30908 返信 Re:明日の隣人 外国人労働者 URL とほほ 2004/11/18 07:55
こう言う議論をするのに、いちいち民主主義の概念や国民国家の成立とその発展過程から議論をせねばならないのはいささか億劫ではあるが、生まれた時から己が必然と国民であることにいささかの疑問をも持たない種類の人びとにとっては西欧やアジア日本に置ける国家観の違いを感覚する能力が欠けるのであろう、仕方あるまい。

この論点も色んな視点からの議論が可能であるが、水原氏のいうように「民族」「国民」の概念から検討してみよう。
「民族」「国民」「国家」と言う日本語は訳語である。つまりこうした概念は外国から輸入された。「国家」と言う訳語そのものは古くは中国にもあったものだがいわゆる「国民(民族)国家」と訳されるものの概念とは全く違い、字義通りに支配勢力の家門を現すものである、こうした漢字という象形文字から受ける我々の印象は非常に強烈である種その言語からなるイメージとはかけ離れたものになりやすい。

「国民(民族)国家」とは「ネイション、ステート」を翻訳したものである、民主主義の原点をフランス革命時における体制に求めるならば、その概念は「国民(民族)国家」と言う象形文字から日本人がイメージするものとは全く異なるであろう。フランスは「フランク族の国」と言う意味合いからの命名であるが実質的には「フランク族」なるものの実態を正確に掴まねばならない。

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国家や王朝にさきだつ「ア・プリオリ」なものとして、「ネイション」(フランス語で「ナスィョン」、ドイツ語で「ナツィオン」。ただし、語義・内容は微妙にことなる)が想定された。なによりも、まず地位や身分、富や階級をこえた「ネイション」と言う人間のかたまりの「実体」があるとされた。国家(ステイト)は、そのうえに乗る人口の産物と定義された。ある種の神話である。そうしなければ、ブルボン王朝はあっても、「フランス」は存在しなかった。この考えが歓迎されて、ドイツ統一、イタリア統一の気運と道が生まれていった。

十九世紀は、西欧がもっとも輝いた時代であった。世界を、その手の中に分割・支配した。このなかで、近代西欧の価値観、国家観、文明観が無上のものとされた。現在につづく学問・学術上の「知の枠組み」も、ほぼこれとともに形成されていった。

「ネイション」にもとづく「ステイト」、すなわち「ネイション、ステート」の成立は、歴史の当然とみなされた。多くの地域、人びとが、その理想を追いかけ、努力し、血と汗を流した。

その結果、とくに第二次大戦後は、多数の「ネイション・ステート」と称する国家群が簇生した。かなり多くは、現実には「地域国家(リージョン・ステイト)」に落ちついた。特定の部族(ドライブ)だけが中核となった「ネイション・ステイト」にあっては、「国内」対立ははじめから構造化されていた。

しかし、一般にもっとも衝撃となったのは、近年のソ連の崩壊前後からはじまった一連の経緯である。

当初は、東欧の民主化もあって、西欧型デモクラシーの勝利をとなえる人も多かった。しかし、それもしばらくのことで、ほぼ一斉に各地で頻発・激化した「民族自立」「民族紛争」「民族純化」の嵐に、多くの人々が困惑し、うろたえた。「民族」「国家」「国境」「社会」などの既成の概念が、すべて液状化してゆくような現実をまえにして、近代西欧型の文明パターンは急速に色あせた。
---遊牧民から見た世界史、杉山正明著、日本経済新聞社、P28---

つまり「ネイション・ステート」における「ステート」とは近代の産物である。この認識がまず必要になる、幕末から維新期にかけて日本支配層はこうした国家観を急遽導入し国力の増強を謀った、その一環として行われたものが皇国史観の創造である。つまりそれまでは「日本」と言う国家観はなかったとみなしてよい。中国より古くから根ざしていた「国家」はあくまで朝廷や王朝の家門のことであり「ネイション・ステート」における「ステート」とは全く異なる概念のものである。ただし日本はそうした「ネイション・ステート」を受け入れる素地があり、その形態が過度に当てはまりすぎていた、と評する歴史家も多い。

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人類の歴史の諸相をふりかえれば、西欧型の「民族」「国家」の考えは、よくできたものではあるけれども、あくまでひとつのパターンにすぎない。西欧文明だけを絶対視・神聖視せずに、平易にこれまでの人間の歩みを見直せば、当然それにおもいいたる。

「ネイション・ステイト」が前提とする美しいストーリーも、じつは冷静に眺めるとほとんどの事例が、「ステイト」があって「ネイション」となった。国家建設のあと、国民建設がくる。
西欧の場合もそうである。

ところが、日本は、西欧型の「ネイション」や「ステイト」の概念を導入しやすい歴史と風土があった。それどころか「民族」「種族」「国家」「領域」「社会」「文明」が、異様なほど等号にちかいかたちでむすばれやすい環境と伝統にあった(もちろん、厳密にはちがう)。西欧型の「ネイション・ステイト」が、本来の意味する以上に、過度にあてはまりすぎた。
---「遊牧民から見た世界史」杉山正明著、日本経済新聞社、28P〜29P---

こうした状況下にあって「国家」と言う象形文字のかもし出すイメージが日本人に民主主義の理解を妨げさせる結果となってしまうのはある意味仕方のないことではあるかもしれないが、「国家とはなんぞやー」「国民とはなんぞやー」の類の疑問は青年期には大抵の人が持つものであり、こうした思想形成をパスしてきた一部のお間抜けさんと議論するのは大変疲れるものである。

さてこうした成立過程を前提として改めて国民国家を思考してもらうのはROM諸氏に任せる。こうした国家観を踏まえたうえで私の民主主義観を提示しておく、以前に書いた駄文ではあるが間違いがあれば指摘してもらいたい、こうした議論でのある程度の合意がなされていなくては「外国人労働者問題」や「国籍」と「市民権」の違いを論じても無意味であろう。

私は民主主義の原則は民衆が主権をもち権力を行使する、と言うことだと考えます。主権を民衆が持っていようが、権力は権力です。これは明確に区別できますので、民衆と権力が対峙する構図は民主主義の原則に矛盾しないと思います。というより、権力と民衆は対立する概念であり権力は民衆の対極に存在します。

民主主義はこの事を認識しておかねば、権力の使い方を誤ってしまいます。権力は社会を構築する(民衆自らをコントロールする)ための道具であり民衆はそれを使う人間であります。使い方を誤れば己を傷つけます、刃物のようなものですね。決して「国家権力や公的機関」と「民衆」を混同してはならないのではないでしょうか?「国家権力や公的機関」は道具であり、人間(民衆)ではありません。
権力は誰から付与されたのか?と言う類のものではなく、ただの道具です。こう言う考え方は「王権」は神から与えられた、とする西欧的な概念が無意識下の中にあるんですね。「国家」と言う言葉は「ステイト」を翻訳したものだそうです。ちょっと私は作文力があまりないので私の持っている本から引用してみます(^^;

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ただし、漢字と言う象形文字が、心にあたえる造形力は、アルファベットなどの音標文字にひきくらべ凄まじいものがある。
<中略>
また、「国家」と言う漢語は本来「朝家」「公家」と同義である(もともとは、春秋時代の諸侯の「国」と、そのしたの卿大夫[けいたいふ]の「家」をさした)。漢語を避けていえば、「おかみ」という語感にちかい。ほんらい、そうした含みをもつ語である。
<中略>
ことば、訳語、文字がかもしだす雰囲気は、けっして軽視できない。日本における「ネイション」と「ステイト」は、「民族」、「国民」、「国家」と言う二字の漢語によってイメージ化されているのは避けられない。わたくしたちは、どうしても頭のなかに、この字ならびをおもい浮かべて考えている。このことを、よくよく思う必要がある。
---遊牧民から見た世界史、杉山正明著、日本経済新聞社、P29〜P30---

と言うことらしいのですが、かと言って本来、ではステイトをどう訳せば適当なのか?と言うのはこれはわかりようがないわけですが少なくともこうしたイメージから抜け出して客観的に「国家」というものを見ないと民主主義を誤解してしまう、つまり民衆が国家(おかみ、朝廷)になる、と言うイメージを持ってしまうと思います、これは間違いであり危険な考え方です、ファシズムがこう言う考え方をします。
例えばナチズムがそうですね、多数決を民主主義である、と誤解した結果です。言うなれば「民衆の代表に王権が与えられた」と言う誤解です。この手の誤解は自民党の先生方に多いですね(^^;

ステイトってステイタスとかよく使われますが、客観的にフランス革命政権の体制がネイション・ステイトとするのであればこれを日本語にしようと思うと「領域」の方が近い概念ではないですかね?(?_?)←外国語が赤点だったおやじ。

また「自由・平等・博愛」の精神をステート内に限定させる、などと言う発想がどこから生じたものであるか知れないが私は現代民主主義の真の発露は「世界人権宣言」にあると考える「自由・平等・博愛」の原点をキリスト教に求める人もいるが実はこうした概念はキリスト教のものではない、キリスト教と民主主義を同一視する事はまた違った形での偏見を醸造する事にもなる。あえて原点を探せば「フリーメイソン」の中にあるのかもしれない。

ある意味「自由」と「平等」のふたつの概念は矛盾・相反する概念である、「自由」を追求すれば「平等」は破壊され、「平等」を追求すれば「自由」を失う、そこに「博愛」を中核に置くことにより崇高な理想の実現となるのである。近代民主主義は「自由」を追求する勢力(資本主義)と「平等」を追求する勢力(共産主義)との対立せめぎ合い殺し合いの歴史であったと単純に考える事もできる。世界人権宣言はそこに「博愛」を明確に打ち出し民主主義の中核としようとした人類の試みであると言えよう。

こうした概念にたって改めて民主主義を見たとき「個々人に立法権がある」と言う言説の持つ意味も理解できてくる、人権の概念は明らかに民衆=個人の方程式を示唆しているあらである。こうした概念の導入により改めて法理論を構築する事が如何に重要である事か見えてこよう。

もうひとつ私の思想の根幹となる主張を為しておこう、「本来、民主主義に国境はいらない」。

現実に「国民国家」以前には現在のような機能を持つ「国境」は存在しなかった、「国境内の民衆」は国民でも民族でもなく、自由に移動できた。では、そうした時代に民主制の概念は存在しなかったのか?否である民主制は紀元前から存在した概念である。
実は日本人はフランス革命よりも早い時期に「国民国家」的概念が成立していた(民主主義ではなかったが)現在における国境の概念は藩鏡と言う形で存在した、維新によりこの藩(藩境)と言うパラダイムの一大転換をなした経験を持つ、これは世界史上でもまれである、さて今日本人は余りに国民国家国際秩序における「国境パラダイム」とらわれすぎている、が、しかし、元々このパラダイムを転換する能力は日本人にはある、一時期は武力と言う形でそれを為そうとし、民族差別と言う大きな落とし穴に陥った。

しかし、今世界は「民族自決」を最良のものとはせず新しい国家観に基づく平和的国際秩序の転換期に向かおうとしている。他民族を制覇するのではなく他民族や多文化を前提とし互いがそれを尊重し共存する道を模索し始めている、日本人にはそれができる能力がある、と信じる。「日本人よ、差別を恐れるな、差別は恐れるものではなく克服するものである」

流血の惨事を避けながら国民国家概念を打破し「人・物・金」が自由に行き交う新国際秩序形成のリーダーとなる資質を日本人は備えているものと信じる。