31690 返信 Re:TBS社員4人を書類送検 石原都知事の名誉棄損容疑 URL tpkn 2004/12/26 18:59
烏龍茶さん

>特に「水戸黄門」の方は日本人が変えられなかった物、変えるべきでなかった物、という点で大変おもしろい議論になるような気がしていたんですが。

また機会があればぜひお願いします。問答有用での私の投稿スタンスは常にあれに近いものなので、折に触れてそういう話に流れて行くと思いますので。

で、また論点が増えそうなので、要点を絞って返信します。これ以外の部分でレスが必要なところがあればおっしゃってください。

> 日韓併合につき、石原氏が「そのほとんどを正当化している」のは、私個人の解釈でなどなく、客観的事実ですよ。私のもと発言に、なぜそうなるのか、彼の発言をいろいろあげてありますので、もう一度読んでみてください。

もちろん読んでおります。しかし、「解釈」はどうやっても客観的事実とはなりえません。下で烏龍茶さん自身がお書きになっているように、それは「客観的事実である彼の発言」にもとづく烏龍茶さんの「解釈」であり、どこまでいっても烏龍茶さん「個人の解釈」でしかないのです。烏龍茶さんとは違う立場に立つ人、あるいは情報を共有していない人が、必ずそうした解釈にいたるというものではありませんから。

ちなみにその解釈が「ほとんどを正当化している」なのであれば、石原自身の「100%正当化するつもりはない」となんら齟齬を来しているわけではありませんから、意見は一致しており、ひとまずは妥当な解釈だと言えるでしょう。

しかし、この一連の「弾圧」云々のスレッドで問題とされているのは、実際の放送からはそういう「解釈」は導かれ得ないということであり、そのことに抗議して裁判を起こしたことが弾圧と言えるかどうかということです。上記で烏龍茶さんは「字面の違いにのみ焦点が当たり、彼自身が日韓併合をどのように評価しているか、が忘れられてしまうのは問題」としておられますが、そもそもそれは「弾圧」云々とは別問題であり、おそらくこのスレッドで書き込みをした人間の誰一人としてそれに異を唱える人はいないのではないかと思います(左右問わず)。

そしてそれは、TBSの報道を「正当化」する理由とはならないということですね。私が最初に「屁理屈でしかない」と書いたのは、その部分です。

> >もちろん、発話者本人が主張する「意図」が必ずしも「正しい」ということではありません。
> すみません、ここ、いまいち意味不明です。

「わたしはこういうつもりで言ったのだ」あるいは「わたしはそういうつもりで言ったのではない」というのが、必ずしも真実ではないということです。文章にしろ音声にしろ、解釈はすべて受け手側で行うものであって、発言者はそれをコントロールすることはできない。自分の意図と受け手の読解が一致するかどうかは、どのような発言をするかという発話者側の責任事項です。「つもり」がなくても、そのような文章を書けば、あるいはそのようなことを言えば、そう解釈されても仕方ないのであって、その責任は主に発話したほうが負うべきだということです。逆にいえば、つい本音を言ったり書いてしまって後からそういう意味ではなかったと言ったとしても、必ずしも本人のその説明が絶対であり、真実だというわけではありませんね(これはいわゆる政治家の失言なんかにあてはまるでしょう)。

> >石原発言を批判し、TBSの行為を「正当化」するのであれば
> TBSの行為を正当化していない私には、これは反論として無効でしょう。

ひっかかっていただいてありがとうございます(笑)。

烏龍茶さんは、#31468の投稿で、これまでの石原の発言を例に引いて検証した結果、TBSで報道されたものと石原の実際の発言は、「実際上の意味においては、ほとんど変わるところがない」と書かれています。意味に違いがないのであれば、多少字面に違いがあっても問題はありませんから(実際、テロップや新聞記事、インタビュー記事などでは、話し言葉はふつう意味の変わらない範囲で書き言葉に修正されていますし、またそうしなければ文章として読めるものにはなりません)、つまるところ烏龍茶さんは、TBSの報道は正確なものであったと言っているに等しいわけです。

にもかかわらず、烏龍茶さんは「TBSの行為を正当化していない私」とおっしゃる。

なるほど、一方で烏龍茶さんはTBSの報道について「正確であったとは言い難く、問題である」「(一般論として)字面の違いが報道で生じてしまうのは、それ自体は大問題」とも書かれています。しかし、論の骨子としてTBSが石原の発言をほぼ正確に(「実際上の意味においては、ほとんど変わることな」く)伝えたと主張している以上、この件に関して烏龍茶さんが「問題である」「大問題」とされたことは、実際上の意味においては、ほとんど問題とするに足りぬものだとしか解釈できません。なぜなら、ジャーナリズムとは、まず第一に事実をできるだけ正確に伝えることその仕事であり、TBSはそういう報道を行ったわけですから、この場合「問題」が実際には何を指すのか不明なわけです。

したがって、烏龍茶さんの一連の投稿は、TBSの報道についてわたしにいわせれば(文字通りすべて)正当化を行っているようにしか「解釈」できません。そしてこの「解釈」は、烏龍茶さんの発言によりますから、私個人の解釈でなどなく、客観的事実です
(以上、太字部分は烏龍茶さんの文言の借用)

というようなことがまかりとおりそうになれば、やっぱり烏龍茶さんも抗議の声を上げるでしょう?(笑)

上の例では、私にとってはとるに足らない差異であることが、別の立場に立つ烏龍茶さんにとっては非常に重要な、自分の論旨の根幹にかかわるような大きな差異なわけです。これを、私の「解釈」を議論の余地のないものとし、烏龍茶さんの抗議を「批判をかわして問題をすりかえるためのものだ」などと言えば、それはやはり不当であり邪推でしょうし、危険な考え方だと思います。ましてや石原発言の「100%」問題に関して言えば、「するつもりだ」と「するつもりはない」は、それこそ「議論の余地がない」ほど非常に大きな差異なわけですね。

> >上の烏龍茶さんの文言に関して言えば、それが「失言」でなかった場合、単なる邪推、とい
> >うことになります。
> 彼がどう考えて訴訟に踏み切ったか、当の本人でない私には推測するしかないわけですが、少なくとも彼に対する悪意に基づく物ではありませんので、邪推までは言い過ぎではないかと。

いえ、邪推というのは別に悪意があるかどうかってことよりも、邪な推測、悪いほうに推測するという意味ですから、「言い過ぎ」とまでは「言い過ぎ」ではないかと。まあそれ以前に、私は「客観的事実である烏龍茶さんの投稿」から十分に石原に対する「悪意」を読み取っておりますけど(笑)。