| 31762 | 返信 | 水原さん Re:当然の判決およびいくつかの投稿に対するレス | URL | そよか | 2004/12/28 23:51 | |
こんばんは。 > > 明治天皇は、「ちょっと行って来る」と東下りされたそうです。 > > その時明治大帝は何歳でしたっけ? 16歳で「行幸」して江戸城を東京城とし、明治2年(1869)3月7日、17歳で再び行かれて「皇居」としたようですね。 http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1132968 >>その前の代の天皇はどうも毒殺されたらしいですね。< そういう「噂=もしかしたら事実かもしれない?=」もあるようですね。 >頑固な攘夷派だったので邪魔でしかない薩長および岩倉具視あたりの差し金だというのがもっぱらの説。 > > 誰もレスしてくれない一昨日の近未来小説(http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=31677&range=1)における小泉クーデタ・天皇夫妻および皇太子夫妻相次ぎ暗殺という想定は、一応この辺りの史実をベースにしております。 > ウムムム、そうだったのですか。 > > 堀はあります。 > > そういえばドブみたいなのが… > キャハハ♪ 京都の人にとっては一面そういう親近感のある=身近な=存在だったのですね。 > > > 正直なところ「あっても悪くないかな」とは思えて来ます。 > > > > > そうなのです。 > > なのに、近年の傾向にみられるように段々と「雲の彼方」に行かされるような現状のあり方=方向性=には危惧を覚えます。 > 今「京都迎賓館問題」があります。てか、強行されています。 http://www.ne.jp/asahi/shinken/kyoto/gyoen/gyoen.htm#mondai > ところで昨日再放送のNスペでしかしいちばん印象的だったのは、高松宮宣仁親王が思わず「東条はもう殺すしかない」と側近の細川護貞氏に口走ったという逸話です。海軍軍令部にいて「大本営発表」の嘘を知り尽くしていた親王の危惧と、しかしオフィシャルな回路から(つまり内閣から)の情報しか立場上聞けないことに固執するしかなかった兄宮・裕仁の兄弟の葛藤は、そうとうにドラマチックですね。 ふむ。お話し伺うと面白そうだったのに、残念ながら見逃しました。 もう一人、飛行機の車輪に巻き込まれのような事故死してしまった秩父宮さんも賢明な方だったようですね? |
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