31535 返信 Re:自衛隊イラク派遣が一年延長だって URL 水原文人@パラノイア 2004/12/20 00:43
にょろさん、横レスですが…

>  そうした場合、自分を納得させてくれる超越項をおくことで底に足をつくことができる。正しい行為としての攻撃もできる。つまり<癒し>が得られるというわけです。たとえば、リアリスト、ウヨク、サヨク、ビリーバーなどさまざまな解決法があるでしょう。リアリストは「現実」、ウヨクは「国家」、サヨクは「理性」、ビリーバーは「わかりえぬ絶対的他者」といったところに超越項をおき「信仰」する。

「現実」は信仰対象にはなりませんよ。現にそこにあるんですから。また「理性」も、本質的に少なくともノンポリ的ないし2ちゃんウヨ的な盲目的な「信仰」は確実に排除されまるでしょう(だってそれは「理性的」な行為ではないから)。

> 信仰というのは他者に対する確信だとわたしはおもっています。内なる確信と決定的に違うことは、他者というわかりえぬものを認識できないということでしょう。

「現実」は本来自分もその一部であるものですし、「理性」は自分に内在してないと困るわけで、「信仰というのは他者に対する確信」には当てはまらないでしょう。もっとも「サヨク」が「理性的」であるかどうかは、こと日本の場合は大いに問題がありますが。

>  「自分の頭で考えず」や「2ちゃんねるのクソウヨ」との批判については、引用になりますが、 
> 「「宮台−思考に関してコストを支払える人間はあまりいないんです。思考停止状態のくせに、それこそ思考しているようなフリができるのが一番いいわけ。セクショナリズム的なポジション取りにあくせくする、日本の論壇誌みたいなものですよ。
> 「これは丸山眞男が言っていた問題です。要は、右も左も共同体的な思考停止だと。日本の場合、右も左も実は関係ないと。両方とも思考停止でローカルなポジション取りに明け暮れる田吾作だと。これじゃ戦争に負けるぜ、というのが丸山の議論だったわけです。
> 「「梯子外しに永久に戯れる弱者共同体」的コミュニケーションは、その意味では2ちゃんねる」の専売特許じゃなく、ローカルなポジション取りを尊厳(自己価値)に資すると思い込む、共同体的な心性に由来する古めかしい作法」[1]
>
> のあらわれだろうと思います。仮構でもよいから序列がないとやっていけない人たちではないでしょうか。外部から規定されている封建的制度の下でないと落ち着かず、「自由」のもとでは居心地が悪いのではないか。前述の「信仰」者と同様に自己の位置づけに四苦八苦しているのではないかと考えています。

…だとしたらそういう自我が確立せず、また自我を確立しようという努力すらしようとしない者は人間として極めて怠惰な存在だと思いますし、そうした人は僕にとって無条件に侮蔑の対象となります。

自我の確立が外部的な状況により阻害されている(たとえば、親・家族)こと自体には心からの同情と憐憫を抱きますが、そこに中途半端に安住している自分を自覚しようともせず、自分が自分であるための努力を怠るようでしたら、そんな人間は軽蔑するか見捨てるしかありませんし、だいたい精神衛生上悪くてつきあってられませんし、それらに対応するのは僕の仕事ではありません。

また社会の個々の成員が自らの意思を持って良心に基づいて判断することが要求されている民主主義にとっては、ガンであり邪魔者であり淘汰されるべきだとすら思います。あざ笑うくらい可愛いモンでしょう。

さてこれでユーリのパパさんがまた「差別発言であることは自明」とか騒ぎだすんでしょうか? では質問、僕は上記の発言のなかで誰を侮蔑しているんでしょうか? それがどこで特定の集団に対する社会構造的な偏見や蔑視を含む「差別」に結びつくんでしょうか?

ま、僕がバカが嫌いな差別主義者であることは明言済みですが(笑)。そして本当のバカとは、自らのバカさ加減を自覚できない人のことであるとも既に言っておりますです、ハイ。