31492 返信 Re:ある感想。上海さんへ。(31208投稿より)国の尊厳。 URL コモンラバク 2004/12/18 15:11
> 再び申し上げますが、上海さんの日常生活がオーストラリアで進行していることをお忘れなく。僕なんぞ海外に「住んで」もいないのに、一週間でも海外に入れば、それだけで「日本人」であることはたぶんに相対化され、かなり距離を置くようになりますよ。

そうなんですか。自分の場合は日がたつにつれ、自分が日本人以外の何者でもないことを痛感させられますけど・・・・・・。

> その通りです。そしてあなたにとっても僕にとっても上海さんにとっても、それは「日本人」として歴史と文化をもっているだけでなく、それ以上に「人間」として歴史と文化を持っていることであることをお忘れなく。しかもそうした「大文字」の歴史と文化は、実は個々人の歴史と文化の集大成でしかありません。

全世界の人々に共通した「人間としての歴史と文化」があればそのような言い方も出来るでしょうが、かの大戦という事象を一つ取ってみても諸民族の経験や体験は千差万別。ある民族にとっては屈辱的敗北であり、またある民族にとっては民族の歴史に残る痛恨の過ちであり、また別の民族にとっては侵略者に勝利した輝かしい歴史であり、あるいは自由のための正義の戦いであり、あるいはお上(独裁者)の身勝手に振り回された天災のような代物だったり・・・・・・。
世界各国が通って来た道はあまりにも違う。そして現在立っている場所も。
全世界が共有できるような歴史なり文化が無い以上、我々は日本人であるという所によって立つしかないんじゃないのでしょうか?
歴史と文化とは人々が歩いてきた道で、それが色々だから民族という物が存在するんだと思うんですけど。

> > 一般的な動物はただの一匹として生き抜くしかない。
>
> それは違うでしょう。多くの動物は群れで生活するように本能が働きます。その点で人間と「一般的な動物」を区分けするのは困難ですし、むしろ逆でしょう。「一般的な動物」のうち群れ生活をするものは生涯自分の群れから抜け出すことは生存の必然上ほぼ不可能らしいですが、人間は違います。なぜならば人間にはまさにあなたのおっしゃっている「自我の形成」が、人間が人間であるためには不可欠だからです。

どうも、ここは誤解を招いたようですね(汗)自分が言いたかったのは情報の集積体としての生物。本能という名のプログラムにのみ支配され、祖先から継承される情報が極めて少ない、すなわち情報的に孤独な動物を「一匹」、祖先から連綿と継承される文化を持つ人間を「一人ではない」と表現したかったんですが・・・・・・。 
故に動物が群れから離れて生きられないのは逆に彼らが「一匹」だからであり、人間にアウトロー的(笑)生き方が可能なのは,群れから離れてもヒトは一人ではないから、とも言えるのかもしれませんね。

ちょっと脱線しますけど、アウトロー的人間は世界に絶対必要ですよね。だって、火を最初に使おうとした奴、絶対馬鹿で無鉄砲で子供っぽいどうしようもない奴だったに違いないから(笑)ただ、その馬鹿の冒険を偉大な発明に出来るところが人間のすばらしさなわけですが。

> 別の考え方をすればこの場合の「OS」は言語ですが、近代以前には「民族の言語」という意味での「母語」という概念はありませんでしたし、それはただ「最初に覚えた言語」程度の意味しか実際には持ち得ませんでした。

民族が形成されるには50年いらない、が自分の持論なんです。よって、近代以前は・・・・・・って話にあまり興味はなかったりします。
確かに江戸時代以前、人々が小さな村落で自給自足に近い生活を送っていた頃ならそうかもしれません。しかし時代は近代に入り、物流と人の交流が活発になるとインフラとして言語や倫理観を統一する必要が生じ、日本の場合は国家がそれを主導して行いました。
幻想? 確かにそうかもしれません。しかし明治維新以来1世紀半近く。我々はその幻想を現実として生きてきました。人々から根っから信じられる幻想は半世紀も経てば現実に変わる。現実に変わってしまったそれをいまさら排除することは、それこそ「レイプで出来た子だから」と間引いてしまうような発想だとは思えませんか? 我々は現実として、日本的価値観と日本語が通用する世界で生きています。これを無理やり変更するのはそれこそレイプみたいなもんです。レイプは犯罪だけど、レイプで出来た子を間引くのはそれ以上の犯罪だと、自分は思います。
それに「我々は日本人だ」と人々が考えたのは、黒船という衝撃によって圧倒的に強大で異質な他者の存在を我々の祖先が知ったから,という面もあるのでは?
他者が現れたことで自己を認識した事も、近代ナショナリズムを語る上では重要なのでは。司馬の創作かもしれないけど、幕末の志士達が強大な黒船に対抗するために初めて日本全体を考え始めた、「俺たちは日本人ぜよ」と言い出した、そういう面もあったんじゃないかなぁ。

> パレスティナ問題などを見ていると、「うっとうしいだけ」どころか恐ろしく危険であるとすら思えて来ますよ。

パレスチナ問題は、不用意かつ不自然な形でパレスチナに異民族を大量に移住させた結果では?
ナショナリズムを人の自然な感情と考えれば、あそこであのような反発が発生するのはむしろ当然じゃないのでしょうか? 
逆に日本では江戸時代から現代に至るまで、幕末維新にささやかな内乱があったのみで殆ど内戦がなかったことを考えれば、比較的近しい文化的背景を持つ人々によって政治単位を形成することがいかに社会の安定と平和に貢献するか,おのずから明らかではないかと。
日本のナショナリズムとは、こういう「安定した日本を防衛する」為のナショナリズムであるべきだと自分は思うんですよ。
押しつぶされていることになると思います。