| 31162 | 返信 | Re:「精神障害」をめぐる議論(ユーリのパパさんに質問) | URL | ユーリのパパ | 2004/11/27 16:29 | |
| JUNEさんへ > ありゃりゃん、ユーリのパパさん、ちょっと待ってください。 > > >(C)「憐憫を禁じ得ない」と発言すれば、話し手が相手を侮蔑する意図を持っているかどうかとは関係なく、「侮蔑」という言語行為になる。 (※1) > > >もちろん、文脈によっては、「ありがとう」が、ありがた迷惑だよ!という怒りの表明になることもあり得ます。 > >「憐憫を禁じ得ない」が「侮蔑」にならないのは、JUNEさんが示したMさんとDさんの対話のような例ですね。 (※2) > > なんかおかしくないでしょうか? > > (※1)は、「憐憫を禁じ得ない」という表現だけから、それは「侮蔑」だと判断できると言っているわけですよね? > (※2)は、「憐憫を禁じ得ない」という表現があっても、【文脈】によっては、「侮蔑」ではない場合もある。つまり、「侮蔑」であるかどうかは、その発言がされた生の【文脈】がわからないと判断できないということですよね? > > 私には、この二つは矛盾しているように読めてしまうのですが ・・・。それとも、(「侮蔑」という言語行為)と(「侮蔑である)は別だということでしょうか? うーん、わけがわからなくなってしまいました。 少し書き方が不親切だったかもしれませんね。 (※1)の前で、わたしは「(1)において話し手が相手を侮蔑する「意図」について。」と書いています。ですから、ここではまず、「意図」だけを問題にしています。「通常は」ということばを補って読んでください。 次に(※2)で、「文脈」によっては例外的に侮蔑にならない場合があり得る、と補足しています。つまり、まず「意図」、次に「文脈」という二段構えの書き方をしているわけで、矛盾していませんよ。前の主張を変えたわけではありません。 現実には、当該の発言が侮蔑であるかどうかの判断は、次のようになされます。 まず、文脈から(a)通常のケースか(b)例外的なケース(MさんとDさんの対話のような例)−かが判断できます。 (a)は、(a1)侮蔑の意図があることが明らか(a2)侮蔑の意図がないことが明らか(a3)侮蔑の意図があるかどうか不明−の3つのケースに分かれます。 (a1)のケースは当然、侮蔑です。そして(※1)で書いたように、(a2)(a3)のケースも侮蔑となります。 侮蔑とならないのは(b)のケースだけで、この場合、もちろん侮蔑の意図はありません。 水原さんの発言は、もちろんMさんとDさんの対話のような例とは異なり、(a)のケースです。 しかも八木沢さんの投稿で、発言の文脈の詳細があらためて明らかにされた結果、(a1)のケースに当たることは明白です。八木沢さんが示した証拠により、(a2)のケースだと言い逃れることは、もはや不可能になりました。 そして、仮に百歩譲って(a2)または(a3)のケースだとしても、侮蔑であることに変わりはないのです。 > >>話し手の意図は、最終的には、文脈によって判断できます。 この発言は正確ではありませんでした。(a3)のケースもありますので、「話し手の意図は、多くの場合、文脈によって判断できます。」と修正します。 |
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