31319 返信 Re:精神医学・医療と精神分析について URL 水原文人@パラノイア 2004/12/06 21:07
> > 当たり前です。精神分析の純粋に理論の分野ですら、フロイトはすでに大昔の基礎の古典ですから、出発点でしかありません。出発点であると同時に土台でもあるわけですが。
>
> ですから、その肝心な土台の理論や病理概念でさえ、それを支持している精神科医はまず少ないと言っているのです。

それは初耳ですな(笑)。

> そういったことを示す例を、たとえば同性愛に対する精神医学界の対応の歴史の中に見ることができると思います。
> 1970年代の初頭までの長い間、米国精神医学会(APA)はゲイ、同性愛を「精神障害としての病理である」と見なし、治療の必要な疾患と捉えてきました。そしてその考えを支える大きな柱となっていたのが、フロイトに始まる精神分析理論の土台的病理概念にもとづく同性愛の捉え方(同性愛は幼児期に体験された深い葛藤と抑圧によって生じたもの云々・・・)でした。実際そのころまでは、精神分析理論とその治療的手法を支持する精神分析派の医師が学会の中で大きな勢力を占める時期が続いていたと言えるでしょう。

それは同性愛が「精神障害としての病理である」と見なされなくなったからだけでしょう。「精神障害としての病理」でないのなら、「同性愛は幼児期に体験された深い葛藤と抑圧によって生じたもの云々」をする必要がなくなっただけです。「病理」と認識する段階での偏見があったのがなくなっただけで、「幼児期に体験された深い葛藤と抑圧によって生じた」精神的に困難な状況そのものを否定することは、まったく別次元の問題です

> そのような背景もあって、米国精神医学会は同性愛をDSM(精神障害の診断の手引き、指針)の中で治療対象の精神疾患として明記し続けて来たわけですが、同性愛者の権利解放運動によってそれが批判に晒され、DSMからの削除を求める声が強く上がった時に、それを拒否し続けた学会の指導的立場の理事らが削除反対の「根拠」の柱としたのも精神分析的な病理概念であったわけです。(だからといって精神分析派の精神科医が全てそうだったと言うのではありません。同性愛者側の主張を支持する精神科医グループの中には精神分析派の医師がいたことも事実です)

ですから「拒否し続けた学会の指導的立場の理事ら」個々人が同性愛への偏見に凝り固まっていただけですね(笑)。それにゲイ・リベレーションの理論的支柱は、フェミニズム経由でマルクーゼですよ。

> 自閉症や分裂病(統合失調症)の病理、病因に対する捉え方にも似たような構図を見ることができると思います。

「精神障害」は自閉症や分裂病だけぢゃありません…。

> 生物学的因子と社会的因子の関与については、色々な調査・研究による知見が集まってきましたが、どちらの病気も遺伝的基盤(病気そのものが遺伝するという意味ではないことに注意)と言われる生物学的因子が主たる病因であることが、一卵性双生児の調査研究(いわゆるTwins Test)や家族研究などの疫学的調査、脳科学的アプローチによる研究などで明らかになってきました。と同時に、精神分析派の人たちが主張し続けてきた病因説---親の育て方や家族環境のまずさが病因である---などと言えないこともかなりはっきりと分かってきたのです。

どっちも両立可能なんですが…。ちなみに僕自身がいわゆる分裂病的な気質の持ち主ですが、「遮蔽記憶」で過去を塗り固めているのでない限り、「親の育て方や家族環境のまずさ」はまるでないですね。生物学的な因子が大なり小なり誰にでもあるとして、それが「発症」するのかどうかには生育し生存している環境からの抑圧や刺激が関連してるんじゃないですか?

> > またこと日本の場合、精神障害の発症の原因を成長し生存してきた環境による自我や超自我への抑圧に求める論理展開が、患者家族に嫌われてなかなか定着しないのではないか、おおっぴらに言えないのではないかという邪推もしています。「成長し生存してきた環境」といえばまず家族ですから。
>
> それはまず邪推でしょうね。
> 逆に、分裂病や自閉症に対して「それらの病因の主因は家族環境にある」との実証性のない精神分析的な診立てをすることによって世間の偏見や冷たい目がますます患者家族に向けられ、彼らの苦悩にさらに輪をかけることを、多くの精神科医が懸念してきたと言えるでしょう。

これはあなたが「邪推」とおっしゃったことのパラフレーズでしかないんですが…

> 精神分析が「定着」しない原因は実証的な知見やデータに見を向けない非科学性にあると私は見ます。

ほお。先進国で「定着」してないのは日本だけなんですが…。

> > しかし家族が信頼し頼る対象であると同時に抑圧して来るものでもあるという認識の欠如は、こと今の日本の若者に深刻な影響を与えていると思います。
>
> 家族の言動が時として本人に対して否定的、抑圧的に働くことがあるのは、別に「精神分析」を持ち出さなくても広く認識されていることです。かりにその認識が「欠如」しているとしても、それは「精神分析」を批判、否定することで生じているわけでも全くありません。

「批判、否定することで生じ」るわけがないでしょう(苦笑)。「批判、否定」する以前に知らないんですから、「批判、否定」しようがありませんわな。

> 水原さんの意見で特に気になるのが、家族による「抑圧」が「若者に深刻な影響を与えている」主因であるかのように書かかれている点です。そしてそれが、「今の日本」という言い方で、以前より重大になっているかのように、根拠も上げずに決めつけるような書き方をされていることです。

根拠を明示したらそれこそプライバシーの侵害になります。ヒントを言うなら、二年間ほど学校の先生はやってました(ということは前にも書いた気がするけど)。

もうひとつの根拠は、最近もとても陰惨な家族殺し事件がありましたが、報道を信じる限りにおいては、どのケースでも極めて抑圧的な家族環境が垣間見えますね。

> ひょっとして、水原さんご自身のトラウマが家族環境を否定的な要素に捉えさせているのではないでしょうね。(これこそは余計な邪推かもしれませんが)

その邪推の通りであればあなたは嬉しいのかも知れませんが、残念ながら極めて平凡に幸福な家庭で育ちました。幸福すぎるのも抑圧といえばその通りですが。

うちの母は箸の正しい持ち方を教えてくれませんでした。「ほらよく見なさい。あとは自分で考えなさい」と…。そういういい加減なことをやっておきながら、留学する前には「アメリカ人の前で箸を使うこと禁止令」を発令。理由「お前の箸の使い方を見て日本の食文化に対する誤解が広まったら困る」(笑)。

これを読んで「水原さんはなんて冷たい親に育てられたんだ。それがトラウマに違いない」と思った方は、とくにお子さんがおありでしたら逆にご自分が無自覚に極めて抑圧的な環境に我が子を置いていることを疑った方がいいです。

> > 大変に失礼ながら、精神医学が実証科学になれるわけがないと思いますが? たった一人の個人のケースでさえ、その年齢に至るまでの精神活動のすべてを医者なりなんなりが把握すること自体、まったく不可能ですよ。結局はすべてが、医者なら医者、あるいはセラピストの把握できた限定されたごく一部の情報に基づく解釈にしかならないでしょう、原理的に言って。
>
> 科学、学問における実証性というのはどういうことなのか、どうもよく理解されていないようですね。

あなたが科学、学問の限界性を理解してないだけだと思います。理解されるだけの情報はお持ちなのに、それを認識できない。

> 事象にかかわる全てのデータを100%把握するというのは実際的にもほぼ不可能なことです。それは人文科学の分野に限らず自然科学の分野においても言えることです。貴方の言葉を借りれば、精神科医療以外の、例えば癌診療における患者に対しても「その年齢に至るまでの肉体活動のすべてを医者なりなんなりが把握すること自体、まったく不可能」と言えてしまいますが、しかしそうであっても、診断や治療においての実証的なスタンス、言い換えれば科学性は求められるでしょうし、その追求は原理的にも可能だと言えます。

精神医学の場合は、現時点では不可能でしょうね。人間の脳の情報伝達の構造ですら、やっと基本的なところが分かりかけてきた程度のところなんですから。

> ひとつの例になりますが、かなり昔に開発され長く続けられてきた乳房を根こそぎ切り取る乳癌のハルステッド手術の有効性が、長い年月をかけた膨大な疫学調査研究によって放射線と縮小手術の併用療法となんら変わらないデータが示されたことから、明らかに患者の負担が少ない縮小手術に切り換えられている(未だに拡大手術も多いですが)というのも、乳癌治療への実証性の追求例と言えるでしょう。

ええ。科学や学問の限界性を理解している賢いお医者さんもいますから。

> 精神医学、精神科医療という分野においても、そういった実証性の追求は原理的にも不可能ではありませんし、

原理的には可能ですが、物理的(時間的)に不可能だと思いますよ。

> 実際にそのスタンスに立った研究や調査が行われ、多くの知見が積み重ねられています。そのさらなる積み重ねによって精神科医療や医学の発展もあると言えるでしょう。

ええ。自らが今立っている科学的・学問的な地平が極めて限界のあるものだということを自覚できる優秀な研究者がいる限りにおいては、ね。

だいたい、それがなければ科学も学問も先に進まんわ

> 私は、精神科医療も含めて医学・医療というのは基本的に自然科学と人文科学の両方の複合的な視点に立って進められるべきものだと考えています。俗に言えば、体を診て人を見ないのは医学でも医療でもないっていうやつですね。

そのような立場に立たれているとしたら大変に結構なことですが、先の同性愛の例をみても、また僕の「削除して下さい」というお願いに対する過剰な反応を見ても、すみませんがまったくそうは見えません。

> > 実証科学にしたいという一部の精神医学関係者もいるでしょうけれど(またそれを信じたい大衆もいるんでしょうが)、その誇大妄想的願望にも興味はありますが、治療を受ける側としてはあまりつき合う気はしませんし、そういう医者に限ってもっとも重要な話を聞くことやカウセリングやセラピーを怠け、薬物とか電気ショックなどのかなり危険な療法に走りそうで怖いです。精神病の治療に使われる薬は、全部科学的な定義としては立派に麻薬ですしね。
>
> 「そのような医者に限って〜カウセリングやセラピーを怠け〜危険な療法に走りそう」なんていう貴方の言辞には精神科医療に投げつける強烈な不信が表れていますね^^;

はぁ。どうやったらそう読めるのでしょうか? 精神科医療に従事している人々のうちとくに「自称専門家」の人たちへの不信の表明でしかありませんよ。とくに日本の「専門家」(蔑称を「専門馬鹿」と申します)のね。

> たしかに、精神科医療で使用される薬物の多くは中枢神経作用薬ですから、それが麻薬にカテゴライズされている物質が主作用としてもつ麻酔、鎮静といった作用と同じような作用を、その効果や依存性において大きな違いはあるとしても、持っているとは言えるでしょう。しかしポイントなのは、何故それらの薬剤が医学・薬学的に麻薬としてカテゴライズ、分類されていないのかというところにあります。つまり、麻薬が示す作用と一部共有していることも認識した上に立って、臨床的効果が確認された薬理作用をもつ薬物が麻薬からカテゴライズされているということに医学、薬学としての科学性があるわけです。

その薬理作用が、あらゆる薬が毒でもあるというあまりに常識的な認識を無視して“信仰”されているとしたら、そりゃ不安になります。

> 麻薬と向精神薬のカテゴライズにおいても新しい知見によって変更になる部分が出てくる可能性は否定できません。

どっちも根本的には同じもので、使い方によって、あるいは処方される相手によって麻薬にもなれば薬理作用も期待できる、という基本の基本にそんなに大きな違いが出てくるようには思えませんが。

> その辺の機知を捉えずに、「定義としては立派に麻薬ですしね」などと無内容に語り捨てるのは、科学や医学を揶揄するための言辞にしかなっていないように思います。

「無内容に」と読解したことに、そう受け取ったあなた自身の属する文脈が露骨に現れていますね。そういうことに無自覚な方が「俗に言えば、体を診て人を見ないのは医学でも医療でもないっていうやつですね」とかいう批判をエラソーに言われたところで、自らその言葉の意味も自分に引き寄せて理解できないくせにスローガンだけは立派だ、という正直な感想を私は持ちます、ハイ。

私事ですが今年初めに気道熱傷で本気で死にかけまして、使った麻酔薬のひとつがバッド・トリップした模様です。主治医の先生はその時はえらく焦ったようですが、本人にはまったく記憶なし。なんでも鼻孔から気道に入っていた管を自力で抜くという離れ業をやったらしいんですが(担当看護婦さんは始末書を書くはめに。すみません)。

主治医の先生は僕が気道熱傷でぶっ倒れていたときにどれだけの精神的なストレス状態でもあったのかを見誤ってその麻酔を処方してしまったらしいんですが(とご本人が正直におっしゃってました)、見誤るもなにも、うちの家族が正確な情報を伝え損ねてたんだもの、しょうがないわ。

「あらゆる麻酔は、麻薬なんですよ」とその先生に言われました。あはは、正直な先生でよかった(って、先生も僕が相手だからそういうことが言えたんだと思います。なにしろ入院直後になんだかラテン語かなにかの専門用語が聞こえたところで「それって一酸化炭素中毒ってことですよね。あれって死んだりするんですよね」と、しかも冗談半分で(!)言ってしまう困った患者なんですから。ちなみにその先生にはバファリン依存症をひどく叱られました)

> > >「人間はみんな精神病を抱えている」という水原さんの捉え方自体には特に意見を申し上げませんが、「現代文明の構造上当たり前」ということは「精神病」は「現代文明」でしか生じ得ない所産と考えているということでしょうか。それとも「精神病」を何らかの形で区分けしてある部分(もしくは大部分)が「現代文明」の所産であると主張したいのでしょうか。
> >
> > 大変に失礼ながら、論理学の基礎中の基礎である必要条件と十分条件の違いも分からないまま、他人が言ってもいないことを「言った言った」と決めつけているような質問には、お答えのしようがありません。
>
> 貴方が書かれた文章を再引用してみます。
>
> >>> 僕自身は人間はみんな精神病を抱えているし、そうなるのは現代文明の構造上当たり前であるというマルクーゼの理論を支持してます。
>
> この文章を読んだ上で引用された私の質問が出てきたわけですが、あらためて読み返してみても、私の質問が論理的な枠組みから外れているとは思えません。

思いっきり外れてます。

> 必要条件と十分条件の違いは充分理解しておりますが、どういった点からその「違い」が分かっていないと仰るのでしょうか?

理解していないからあなたのような質問が出て来るんですが、まだ気づきませんか? しょうがないなぁ、もう。「現代文明の構造上当たり前」という言葉のどこで、精神障害になる条件を「現代文明の構造上」のみに限定してるんでしょうか? 「AはBである」とだけ言ったときには、その発言自体は「CもまたBである」「DだってやっぱりBじゃん」という可能性は排除してませんよ。CやDにはそもそも言及してないんだから。

> それと、「言った言った」と決めつけている部分とはどれを指すのでしょうか?

「「現代文明の構造上当たり前」ということは「精神病」は「現代文明」でしか生じ得ない所産と考えているということでしょうか。」という質問の仕方ですね。これが「質問」ではないことも、少なくとも僕は文脈上そう判断しました。まあ被害妄想かもしれませんが(笑)、ななさんの一生懸命感情を抑えた文面の、それでもその行間から立ちのぼってくる攻撃性と、現に他人の発言を誤解しまくっているところをみると、そう的外れではないだろうと、自信過剰にもうしあげておきます。

> > > 「精神障害」もしくは「精神病」の判断ポイントのひとつは、心のコントロールを自分で働かせられなくなった状態である、と貴方の発言を解釈しましたが、
> >
> > どこからそのような解釈が出てくるのかも不思議でなりません。僕は自分の精神障害を自覚してますが、自覚してコントロールしている限りにおいてはむしろ便利だとさえ言っておりますが?
> >
> > 「自分で働かせられなくなった状態」であれば、医者に行くか、周囲が医者に無理矢理運んでいくか、自殺でもしてしまうか、でしょう。
>
> たしかに、貴方の文章には「心のコントロールを自分で働かせられなくなった状態である」との言明はありませんので、それは私の深読みか誤読でしたので、お詫びし訂正させていただきます。

別にお詫びとか訂正なんていいですよ(笑)。むしろ「なぜ自分は深読みしたのか」を内省的によく考えていただいた方が僕にはよっぽどありがたいです。

なにを言っても通じないで誤解だけされるのでは、書いている方さすがに疲れますんで。

> その上で申し上げますが、「自覚してコントロール」できるような精神状態であるのならば、それが特に治療の対象となる「精神障害」と言えるかのどうか、非常に微妙になると思いますが、この辺についてはどう考えられますか?

「精神障害」が常に治療の対象になるなんて、誰が決めたんでしょうか? また堂々巡りで気が引けるのですが、「治療の対象と理解されている「精神障害」」というのが本当に一般の認識であるとしたら、僕がそれを共有していないのは再三繰り返してる通りです。そしてそのような一般の認識自体を打破すべきだと考えています。(と何度言えばいいのやら…)

> ところで、「自分の精神障害を自覚してます」と言われましたが、そう自覚し判断した理由はどのようなもの(たとえば基準)に基づいているのでしょうか。差し支えなかったら、お聞きかせください。

もうさんざん書きましたよ…。差し支えは、いい加減疲れてきたのと、いくら露悪趣味だからってそう何度も言いたくもないし…。というわけで差し支えはありますのでごめんなさい。

…というか、そうしたことに「たとえば基準」が出て来ることだけで、もうゲンナリ…。

> それから、「自分でコントロールを働かせられる状態」から「働かせられなくなった状態」への変化を貴方ご自身は認知、自覚できるかのように書かれておりますが、

書いてませんよ(笑)。それができる自分でありたいと、希望してますが。

でも自分で認知、自覚できるなら、それはコントロールできてる範疇になります。つまり、ご質問自体が、無意味。

> そのような認知可能性(簡単に言えば病識ということになりますが)は「精神障害」において一般化できることだとお考えなのでしょうか。

抽象論としては一般化できますが、さほど意味があることとは思えませんね。

> > >たしかに、フロイトは「遮蔽記憶を取り除いてトラウマを現出させれば、精神障害から解放される」という主旨の学説を唱えました
> >
> > フロイトから100年くらい経ってますから、今更そこまで単純に考えている人はいないと思いますよ。
>
> 貴方の発言をそのまま引用しただけですよ。「単純に考えている人」がいるとも多いとも言っていないのに、この揚げ足とり的なレスは何というか・・・

あのぉ、あなたがレスをつけた僕の猫まんまさんへのお返事のどこに、「現出」できるほど具体的な「トラウマ」への言及があったんでしょうか?

ご自分でご自分の揚げ足をとられているだけだと思います。むろん僕がその方向に誘導していることは否定しませんが(というところで、「書き手の意図」と称するものについての僕の考え方を理解するヒントも差し上げておきます。「その方向に誘導している」のはかなり具体的な「意図」でしょうね)。