30703 返信 イラク市民レジスタンス URL 前田 朗 2004/11/11 13:23
イラクにおけるレジスタンスをどのように評価するかは非常に難しいところです。現地の情報がきちんと入らないこともありますし、米軍による情報操作(日本政府や日本マスコミも加担)もあり、判断できない部分が多いからです。とはいえ、基本的な立場は明確にできます。

(1) イラク・レジスタンス

第1に、米英軍は違法な侵略者であり、アラウィ政権は傀儡政権です。従って、イラク側のさまざまな抵抗は、基本的には<イラク人民の自決権に基づくレジスタンス>です。

(米英軍の侵略犯罪、戦争犯罪、人道に対する罪については、イラク国際戦犯民衆法廷ICTIにおいて徹底追及しています。http://www.icti-e.com/ 以下では省略します)。

(2) 外国人武装勢力

第2に、しかし、現実に起きている事象を見ると、「すべてがレジスタンスとは言いがたい」のも事実です。

たとえば、「外国人武装勢力」の問題があります。これも具体的かつ正確な情報がないため、レジスタンス非難のために使われている疑いもありますが、仮に「外国人武装勢力」が暗躍しているとすれば、その活動をレジスタンスと評価することはできません。しかし、「イラクにおける外国人」とは何かという別の問題があります。もともと、イギリスが勝手に国境線を引いたのですから。

となると、「外国人」勢力は<義勇軍>ということになります。かつてのスペイン内戦の例に明らかなように、欧米諸国と人民は義勇軍を賞賛してきたのですから、「アラブの義勇軍」を否定することはできないはずです。

ただし、義勇軍ならばジュネーヴ諸条約を遵守する必要がありますが、イラクの外国人武装勢力はジュネーヴ諸条約を守っているとは思えません。

(米英軍がジュネーヴ諸条約を遵守していないことは言うまでもありませんが)

(3)武装レジスタンス

第3に、イラク人民自身の活動としての武装抵抗があります。ファルージャにおける抵抗はその典型です。違法な侵略軍に対する武装抵抗は正当なレジスタンスです。

(私自身は憲法9条遵守・非武装・絶対非暴力の立場に立っていますが、その観点からイラク人民のレジスタンを否定することなどできるはずもありません)。

しかし、「人質」や「自殺爆弾」といった戦術を肯定することはできません。米英軍に対する武装闘争を行なう際に、無関係の外国人や、無辜のイラク人民を殺傷することはレジスタンスとはいえません。国際的な支持も得られません。イラクの復興にも民主化にも役に立ちません。

とはいえ、米英軍による圧倒的な武力による一方的な殺りくが続く中、しかも一方的な情報操作が行なわれる中、イラク人民が自分たちの意思表明すら困難となり、その中でやむにやまれず「人質」「自殺爆弾」に追い込まれている側面を無視することはできません。

また、武装レジスタンス集団が、イスラム原理主義に立って、女性の権利を抑圧し、無意味な暴力を振るっているとの情報もあります。アフガニスタンでもムジャヒディンがイスラム原理主義を振りかざす暴力集団に転落していった例があります。イラクの武装レジスタンスが同じ轍を踏まないことを期待していますが。

(4)イラク市民レジスタンス

私たちイラク国際戦犯民衆法廷(ICTI)では、4月の兵庫公聴会や10月の千葉公聴会などに、<イラク市民レジスタンス>代表をお招きして証言してもらいました。10月26日には一橋大学で、11月3日には沖縄で証言集会を行ないました。

戦争と内戦状態のイラクにおいて、あくまでも非暴力で民主主義的な政策選択を求める運動体があります。暴力の循環から平和は生まれないこと、独裁や抑圧がイラクを破壊すること、武装闘争では平和も民主主義も作れないことを、イラク市民レジスタンスの人たちは訴えて、国内で活動しています。最も困難な情況の中で、単に悲嘆と絶望に打ちひしがれるのでなく、感情的に無謀な破壊活動に走るのでもない、イスラム原理主義ではなく、世俗化された民主的政治を実現するために努力している人たちがいます。私たちICTI実行委員会は、イラク市民レジスタンスとの連帯を訴えています。

なお、香田さん事件についてのイラク市民レジスタンスの声明を下記に紹介しておきました。
http://www1.jca.apc.org/aml/200411/41664.html

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以下は雑誌『法と民主主義』392号(2004年10月)に掲載した文章です。イラク市民レジスタンスに言及していますのでご紹介しておきます。


イラク国際戦犯民衆法廷の記録(三)
イラク・レジスタンスの評価をめぐって

前田 朗


戦争民営化

 九月二五日、立川でICTI三多摩公聴会が開催された。

 最初に八月にイラク調査を行なった浅井健治(ジャーナリスト)がイラク現地調査報告を行なった。浅井は二回目のイラク取材である。前回はヨルダンから陸路バグダッドに入ったが、最近はファルージャやナジャフ周辺が極めて危険なので、キルクークを経てバグダッドに入ったという。イラク失業労働者組合の全面協力によって安全を確保しながら各地の取材を行なっている。以前の調査では戦争被害者の実態調査を行ったが、今回はイラク市民レジスタンスの成長も調査している。

 例えば、キルクークの郊外にある「戦争捕虜地区」という、イラン・イラク戦争の捕虜や遺族のためにつくられた住宅地を訪れた。地区評議会は、水や電気のなかった地区に水道と電気を導入し、学校教育を支え、民族対立を抑制する工夫を続けている。そして住民投票で地区名を「連帯」に変えた。地区表示にはアラビア語、クルド語、トルクメン語が表示されている。また、失業労働者組合は、貧困者のための無料医療支援を行っている。バグダッドでも多数の医療機関や医師が協力を続けている。失業労働者組合事務所には、暴力のない平和なイラクを実現しようとボランティアの女子高校生がやってきて仕事を手伝っている。さらに、イラク女性自由協会は、バグダッドに女性保護センターを開設している。性暴力被害女性の駆け込み寺である。性的被害を受けた女性を家族の名誉に関わるとして殺害する「名誉殺人」から逃れてきた女性たちが暮らしている。浅井は、こうしたイラク市民レジスタンスがもつ意義を強調した。 

 次に有賀精一(三多摩公聴会実行委員会)が戦争民営化について報告した。四月のファルージャ大虐殺(報復無差別殺害)の直接原因とされたのは、ファルージャにおいてアメリカ人四人が殺され、市内を引き回された上、死体が橋につるされた事件である。その映像は衝撃を与えたが、当時の報道は、この四人があたかも「民間人」であるかのように報じた。しかし、この時期にファルージャにアメリカの民間人がいるとはどういうことか。国連もほとんどのNGOも撤退して、民間人の活動はおよそ考えられない時期である。実はこの四人は、「民間人」とは言っても、米軍の仕事を受注した企業「ブラックウオーター」の社員であった。つまり、米軍の戦争には民間企業の「傭兵」が加わっているのである。報告者は、その実態を雑誌やインターネットから調査して、まとめた。

 有賀によると、伝統的な「傭兵」から、今日では傭兵コマンドチームの派遣や、軍事サプライチェーンまで企業化が進んでいる。バージニアに拠点を置くダインコープ社は、バルカンでも性犯罪を犯しているが、今はイラク陸軍と準軍事組織の訓練をしている。イギリスのグローバル・リスク・マネジメントは、ネパール・グルカ部隊などを出している。アブグレイブにおける拷問や虐待にも民間企業の社員がかかわっている。暴行、強姦、犬をけしかけるなどの残虐行為が「民間人」によって行われている。

 こうした民営化は、当初は軍事予算の削減のための軍の「外注」として始まった。ベトナム戦争終了後の軍のスリム化は、ハイテク兵器の導入による戦争のコンピュータ化と軽量化とともに、徴兵制の廃止に伴う軍の再編に応じていた。ところが、「湾岸戦争」以後のアメリカ軍は民営化を急速に進め、民営軍事企業が発展し、今や軍事予算の増大に結びついている。なお、戦争企業については、吉田鈴香『アマチュアはイラクに入るな』(亜紀書房、九三ー一〇一頁)も参照。

イラク市民レジスタンス

 一〇月三日、大津でICTI滋賀公聴会が開催された。

 最初に先の浅井健二とともに八月にイラク現地調査を行なった豊田護(ジャーナリスト)が現地報告を行なった。六回目のイラク取材である。その内容は浅井報告と同様であるが、豊田は、特にイラク市民レジスタンスとの出会いを詳細に語り、もっとも困難な状況の中で非暴力によってイラクの平和を実現しようとする市民レジスタンスへの連帯の重要性を訴えた。

 豊田は、占領は虐殺、失業・貧困・差別と分断、利益誘導、分断支配を生み、宗教勢力を利用して、市民に対するテロをもたらしていると分析したうえで、こうした困難の中、失業労働者組合が、ホームレス対策、無料医療支援、労働組合の組織化に努力を重ねていることを紹介し、市民レジスタンスとの連帯を訴えた。結論は、占領がイラク民衆の手によるイラク社会再構築の運動の障害物になっていることであり、反占領の闘いとは、命を守ること、当たり前の生活を取り戻すこと、自由と平等、民主主義を実現することである。

 次に鷲見一夫(東京国際大学教授)が、戦略ODAについて報告した。第二次大戦後の戦後処理に始まった日本のODAは、補償・賠償ではなく日本の経済進出の手段となり、外交政策の手段となった。反共政権へのてこ入れ、日本企業の進出、癒着と腐敗の構造が連綿と続いてきた。そうしたODAが、アジア各地で生活破壊と環境破壊をもたらしてきた。ところが、今度は占領下イラクへの復興支援とセットになって戦略ODAとして支出されることになった。しかし、イラク現地には日本政府も企業も入ることができない。現場に行けず、実態把握もできないのに、無責任な支出を強行しようとしている。

 さらに、滋賀公聴会実行委員会調査チームが「戦争犯罪としてのODA」について報告した。ODAは外交政策に利用され、政治家に悪用され、環境破壊をしてきたが、それに加えて、イラクにおける戦争犯罪とも結びついている。例えば、サマワに自衛隊が派遣されているが、イラクでの給水はODAなのに、現地では自衛隊による協力であるかのように宣伝している。米軍支援以外に意味のない自衛隊派遣が、ODAのあり方を変えようとしている。

レジスタンスと非暴力

 三多摩と滋賀の公聴会では、戦争民営化や、市民レジスタンスをめぐる新たな論点が登記された。特に市民レジスタンスとの連帯の提起は、一方で武装レジスタンスへの評価とも密接に絡む問題である。イラク・レジスタンスを総体としてどのように評価するかは、ICTIでもこれから議論する問題である。

 侵略に対して抵抗することは自衛権の行使であり、自衛権は国家の固有の権利とされるから、国連憲章においても認められている。戦争放棄の憲法九条をもつ日本は別として、「普通の国」は自衛権の行使を当然の前提としている。正規軍が崩壊したイラクの場合に、占領軍に対する民衆蜂起が取り組まれるとすれば、これもまた人民の自決権の行使として評価されるはずである。少なくともかつてはそれが当たり前の評価であった。ベトナム戦争やアルジェリア戦争を想起すれば説明を要しないであろう。

 翻って、抗日武装闘争や、ナチス・ドイツに対するレジスタンスを想起すると、ここでも武装闘争が人民の自決権の主内容として想定されていた。もちろん、すべてが武装闘争というわけではないが、必要に応じて武装闘争を行うことを否定する議論はありえなかったであろう。ヒトラー暗殺未遂事件を世界がどう評価しているかを考えればいい。歴史を無視し、具体的現実を無視して、「あらゆる暴力に反対」と叫ぶのは無責任である。

 それではイラクにおける抗米武装闘争はどうか。ブッシュは何一つ論拠も挙げずに、ひたすら「テロリスト」と非難し、爆撃する。ムジャヒディンを利用するときには「自由の戦士」と持ち上げ、都合が悪くなると「テロリスト」と呼んで殺す。日本政府やマスコミも「テロ」「自爆テロ」と非難の合唱である。

 しかし、侵略・占領され、無差別爆撃を受け、女性や子どもが殺戮され、生活は破壊され、拷問と虐待を受けているイラクにおいて、人々が止むに止まれぬ状況に追い込まれ、抗米武装闘争を行っているとすれば、それはレジスタンスであり、人民の自決権の行使である。

 その上で考えるべきことは、人民の自決権の行使であっても手段・方法は問われる必要がある。「人質」や「自殺爆弾」という選択を支持することはできないだろう。レジスタンスの方法としても誤っているし、効果的でない。国際的な支持も失う恐れがある。

 それでも他に方法がないほど追い込まれているとすれば「テロ」として非難できるであろうか。イラクに武装集団自衛隊を派遣している日本に暮らす私たち、自衛隊撤退を実現できていない私たちに彼らを批判する資格はあるだろうか。

 ここでもう一つの選択肢として登場するのが市民レジスタンスである。暴力によらずにイラクの平和と安全を守り市民生活と労働者の権利を求める市民レジスタンスが、明確な運動の戦略を提示し、実績を重ね広く支持を得たならば、その時、武装闘争は変化を余儀なくされるはずである。浅井・豊田証言はここから問いを立てることを要請している。