31247 返信 Re:「精神障害」をめぐる議論(ユーリのパパさんに質問)−精神障害はどこに行ってしまったのか? URL 上海 2004/12/02 16:59
JUNEさん

はじめまして。

> 先に他板で投稿してしまった内容は以下のものです。
> また、この前後に「憐憫を禁じえない」という表現についての他のみなさまの投稿もあります。
>
> http://otd9.jbbs.livedoor.jp/983595/bbs_plain?base=3764&range=1
>
> > どうして、「憐憫を禁じ得ない」という表現が、それだけで「侮蔑」という言語行為だとわかるのでしょうか?

僕が思うのは、「憐憫を禁じ得ない」という表現が「侮蔑」か否かという議論の根に
あるのは、「精神障害」という言葉やその対象に対する、深い闇のような無理解と差別
の感情が「受け手側」にある事が、話をややこしくしている原因であるという事です。

僕は「差別」という表現をほとんど使いませんが、それは「差別」にあたる行為や表現
が、例えば朝鮮人や犯罪者に対しておこなわれた場合には、結構 簡単に問題点を互いに見つけていく作業が可能だからです。敢えてレッテルを貼るような(相手の人格を
一方的に決め付けてしまう議論には弊害でしかない)必要が無いと考えるからです。
それは、対象となる問題に対して両者ともが、最低必要限の知識や見識がある場合が
ほとんどだからです。

しかし、「精神障害」については、どうもそうでは無いようです。

他の事柄の議論では平気で「朝鮮人は半島に帰れ」だの「不法滞在者は即刻強制退去さ
せよ」なる勇ましい書き込みが噴出しますが、こと「精神障害」については「病者を即刻措置入院させろ」という書き込みが出てきません。また、不法滞在者=犯罪者予備軍と簡単に決め付ける「流行」の中でも、「精神障害」=「犯罪の危険性」という書き込みも目に付きません。

そのような暴言は、例えば池田小学校の惨事を語るときに、それも心神喪失判断を云々
する時に出てくる程度ですね。

これは何を意味するのか?

それは、「精神障害」という表現が、相手の人格を否定しきる為の「最後の切り札」として、そのように「精神障害」という事柄を、多くの人が認識しているからだと考えます。

そして、そこに言及する事が、さすがに気が引けるのか、回りくどい枝葉末節の部分に
拘泥する結果が「憐憫を禁じ得ない」などの表現へのアタックとなるのでしょう。

>
> >さて、問題の水原さんの発言です。
>
> > (※)限りなく精神障害予備軍に近づいておいでなのに対して、憐憫を禁じ得ませんな。
>
> > この発言は、緊張した人間関係において行われていますから、JUNEさんが示したような例外的なケースではありません。明らかに、話し手の意図とは無関係に、相手の毒芋虫さんを侮蔑する言語行為です。
これは、明らかに「精神障害者予備軍」という表現によってのみ、「大騒ぎする」侮蔑
行為と認定されているのですよ。本人も回りもね。
これが「そこらのネットウヨク予備軍に近づいておいでなのに対して、憐憫を禁じ得ま
せんな。」であったなら、そうはならないでしょう。

水原氏に(彼もわかった上で)そう言われて「大騒ぎ」する人たちは、自らの差別性を
見事に吐露していると言えますね。そう、このような深い闇のような人格否定には明確
な「差別」という表現を用いて構わないでしょう。

「差別」とは悪い事とか、良い事とかの問題ではなく、「あなたはそういう事をしてい
るのです」という認定であり、対応べき反応は、「差別してない、してる」ではなく
今、「差別」と認定された行為に「深い闇のような人格否定」が無かったかどうかを
厳粛に考え直す事でしか無いのだと思います。


>
> 【通常】と【例外】を判別する基準は「緊張した人間関係であるかどうか?」なのだという理解でよいのでしょうか?
> 私にはそこのところもよく理解できないのですが、仮にそれは置いておくとしても、
>
> この「緊張した人間関係において行われていますから」 という判断は、「憐憫を禁じ得ない」という【表現】だけではわからず、【文脈】を読み取らない限り、知り得ないのではないでしょうか?
>
> 結局のところ、「憐憫を禁じえない」という【表現】からだけでは、「侮蔑」かどうかはわからない、【文脈】の読み取りが必要だということになるのでは?

JUNEさんのご指摘の通りですから、次に行なう事は、「大騒ぎ」を始めた当の本人が、
「精神障害」について責任持った見解を述べる事でしょう。