31692 返信 Re:精神医学・医療と精神分析について URL Baad 2004/12/26 20:46
上海さん

こちらから始めた方が上手く説明できると思いますので、まず上海さんにレスいたします。

> > 念のために解説しますと、自閉症圏と自閉症は違いますよ。
> > 自閉症圏とは広汎性発達障害(高機能自閉症、LD ADHD等)を持つ人たちの業界用語的なもので、自閉症的な特徴を持った発達障害の総称です。
> > ADHDは一般的にはコミュニュケーション障害を伴わないとされているのですが、コミュニュケーション障害を持っているタイプの人もけっこういまして、そういう人は自閉症圏の人だと言ってしまうわけです。

こちら少し勘違いがありました。広汎性発達障害の方が自閉症より広い概念ですが、自閉症的なコミュニュケーション障害は広汎性発達障害には必ず伴っているようです。
つまり、ADHDの診断名を持つ人のなかで、コミュニュケーション障害も併せ持つ人は、広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)/ADHDと診断されるということです。

> えーーと、コミュニケーションについてですが、これは障害の有無の判断基準は「言葉による意思疎通」と考えていいのでしょうか? つまり、言語を介したロジックのみが、なんとかギリギリ論理的整合性を追究し得ると理解していますので、それ以外の意思疎通、例えば視覚的反応(色彩や絵画やイメージ描画など)であるとか、刺激を介する意思の表明(体を触る、環境要素を大きく取り入れるなど)などでは、治験者と被治験者間での「感触」でしか議論が出来ないからです。
>
> また、これは精神分析的な試行を科学的と考えるか否かに大きく関ってきますから・・・

高機能自閉症と一般の自閉症の診断の境目がIQ70ですので、学童期以後の診断だと言語も主たる診断基準になると思います。
ただ、一生ほとんど言葉が出ない人もいますから、とくに乳幼児期に診断された人たちの場合は言語のみが診断基準と言うことはないはずです。(一生ほとんど言葉が出なくても、実は言語はそれなりに理解していた、とか、ある年齢になって突然話し始めたら知的に非常に優れていた、ということもあるのが自閉症の難しさなのですが。)

そういえば、精神分析的手法かどうかは記憶にないのですが、高機能自閉症を持っている人自身が書いた手記にカウンセリングの過程を書いた部分があるのを思い出しました。

「自閉症だったわたしへ」1〜3巻(ドナ・ウィリアムズ)新潮社です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102156119/qid=1104057837/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-3828458-5600303
1−2巻は新潮文庫から出ていますが、その部分だけでも読まれれば上海さんが知りたいことの参考になるのでないでしょうか。(私は日本語で読んで、3巻目で挫折しました。多分3巻目は英語の方が読みやすいと思います。)
日本で言えば、PDD/ADHDの診断名がつくようなタイプの自閉症者にあたると思われます。

また、最近話題になる見かけ上は言語によるコミュニュケーション能力に問題がないタイプの人たちはアスペルガー症候群に分類されていて、こちらは自閉症の障害自体は軽いとされていて一見障害があるようには見えないことも多いのです。診断基準は心理テスト・IQテストでのそれぞれの項目の指数のいびつさ・生育歴・合併症や知覚過敏・ある種の動作の不器用さ、こだわり、などでしょうか。

> > 高度なコミュニュケーション能力を必要とする演出家のような仕事をしている人が軽度にせよ自閉症スペクトラム「障害」である確率は低いだろうと思いますよ。
>
> いえ、逆に、演出家の場合、文筆家ではないですから、表現手法のスペクトラムは際限無く広いですから、自閉症スペクトラム「障害」を言語をのみ或いは言語を最重要視した場合の判定を基にしているとすれば、上記の「確率は低いだろう」との仮説は、根底から揺らぐわけです。

実は<軽度にせよ自閉症スペクトラム「障害」である確率は低い>というのは演出という仕事の場では自閉症スペクトラムのある位置にいることが「障害」にはなっていないのであろう、という意味もこめて書いたつもりなのですが・・・

> ですから、そうなると、議論系掲示板では決して成しえない議論になるであろう事は予測しつつも、自閉症などの「障害」という発想は、そう、「健常者」側からの「発想」に過ぎないレベルの事柄となり、言語中心のコミュニケーション以外の新たな手法が発達すれば、「障害」ではなくなるわけですよね?

今ひとつ意味が分からないのですが。
例えばアスペルガー症候群や高機能自閉症を持っている人の場合、意志疎通は出来ても、それが余りにあからさまで場にそぐわないやり方であることにより、日本の文化の下ではとりわけ、生活する上で何らかの障害を感じてしまうことが多いようで、それは知的能力が高いとされている人ほどそうであるようです。

現在成人で自閉症を持っている人たちで一番大変な思いをしているのは多分広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)/ADHDの診断名を持つような高機能自閉症者(IQ70以上の自閉症者で明らかにコミュニュケーション障害を持つ)で普通学級で教育を受けていた人たちでそういう人たちの発言がかなり書籍でも読めるようになりましたが、今の社会状況が進むと合併症をもたないアスペルガー症候群の知的レベルの高い人たちが大人になってから障害にぶつかるということがより多く起こりそうな気がしています。

逆に、上海さんと同じ発想からくる方法は、比較的重度の自閉症者の療育に関しては効果を上げつつあって、視覚的なアイコンなどを使ったコミュニュケーション方法を取り入れた方法を乳幼児期から取り入れることによって、養護学校等での教育の対象となる自閉症者の社会適応に対する対策は進んできている傾向にあるといわれています。
こういうことが自治体によっても違うのでしょうが、現在の日本の自閉症者を巡る現状ですが、これで答えになっていますでしょうか?