30577 返信 Re:gajiさんへ 南京戦の証言 URL gaji 2004/11/04 00:15
>  それとも、自分の見解を明らかにすることに、不都合でもあるのですか?

iie。

「論」を楽しみたいのでしたら、熊猫さん、タラリさん、ゆうさん、渡辺さんetcたくさんいらっしゃいますので、そちらでどうぞお楽しみ下さい。

> >「証言だから」信憑性に乏しい、ということではありませんよ。
>
>  なるほど、「聞き書きの証言集」は信憑性が乏しいということですね?

そうですね。

>  もちろん、同様に、信憑性の乏しい「聞き書きの証言集」であっても、複数の証言がある事柄に言及しているのであれば、それに限り、信憑性が高くなることも言うまでもありません。

聞き書きの場合、複数の証言をつくることが可能なんですよ。打ち合わせをして辻褄を合わせることも可能です。

>  「聞き書きの証言集」ということで一括りに評価するgajiさん的な評価には、やはり妥当性がありません。

聞き書きに関して妥当性がある、ということ自体、犯罪的な虚偽に加担することだと思ったことはないのですか?

>  例えば、事実が「扇情的」で「センセーショナル」なものであった場合、それに関する証言もまた、「不自然に思えてしまう」のでしょうか?

事実そのものに「扇情的」「センセーショナル」といったことがあるとお思いですか?
ひとの視点で語ることによって、事実にしても初めて「扇情的」になるということではありませんか? 

戦争であれば、勝ったほうに「祝」があり、負けたほうに「弔」があるということです。
「扇情的」というのは、情報の中での意味づけにおいて初めてでてくる言葉ではありませんか? 要するに、形容する言葉です。「事実」そのものではありません。解釈ということです。解釈って立場によって千差万別でしょう?


>  とりあえず確認しておきますが、ベーツの日本軍に対する本来の見解は、「秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです」というような言葉から程遠いものであった、ということでよろしいでしょうか?

分かりませんので、確認しようがありません。ゴメンナサイ。

>  そこでお聞きしますが、なぜ、gajiさんは、引用した文章(これは松尾さんのHPの記述ですが)が正しいと思ったのでしょうか?

「正しい」とはいっていませんよ。

>  また、今まで、いくつかこの松尾さんのHPに関して事実とは違うということを指摘しましたが、なぜ、それでもなお、そのHPの記述が正しいと信じれるのでしょうか?

?? 「正しい」とはいっていないのですが?

> >そうですね。けれど私は《「証言である」という点だけで一括りに》しているわけではないですよ。
> >「見たこと」「聞いたこと」に関する述懐があるなら、「聞いたこと」は限りなくグレーゾーンであるということです。
>
>  つまり、南京軍事法廷に提出された証言と、松岡『南京戦』の証言とを一括りにして評価することはできないということですね?

そうです。

>  ならば、gajiさんが提示した南京軍事法廷の証言に関する記述(松尾さんのHPの記述)は、松岡『南京戦』の評価として引用することは不適当だということになるでしょう。

南京軍事法廷の証言に関しては、事実ないまぜかと思いますが。

>  この点はよろしいでしょうか?

いいえ^^

>  なお、南京軍事法廷の証言も松岡『南京戦』の証言も、ともに「見たこと」、「聞いたこと」または「体験したこと」が記述されていますが、なぜ、gajiさんは、「見たこと」・「体験したこと」の評価をせずに、「聞いたこと」だけで評価をするのでしょうか?

そういったことを私は言っていませんが。
言ってもいないことを聞かれても、困ります。


以下、略。 
ではでわ。