたとの記述があったといわれ、信じる人も多いが、いずれも確証がない。」って文献を見て、あなたは「ああ、南京大虐殺は事実なんだな」って信じるのですか? いいえ。 でも、山中貞雄は病死しましたが、無事生還でき、『東京物語』等の映画をつくった小津安二郎が、南京で、暴虐のかぎりを尽くした日本軍のひとりだったとは、とても思えません。 |
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