| 31556 | 返信 | Re:精神医学・医療と精神分析について | URL | 水原文人@パラノイア | 2004/12/21 12:10 | |
| > 例によって速攻のレスが帰ってくると思いますが、返答はひょっとしたら年越しになるかもしれません。また場合によってはレスをしない(できない)こともあるかもしれませんが、それをお含みの上・・・よろしくお願いいたします。 出来ればレスはない方がありがたいです(笑)。少なくとも、こーゆー無内容なレスでは返答のしようがありません。 > > それは同性愛が「精神障害としての病理である」と見なされなくなったからだけでしょう。「精神障害としての病理」でないのなら、「同性愛は幼児期に体験された深い葛藤と抑圧によって生じたもの云々」をする必要がなくなっただけです。「病理」と認識する段階での偏見があったのがなくなっただけで、「幼児期に体験された深い葛藤と抑圧によって生じた」精神的に困難な状況そのものを否定することは、まったく別次元の問題です > > 当時の米国の精神分析派の認識としては、「幼児期に体験された深い葛藤と抑圧」という概念自体が「精神障害としての病理」と一体のもとして捉えられていたのです。したがって問題の根幹は、同性愛を「幼児期に体験された深い葛藤と抑圧」というものに還元してしまうことの科学的妥当性、つまり貴方の言うところの「偏見」が問われ、それに対する否定的な考えが支持を得たということです。その結果として、同性愛が「精神障害としての病理」と見なされなくなったのですから、貴方の論理は逆さまです。 はぁ? もう一度繰り返しますが、それは「理事」の人々が「同性愛」を「精神的な病理」とみなしたい偏見に基づいた欲求を持っていたから、というだけでしょう。逆さまなのはあなたですよ。同性愛はもともと精神的な病理ではないんですから。 無論、「正常」「異常」の区分けを社会的に設けたい欲求があるのなら、「同性愛」を「異常」と認定したいヘテロセクシャルなマジョリティの都合は分からんでもありませんが、それは「科学的」でも「理性的」でもなく政治的な問題、はっきり言えばただのマジョリティのわがままですね。そーゆーのを社会的構造を伴う差別偏見と申します。 ま、「同性愛」と「精神分裂(統合失調症)」を並列した例として出すななさんの潜在意識の精神分析まではする気になれませんが(怖すぎるので)。 > もちろん当然のことながら、「幼児期に体験された深い葛藤と抑圧」の存在自体が否定されたわけでもありませんし、それによって「精神的に困難な状況」(「困難」にも色々説明が必要でしょうが)が発生する場合もあることを否定されたわけでもありません。 少しは冷静になられたのですね、と言いたいところですが… > 自閉症にしろ分裂病にしろ、それが遺伝的要因だけで発症するなんて言っていませんし、 そうですか? では僕があなたのレスの行間に漂う攻撃性に惑わされて誤解してたんでしょうね♪ > 遺伝的要因と環境要因との複雑な関与によって発症するというのが医学的な一般理解で、私はそれを支持しています。 ではなんの意見の差異もないはずなんですが(爆笑)。 > > ちなみに僕自身がいわゆる分裂病的な気質の持ち主ですが、「遮蔽記憶」で過去を塗り固めているのでない限り、「親の育て方や家族環境のまずさ」はまるでないですね。 > > 「遮蔽記憶」なんてわけの分からない用語や貴方の自己診断についてはとやかく言いませんが、自閉症における「親の育て方や家族環境のまずさ」については、水原さんご自身が以前の投稿で「自閉症児の発症の原因になるトラウマといえば、たいていの場合は親が関わったもののはず」と述べられ、それを明確に肯定されていますね。 僕は「発症の原因」としか言ってませんが? つまりこれは契機としてなにがあるかの問題でしかありませんが? 今度はななさんの誤解ですね(笑)。 > さらに言えば「自閉症児の親の団体などは「先天的だ」と主張しています」と自閉症児の親の会の主張を捻じ曲げられた意見も書いておられます。 現に私の大先輩にあたる映画評論家の著書がコレで絶版に追い込まれましたが…。その抗議文ではそう主張されてましたよん。 > > 生物学的な因子が大なり小なり誰にでもあるとして、それが「発症」するのかどうかには生育し生存している環境からの抑圧や刺激が関連してるんじゃないですか? > > 大きく間違っているとまでは申しませんが、上述のような基本的な科学的知見、内容ぐらいは(知識として)理解した上で意見を述べられたらよろしいかと思います。 要するにこういうタカビーなことを言いたいだけのレスであることはよーく分かりましたが(笑)… > > > 精神分析が「定着」しない原因は実証的な知見やデータに見を向けない非科学性にあると私は見ます。 > > > > ほお。先進国で「定着」してないのは日本だけなんですが…。 > > 何をもって「定着」というのかはありますが、非科学性に対する批判の声は日本より欧米での方が強いように思います。 一般的な文化として定着してるからウディ・アレンやロバート・アルトマンがあそこまでウケるのだと思いますが(苦笑)。ちなみに精神分析ネタの映画は、日本では当たりません。これなんてメチャおかしいのに、大はずれ。 http://jtnews.pobox.ne.jp/movie/database/treview/re3320.html > まあ、「定着」しない原因が非科学性にあるというのはあくまでもひとつの要素でしかないでしょうが、日本では他の要因も考えられるでしょうね。 ではどのような要因が考えられるのでしょうか? そーゆーことを議論せんと政治的掲示板の意味がないと思うんだけど? > > 「批判、否定することで生じ」るわけがないでしょう(苦笑)。「批判、否定」する以前に知らないんですから、「批判、否定」しようがありませんわな。 > > どうも噛み合いませんね^^; 「知らない」 というのは水原さんの思い込み、主観でしかないのでは? 現に精神分析は文化として定着してません。日本に精神分析ネタの大衆文化がどれだけありますか? > > > 水原さんの意見で特に気になるのが、家族による「抑圧」が「若者に深刻な影響を与えている」主因であるかのように書かかれている点です。そしてそれが、「今の日本」という言い方で、以前より重大になっているかのように、根拠も上げずに決めつけるような書き方をされていることです。 > > > > 根拠を明示したらそれこそプライバシーの侵害になります。ヒントを言うなら、二年間ほど学校の先生はやってました(ということは前にも書いた気がするけど)。 > > プライバシーの侵害にならないように根拠を提示することはいくらでもできると思いますが。 あなたのご家族に言及した投稿の削除をお願いした理由が、まだ分からないんですか… > それと「学校の先生はやってました」こと自体は根拠の提示にはなりませんよね。 当たり前です。ヒントと書いてあるのが読めませんか? > あのですね、私が気にかかったのは、<家族が信頼し頼る対象であると同時に抑圧して来るものでもあるという認識の欠如は、こと今の日本の若者に深刻な影響を与えていると思います。>という貴方の言辞にある「こと今の」という修辞です。これでは、「今」以前はそういった「認識の欠如」がなかったか、少なかったのか、もしくは「今」は家族の「抑圧」が強くなったのか、のいずれかの解釈しか成立しないわけです。そのどちらについても根拠が上げられて論証されていないと申したのです。 後者ですね。根拠? 僕からみればあなたのご家族に言及した投稿の削除をお願いしたことに対するあなたの反応が、非常に典型的な根拠に見えます。これはあてこすりですから、あてこすりとしてなにをにおわしているのかよーく考えて御読解くださいませm(_ _)m。 > > > ひょっとして、水原さんご自身のトラウマが家族環境を否定的な要素に捉えさせているのではないでしょうね。(これこそは余計な邪推かもしれませんが) > > > > その邪推の通りであればあなたは嬉しいのかも知れませんが、 > > あら、単なる揶揄をそう受け取りましたか。 僕があなたを揶揄し返しているのに気がつきませんでしたか? 極度の主観的偏見で申し上げるなら、ユーモアのセンスに欠如した家族は、耐え難い抑圧になると思います。 > > 残念ながら極めて平凡に幸福な家庭で育ちました。幸福すぎるのも抑圧といえばその通りですが。 > > そうすると「家庭環境に還元できない」という私の主張のごくささやかな援用になるのかもしれません(笑)。 なりませんよ。なぜそう読めるのですか? 後段についておっしゃっているのだとしたら「幸福すぎるのも抑圧」というのは、文字通りそういう意味です(つまり、それも家庭環境の問題です)。なお前段についておっしゃっているのだとしたら、僕は「気質」はありますが発症はしていません。 > そうですか、その時々の科学(的成果、知見)の限界性(分かったこと、分からないこと、未だ知らないこと、明確でないこと)を具体的に認識することこそ科学的態度のひとつだと思います。 そうですよ。で、あなたはどれだけ知っているんですか? 教科書で読んだこと以外に。 > > > 精神医学、精神科医療という分野においても、そういった実証性の追求は原理的にも不可能ではありませんし、 > > > > 原理的には可能ですが、物理的(時間的)に不可能だと思いますよ。 > > なるほど、今度は「時間」ですか・・・・ ええ。時間的に不可能なことは、我々が4次元空間と行き来してタイムスリップを繰り返して無限の時間に生存出来るのでもない限り、原理的に不可能になります。 一人の個人の精神活動は、どのようなタイムスパンに渡って起こるものなのでしょうか? > 私としては、水原さんの削除要請に発した、特に投稿規程に触れるような掲示板行動のほうが「過剰な反応」だと見えましたが。 ええ。あなたの主観でそう見えなければおかしいでしょう。ただそこであなたが自分自身にある種の距離を置いて客観化できるなら、上記のようなあてこすりの必要はありませんね。 > でもそれが貴方の主観による他者の心理(精神)分析なのですら、私がどうこう言って収拾するような状況では既にないように思います。それはまた、貴方と他の多く方とのやり取り経過を拝見しても・・・ 自分の限界性を自覚できない人とのやりとりは、こうなって当たり前です。プライドというのは怖いものだ(苦笑)。 > > > 「そのような医者に限って〜カウセリングやセラピーを怠け〜危険な療法に走りそう」なんていう貴方の言辞には精神科医療に投げつける強烈な不信が表れていますね^^; > > > > はぁ。どうやったらそう読めるのでしょうか? > > 「電気ショックなどのかなり危険な療法」などと一般化するような書きぶりにそう読めました^^; あのぉ、「電気ショックなどのかなり危険な療法」は当の医者ですらその危険性を認識してめったにやりませんが…。で、どう読んでも僕が書いたことはそういう危険性を伴う療法を乱用する医者がいるとしたらその医者に対する不信以外のなにものでもありませんが。 医者もまた人間である(そして精神科医には自ら精神分析のケがある人も、多い)ことを忘れてますね。 > > その薬理作用が、あらゆる薬が毒でもあるというあまりに常識的な認識を無視して“信仰”されているとしたら、そりゃ不安になります。 > > だから、貴方の言われるその「信仰」という規定付けがとても公平とはいえない偏見の領域に至っているように見えるからなんですが。 医者もまた人間ですからそういう状況に陥る危険性はある、だからそういう医者には不信感を持つのは、当たり前だと思いますが…。やはりこないだ書かれていたあまりにも立派なななさんの医療観は、ただのスローガンのようですね。 > 「あらゆる薬が毒でもある」は大きくは間違っていないでしょう。それを全く無視して薬「信仰」の境地に至っている人がいることも否定しませんが、だかといってそれを一般化することはできないでしょう。 ええ。誰も一般化なんてしてません。ただそういう傾向を持つ一部の医療関係者に対する不信を述べただけですが? で、僕からみればあなたのご家族に言及した投稿の削除をお願いしたことに対するあなたの反応には、そのような一部の医者に共通する怖さがあります。これもあてこすりですから、なにを匂わせているのかよーくお考えになって下さい。 > > 「無内容に」と読解したことに、そう受け取ったあなた自身の属する文脈が露骨に現れていますね。そういうことに無自覚な方が「俗に言えば、体を診て人を見ないのは医学でも医療でもないっていうやつですね」とかいう批判をエラソーに言われたところで、自らその言葉の意味も自分に引き寄せて理解できないくせにスローガンだけは立派だ、という正直な感想を私は持ちます、ハイ。 要するに↑こういうこと↑です。 > > > > 大変に失礼ながら、論理学の基礎中の基礎である必要条件と十分条件の違いも分からないまま、他人が言ってもいないことを「言った言った」と決めつけているような質問には、お答えのしようがありません。 > > > > > > 貴方が書かれた文章を再引用してみます。 > > > > > > >>> 僕自身は人間はみんな精神病を抱えているし、そうなるのは現代文明の構造上当たり前であるというマルクーゼの理論を支持してます。 > > > > > > この文章を読んだ上で引用された私の質問が出てきたわけですが、あらためて読み返してみても、私の質問が論理的な枠組みから外れているとは思えません。 > > > > 思いっきり外れてます。 > > > > > 必要条件と十分条件の違いは充分理解しておりますが、どういった点からその「違い」が分かっていないと仰るのでしょうか? > > > > 理解していないからあなたのような質問が出て来るんですが、まだ気づきませんか?しょうがないなぁ、もう。「現代文明の構造上当たり前」という言葉のどこで、精神障害になる条件を「現代文明の構造上」のみに限定してるんでしょうか? 「AはBである」とだけ言ったときには、その発言自体は「CもまたBである」「DだってやっぱりBじゃん」という可能性は排除してませんよ。CやDにはそもそも言及してないんだから。 > > なるほど、そういうことですか。 > 「人間はみんな精神病を抱えている」ということを「構造上当たり前」と強調的に書かれている文脈からすれば、「ああ、水原さんの『人間みな精神病を抱えている』という認識は『現代文明の構造上の必然』という考えから来ているんだ」と解釈するのがふつうで、 それが普通であるのは、必要条件と十分条件の違いを理解していない人だけです(爆笑)。 > するとその考えからは、「現代文明以前はどうなんだろう、みな精神病を抱えることはなかったということなのかな、もしくは精神病という概念そのものの成立が怪しくなると考えているのかな」との解釈も可能なわけですね。 必要条件と十分条件の違いを理解していない人以外には、不可能ですね。 > >> ということは「精神病」は「現代文明」でしか生じ得ない所産と考えているということでしょうか。それとも「精神病」を何らかの形で区分けしてある部分(もしくは大部分)が「現代文明」の所産であると主張したいのでしょうか。 > > といったレスが生じるのは、それほど不自然な、また「論理学の基礎」も分からないと水原さんに拗ねられるほどの問いかけでもないと思いますけどね。 極めて不自然ですが(笑)。 > 貴方の言明では、<「精神病」は「現代文明」でしか生じ得ない所産>や<「精神病」のある部分(もしくは大部分)が「現代文明」の所産>という意味の読み取りも可能でしょう。 不可能です。 > > 「精神障害」が常に治療の対象になるなんて、誰が決めたんでしょうか? また堂々巡りで気が引けるのですが、「治療の対象と理解されている「精神障害」」というのが本当に一般の認識であるとしたら、僕がそれを共有していないのは再三繰り返してる通りです。そしてそのような一般の認識自体を打破すべきだと考えています。(と何度言えばいいのやら…) > > 臨床の専門家でさえも、漫然と<「精神障害」が常に治療の対象になる>などと決めつけている人はほとんどいないと思いますが。 そうですよ。そしてその意味がちゃんと理解できていれば、たとえば、 > > > それから、「自分でコントロールを働かせられる状態」から「働かせられなくなった状態」への変化を貴方ご自身は認知、自覚できるかのように書かれておりますが、 こんなトンチンカンな発言はそもそも出て来ませんわな(爆笑)。 > > でも自分で認知、自覚できるなら、それはコントロールできてる範疇になります。つまり、ご質問自体が、無意味。 > > 「コントロールを維持している(働かしている)」というような言葉をお見かけしたように思いました。 ええ。してますよ。発症してないもん。 > だとしたら論理的にはそれは「働かせられなくなった状態」をもそれなりに認知できることを含意していることもあると考えましたので、かような言い方になりました。 含意してませんね。 > > > 貴方の発言をそのまま引用しただけですよ。「単純に考えている人」がいるとも多いとも言っていないのに、この揚げ足とり的なレスは何というか・・・ > > > あのぉ、あなたがレスをつけた僕の猫まんまさんへのお返事のどこに、「現出」できるほど具体的な「トラウマ」への言及があったんでしょうか? > > 「現出」云々は私に帰することではありません。貴方の発言をそのままオオム返し的に「引用した」だけですよ、それ以上でも以下でもありません。 > といいますか、貴方ご自身、猫まんまさんへのお返事の最後の文章で、 > > > というのは、えらくフロイト主義の原理原則そのものな話なんですが…。要するに遮蔽記憶を取り除いてトラウマを現出させれば、精神障害から解放されるってヤツ。独創性のかけらもない投稿だなぁ > > と書いておられたのですよ。 はい。これは自己を揶揄したシャレです。自分を揶揄するなんてこと自体、ななさんにとって想像のつかない世界なのかも知れない、と勝手に妄想しています(爆笑)。 |
||||||
![]() | ||||||