| 30610 | 返信 | Re:実質的な議論と無意味な議論 Re:自主的思考の放棄と個人崇拝 | URL | にゃにゃにゃにゃにゃ | 2004/11/05 12:55 | |
| > まさにその点が問題です。ロシヤ革命以後の歴史は、社会主義と民族自決は両立しない場合が多いことを証明しました。Ленин(Lenin)のミイラとともに、民族自決のドグマを今こそ火葬すべき時です。 では、その「社会主義」「労働者国家」の実態とはなんなのでしょうか? あなたは、他の掲示板でのあなたの発言を、ここ問答有用板や田中荘掲示板で取り上げることを、極端に嫌っているようですが、あえて、5年前のあなたの某掲示板での書きこみを、ここで紹介することとします。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ポーランド反革命労働組合「連帯」は、ファシスト組織であるKPN(ポーラ ンド独立連盟)によって率いられていたこと、CIAやバチカンの援助を受け ていたことからもわかるように、ポーランド労働者国家を破壊するための 帝国主義者の組織である。「連帯」の綱領は、"市場経済"(つまり資本主義) "信教の自由"(つまりカトリック反革命)"自由選挙"(ブルジョア議会による 労働者国家の破壊)など露骨に反革命的な要求を掲げていたのであり、労 働者国家を守るための弾圧は当然である。「連帯」を擁護するものは反革 命である。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ なるほど、「連帯」はたしかに親NATO、市場経済への移行を掲げる労働組合です。そういう意味で、あなたが「反革命」と呼ぶのも、それはそれで正当な理由はあるでしょう。だが、問題は、なぜ「労働者国家」で労働者が反乱を起こすのか、なぜ労働者が叛旗を翻すのか、ということです。 「ポーランド労働者国家」なるものが崩壊する過程で、これを守ろうとする労働者の運動は(私の知っている限りでは全くといってよいほど)登場しなかったという事実、そのような体制を「労働者国家」と呼ぶのは、果たして適切なのでしょうか? あなたは北朝鮮の体制に関して、同じ時期に、こう書いていました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 擁護などしていません。 私は朝鮮人民が日本帝国主義に対する闘争、米帝国主義に対する闘争(祖国解放戦争) を通じて勝ち取った歴史的獲得物としての朝鮮民主主義人民共和国を擁護しているので、 朝鮮労働党政権や金正日体制を支持しているのではありません。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 北朝鮮の体制が「朝鮮人民の闘争によって勝ち取った歴史的獲得物」だから、擁護しなければならないという立場をあなたがとられるのであれば、人民の意思とは全く無関係に、スターリンがナチス・ドイツや米英との度重なる駆け引きの結果として、ソ連軍の軍事占領を背景につくられた「労働者国家」なるものは、そうであれば、なおのこと、擁護しなければならないという論理はなりたたなくなります。東欧諸国の共産党政権のなかで、独力で国土解放を実現したのがユーゴスラビアとアルバニアだけだということは、誰でも知っていることです。ポーランドの「労働者国家」は、ポーランドの労働者がつくったものではないのです。 つまり、私は、あなたの「ロシヤ革命以後の歴史は、社会主義と民族自決は両立しないことを示したから、民族自決のドグマを今こそ火葬すべきだ」という主張そのものが意味がないものと思っているのです。わかりやすくいえば、「社会主義」の内実、「民族自決」の内実が問われるべきだと思っています。 それと、あなたは当時、こうも書いていました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ハンガリア革命は、「反革命」ではなく、プロレタリア政治革命です。それを ソ連労働者国家に寄生する反革命的スターリニスト官僚が粉砕したのです。 それに対し、ポーランド「連帯」は露骨に反革命的な運動でしたから、粉砕され なければなりませんでした。ですから、トロツキストの態度は、ハンガリア革命 とポーランド反革命で180度異なります。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1956年ハンガリー蜂起の性質については、さまざまな議論があります。ソ連・中国などの既成の「社会主義陣営」の公式見解は「かつてのホルティ政権のような軍事独裁的な政府と封建的な資本主義経済を復活させようとした聖職者やファシストによる試み」だという宣伝でしたが、これは事実に反しているでしょう。 しかし、ハンガリーの労働者、民衆がナジ・イムレ政府に対して、ワルシャワ条約機構からのハンガリーの脱退を要求し、ハンガリー駐留ソ連軍の撤退を求めていたことは間違いないわけです。つまり、ハンガリーの労働者、民衆には明らかに「民族自決」という動機があったわけです。このことも、お忘れなきように。 > > > チェチェンに関しては、林克明著『カフカスの小さな国・チェチェン独立運動始末』(絶版だが、図書館などで入手可。小学館)や林克明・大富亮著『チェチェンで何が起こっているのか』(高文研)、アンナ・ポリトコフスカヤ著『チェチェン・やめられない戦争』(日本法曹出版協会)などがありますが、チェチェン側の死者は全員が「ワッハーブ派の宗教独裁」を要求する人達だというわけでしょうか? > > > それは、イラク戦争におけるイラク側の死者を全員、「アルカイダの支持者」とか「サダム・フセインの支持者」と呼ぶにも似たふるまいかと思います。 > > > > こんなことを持ち出しても、問いに対する論理的な関連が欠けているので意味がありません。問題は、チェチェンの独立主義者が勝って実際に独立が実現した場合、それがイスラム主義の体制になるのかどうか、それとも別の体制ができるのか、です。いまのところは前者の可能性が高いと見るべきでしょう。「全員ワッハーブ派だという証拠があるのか」なんて、まるで子供の屁理屈でしかありません。 > > 戦争というものは、二者択一の答えを強制します。平和な時代には、さまざまな中間的な色合いが存在しえますが、戦争になれば、中間的な傾向はすべて両極に分解することを強制されます。 > > なるほど、イスラーム反動勢力は、チェチェンの庶民の多数の支持を得ているわけではないかもしれません。しかし戦闘において、彼らが主導権を握っており、彼らが勝利することはイスラーム政権の樹立を意味します。そう、БиХ(BiH)のИзетбеговић (Izetbegović)政権のように。 > > 現状ではどちらか2つを選ぶしかありません。イスラーム勢力が政権を握れば、宗教独裁の地獄となり、さらに、CIAによる北カフカス地域の不安定化工作の基地となるでしょう。ロシヤ軍が勝てば、とりあえず世俗国家が守られ、未来への希望が残る。どちらを選ぶべきか、明らかでしょう。 ですから、それを選ぶのは、誰なのか、ということを私は問題にしています。それは、チェチェンの民衆であって、あなたではない。ネオコンに通じるような発想はそろそろ卒業されたらいかがでしょうか? 客観的に見ても、そうした「選択」は不毛きわまりないものです。チェチェンの民衆にとっては、どちらも敵でしょうし、民族独立の後には宗教独裁勢力との闘いが行なわれるでしょう。何度も言っていますが。 > > > チェチェンでは、ロシア軍は、村々を包囲・砲撃・破壊し、家々を襲撃し踏み込み、老若男女を問わず無差別に暴行・略奪・レイプし、拉致し、穴牢に監禁し、拷問を加え、虐殺し、死体を遺棄しているといいます。94年以来2次10年にわたるチェチェン戦争と軍事占領のなかで、25万人が虐殺され、40万人の難民が生じています。あなたは、こういうことをもっと徹底して行なうべきだとお考えなのでしょうか? > > 誰がそんなことを主張しているのですか?戦争目的からも離れた腐敗・犯罪行為は厳しく処罰されるべきであり、ロシヤ政府は非難されるべきです。 非難されるべき行為であれば、ロシア軍は直ちに撤退し、責任者の処罰と、被害者への補償が誠実に行なわれなければなりません。当たり前のことですけれど。 > > > チェチェンの油井とパイプラインはいまやロシア連邦軍とマフィアの非合法支配のもとにおかれ、ロシア軍が警備し、マフィアが採掘・抜き取りし、精製・販売しているといいます。 > > だからどうしたのでしょうか?「ロシア連邦軍とマフィアの非合法支配」が悪いからといって、それよりももっと悪い、宗教ファッショ勢力とCIAの手に渡していいのでしょうか? CIAがどうのこうのという陰謀話には興味ありません。そういう話題はオカルト愛好家や歴史修正主義者にまかせておけばよいのです。そして、それを「トンデモ」と呼んで、思いっきりあざ笑ってやればよいだけです。 あなたがマルキストを自称されるのなら、唯物論的現実こそ直視すべきです。 > > > あなたは、ソ連崩壊への引きがねの一つであったソ連のアフガニスタン侵攻、この侵攻が米軍による「ベトナム戦争」と同じ「泥沼」となったことについては、どう総括されていますか? > > 「侵攻」などという反動的な用語を使っていることにあきれました。 > > で、アフガーニスターンと何の関係が? 他国の人民とか、または被抑圧人民に対して、暴力的手段で自分の価値観を押し付けようという発想は破産するということを、言いたいだけです。あなたの総括は、「労働者国家ソ連」を維持するために、「もっともっと殺しつくすべきだった」というものかもしれませんが・・・ > > > 歴史をつくるのは、一人一人の名もない市民であって、特権的なインテリ層ではありません。ファシストでも極右でも歴史修正主義者でも差別排外主義者でもない、ごく普通の人民に対して、暴力や脅迫的手段で服従させようという手法は決して長続きしません。 > > だからどうしたのか、意味不明です。内容のあることが言えないから、とりあえず何か言ってみるか、というようなことは相手に時間の無駄を強いる失礼な行為です。 あなたの発想は、ファシストでも極右でも歴史修正主義者でも差別排外主義者でもない、ごく普通の人民に関して、暴力や脅迫的手段で、自分の価値観を押しつけることができるというものです。だから「歴史においては残虐であるほうが進歩的であった例などいくらでもあるでしょう」という言葉が出てくるのです。 私は、暴力一般をすべて駄目と言いきるつもりはありません。ナチスに対するレジスタンスやパルチザン、日本軍に対する朝鮮・中国・東南アジアの人民の闘い、それを否定することはできないし、そうした闘いは当然にも敵に死を強制しなければならない局面があります。そういう意味にとどまる限り、私はあなたの「殺せ、殺せ」を否定はしません。だが、「殺せ、殺せ」がチェチェンやチベットに向けられるのであれば、それは最悪です。 > > にゃ何とかはロシア軍の残虐性を持ち出して問題をそらしているのです。ロシア軍の残虐性は周知の事実で、それ自体は問題とするに値します。しかし、「歴史をつくるのは、名もない市民」とか、何の意味もないことを持ち出して話をごまかすのはにゃ何とかの得意な手口です。当たり前ですが、いかなる大虐殺も、歴史への反動もそれを実行したのは「一人一人の名もない市民」なのです。昔、共産党は専制君主の作った歴史的建築物に価値はあるのかどうかという問題に対して、「作ったのは人民だから、作られたもの自体は善である」といっていました。それと同様の幼稚な論理です。 > > 残虐性は周知の事実ですよね。しかし、歴史においては残虐であるほうが進歩的であった例などいくらでもあるでしょう。たとえば和人(シャモ)の北海道進入は、アイヌなど原住民への残虐行為を伴っていましたが、文字すら持たず、原始的な狩猟・採集生活をしていたアイヌに比べて、開拓の意志と技術を持った和人が進歩的であったことは疑う余地がありません。(もちろんそのことは、アイヌに対する不必要な残虐行為を正当化するわけではありませんが。) 正直言って、この部分、帝国主義・植民地主義者のイデオローグの書いたものを読ませられるような、そんな気分になります。ヒトラーの演説にも似ています。 あなたは、海外の左翼情勢に詳しいようですので、一つだけ、お聞きしたいことがあります。 「たとえば白人(ピューリタン)の北米大陸進入は、モヒカン民族など先住民への残虐行為を伴っていましたが、文字すら持たず、生産性の低い農耕・狩猟・採集生活をしていたに比べて、開拓の意志と技術を持った白人の方が進歩的であったことは疑う余地がありません」という主張を公然と唱える「左翼」は、アメリカ本国にも存在しているのでしょうか? フランスにも、「老いたるモグラ」グループのように、アウシュビッツとホロコーストの存在を否認する自称「新左翼」が存在していますので・・・ > 疲れたのでこれでやめます。 そうですね。私も「疲れました」・・・ もともと「議論」というのは、相手を説得するために行なうものであって、どちらがアタマがいいか、「勝ち負け」を競い合うためのものではありませんので・・・ そういうことで、私はあなたとの議論を降ります。あとは、私よりもっと忍耐強く、もっと有能な方が登場されて、あなたと議論を続けてくれるのを待つこととします。 |
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