| 31270 | 返信 | Re:「精神障害」をめぐる議論(ユーリのパパさんに質問) | URL | JUNE | 2004/12/03 09:18 | |
| ユーリのパパさん、順番が前後しますけれども、まず先に、一般論のほうを確認させてください。 >> 結局のところ、「憐憫を禁じえない」という【表現】からだけでは、「侮蔑」かどうかはわからない、【文脈】の読み取りが必要だということになるのでは? >まったくその通りです。 ああ、よかった(^^)。 (そこが合意できないと話が進まなくなってしまうので) >わたしは次のように議論を進めています。 > ・通常のケース、標準的な解釈では「侮蔑」となる。 > ・しかし、文脈によっては標準的な解釈が妥当しないケースがある。 > ・多くの場合は、最終的に文脈で解釈が確定する(まれに、文脈を参照しても解釈が確定しない場合があり得る)。 なるほど。つまりこういう流れだということですね? (1) 「通常のケース」 = 「侮蔑的な使われ方」 である。 (2) 文脈を読む → 「通常のケース」かどうかを判断 → 多くの場合、「侮蔑」かそうでないかが確定。 でも、これって要するに、↓これと同じことですよね? (1+2) 文脈を読む → 「侮蔑的な使われ方」かどうかを判断 → 多くの場合、「侮蔑」かそうでないか確定。 なにも、事前(文脈を読む前)に、【通常】とはこういうケースであると区別しておく必要性はない。というか、現実的にはそんなことできないのではないかと私には思えます。実際の文脈を読む前に、「【例外】となるケースとはこれと、これと、・・・・・ こういう場合である」などと指定しておくことができるでしょうか? もし、ユーリのパパさんにそれができるのなら、ここで、【例外】ケースとなる条件を全て示してみていただけないでしょうか? 私の提案は、「それでは、とにかく生の文脈を読みとってみましょう。そして、その文脈の中で、その表現が「侮蔑」的な意味で使われていると確定できるのかどうか検討してみましょう。」 ということなのですが、いかがでしょうか? 次に個別事例のことについて。 >その皇太子と友人Jの対話は、非常に親しい関係における冗談ぽい「憐憫」の表明ですね。 これは誰による解釈でしょうか? と聞くのも変なわけで、答えは明白「ユーリのパパさん」による解釈ですね。(この点、同意いただけますよね?) ユーリのパパさんはそのように解釈なさった、ということを私は理解しました。その事実は尊重します。けれども、私の解釈はちょっと違います。私にはこのケースは、「親しい友人関係」における「本心からの憐憫の表明」だと解釈できます。また、文章の作者としての立場からしても、「本心からの憐憫」のつもりであの表現を書いたわけなのです。 ここで、確認しておきたいことが二つあります。 (1) 文脈の解釈は、読み手によって一致しない場合がある。 (2) 発話者の意図と、読み手が文脈から解釈した意図は一致しない場合がある。 ユーリのパパさんは、これらのことには同意いただけるでしょうか? >MさんとDさんの対話と同様、例外的なケースです。 「例外的」=「侮蔑的な使われ方でない」と翻訳して話を続けさせていただきます。その判定はどのような根拠でなされたのでしょうか? 「親しい間柄」だから「侮蔑ではない」のか? それとも、「冗談」だから「侮蔑ではない」のか? あるいは、「親しい間で、かつ、冗談」だから「侮蔑ではない」のか? それとも、そのような「一般論的な特定の条件」のみによっては判断しきれず、そのときその場の生の文脈の流れ全体からして推測されたもの(←私はコレだと思うのですけれども)なのか? ユーリのパパさんはどのようにして、その判定をすることができたのでしょうか? 今日はここまでということで。 ユーリのパパさんもお忙しいようですから、お返事はゆっくりで結構です。 というより、私のほうが早いペースにはついていけないもんで、そのほうがありがたかったりして(^^;)。 |
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