30757 返信 性行動は個人の決定の領域。Re:某「むさくるしい」男の「恋愛の自由」観。 URL 森永和彦 2004/11/13 08:06
>  女も果実も腐る寸前が一番美味いのであり、ピークを過ぎて崩落へのカウントダウンを読み始めたたとえば井川遥、戸田菜穂なんかを今のところ俺は最も好むわけで、

本題とは離れますが、私がもっとも好むのは「セーラー服」または「スク水」が似合う女性であるからして、貴殿とは著しく好みを異にしています。

現在は彩月貴央桜木睦子松山まみ真央あたりでしょうか。


>「12歳の少女と恋愛したい」などと露骨なことを書くわけがなく読み間違いとしか思えないが、今後はどうなるか分からないし、私自身を除外した書き方をしていないので、名指しされたものとして責任を取ってこの問題をさらに考えたい。所詮は自由などとは、現実には自分勝手な世界観を正当化するための方便に過ぎないのかもしれないが、「恋愛の自由」「婚姻の自由」といえば、あくまで「自由」なのであって、自由という以上は原則的に抑圧は許されない。

その通りです。他人に迷惑をかけていない以上、司法・官憲に介入されるいわれはありません。

>16歳で線を引くのか12歳で線を引くのかというのは文化的・時の政策的な判断に過ぎないと私は考えるが、

江戸時代までは12歳程度で結婚していたのであり、今日では江戸時代よりも身体の成熟は早くなっているでしょうから、12歳で十分です。それより高い年齢は正当性を持ち得ないでしょう。

>しかし今回の工藤氏の逆上について、所詮彼の限界は「父親」「保護者」の論理のみを持ち出さざるをえないことだとまず私は思うのだが、しかし権利や自由を主張すればほとんどの場合他の権利との衝突を招くわけで、その衝突された側の権利を絶対視する側にとっては「侵犯者」を彼らなりの方法によって成敗することはありえることだから、自由を主張する者はその自由のために命を落すことも覚悟した上でやるべきだと私は考えている。

いやそんな覚悟まで要求されるのは不当ですよ。工藤の逆上にはいかなる正当性もないもので、アラブ諸国でまだ行われている「名誉殺人」のようなものです。

だいたい、当人たちが合意して性交するのに、「父親」「保護者」がどうして介入するのか。まさに名誉殺人の論理です。

私の経験した範囲でいえば、中学生の女の子というのは、20年くらい前に流行った歌が言うように、「友達より早く エッチをしたい」と思っている場合が多いのです。身近にいる男性が、その希望に答えてあげることに何の問題があるのでしょう。

江戸時代には、初潮・精通を迎えると、親が信頼できる相手に水揚げ・筆下しを依頼したものです。そういう美風がすたれたことこそが根本的な問題じゃないのでしょうか。