| 31186 | 返信 | Re:「精神障害」をめぐる議論(論争の総括) | URL | 水原文人@不眠症(←これも精神的な病理なんでしょうね) | 2004/11/29 02:32 | |
| > 言っておきますが、わたしはあなたと論争なんかしていないから、これは第三者による客観的な判定です。 あ、そう(笑)。してますよ。そこまで無自覚なんですか? だいたい論争になることを覚悟もせずに他人をパブリックな場で批判するのは、自分の言論についての責任をまったく自覚していない幼稚な無責任でしかありませんよ。 > > > ここで重要なのは、「・・・」に代入される語(普通は人を指す語)が何であっても、命題(3)が成り立つことです。したがって、次の2つが言えます。 > > > > この「命題」の使い方は明らかにおかしい…。すごい「衒学的」な論考ですな… > > トンチンカンな知ったかぶり。わたしは数理論理学を学んだ人間ですよ。あなたのような無知な人に、誤った批判をされるいわれはない。 あなたが数理論理学を学んだからといって、「命題」の使い方がおかしいことに変わりはありません。バカ単純な学歴権威主義から自由になれない姿はひたすら憐憫を誘いますが…。 > 結論を言えば、tararararaさんと八木沢さんは、理路整然とした批判により、とうの昔に水原さんを一方的に、完膚無きまでに論破済みです。 結論に至る論理的プロセスが穴だらけである以上、あなたの信仰告白でしかありませんね。 > それではその後も続けられているのは何か。敗北を認めたくない水原さんが駄々っ子のようにわめき散らし、あるいは論点をずらして逃げまくっているのを、tararararaさんたちがたしなめている、という図です。真の論争はすでに終了しています。 あのですねぇ…。taraなんとかさんの批判の論拠はすべて反論済みであり、それに対する有効な再反論はいっさいありませんよ > 発端は、きわめて単純です。水原さんは問題の発言で、「憐憫を禁じ得ませんな」という言い方をすることにより、毒芋虫さんを貶め侮蔑しました。 掲示板上にはっきり現れた異常な事象に対しそれに対する解釈を述べただけで「貶め侮蔑」になるのならその通りでしょうが、それが許されないのなら議論系掲示板なんてものそれ自体が成立しませんが? > その際、毒芋虫さんに「限りなく精神障害予備軍に近づいておいで」とレッテルを貼ることで、精神障害(者)も侮蔑し差別したのです。 「精神障害(者)も侮蔑し差別した」ことになるのはあなたの脳内にある潜在的な差別意識がそこに投影されているからあなたという個人にはそう見えるのだという指摘に対し、あなたはなんの反論もしていません。したがってあなたのこの決めつけはあなたの信仰告白でしかなく、議論としてまったく無効です。 > これだけの話です。政治家などが同じ発言をしたら、たちまち批判を受けて発言を取り消し、謝罪するでしょう。 そりゃ社会構造そのものに差別的な構造が組み込まれている以上、人気と票集めが仕事の政治家は現実的選択として謝罪するでしょう。当たり前のことです。 その(あなた自身や、僕自身を含む)社会構造そのものを問題にしてるんですから、あなたの主張が議論としてそもそも次元が違うことすら理解できないで、よくも「衒学的」などとうぬぼれた発言ができるものだなぁと、かなりの滑稽さを感じつつ読ませていただいております。 > だから、本当はtararararaさんたちの最初のころの批判で、もうおしまい、だったのです。その後も水原さんは見苦しい抵抗を続けましたが、八木沢さんの投稿31094が駄目押しの決定打になりました。 なってませんね。何度言わせれば分かるのかウンザリして来ましたが、おっちゃんと僕は別人格ですよ。まして文脈も違うのに、まったく同じ現的的な意味で同じ言葉を使っていると考える方がおかしい。あなたの思い込みです。 …と何度も繰り返し反論してるのに、無視するしか能がないあなたって、いったい何様のつもりなんですか? > 野球にたとえれば、9回終了時に10対0で負けている試合を無理やり延長してもらい、15回裏に満塁ホームランを打たれた、というところでしょうか。 くだらない比喩で印象操作しようとしたところで、あなたが自分が批判した相手の反論にいっさい答えていないという厳然たる事実は隠しようがありません。やっているのは壊れたテープレコーダーのような繰り返しです。議論系の掲示板にとってそれがどういうことか分かりますか? またあなたは僕だけでなく、たとえば猫まんまさんによるあなたの発言の批判にもいっさい答えようとせず、無視しているだけです。ご都合主義にもほどがありますね。恥ずかしくないんですか? > 「論争」とは、対等の力量を持つ者同士で、論理的な議論を重ねて行われるものです。これは論争とは言えません。tararararaさんたちが、はるかに力量の劣る水原さんを一方的にサンドバッグのように殴りつけただけです。 読んでもいない論文を「幼稚」と決めつけるようなデタラメなtaraなんとかさんが僕より力量があるとしたら、同じことをいくら繰り返してもまったく飽きたりうんざりしたりしない強靭な忍耐力だけでしょうな(爆笑)。 > 次は全くの蛇足ですが、水原さんの無知ぶりがよくわかる例ですから、あらためて書きます。 あのぉ、そういうことを書くとあなたの無知ぶりを露呈するしかなくなってしまうんですが…いいんですか、マジで? だいたいすべて過去にこの掲示板上で反論済みのことばかりなんで、僕にどういう反論が可能かも冷静であれば把握できるはずなんですが…。少しは戦略というものも考えて下さいよ。他人を貶める意図がどんなに強烈でも、結果は自分の愚かさを晒すことにしかなりませんよ。 > (1)「母語」について。ソシュールやバルトぐらい、わたしだって学生時代から読んでいますよ。そんなの「一般教養」じゃん。クリスチャン・メッツだって書庫にありますよ。読んでないけど(笑)。 だいたいソシュールはともかく、バルトやメッツは「母語」の定義にはまず関係ないのだが…(みごと権威主義者がひっかかりそうなひかっけにひっかかって下さったのには、笑いました)。 それにしても、ここまで偉そうにしておきながら現代の言語学における一般常識を知らないんだからすごい(笑)だいたい、政治的な配慮と、また少数民族の場合にはうまく分類できなくなるので、今では「母語」というナショナリスティックなセンチメンタリズムが入る用語よりは、「第一言語」というのが普通です。 > 実例を出します。 > ・在日朝鮮・韓国人の母語は、在日一世の場合を除き、日本語です。 「第1言語」はね。 > ・日本人の中国残留孤児の母語は、北京語、広東語、等々です。 日本語ですよ(笑)。「第1言語」ないしネイティヴ・ランゲッジの意味で「母語」を使うとしても、言語学上の定義では3歳までい使っている言語です。従って、よほど幼少時に生き別れになった例を除いて第1言語は日本語ですし、7〜8歳とかなり大きくなってから生き別れになって中国語の環境に置かれた人の場合、あらゆる基準に鑑みて「第1言語」の意味での「母語」は日本語になります。 僕自身、10歳のときには日本語よりフランス語の方ができましたが(←その言語圏で育ってるんだから当たり前で、なんら自慢することではない。ひじょうに残念ながら…)、第1言語は日本語です。6歳までは日本語オンリーで育ってますから。 相変わらず、苦しい立場に置かれた他者に対する想像力が決定的に欠如して現実をまったく無視した乱暴なレッテル貼りに終始する姿はさすがです。 > あなたはこれが理解できないでしょう。だから「母語」の正しい意味を知らない、と言うのです。 理解できる訳がありません。あなたの言ってることが狂ってるんですから。 そもそも、なぜ現代の言語学で「母語」の定義付けが変わって来たのも、(どう)しよう(も)ないさんにさんざん説明しているのですが、過去ログをひっぱってくるならもう少し丁寧にやってみたらどうですか? あなたが考えているような「母語」の概念は帝国主義の時代のものであり、必然的にドミナントな他民族の言語に囲まれて生活しなければならない少数民族や被支配民族にとっては近代的な民族意識.民族の定義の基本的要素のひとつである「自民族の言語」を否定することになりますから、今ではその定義では使われないようになっています。またそうした環境で育つ少数民族の用いる言語の分類に不適切になるからでもあります。学問上の定義であるとかには、あなたのようなご都合主義の「例外」はそう簡単に認められないんですよ。 だからこそ「民族の母語」という概念が生まれ、理屈の上ではヘブライ語にまったく触れたことのないユダヤ人の「母語」ですら学問上の分類ではヘブライ語になる(こりゃ極端な例ですが)というように考えられるようになったのです。 他人を差別差別と批判しているわりには、現実社会において実際に多くの人がそのために悩んでいる差別には、相変わらず鈍感・無神経。独善的な方ですね。 ま、その程度の幼稚な意識しかないから、僕が「人権派」に見えるのでしょうが(苦笑)。 > (2)フランス語の単語をカタカナで表記するときに、「フラテルニテ」と書こうが英語風に「フラタニテ」と書こうが、どうでもいいよ、そんなこと。 で、他人に言語学について講釈を垂れたがるユーリのパパさんが、「フラタニテ」という何語でもない表記を「英語風」と言っているのがまた笑えます。Fraternityですから、「フラターニティー」という正書表記しか考えられませんな。 また音としては日本人には「フラタニテ」と聞こえるぶんだけ、taraなんとかさんの方がマシです。 しかも英語のFraternityは政治的な意味ではあまり用いられません。フランス革命の三大標語の三つめはしばしば「Brotherhood of men」ないし「Brotherhood of mankind」と訳されます。 > tararararaさんは投稿30930で、「人類皆兄弟」を前提とした「兄弟愛」というあなたの認識を誤りだと批判しました。この批判が理解できていないようです。 理解できているから、三色旗の由来を述べて反論しましたが? > tararararaさんが指摘したことは、最近のフランス革命研究において常識に属する知識ですよ。そんな基本知識もなしに議論しているのか、とあきれはてただけです。 具体的にどのような「最近のフランス革命研究」で常識になってるのでしょうか? 最近のフランス革命研究で常識になっているのは、フランス革命が当初からその理念がすでに現実の前に妥協し、限界をさらけだし、実現されていなかったことだと思いますが? ごく普通の歴史で常識である思想的背景もhirpiroさんやtaraなんとかさんに説明して差し上げたのですが、そこは見えなかったようですね。すごい色眼鏡だ。 フランスで革命的理念の基盤となった思想は、まず18世紀の啓蒙思想です。またこと平等と博愛には、ヨーロッパ文明を支配して来たキリスト教的な思想も、その宗教性は除去し、ヒューマニズム的な部分だけは残して、影響を与えています。「fraternite」は元々兄弟間の連帯感といった程度の意味ですが、キリスト教的な世界観では人間はみな神の前に平等であり、そしてしばしば「兄弟」と表現されます。 むろん、ナザレ人エシャウが「あらゆる人間」と言ったときに、どの程度の広さで「あらゆる人間」を認識していたかの問題はありますが、言葉は言葉であり理念は理念ですから、言った本人の個人的限界がその発言の内容をも限定することはありません。 フランス革命当時のフランス人が実際のところどこまでを「人間」として認識していたかどうかも、純粋に理念である「自由・平等・博愛」本来の適用範囲を限定するものではありません。ただ自分たちの認識の限界や現実に対する妥協からそれを実践できなかったフランス人たちの問題であるだけであり、そしてその問題はそのまま今のフランス社会の問題でもあり続けています。本家フランスがその理念を実践できないのはフランスがダメだからにすぎず、理念そのものの意味を変容させるものではありません。 > 「フランスで教育をうけてフランス革命にドグマタイズされた人間」であっても、その発言の正しさが担保されるわけではありません。 それだけあなたよりもフランス革命についての知識を持っているのは当たり前である(いわば”自国の”歴史として小学校から教わったくらいですから)という意味しか持ちませんが、なのに… > あなたが権威で人を恐れ入れさせようとするタイプの人間であることはわかりました。 などとと「わたしは数理論理学を学んだ人間ですよ。あなたのような無知な人に、誤った批判をされるいわれはない」と逆上してヒステリックに権威主義そのものの発言をした方が、またまた自己投影をしておいでです > 前にも書いたように、わたしは原則としてあなたと対話する気はありません。時間の無駄だから。 > ただし、あなたの投稿に見るべきところがあり、かつ、わたしに時間の余裕があり、気が向いた場合は、遊んであげるね。 > それまで勝手に気炎を上げていてください。でもあまり興奮しないようにね。 > では。バイバーイ。 ↑で、あげくの果てにこのような空威張りをすることで「自分の方がエライんだ〜」という思い込みが維持できるのだとしたら、相当に絶望的に幼稚ですね。 掲示板への投稿なんてやめた方がいいですよ。あなたの精神衛生上よくないから。ホントに育児中だとしたら、掲示板で昂奮してイライラしている親にやつあたりされそうなお子さんがマジでかわいそうです。 > |
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