30648 返信 Re:南京の笑顔: その裏で(gajiさん) URL 渡辺 2004/11/07 20:50
これは、gajiさんの『30458 Re:南京の笑顔: その裏で』2004/10/30
http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=30458&range=1
に対する返信です。

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> > ちなみに、シンガポールでも捕虜が殺されていますし、日本軍占領の後で無抵抗な人たちがけっこう殺されていますよ。
gajiさん:>
> そうですね。でもでも、
> 日本軍にしてもたくさん亡くなっていますよ。捕虜になって殺された人々(中国軍の扱いのひどさ、ご存知ですか?)もたくさんおられます。
> どうして渡辺さんは、日本軍の残虐さだけを問題になさるのでしょうか。

その理由は、
(1)日本軍の残虐さをあなたが否定しようとしているので、話題がそこに集中する、
(2)そして、日中戦争において、残虐と暴虐は日本軍を特徴づけるものであったことは否めない、
ということにあります。

 このような、日本軍の状態を当時から憂慮していた人々がいました。
 現在でも、警察で領収書が偽造され、外交官が公費を不正に使っていれば、それを憂慮するのが良識というものでしょう。
 ここに、掲載する資料が1938年のものであることは、偶然ではなさそうです。確かに、対策がとられて犯罪的行為の数が減少し、その結果、犯罪の質が変わったと思われます。しかし、当時はまだ比較的自由に憂慮の声をあげることができたということのようです。
 現在の日本を考えるに、本宮ひろ志氏が南京事件をマンガに描いただけで、中共の捏造写真を使ったというような根拠の無い いいがかりをつけられ、恫喝されるというな危険な状態になっています。

(1)1938年7月、在香港総領事 中村豊
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昭和十三年七月二十五日稿
時局解決ニ関スル一考察
 在香港
総領事 中 村 豊 一
<途中省略>
國民党ノ圧政ニ對スル怨磋ノ聲盛ニシテ又知日派モ亦若干温存スル
ハ事實ナリ彼等ハ日本軍ノ進出ニ依リテ國民党ノ暴政軍隊ノ横暴ヨ
リ免レ得へシト期待シ居リタルモノモアルヘシ
然ルニ今次ノ日本軍隊ノ進出ニ當リテ意外ニモ其ノ暴行振リハ支那
民衆ノ憤激ヲ買ヒ、彼等ノ日本軍ニ對スル信頼ノ大ナリシタケニ其
ノ失望モ亦頗ル大ナルモノアリ
比等ハ内地及現地ニ於テハ事實蔭蔽セラレ居ルモ外國通信員及南支
ニ於ケル出版物ニ於テハ忌憚ナク發表セラレ居リ内地ニ於テハ想像
モ及ハサルトコロナリ
此ノ儘ニテハ将來日支両國民提携ニ多大ノ障
害トナルへシ加之上海方面ニ於ケル特務機関ニ依ル阿片ノ密輸入問
題、日本軍ヲ笠ニ着タル不良商人、不良支那人、日系ノテロ事件等
何レモ巨細ニ報道セラレテ民心ヲ刺戟シ居リ日本軍ノ信用ヲ害スル
コト甚タシ此等ノ非難ハ一大決心ヲ以テ粛清スルニアラサレハ皇軍
ノ名聲ヲ墜スコト大ナルヲ憂慮ス
[http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=17247&range=1]
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(2)1938年4月、早尾乕雄軍医中尉
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(三)犯罪ノ種類
  官憲ノ取締行キ届カサリシ頃ハ放火、掠奪、殺人、窃盗、強盗、強
  姦等凡ユル重犯行為思フカマヽニ行ハレツヽアリシカ取締厳トナル
  ト共ニ放火ハ漸次数ヲ減シタルヲ見タリ。
必要上ノ放火ヨリハ遊戯
  的放火ノ少カラサルヲ見タリ。殺人行為モ減少セリ。姦シタル後ニ
  是ヲ殺シタル例モ其ノ目撃者ヨリ聞ケリ掠奪、強奪モ見ラレタルモ
  漸次減少シツヽアリ。反之奇異ナル現象ハ休戦期間ノ続クト共ニ戦
  友間ノ傷害ガ目立チテ多クナリ支那人強姦例ハ殆ト数ヲ挙ケ得サル
  程ノ多数ニ上リ詐欺、脅迫、強奪、服飾潜用等ノ如キ犯罪ヲモ見ル
  ニ至レリ。犯行ハ次第ニ在留邦人ニモ向ケラルヽニ至レリ。

  <途中省略>亦徒ニ衆人ヲ前ニシテ日本刀ヲ抜キ虚勢
  ヲ示シ支那人ヲ何人斬リシ等高言ヲ吐ク将校モ幾人カ目撃セリ
  <途中省略>上海ハ実ニ日本軍人ノ犯罪都市ト化シタル観アリ。
  南京亦是ニ次カントスル有様ナリ。
実ニ日本軍人ノ堕落ト言ハサル
  ヘカラス。
  <途中省略>
(四)犯罪頻発ノ原因
  左ノ諸項ヲ挙クルヲ得ヘシ
  一、悪戦苦闘ノ中ニ万死ニ一生ヲ得タル優越感ト功績陶酔感ハ超人間
    的意識ト変シ他ヲ侮蔑スルニ至リシコト。
  一、支那人ヲ殺戮セル快味ヲ未タ忘レヌタメニ銃、剣、拳銃ヲ濫用ス
   ルノ弊害ヲ生セシコト。

  一、徴発ノ意義ヲ誤解シ掠奪ト混同スルニ至リシコト。
  <以下省略>
[早尾乕雄軍医中尉「戦場神経症竝ニ犯罪ニ就テ」、高崎隆治編・解説『軍医官の戦場報告意見集』,1990年,不二出版,pp.35-42]
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(3)1938年7月、小川愛次
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 虐殺ガ盛ニ行ハレタ。南京陥直後丈[だけ]デモ市民中ノ男子ノ狩出サレタテ機関銃ノ掃射ヲ蒙ッタモノ万ヲ持テ数フベク、市街火災ノ多クハ占領後日本兵ノ放火デアル。此等ハ、日清役〔日清戦争〕当時捕虜ヲ所謂「可然[しかるべく]処分」シタリ、又旅順大虐殺事件ノ如キ、又満州事変後ノ匪賊討伐デ賊ノ逃込ンダ部落ヲ焼払フタト謂フガ如キ、実状不得已[やむをえず]シテ採リタル処置トカ又ハ敵愾心ノ発露トハ全然其ノ精神ヲ異ニシ、殆ド悪戯的ニ行ハレテ居ル 全ク軍紀ノ廃頽カラ来テ居ル。
[「時局ノ動向ト収拾策(講和大綱)」『支那事変善後措置』,吉田裕『天皇の軍隊と南京事件』p.148より再引用]
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> 場所がズレますが、義父はフィリピン、セブ島での戦いの生き残りです(負傷したせいで、たまたま生き延びてしまったんです。それがどうにも気になって仕方なかったのでしょう)。ほとんど全滅だった仲間たちの弔い行脚が義父のライフワークでした。
> 大岡昇平さんと一緒に骨拾いに行ったりもしたことなど、様々な話を聞いております。

フィリピンについては、時間をみて別途返信を予定しています。