| 31286 | 返信 | 資本主義の終末 Re:「東亜解放」の虚妄性 Re:治安は自由を駆逐せよ | URL | 森永和彦 | 2004/12/04 04:34 | |
| > 一度お聞きしたかったのですが、「帝国主義戦争の不可避性」という言葉を、学生時代に元気のいい左翼学生諸君から聞いたことがあるのですが、やはり9・11をひとつの区切りにして、「戦争の必然性」もしくはその形態そのものも変化したとお考えでしょうか? いいえ。911はそれまで存在した傾向を加速はしましたが「区切り」にはなっていません。 そもそも、911は「テロ事件」ではなく、Bush政権が自作自演した一大政治劇ですし。すでに存在した計画を実現するためにしくまれたもので、新たな時代をもたらしたものではないのです。 ![]() ![]() それと「帝国主義戦争の不可避性」とやらも、一知半解でしかないように思います。この板にも「民族自決権」という時代遅れのスローガンに固執する人がいましたが、教条主義者が多くて困ります。 > > 「亜細亜解放」という虚妄に別れを告げて、無階級社会へ向けて決起しましょう。 > > 森永様にかかってはカタなしです。無階級社会は賛成であります。 私には「東亜解放」の意味がわかりません。何から解放するのですか? なぜプロレタリア解放ではなく、東亜解放なのですか?それがまったくわからない。 ロシヤのナロードニキのように、共同体を基礎にした社会主義を唱えるのでしょうか?しかし日本はとっくに資本主義化しており、その現実性はゼロです。いったい、東亜の何を何から解放するのかわかりません。 > 森永さんが「虚妄」と言うのも無理からぬことと了解しております。しかしレナト・コンスタンティーノが「二重の侵略」と呼んだフィリピンの姿を見るに付け、このどん底からの解放はいかにあるべきなのか、亜細亜の真の解放とはいかにあるべきなのか、思いをはせ続けないわけにはいきません。 その回答は世界プロレタリア革命です。資本主義の打倒なくして、「二重の侵略」からの解放はありませんし、また資本主義の打倒は先進工業国における革命なくしてありえません。ですから「民族解放」は虚妄です。(反帝国主義闘争が虚妄という意味ではなく、資本主義の打倒なくして民族解放が実現されるというのが虚妄という意味。) |
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