| 30750 | 返信 | 意思の大切さ | URL | 寺嶋眞一 | 2004/11/13 03:57 | |
| 言っても仕方の無いことをくどくどと言って嘆くこと愚痴という。 問題の解決には、原因究明は大切である。 機序を披露しようものなら、「あなたは、愚痴ばかり言って」といわれることになる。 機序の披露では、現実を変えたことにはならないからである。 機序の解明、現実批判は、日本人には愚痴と見分けがつかない。 機序が明らかにならなければ、原因療法はできない。 原因が明らかになり、その療法が確立されても、治療を受ける意思がなければそれまでである。 意思 (will) のあるところに方法がある。意思がなければ方法もない。つまり、愚痴になる。 日本人には意思がなく、意思の無い社会では、個人の考えは全て愚痴と考えられている。 発言が支離滅裂であるかどうかの判別もつかない。だから、愚痴の多い社会に見えてくる。 なにしろ、自分に意思がないのであるから、自己の行為はすべて受身によるものと解釈される。 意思がなく、させられ体験があるのだから責任感はない。 問題が発生すれば「責任者を出すな」は合言葉である。 責任者・加害者が見当たらなくて、被害者ばかりが出ることが多い。 「自ら進んで難関に立ち向かう」のではなくて、「苦しい立場に立たされた」が一般的な解釈である。 だから、奉仕活動・勤労奉仕の推進も滅私奉公の振興となりやすい。人々は没個性の禍を恐れている。 個人の意思もなく神の意思も認められない世の中では、政治による被害は自然災害による被害と同じことなのであろうか。 「とかく、この世は無責任」である。 626文字 You can read more at http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/ |
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