| 31697 | 返信 | Re:精神医学・医療と精神分析について | URL | 上海 | 2004/12/27 00:28 | |
| Baadさん 詳しく教えて頂き、感謝します。 > > > 念のために解説しますと、自閉症圏と自閉症は違いますよ。 > > > 自閉症圏とは広汎性発達障害(高機能自閉症、LD ADHD等)を持つ人たちの業界用語的なもので、自閉症的な特徴を持った発達障害の総称です。 > > > ADHDは一般的にはコミュニュケーション障害を伴わないとされているのですが、コミュニュケーション障害を持っているタイプの人もけっこういまして、そういう人は自閉症圏の人だと言ってしまうわけです。 諒解です。 > > こちら少し勘違いがありました。広汎性発達障害の方が自閉症より広い概念ですが、自閉症的なコミュニュケーション障害は広汎性発達障害には必ず伴っているようです。 > つまり、ADHDの診断名を持つ人のなかで、コミュニュケーション障害も併せ持つ人は、広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)/ADHDと診断されるということです。 このコミュニケーション障害の判定に使用される「コミュニケーション」の種類はどんなものがあるのでしょうか?治験者の発意は何を介して被治験者に伝えられるのでしょうか? 文章や言葉が主体と思いますが・・・・ > 高機能自閉症と一般の自閉症の診断の境目がIQ70ですので、学童期以後の診断だと言語も主たる診断基準になると思います。 すみません、ここでも疑問があって・・・・IQテストの指示は全て言葉による「問い」ですよね。(問題自体は視覚的なものも多いですが・・) そのバイアスはどう判断されているのでしょうか? つまり、知能障害の場合と、自閉症の場合と、そこでバイアスがかかりませんか? > そういえば、精神分析的手法かどうかは記憶にないのですが、高機能自閉症を持っている人自身が書いた手記にカウンセリングの過程を書いた部分があるのを思い出しました。 > > 「自閉症だったわたしへ」1〜3巻(ドナ・ウィリアムズ)新潮社です。 > http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102156119/qid=1104057837/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-3828458-5600303 > 1−2巻は新潮文庫から出ていますが、その部分だけでも読まれれば上海さんが知りたいことの参考になるのでないでしょうか。(私は日本語で読んで、3巻目で挫折しました。多分3巻目は英語の方が読みやすいと思います。) 明日から暫くキャンプに行きます。帰ってきたら注文してみようかな? 日本語で読んでも難しいというのは、基礎的な臨床医学の知識が必要であるということでしょうか?それなら僕も分かりません。英語なんかで読んだら、間違いなくお手上げです。 > また、最近話題になる見かけ上は言語によるコミュニュケーション能力に問題がないタイプの人たちはアスペルガー症候群に分類されていて、こちらは自閉症の障害自体は軽いとされていて一見障害があるようには見えないことも多いのです。診断基準は心理テスト・IQテストでのそれぞれの項目の指数のいびつさ・生育歴・合併症や知覚過敏・ある種の動作の不器用さ、こだわり、などでしょうか。 心理テストねえ。僕はその昔、自動車教習所の運転適合性テストで最低でした。例えば、「交通法規の中には守らなくていいものがある」という質問なら一応「いいえ」と書きますが、同テストの質問文は「法律の中には、守らなくてよいものがある」という形式ですから、僕はその手の質問は全て正直に「はい」と書きました。 どうもテストというのは、「正常」と言われる人が、「こういう風に答える連中は異常となるように」作ってしまっていると思えて仕方が無いのですね。 > 実は<軽度にせよ自閉症スペクトラム「障害」である確率は低い>というのは演出という仕事の場では自閉症スペクトラムのある位置にいることが「障害」にはなっていないのであろう、という意味もこめて書いたつもりなのですが・・・ 諒解です。 > > > ですから、そうなると、議論系掲示板では決して成しえない議論になるであろう事は予測しつつも、自閉症などの「障害」という発想は、そう、「健常者」側からの「発想」に過ぎないレベルの事柄となり、言語中心のコミュニケーション以外の新たな手法が発達すれば、「障害」ではなくなるわけですよね? > > 今ひとつ意味が分からないのですが。 つまり、議論系掲示板がひとつの例ですが、ここでは言葉をのみ用いた意思疎通の場です。色彩や音楽や匂いや触感は伝わりません。ですから本議論は、言葉を介してのみの条件でどれほど続けても、所詮「靴の上から足を掻く」ようなもんでしかないだろうという事が前半。 で、後半は、はじめから「言葉による意思疎通」を主体とする多数派である「健常者」が、「異質の相手」を規定するのに、様々な「レッテル」を貼り付けていったに過ぎない、一対象として、「自閉症」もあるのではないか?という事です。 > 例えばアスペルガー症候群や高機能自閉症を持っている人の場合、意志疎通は出来ても、それが余りにあからさまで場にそぐわないやり方であることにより、日本の文化の下ではとりわけ、生活する上で何らかの障害を感じてしまうことが多いようで、それは知的能力が高いとされている人ほどそうであるようです。 ここはとても面白いです。じゃあ、彼らは生活の場が変われば「どうってことない」となる可能性も高いわけですよね? > > 現在成人で自閉症を持っている人たちで一番大変な思いをしているのは多分広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)/ADHDの診断名を持つような高機能自閉症者(IQ70以上の自閉症者で明らかにコミュニュケーション障害を持つ)で普通学級で教育を受けていた人たちでそういう人たちの発言がかなり書籍でも読めるようになりましたが、今の社会状況が進むと合併症をもたないアスペルガー症候群の知的レベルの高い人たちが大人になってから障害にぶつかるということがより多く起こりそうな気がしています。 いわゆる「予定調和」の世界が重視される現代のハイソな社会状況という事ですね。最大にして最初の壁は・・・ > > 逆に、上海さんと同じ発想からくる方法は、比較的重度の自閉症者の療育に関しては効果を上げつつあって、視覚的なアイコンなどを使ったコミュニュケーション方法を取り入れた方法を乳幼児期から取り入れることによって、養護学校等での教育の対象となる自閉症者の社会適応に対する対策は進んできている傾向にあるといわれています。 相手と容易に意思疎通が出来なければストレスを感じる僕らも、十分、精神的な障害を有しているんですよね。 > こういうことが自治体によっても違うのでしょうが、現在の日本の自閉症者を巡る現状ですが、これで答えになっていますでしょうか? もっといろいろ教えていただきたいんですが、少しずつ・・にしましょう。 急いで良いことはあまり無いから。 > |
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