31394 | 返信 | 試しに「ブラックジャックによろしく 精神科編」から強引に語ってみる | URL | あしな | 2004/12/12 00:24 | |
個人的にはこういうことを書き出してみようかと思うぐらいに楽しめてはいるのだけれど、 それでも「ブラックジャックによろしく 精神科編」(週刊モーニング連載)(以下精神科 編と記す)はマンガとして或いは今までの他の科編と比べて面白くない・失敗しているので はないかと思える。 どこが失敗しているかと考えるとだいたいこの作品は、 1主人公の研修医(各科研修中)が患者及び家族に転嫁された医療の構造的矛盾に直面する。 2主人公が打開を図ろうとする 3指導医とかベテランナース(何れも同様に矛盾を自覚しつつも抑圧している。)が当初主人公からの強引な直面化に反発するが、最終的には主人公にほだされる。 4上記、ほだされた人の援助を受けて問題解決に。 もちろん細かく各編をみれば完全にこのパターンに徹しているわけではないが、循環器内 科編(胸部外科編と言っても良いか)などが最も典型的だろうか。4の部分のカタルシス は、医療内部の問題が医療的に解決されることでもたらされる。 ここで精神科編について言えば、都会の大学病院(総合病院の精神科病棟)でありなが ら統合失調症主体のしかも慢性期とおぼしき患者主体の病棟を設定したことで、描かれる 精神科医療の内実は、積極的な地域支援体制の整備が困難な中小の(200床前後の規模 の)単科精神病院のようである。具体的には入院患者の6割を統合失調症者が占め、平均 在院日数が一年前後というところ。それは国内の精神科病床の典型と言える。となれば精 神科編における問題点は、日本における従来の典型的な精神科病床の役割が、本音のとこ ろでは「危ないキチガイ」の収容=社会防衛であって、患者個人を受益者とする一般的な 医療からほど遠いという事実と言える。或いはそのような状況を余儀なくする様々な施策 や政策誘導とそれに乗じた(流された)関係者の在り方も問題なのだとも言える。 入院患者の母親を通して語られる精神障害(者)への偏見や抑圧も、精神科編において 主人公が直面化する問題であり、これもまた上記のような「治療ではなく隔離・収容を本 質的な目的とせざるを得ない体制」と相互に作用しあって、その原因でもあり結果でもあ る。 主人公の直面化する問題点がこの辺までに留まれば、先駆的に急性期治療や脱病院的な 地域生活支援に取り組む医療機関を上記の典型に対比させることでストーリーをまとめら れたかもしれない。実際に精神科編の指導医はそのような医療内部の「改革者」として性 格付けされているようにも見える。 しかし実際にはそのようには話は進めない。現時点でこれらの問題点に加えて「類池田 小事件」が組み込まれることで、主人公は全く受身の傍観者でしかない。かといって例の 事件に象徴される問題を回避することは出来ない。なぜなら「事件に象徴される問題」と は言い換えれば医療と司法と行政が切り結ぶ場での問題であり、上記のような精神科医療 体制の問題もここに淵源するからである。 ここで「医療と司法と行政が切り結ぶ問題」とは何か?について詳述しようとすると切 りもないし手に余るのが、医療側の視点からごく簡単に言えば、要は「精神障害者」であ るという理由で、「危ない奴を排除する」と社会防衛を目的に、人を殺した人も人を殴っ たことすらない人も同様に隔離・収容され無権利状態におかれているということである。 付言すれば、筆者は短期的な行動制限が必要な場合を認める。その場合それは患者の利 益・治療上の必要による。医療行為は対象者のより長期的・包括的な利益のために、一定 の制限や痛みを甘受させるという側面を持たざるを得ない。そしてそれは患者の利益に適 うことによってのみ正当化される。 医療者としての主人公の視点からもう一度この問題を言い換えれは「社会防衛のために 患者を抑圧すること」となる。或いは物語の舞台となる病棟レベルで問題を止揚するよう な「良い対応」が可能であったとしても、根本的な問題解決の見通しを持てないままで は、患者が社会の中で生きていこうとする以上、「良い対応」もその場しのぎでしかな い。精神科編に登場する患者の母親は問題状況を抱えた「世間」の代弁者でもある。だか ら作者は精神科医療を医療とは名ばかりのものにしてしまう社会の在り方を問題にせざる を得ないし、そのような社会の在り方が端的に析出する場面として「例の事件」を持ち出 さざるを得ない。 しかし、そのような、この国の精神障害者に関わる文化の総体(司法や行政や医療、報 道機関や町内会長・民生委員や家族や障害者自身の立ち居振る舞いを含めて)に渡る問題 は、個々の病人・病気に対する直接的な治療という限界設定を大きく外れている。となれ ば主人公や病棟指導医という立場からは、傍観するか少々苦言を呈するしかない。 ここまでの話を強引にまとめれば、他の科編での問題は臨床現場のれべるでもかなり解 決出来るか解決への道筋を想像出来たが、精神科編での問題は臨床現場のレベルだけでは 全く対処しようがない。それ故に作中で主人公たちはただ事態の推移の前に立ちすくむだ けで、なんだか読んでいて面白くないということになる。 |
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