| 31190 | 返信 | Re:文脈上はどうでもいい突っ込みでありますがRe:「精神障害」をめぐる議論(論争の総括) | URL | 工藤猛(@cd.mbn.or.jp) | 2004/11/29 11:40 | |
| > > > ・日本人の中国残留孤児の母語は、北京語、広東語、等々です。 > > > > 日本語ですよ(笑)。 > 無知故の偏見というのは差別の温床として相当に恐ろしいものですが… > 日本人の中国残留孤児が第2言語として広東語で育った事例なんてどこにあるんでしょうか? ゼロではないかも知れませんが、まずあり得ませんよ。 > 広東語はどこの言葉でしょうか? そして中国残留孤児は、中国大陸のどこに取り残された人々でしょうか? 旧満州/東北地方に決まってるでしょうが…。そこで広東語はまず使われていませんよ… ロシア語に堪能な残留孤児だっているじゃないか。 旧満州には中国共産党の軍隊が活動していたんだよ。 広東語を話す共産党員の比率は旧満州生まれの共産党員よりも 多かったような気がするが、1945年当時。(中国全土でね、もちろん。) もちろん広東語を話す人間が旧満州に 何人いるかなんて分かりようもない。 可能性は無限大よ。 (ロシア人にも1945年のドサクサに人間的なやさしさのあった人が 一人いたことが証明されて、よかったんだろうな。 幼い者を守りたかった人が一人は存在していた。) 1945年当時、旧満州に広東語を家庭で話す中国人を一人見つけて来て かつ広東語を話す残留孤児を旧満州から一人日本国に連れてこないと嘘八百を この掲示板で書いたことになるのかな。 それとも確率、蓋然性、妥当性の問題に収斂させるのかな。 広東語を話す残留孤児がこの世に一人いたっていいじゃないか。 ********* まず あり 得 ません よ。 まず:おおよそのところ総体的に考えて、という意味合いでいいのだろうか。 あり:有り無し、のありでいいよな。 得 :あった、という意味の得だよな。 ません:否定だよな。 よ :無いことに同意を求める よ だよな。 意訳すると「おおよそない(完全無欠に無いと全否定するには材料が足りないが 合目的的に ない と判断できる)」 たぶんないだろう、というよりは強い否定。 断じてない、というよりは比較的に弱いとも取れる否定。 (現実的な可能性はゼロに近いほど無視できる、といった意味では 自身の判断が否定される事態がゼロではないという含みを持たせた 否定である。) こんなことを、ごじゃごじゃとこと細かく時間を割いて論じ合う人は 多分いないと思う。文脈で判断つくことだから。世の中の潤滑油的な 流れによれば80%が認めるような解釈、感じ方、受け止め方は 当然のごとく多くの人に支持される。少数者の主張や感じ方、受け止め方は 無視されやすい。主張を貫くには障害や困難が多くなる。 「本質」の捉え方が多様だから本質にたどり着く道筋も多様になる。 解釈に幅があるのは言葉や文章の「本質」だろうな。 無用な摩擦と有意義な摩擦を区別したがる習性は「現状肯定的な側面」が いなめない私の性格の一端だろうな。後天的な学習によると思われる。 【障害】という書き言葉にどのような限定的な含意まで書き手が許しているのか なんて、その書き手の言葉をいろいろな事象に対するさまざまな言及から 推し量って、何年もかけて蓄積された「印象」から判断するしかない。 書かれた状況。 書いた人物の性格、思考方法、生きてきた体験の総合的評価。 書かれた瞬間の「事実」そのものの評価分析。その評価分析の正当性。 出発点とその後の輻輳する「論じ合い」の意味するものや 偏差についての判断、考慮。 あいまいの中でぼやっとでも次の時代に生きてゆく幼いものへの愛情が 見え隠れしていればいいと思う。 ******** 表現のどっかに「隙」のあることは当たり前に誰にでもある。 適当に妥協してもおのれのこだわり、矜持を貶めることにはならない。 正面突破よりも戦線を縮小して停戦にもちこんだら。 複数の正面作戦は自身にとって重荷になると思うよ。 無用な軋轢を抱え込むようなものだ。 なんか傍で見ていると当初の投稿が指し示していた人物の影が どんどん薄くなっているようで、輻輳しすぎだ。 世渡りの下手なそんな性分のひとなんだろうな。 人のことは言えないけれどね。他人ながら気になるな。 |
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