30575 返信 上海氏は「敗退」したのか否か。 URL 八木沢 2004/11/03 23:31

 日本国の国旗が日の丸であり国歌が君が代であること自体に何の疑いをも挟む余地はなく、また国際儀礼として自国のそれも他国のそれも尊重しなければならないのでそれを身につける機会があることは大いに望まれるが、学校の卒業式というのはそれにもっともふさわしくない場である。学校というのはいろんなものを陳腐化してしまう恐ろしい機能を持っており、私は合唱大会のために中島みゆきの「時代」を無理矢理何度も練習と称して歌わされ、大好きな曲だったのが最も不快な曲に変貌した記憶がある。日本人の英語オンチも、学校に英語の授業があること自体に原因があるというのが私の見解である。ほうっておけば各々が自然に身につけるものを、世間知らずで無粋な連中が自分の正義感だけで強要して逆効果を発生させているのが現状である。これは平和教育にも当てはまるし、性教育にも当てはまる。一方で、平和教育や性教育に猛反対する連中がえてして日の丸君が代強制に熱心な傾向があり、まさにお笑い種としかいいようがないが、学校という空間の陳腐化機能に無頓着な阿呆どもがそういう喜劇を演じるのであろう。私は英語学習の重要性を強調したいが故に、健全なる男女交際が行なわれることを望むゆえに、日の丸君が代を愛するがゆえに、これらが学校という閉ざされた空間から自由に羽ばたいて欲しいと切に願う。

 明空、上海両氏のやりとりは上海氏が「あまりに退屈」と断じて終了させ、明空氏が「上海氏の敗退だ」と噛み付いている。しかし、明空氏のこの問題に関する一連の投稿を「あまりに退屈」と評することに残念ながら私も同意せざるを得ない。強制を拒否する人間の感情的な、力強い論理に対して古今和歌集がどうのと持ち出したところで説得力を持ち得ない。どれだけ平和的な基盤から生まれたものであろうと、それが歌や旗という人間の精神に直接訴えかけるものである以上、強制されるということ自体が暴力である。栄養があるから食べなさい、と口頭で述べるところまでは許されても無理矢理口をこじ開けた瞬間にそれは暴力以外のなにものでもなくなる。こじ開けたことの正当化のために「栄養があるから」と一生懸命に言っているのが明空氏なのである。しかし、栄養なんかゼロどころかはっきりと害であると分かっているものでも食う場合はあるし、いくら血みどろの歴史があろうとそれを含めて全面的に受け入れる場合もある。人間の「業」にまで踏み込まねばコクのある議論は出来ないのだが、やや上海氏のほうにその理解の土壌はあるように思われる。明治節の件といい、明空氏は形骸的な主張、建前論に走り過ぎているのではないか。私はROMではないが、この「勝負」、上海氏が先に腰を上げてしまったということを最大限差し引いても引き分けがいいところであろう。「敗退」は言い過ぎである。